第二話
迷宮から出て、重いバッグを背負いながら一路、探索者協会へと足を運んだ。
迷宮都市は、迷宮によって栄えたらしく、迷宮の入口を中心とした町作りになっている。
そして探索者協会の建物は、その入口のすぐ側にある。
「ふー、重い。疲れた」
(体力作りと思えば、楽だろう)
ブランに言い返したいところだが、他人からみれば一人で話しているようにしか見えない。
ちょっと危ない子に映ってしまうから自粛だ。
探索者協会の建物は地上十階、地下二階もあり、エレベーターの無いこの世界では、上り下りするのに、非常に大変だ。
まああたしが行くところなんて、一階の受付くらいだけどね。
一度興味がてら他の階に行ってみると場違いすぎて、すぐ帰ってしまった。
「八級探索者のフィーリアです。鉱石の買取お願いします」
受付のおねーさんにそう伝えながら、探索者バッチを提示する。
バッチを、ぱっと確認すると下から札を取り出して、窓口へ置いた。
「はい、ではこれを持って地下一階の買取センターへ移動してください」
まさに事務的。
どこかの物語のように、受付と仲良くなるなんてことはない。
探索者協会は国立であり、そこで働く職員はいわば国家公務員だ。
あたしらのような、日雇い労働者と繋がるメリットなどないからね。
向こうにしてみても、一日何十何百もの探索者を相手にしているし、いちいち覚えていられないだろうけどね。
札を持って地下一階へと降りていく。
ここは、迷宮から持ち帰った物の、査定と買取を行う場所だ。
モノによっては査定に時間が取られることもあるが、あたしが売るものは鉱石であり、基本的に重さで決まる。
時間なんてかからない。
楽でいいけどさ。
「買取お願いします」
「おう、札を見せな」
対応してくれたのは、四十代後半くらいのおじさんだ。
結構身体つきがいいので、おそらく引退した元探索者かな。
「鉱石か……ならここでいいぞ」
「はーい」
背負ったバッグをひっくり返して、掘ってきたばかりの鉱石を台の上に置いた。
その鉱石をおじさんは手際よく、鉱石を秤に乗せて査定していく。
「殆ど鉄だな……お、マグネタイトがあるじゃないか。嬢ちゃん、ラッキーだったな」
「ほんと? やったぁ!」
鉄の価値は正直低いが、マグネタイトはその鉄より少々高く売れる。
まあ少々、だけどね。
「こんなものだな」
そして出されたものは、銅貨六枚。
あたしの感覚だと銅貨一枚で千円くらいだから、今日は六千円稼いだことになる。
普段なら銅貨五枚、五千円くらいだから、ちょっぴりラッキーだね。
「これでいいか? と言ってもこれ以上は出せないけどな」
「うん、これで夕飯一食分くらいは、良いのが食べられそうだよ」
「たらふく食って大きくなれよ。探索者は身体が資本だからな」
「はーい、ありがとう!」
手を振って地下一階をあとにする。
愛想を振りまける相手なら、とことん振るのがいいのだ。
もしかすると、何かしら覚えてくれている可能性もあるからね。
===
協会の建物を出て、帰宅する途中に買い物を済ませることにした。
いつもより銅貨一枚多いからね。
何かいいのがあるかな?
協会から家までは徒歩十五分ほどの距離だ。
探索者たちが多く住んでいる区画へ行く途中には、何件もの食料品や飲食店が並んでいる。
どこかで見たことのあるようなハンバーガーチェーン店や、牛丼チェーン店もあったりする。
最初見たとき、ものすごく驚いてしまったけど、どうやら遥か昔にいた転生者たちの仕業だったようだ。
そんな彼らのおかげで、食文化については、それなりに満足できているけどね。
お、期間限定の牛丼が売っているじゃない。
うーん、鉄貨七枚……だいたい七百円ってところだ。悩みどころだよね。
それよりも、日常雑貨品を買ったほうがいいかな。
ランプの油がそろそろ切れそうだし、石鹸も欲しい。
でも油については、夜遅くまで起きてなきゃ使うこともないから、もうちょっと粘れるかな。
やっぱり石鹸にするか。
石鹸一つで銅貨一枚もする。
でもこれだけで、洗い物から洗濯、お風呂と全てに使えるから便利なんだよね。
他は何がいるかな。
うーん、今日の夕飯くらいか。
期間限定の牛丼はちょっと高いし……ハンバーガーなら、明日食べればいいし。
ハムチーでも買って帰るか。これなら鉄貨四枚で済むし、安いからね。
(結局普段と同じものか)
「いいの。倹約しないとね。そろそろつるはしだって、買い替える時期だし」
つるはしは思ってたよりは安く、頭部だけなら銅貨七枚……七千円ほどで買えるのだ。
柄の部分を含めても銀貨一枚、だいたい一万円くらいだ。
そしてこれがないと、鉱石が掘れないからね。
何よりも優先されるべき道具だ。
そして石鹸とハムチーを買って、帰路についた。
===
「たっだいまー!」
(毎回思うが、誰もいないのに言う必要はあるのか?)
「あるよっ! 気分だよ!」
あたしの部屋は、協会が低ランク探索者向けに、安く部屋を貸している物件の一つだ。
八畳ワンルーム程度の広さはあるけど、建物の間にある小さな土地に無理やり建てたため、一階につき一部屋しかないし、階段も一人分しかスペースはない。
この条件で、月銀貨三枚。だいたい三万円ほどだ。
キッチンはあるけど風呂はないし、トイレも一階にある共同のを使う形となっている。
また、水だって近場の井戸から汲んでくる必要がある。
でも、この世界にいる生き物は必ず、一種類の属性を持って生まれる。
そして、あたしは水属性であり、ブランは炎属性だ。
つまり水を汲んでくる必要はないし、風呂釜さえあれば、お風呂にも入れる。
これはもう、人生勝ち組と言っていいと思う。
やったね。
「じゃあまずは、手洗いうがいだね」
衛生面もそうだけど、何より怖いのが病気だ。
少しでも病気にかかる要素を減らすために、手洗いうがいは欠かせない。
がらがらー、ぺっ!
「では、いただきます」
テーブルの上に買ってきたハムチーを置いて、ナイフで切っていく。
コップに魔法で作った水を入れて、飲みながら食べていく。
うーん、微妙な味だね。
「ねーブラン」
(どうした?)
「このままの生活でいいのかなぁ」
あたしはお父様に拾われて育てられた捨て子だ。
お父様のために、何か恩返しは必要だと思っている。
もぐもぐ。
でも今の生活をしていて、どうやればお父様に恩返しできるのか。
そして思いついたのが、スパイ行為だ。
お父様は魔族であり、人類の敵だ。
でもあたしは、そのお父様に育ててもらった恩がある。
強ければ、色々と出来ることもあるだろうけど、正直あたしは弱い。
お父様のデコピンだけで負けてしまうくらい弱いのだ。
だからこそ、スパイとして人類側の情報をお父様に知らせて、少しでも有利になって貰いたいんだよね。
まあお父様と連絡が取れないから、スパイといっても実際何もやっていないのと同じだけどさ。
(知らん。生きていくためだろう?)
「そうなんだけどね、もぐもぐ」
(食うか話すか、どちらかにしろ)
もぐもぐ、ごっくん。
「ごちそうさまでした。じゃあお風呂沸かすか」
水属性を持っているとはいえ、水を生み出すには魔力が必要になる。
この辺は、お父様から教わった。
お風呂のために、毎日魔力は使わないようにしている。
「ばしゃー」
手から水を生み出し、風呂釜にどんどん入れていく。
この、力が抜けていく感覚は、慣れないなぁ。
半分くらい溜まったところで、ブランを抜いて風呂釜に突っ込んだ。
「じゃあ適温でお願いね」
(うむ、ちゃんと我も磨けよ)
途端、真っ赤になるブランの刀身。
みるみると水がお湯へと変わっていくのが分かる。
(こんなものだろう)
手を突っ込んで、温度を確認すると、ちょうどいい具合だった。
よしよし。
手早く服を脱いで、風呂釜に入る。
ふー、生き返るぅ。
このお風呂のために生きているって感じだ。
(早く我も磨け)
「と言われても、どこも汚れてないんだけどさ」
ここ最近、使ってないからね。ぴかぴかのままだよ。
それでも、言われた通りに、ブランの刀身をたわしで磨いていく。
(こらっ! もっと丁寧に磨け!)
「どうせ汚れてないんだし、いいじゃん」
(がさつな娘め!)
はいはい、ごしごし。
これでよし。
そして一息ついて、湯船に肩まで浸かった。
うーん、心地いいね。
(この風呂というものに浸かってから、人生が変わったな。刀身が次第に熱くなっていくのは、非常に心地いいものだ)
「剣が人生とか笑える。それにしても、お湯に浸かってて大丈夫? 錆びない?」
(我魔剣ぞ!? 錆びるはずがなかろう!)
「あ、温度がちょっと低くなったね。ブラン、追い炊きして」
(聞いてないな……これでいいか?)
「うん、いいね。ありがと」
そして十分温まってから、風呂を上がって、布団に潜り込んだ。
ふー、ほかほかのまま潜るお布団は気持ちがいいね。
さて、今日は銅貨六枚の収入があり、石鹸と夕飯を買ったので残り銅貨四枚と鉄貨六枚だ。
ここから、家賃代を引いて銅貨三枚と鉄貨六枚。
そろそろつるはしも買わなきゃいけないし、ブーツも寿命だ。
お金かかるなぁ。
はぁ……楽な生活になるのはいつになるやら。
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠りについた。




