第四話
「まあ大丈夫だろう」
ナサリオが眼下に並んだ構成員たちを見渡して、呟いた。
カルダーラを壊滅させてから、はや一か月。急激に大きくなった組織。
構成員もすでに一千人以上へ膨れ上がり、互いに互いを知らない状態だ。
もちろん、当初使っていた拠点では、そんな大人数は入りきらない。近隣の建物の壁を壊して、適当につなぎ合わせた形となっていた。
急ごしらえの壇上に立っているのが、この組織のトップ、ナサリオだ。
彼の後ろには石像魔族が、その巨体をもてあそぶ様に座り込んでいる。
そして、何故かローゼが右隣りにいた。
(なぜ!?)
ナサリオの隣りにいる時点で幹部、あるいは右腕と見られても仕方がない。
「この隣りにいるガキは、弱いが頭がいい。今後、指示はこいつにやらせるからな」
「えっ!?」
突然の無茶ぶりだった。
眼下……ではない。壇上に立っているとはいえ、ローゼは身長が低いから、正面に並ぶ男たちとさほど変わらないからだ。
しかも大勢の男が一斉にローゼを見たのだ。
一瞬、怯んでしまっても仕方あるまい。
(それに指示と言われても、何も考えてないんですけどっ!)
確かに、何とか構成員たちの資料をまとめて、いくつかの部隊に分けた。
その部隊のリーダー、サブリーダーを適当に決めて、ナサリオに提出しただけだ。
もちろんローゼだけでなく、他の中間管理職も同じ仕事をやっていたのに、なぜローゼが指示を出す事になったのか。
「戦闘では使えないからな。なら邪魔にならないよう、指示を出すほうにすればいいだろう?」
分からなくはない。
それでもこんな場所に立ちたくない。
「では、いよいよ三大組織の一角を攻め落とすぞ。狙いは……アンドレイニだ」
その言葉を聞いた瞬間、構成員にどよめきが起こった。
アンドレイニは、犯罪組織の中でも最強と言われる第三級探索者が在籍している組織だ。
特に戦闘力が秀でており、三大組織の中でも一番恐れられている。
構成人数は一千人を越えたカルダーラに比べると、遥かに少ない。
しかし第四級や第五級といった探索者たちが多く在籍しており、実質大手クラン並みの規模を持っていた。
中間管理職は全員、事前にどこを攻めるのか聞いていた。
第三級探索者といえば、迷宮都市のほぼ頂点に位置する存在だ。
そんなところへ喧嘩を売りに行くときいて、正気かと疑った。
しかし石像魔族がバックについているナサリオには、逆らえない。
「では、グループに分かれたな? どう攻めるかローゼ、説明しろ」
「ええ!? あ、はい!」
そうして、ローゼが説明しようとしたときだ。
前に並んでいた構成員の中から、ローブをまとった小柄な人物が勢いよく飛び出してきた。
そのローブ姿は、片手剣をまっすぐナサリオへと向けて、飛んでいく。
咄嗟にナサリオが、それを受け止めた。
「貴様何者だ!」
「謎の剣士」
そう答えたローブ姿は、瞬時に火を全身に纏い、ナサリオへと切りかかっていく。
たちまち壇上は戦場へと変わっていった。
壇上にあがっていた、ローゼや他の中間管理職は、慌ててそこから離れる。
その僅かな間に、謎の剣士と名乗ったローブ姿が、ナサリオを追い詰めていた。
的確に火と剣技を織り交ぜるその冴えは、第五級のナサリオを持ってしても、及ばない。
「くっ、おい、助けろ!」
ナサリオが石像魔族にそう命じるものの、何故だか反応しない。
首だけが謎の剣士を見て、ためらっていた。
「おい! どうした!」
何故か動かない石像魔族に、声を荒げる。
しかし、その間にも謎の剣士の剣がナサリオへと迫る。
必死で受けるも、とうとう剣を落とされてしまった。
(……あれ? あの剣技は……)
動かない石像魔族もおかしいが、さらに謎の剣士の使っている剣技は、どこかで見たことがあった。
いや、つい先日迷宮で見たフィーリアの剣技と全く同じだった。
さらに背格好も似ている。
唯一違う点を言えば、フィーリアは水属性だったが、この剣士は火を纏っているところだ。
(フィーリアさんの師匠? そういえばお父さまから習ったと伺いましたが……)
しかし先ほど「謎の剣士」と答えた声色は女性だ。どう聞いても男性ではない。
どういうことなのか?
ローゼが困惑している間に、ナサリオがかけていたモノクルを、謎の剣士が奪い取った。
「しまった!!」
謎の剣士の剣先が、ナサリオのモノクルを綺麗にひっかけて、空へと飛ばす。
さらには、同時にそれを追いかけ空中でキャッチした。
「それを返せ!!」
「では、魔族を操るアーティファクト、頂きました」
綺麗なカーテシーを披露した謎の剣士は、もう用は済んだとばかりに、突然視界から消え去った。
あとに残るは、呆然とするナサリオと、にやりと笑う石像魔族。
「あ……あ……」
崩れ落ちるナサリオ。
そのナサリオに向けて、石像魔族は上から拳を振り下ろした。
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そのあとは、制御を外れた石像魔族が暴れまくった。
無論、一千人以上いた構成員たちも散り散りとなった。
ローゼも逃げることに注力していたため、どうなったのか分からない。
そして何とか拠点から遠く離れた場所まで逃げてきた。
「はぁっ……はぁっ……」
息を荒げながら、今後どうするべきか思考をフル回転させた。
どうすればいいのでしょうか?
あんな場所に石像魔族を放置するのは、迷宮都市にとっても大問題です。探索者協会へ訴えなければならなりません。
いえ、その前に一つ疑問があります。
<魔族を操るアーティファクト>とあのローブ姿の剣士が言っていました。
それを奪ったため、石像魔族が制御を外れた……と思うのですが……そこが不思議ですよね。
戦っている最中、ナサリオが石像魔族に向かって助けろ、と命じていたにも関わらず、動きませんでした。
いえ、どちらかと言えば戸惑っていた?
もしかして、あの謎の剣士は魔族と何ら関係を持っているのではないでしょうか?
それに、あの動きは間違いなくフィーリアさんです。
いくらローブで隠そうが、あの剣技は見間違えることがありません。断定できます。
フィーリアさん自身は確実に水属性です。これはお風呂を頂いたときに、フィーリアさんが水を出していましたからね。
でも謎の剣士は火を操っていました。
もしかして……魔族と何らか関係を持っているフィーリアさんは、二属性を操ることができるのではないでしょうか?
そう思考が結論を出すと、背筋が震えた。
二属性を操る。歴史上、そのような人間はいない。
いや、二属性ではなくとも、魔族が作ったアーティファクトを使って、火を操っているかもしれない。
そして、そんな貴重なアーティファクトを持つフィーリアは、魔族と深い関係があるはずだ。
そう考えると、自然と自分の今後について、結論が出た。
探索者協会へ駆けこんでも、石像魔族が討伐されて、それでおしまいになる。
しかも急激に成長した犯罪組織に属していて、且つ大々的にナサリオから、戦闘の指示を出せと言われたのだ。
確実に幹部と見なされる。
こうなれば、他の犯罪組織に属することはもうできないだろうし、最悪探索者協会に捕まることもある。
一時的に身を隠すしかない。
でもどこへ?
もちろんフィーリアのところだ。彼女に自分を売り込んで、何とか匿ってもらう。
相手は魔族と関係のある人物だ。
ローゼ一人匿うくらいなら、楽にできるだろう。
「よし、行きましょう」
フィーリアの住んでいる家は知っている。
彼女だって、今しがたアーティファクトを盗んだばかりだ。家で何かしている可能性が大きい。
事態が収束する前に動く。
ローゼは息を整え、フィーリアの家へと向かって走った。




