第三話
「うーむ。一週間程度じゃ、あまり変わらんな」
犯罪組織カルダーラを乗っ取ったナサリオは、戦闘員を集めて一目みるなり、残念なことを言い放った。
戦闘員は第六級から第八級であり、さすがに一週間ではそこまで大きく成長することはない。
ローゼ自身は、戦闘のカンを多少なりとも戻せたかな、という程度だ。
「まあいい。まず近隣の弱小組織を二~三個潰す。ただし、これはテストだ。あまりにお粗末であれば、本格的に戦力をあげることも検討しなければならないな」
ナサリオの言っていることは、内容はともかく戦略的には正しい。
実際に戦闘を行い経験を積ませ且つ、いくつかの組織を吸収すれば戦力も増える。
出だしと考えれば、正解だろう。
そうして、一番近くにあった、長年友好関係を結んでいる組織を急襲した。
「これ、私たちって必要なんでしょうか?」
「戦闘だけなら、いらんな」
ローゼが、そばにいた戦闘員の一人に声をかけると、向こうもあきれ顔だった。
相手の組織とは友好関係を結んでいた、とはいえ仲良しこよしという訳ではない。
互いに喧嘩を売らない、という程度だ。不戦条約みたいなものである。
だからローゼも、そのあたりは気にしていない。
だが石像魔族があまりにも強すぎる。
相手の組織も戦力的にはカルダーラと同程度だ。
だが、カルダーラは第六級が最高戦力なのに比べ、相手には第五級探索者が一人いた。
それでも石像魔族一体で、敵を殲滅したのだ。
一応、ローゼ含めた戦闘員たちは、相手が逃げ出さないよう見張ってはいたが、石像魔族は誰一人として逃がさなかった。
「これではテストにならんな」
ナサリオが、つまらなさそうに、うそぶいた。
だがローゼも同意見だ。
カルダーラを壊滅したときと同じで、相手は何も抵抗できなかった。
第五級ですら圧倒する石像魔族の力は本物だ。
「では次へいくぞ」
ナサリオの掛け声とともに、他の組織へと攻撃を始めた。
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そして一週間が経過した。
カルダーラは急速にその勢力を伸ばし、いつの間にか中規模まで成長していた。
当初、人員は二十名ほどだったが、今では二百名に達していた。
そして問題となったのが、誰も管理するものがいないのだ。
組織は大きくなれば、中間管理職が必要になる。トップ一人では到底まとめきれない。
「この中で、文字の読み書きができるものはいるか?」
「「はい」」
ナサリオの言葉に、三人が手を挙げた。その中の一人がローゼだ。
彼女は元々それなりの家出身であり、家を追い出される前まではきちんとした教育を受けてきた。
「……少ないな。まあ殆どがスラム出身だから仕方ないか」
中間管理職の仕事は、現場をまとめるだけではない。
誰がどのような能力を持っているのか、一覧にして見やすくまとめたり、戦闘に関しての配置場所や戦略戦術を練ったりと、多岐にわたる。
人数が増えれば、その分仕事も増えていく。
トップのナサリオは、組織の運営についてはほぼ何も言ってこない。
彼が考えるのは次にどこを攻めるのか、それだけだ。
二百人が三百人になり、いつしか一千人という大規模組織になるのに、時間はそうかからなかった。
迷宮都市のスラム街にも、多くの人が住んでいる。
全員が組織に属しているわけではないが、それでも万に近い人が住んでいるだろう。
それだけ落ちぶれた探索者や浮浪者、流れ人がたくさんいるのだ。
「……疲れた」
スラムの三大組織が四大組織になるのに、わずか一か月。
組織の構成人数も一千人を越え、今もなお急速に拡大している。
しかし中間管理職の人数は、そうそう増えない。文字の読み書きや算術が出来るものの人数が極端に少ないからだ。
元々スラムに落ちるような人の殆どは、それらが出来ないから仕方がないとはいえ、その負担はローゼに重くのしかかっていた。
「なんで誰もできないのでしょうか……」
文字の読み書きは元より、算術や文章のまとめまでできるものは、今のところローゼしかいない。
このため、ナサリオから組織の運営を一手に任されていた。
ローゼも第八級探索者であり、体力は一般人に比べれば多いが、精神的にはきつかった。
十三歳の子どもが数百人の組織を運用するのだ。無理があるだろう。
「商人でも雇わないと、正直私一人では無理があります」
「その辺はお前に任せる。好きにしろ」
「あっはい」
限界に近づいたローゼは、ナサリオに相談するも、やはり丸投げだった。
仕方なく、内部に商人の伝手があるか聞いてみたが、結果は芳しくなかった。
まあ普通はないだろう。
なにせこちらは犯罪組織なのだ。まともな商人が付き合うはずがない。
そして大手の犯罪組織ならばともかく、吸収した組織はカルダーラと同じ程度の弱小組織だ。
誰も中間管理職をやったことがない。そもそも必要のない規模だったからだ。
本当にこれで良いのでしょうか。
ローゼももちろんやったことなどない。
これが正解なのかさっぱり分からないのだ。
それはともかく、そろそろ迷宮へ潜らないといけない。
月に三回のノルマをこなさないと、探索者資格が取り消されてしまう。
(たまには身体を動かさないと、鈍ってしまいますからね)
他の中間管理職に、迷宮へ潜ってくることを伝えて、拠点を出た。
もちろん、例の石化の呪いは受けている。この辺り、ナサリオはしっかりチェックしていた。
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「そうなんです! まったく、みんな私のところばかり押し付けてくるのです!」
ローゼが迷宮へ潜って敵を倒していると、以前強化種のコボルトから助けられたフィーリアを名乗る剣士と、偶然出会った。
同性で且つ年が近いということと、ここ最近鬱憤が溜まっていたからか、思わず愚痴がいくつも飛び出てしまった。
迷宮を出てもその愚痴は止まらず、結局流されるままに買い物をして、フィーリアの家へとたどり着く。
そこは探索者協会が提供している、格安の賃貸だった。
実に狭い。だが、一人で暮らすだけならば、十分な広さだ。
そして不自然なまでに、鎮座している風呂釜。流しの側にあるので、井戸から水を汲んできて、使い終わったらそこへ水を捨てるのだろう。
そんな狭い部屋の中で夕飯のハムチーに齧りつきながら、フィーリアと話を続けた。
「ローゼちゃん十三歳なんだよね。それでそんなに仕事押し付けられているんだ」
「そうなんです! 私みたいな子どもが、そんなことをしてもいいのか、常々疑問に思ってるんですよ」
「うーん。文字の読み書きができて、算術にも詳しく、資料の要点をまとめられる人って、そんなにいないからね」
探索者協会の職員や、商店で働く人ならば、きちんと勉強しているだろう。
しかし探索者の半数は、算術どころか文字すら読み書きできない。
食いぶちを求めて、最終的に行き着く先が探索者なのだ。教育を受けられる生まれのものが少ない、という理由が大きい。
もちろん、騎士や兵士の家系で武を求めて潜るものや、一般市民がたまたま探索者になった、というものもいる。
それらは、ちゃんと教育を受けているので、読み書き、簡単な算術などはできる。
「みなさん、勉強すればいいだけですのに」
貴族や商人と契約した探索者は、必ず文字の読み書きを覚えなければならない。
依頼内容は紙で送られてくるのだ。文字が読めなければ、依頼すら受けられない。
このような例は少ないが、あとから勉強する人もいる。
しかし勉強するにも金がかかるのだ。
低いランクの探索者が、そのような金を出せるはずがない。
「そうなんだよねー。でもさ、あたしもそうだけど、お金がないから勉強できないんだよね」
「そうなのですか」
「たぶんローゼちゃん、いいところの出なんでしょ? そうじゃない人は、勉強なんてできる環境にいないからね」
「そう……ですね」
ローゼは理由があって家を追い出されたが、それでも高水準の教育を受けている。
だからこそ、それを見抜いたナサリオも、ローゼに全て任せている。
「それよりフィーリアさん! それって、お風呂ですよね?」
ハムチーを食べ終わってから、とうとう気になっていた風呂釜へ話題を振った。
ローゼが水浴びするのは二~三日に一度、桶に貯めた水を使ってタオルでこする程度だ。
たまに街の外へ出かけて、川の水で流すこともある。
しかし自宅に風呂釜を置いてまで、入ることはない。井戸から汲んでくるのが大変だからだ。
「うん、入ってみる?」
「ぜひ! 入らせてください! お金は払いますし、水汲みもお手伝いします!」
「いやいや、お金はいいよ」
そう言いながら、フィーリアが水魔法で水を生みだし、風呂釜へと入れていく。
それを見たローゼは、目をまん丸にして驚いた。
この風呂釜に水を貯めるのは、かなり魔力が必要となる。それだけフィーリアの魔力量が多いという証拠になる。
「フィーリアさんは、水属性なんですね」
「うん、そうだよ」
「これだけの水を作るの、大変じゃないですか?」
「迷宮では滅多に魔法を使わないからね」
そうして、風呂釜七割程度まで水が入った。
今の季節はそこまで寒くはないし、これでも魔素を貯めた探索者だ。多少寒さに対する抵抗力はある。
「これで身体をこすりながら、汗を流してね」
「はい! ありがとうございます!」
さっそく服を脱いで、水に浸かる。
やはり川で洗い流すのとは気分が違う。
風呂釜の中で、身体を綺麗にするというのは初体験だ。この狭い部屋では、風呂釜以外に洗う場所がないという理由だが……。
一点、風呂釜の木の色がおかしいことに気が付いたものの、中古でも買ったのだろうと、思い直した。
十分洗って綺麗になったところで、風呂を出ると、ちゃんと綺麗な布を渡してくれた。
身体についた水をふき取ると、心身共にさっぱりとした。
フィーリアが、風呂釜を持ち上げて流しから水を捨てる。
水が入った風呂釜は非常に重い。というより、一般人では一人じゃ持ち上げることはできないだろう。
それを軽々と持ち上げるのだから、魔素を吸った探索者というのは常識外だ。
「じゃあ、寝ようか」
「あれ、フィーリアさんは入らないのですか?」
「明日入るよ」
「あっ……」
おそらく、フィーリアの分まで水を出す魔力が足りないのだろう。
申し訳ない、と思いつつその日はフィーリアと一緒に就寝した。
そして翌日、日が昇ると慌てて組織の拠点へ戻った。
呪いの効果は二十四時間なので、朝までに戻らないと石になってしまうのを、すっかり忘れていたからだ。




