第二話
「戦闘員だったな? 正直、貴様らは使えん。盾にすらなれるかどうか」
犯罪組織カルダーラが壊滅した翌日。
その張本人――ナサリオは戦えるものを集め、今後の戦略を皆に説明した。
ナサリオ自身は第五級探索者だ。他の迷宮で二十八階層まで、ソロで攻略できる強さを持っている。
そのナサリオ自身から見ても、戦闘員たちは弱いと感じた。
聞いてみると殆どが第七級であり、しかも迷宮探索をサボっていたからか、魔素も薄まっている。
正直第五級、とまでは言わないが第六級くらいは欲しい。
これでは石像魔族を本拠地から動かせば、あっという間に奪われてしまうだろう。
せめて石像魔族が他の犯罪組織を潰している間、本拠地を守れる程度の戦力が欲しい。
そして、ここは迷宮都市なのだ。すぐそばに迷宮があるのだから、それを利用しない手はない。
「だから迷宮へ行って魔素を貯めてこい。各自自分の探索者ランクと同等の階層にでも潜ってこい」
(チャンスかもしれません)
そうナサリオに言われ、ローゼはチャンスと思った。
今は本拠地の出入り口に石像魔族が立っているので、抜け出すことは難しい。
しかし迷宮内部なら他の探索者と接触も楽にできるし、何なら高ランクの探索者に話しを通すことだって出来る。
おそらく戦闘員の何人かは、ローゼと似たようなことを思っただろう。
このまま本拠地で監視有りの状態より、はるかに行動が自由になる。
「ああ、そうだ。その前に……おい」
男が石像魔族に何かを合図する。すると石像魔族は両手を突き出し、淡く黄色い光を生み出した。
その光が全員に降り注ぐ。
全員が一斉に身構えるものの、特段何も変化は見られない。
どういうことか、とローゼは首を傾げた。
だがナサリオは、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべたまま、とんでもないことを突きつけてきた。
「これはな、石化の呪詛だ。ただし効果が出るのは二十四時間後だ」
「それって……まさか」
「そうだ。二十四時間以内に、ここへ戻ってこいよ? まあ戻らなきゃ、石になるだけだがな」
石化!?
自分の身体をぺたぺたと触るが、普段通りでした。
確かに土属性には石化するような魔法も存在すると、昔勉強したことがあります。
ただし、それは即座に石となるものであり、呪いのように時間差で発動するものではなかったはず。
だが相手は魔族です。人間には無理でも、魔族ならば可能かもしれません。
これでは二十四時間以内に戻る必要がありますね。まさかこういう手を打ってくるとは……。
誰か高位の探索者に、情報を渡すくらいしか出来なさそう……いえ、教会なら解呪できるかもしれません。
だがそんなローゼの心の中を覗いたかのように、ナサリオは続けた。
「ああ、そうそう。教会へ駆け込んだって、聖女サマくらいしか、解呪できるやつなんざいないと思うぞ? 実際試したからな。それとこいつのことを話せば、一瞬で石になっちまうから注意しておけ」
聖女――勇者教会が誇る癒し手の頂点に立つものだ。もちろん迷宮都市の教会ではなく、教会本国にいる。
つまりナサリオは、どうやって確認したのかは不明だが、ここでは解呪できるものが居ないと断言している。
また魔族のことも他に話せば石になるという。
これだけ自信たっぷりに言っているのだ。おそらく事実だろう。
「さあ、行ってこい。俺のために役に立つようにがんばれよ?」
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迷宮へとやってきたローゼ。
探索者は月に最低三回、迷宮へ潜ることと定められている。
ただローゼ自身は、毎回一階層へ潜って適当にゴミ拾いをして帰っていたので、本格的に潜るのは一年ぶりくらいだ。
八~九級探索者の主な収入源は、八階層近辺で鉱石掘りとなっている。
ただし、八階層は敵の沸きが少なく、討伐には向かない。だが裏を返せば、慣らしには最適ということだ。
何せ敵の沸きが少ないということは、時間をかけても囲まれる心配が少ないということになるからだ。
「うーん、やっぱり鈍ってますね」
ローゼは全身を黒の皮鎧で固め、両手に一本ずつダガーを持っている。
女性で且つ十三歳ということもあり、筋力が低いため、ダガーを持つのが精一杯だったからだ。
これでも迷宮の魔素を吸っているため、一般人よりは力がある。
この階層に沸くのは、コボルトという犬が二本足で立っている魔物だ。
身長はローゼと大差ないほどの小柄で、力も低く武器も持っていない。ただ素早さはある。
しかし、それはローゼも同じだ。二刀流で素早く攻撃するのがローゼの戦い方だ。
似たようなタイプであれば、能力の高いほうが強い。ローゼにとっては、非常にやりやすい相手だし、慣らしとしても、ちょうど良い。
そうして二体目を倒したところだった。
一年もまともに戦闘を行っていなかったため、動きがぎこちない。
動作の一つ一つに、僅かながらタイムラグがある。
「あの男から生き残るには、どうせ強さは必要になります」
ぶん、と左右のダガーを振り、血のりを吹き飛ばす。
そして次の相手を……と思った時だ。
彼女から二十メートルほど先に、一人の探索者が鉱石を掘っている姿が目に入った。周囲に仲間らしき人影は見えない。
探索者自体は珍しくない。鉱石掘りをしているということは、ローゼとそう変わらないランクだろう。
だがソロで、しかも女性なのは珍しい。
茶色のショートヘアに、赤色のマント。鉄の胸当ての下には、皮の装備で固めていた。
軽装備の剣士だ。
年齢はローゼより二~三歳ほど上だろう。その少女は、一心につるはしを振っている。
多少の興味は湧いたものの、ローゼと大差ないランクでは、魔族という情報を渡しても活用してくれるかどうか分からない。
それに、魔族のことを話せば呪いが発動するという。
そのような呪いなど聞いたことはないが、さすがに試す気にはなれなかった。
(可能なら、もっと高ランクの探索者でも通りがかってくれれば良いのですが……)
どこまで呪いの範囲に含まれるのか、分からない。
このため、ローゼの状態を察してくれるような探索者が通りがかってくれるのが一番だ。
だが、そんな都合の良いことなど、ほぼ起こらないだろう。
そう思いながら次の敵を探していると、背後から何者かの気配を察した。
咄嗟にその場を跳び離れると、一体のコボルトが地面に爪を立てていた。
(危なかった!)
慌てて二本のダガーを構え、目を細めて敵の動きを観察する。
そのコボルトは、他とは異なっていた。コボルトの色は灰色か茶色だが、それは赤みがかっていたからだ。
(もしかして、強化種?)
迷宮には、たまに通常より遥かに強い敵が沸くことがある。
非常に強力な敵だ。
(落ち着きなさいローゼ。堅実に対応すれば勝てるはずです)
自分に叱咤をかけ、油断なく敵を見据える。
強化種コボルトは、そんなローゼをみて鼻で笑った。その瞬間、いきなり襲い掛かってくる。
予想以上に早い速度で、一瞬反応が遅れてしまった。
「くっ」
ぎりぎり敵の攻撃を避ける。だが、そこで体勢が若干崩れてしまった。
そこを狙ったかのように、強化種コボルトが両手で攻撃してくる。
何とかそれを受け流してはいるが、徐々に押され始めた。
(体勢が……悪すぎますっ!)
皮鎧に敵の攻撃がかすり始める。次第に敵の力が強くなって、ダガーを落とされそうになる。
ふいに、敵がケリを放ってきた。
それを胴で受けるが、思った以上に力が強くさらに体勢を崩される。
そして……。
――カンッ。
(しまった!)
右手に持っていたダガーを落とされてしまった。
にやりと、犬歯をむき出しにして笑うコボルト。
トドメとばかりに、手を上げたときだ。
「助け、いる?」
先ほど見かけた、ソロの剣士がコボルトの手を掴んでいた。
それは強かった。
彼女の身長には合わないほどの長い剣を、自由自在に操る。
まるで遊んでいるかのように、的確にコボルトの攻撃を防いでいく。
強化種のコボルトが、まるで子ども扱いだ。
コボルトが焦り出し、蹴りや噛みつきまで織り交ぜてくる。
しかし女剣士は、それらをいなしながら、さらには水の魔法で作ったただの水をかけ、揶揄ったりまでしている。
そうして、一通り遊んで飽きたのか、一気にコボルトの首をはねた。
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「ありがとうございます!」
「いえいえ」
女剣士はフィーリアと名乗った。ローゼと同じ第八級だという。
確かにローゼは一年ほどサボっていたため、かなり弱くなっている。
それでも強化種のコボルトを、あれほどまで圧倒的に倒せるフィーリアとは、同じ第八級とは思えなかった。
「フィーリアさんは、どこかで剣を習ったりしていましたか?」
「うん、お父さまに習ったよ」
「御父上ですか。さぞかし名のある剣士なのでしょうね」
「うーん、たぶん有名? だと思う」
身長はローゼより多少高く、年齢も三歳年上だそうだ。
十五歳のときに迷宮都市へ流れてきて、そこから僅か半年で第八級へと到達したらしい。
自分は十歳で登録して、二年かけて第八級になった。
未だ十代の若手では、かなり早いペースだ。
ただここ半年、第八級で止まっていて伸び悩んでいるとのこと。
知人の上級探索者に聞いたところ、ソロではこれからきついとも言われたそうだ。
……上級探索者のお知り合いもいらっしゃる。これは、もしかして魔族の件を訴えることができるのでは?
しかし、言えない。
石像魔族のことを誰かに話せば、石化の呪いが発動する。
ローゼはまだ死にたくないのだ。
「じゃあ、そろそろいくね」
「あっはい、ありがとう……ございました」
結局何も伝えることはできなかった。
ただ多少年上だが、ソロでしかも同性の探索者と知り合ったのは大きい。
今後、何かしら役に立つだろう。




