第一話
(な、なにあれ……)
十三歳の少女――ローゼが目を見開く。
突如、とある一人の男が巨大な石像を連れて、スラム街にある一角の廃屋に乱入してきたのだ。
ここは犯罪組織カルダーラの本拠地。
ただ犯罪組織といっても、カルダーラは構成人数が十数人しかいない弱小の一つだ。
それでも素人が迂闊に、しかもたった一人で入ってくるものはいない。
しかしその男は石像をけしかけると、あっという間にカルダーラの戦闘員が次々と吹き飛ばされていく。
戦闘員の中には探索者もいる。
もっとも第六級が最高ではあるが、それがあっさり蹴散らされたのだ。
(土の属性にはゴーレムという、土くれ人形を操る技があるって聞いたことがありますが、もしかしてあれがそうなのかしら?)
ローゼは戦闘員ではない。
一応は探索者登録をしており、第八級まであげたものの、それ以上はソロだと厳しかった。
このため戦えなくはないが、体格も小さく、また女ということもあり決して強いといえない。
だから普段は街中でスリや盗みを行っていた。
今日も街中で何人かから、懐を頂戴して帰ってきたところだ。
この中から、半額を組織へ収めるのが掟になっていた。
残った額は決して大きくはないものの、それでも彼女一人が数日は食っていける。
真面目に探索業をやるよりも高額だし、しかも組織の拠点で寝泊まりしているので、実際にかかる費用は食費くらいだ。
もちろん盗みに対して最初は抵抗があった。
しかしそうしなければ生きていけない。特に家から追放された身分では、まともな職につけない。
十歳で探索者登録を行ったが、当然子どもが迷宮へ潜っても大した成果など得られない。
また一階層で黙々とゴミ拾いをしても、稼げる額では到底生きていけなかった。
必然的にスラムへと追いやられ、そこで今の組織に拾われた。
拾われなければ餓死をしていただろう。その恩を返すために、今もこうして組織の手足となっている。
今日も、売り上げを組織へ収めに戻ってきたとき、嫌な予感がして咄嗟に隠れたのだ。
普段盗みなどを行っていたせいか、危機に対して敏感になっていたおかげだろう。
男は、戦闘員が全員倒れたところで、満足げに大きく頷く。
「戻ってこい」
石像が男の命令に反応し、従う。
そして本拠地は沈黙した。男と石像以外に立っているものはなく、他は死屍累々である。
「ふふふ、まずはここを拠点としよう」
「くっ、なぜ?」
ただし男は手加減していたのか、死人は出ていない。
第六級の戦闘員が、痛みを堪えながら男に問いかけた。
「この迷宮都市を、俺のものにするためだよ」
(大言妄想ですね)
ローゼは、何を言っているんだこいつ、という目で男を見る。
石像は確かに強かった。ローゼが十人、二十人いたところで、勝てないだろう。
だがこの迷宮都市には、都市最強と名高い第二級の探索者がいるし、大手クランには第三級や第四級の探索者も数多く存在する。
そしてそれらを管理している探索者協会の協会長も、元第二級探索者だ。その戦力は小国に匹敵するだろう。
いくらなんでも、石像一体では到底勝てるはずがない。
同じことを第六級の男も思ったのだろう。
「馬鹿げたことを!」
「まあそう思うのも無理はない」
男は大げさに指で自分を、その後石像を指した。
「だが、この俺と! 石像魔族のこいつさえいれば可能なのだよ! はーっははははは!」
魔族? 魔族って言った!?
まさかこいつ、魔族の手先なの!
今代魔王は穏健派と言われている。
事実、彼が魔王になってから数百年、人類へ一度も攻めてきてはいない。だが、それはいつまで続くのかも分からない。
備えは必須。大半はそう思っているだろう。
勇者教会が人工勇者を作ったという情報もあるが、それも対魔族として考えれば妥当だとローゼは考えていた。
「お前たちに拒否権はない。なぜ俺がわざと手加減したと思っているんだ?」
男は倒れている戦闘員たちを指さした。
事実、怪我はしているものの、誰も死んではいない。
「お前たちにも協力して貰うためだ。数の力というのも、馬鹿にはできないからな」
「数……だと?」
「そうだ。ゴミにもゴミなりの使い方がある」
ローゼが属している犯罪組織、ここの戦闘員は十数人しかいない。
弱小であり、他の組織と比べると吹けば飛ぶ程度だ。
しかし、数の力が馬鹿にできないのも事実だ。
「まず、周辺の犯罪組織を吸収して人を増やす。そして迷宮都市の犯罪組織を一つに束ねてから、大手クランを手に入れ、最終的に探索者協会を落とすのだ」
大言妄想。
さきほどローゼは、この男の言動を、そう評価した。
しかし、この男が魔族の手先であれば、そうも言っていられない。
とうとう魔王が人類へ侵攻する、その初手を打ってきたと考えれば、まさしく脅威となる。
「この街が俺のものになれば、迷宮の富は全て俺のものになる。そうなれば、いくらでも力を持つことができる!」
迷宮都市は巨大な街だ。迷宮から生み出される富だけでも、小国並みの力となるだろう。
しかも、迷宮の富は消えることがない。無限に得られる資源だ。
だからこそ、迷宮都市を擁するクルシュカ王国も、この大陸では大国の一つに数えられている。
「さあお前たちも、俺の覇道の礎となれ」
礎じゃ、私らも死ぬってことじゃないですか、それ。
さて、私はどうするべきか?
まず他の犯罪組織へ、この情報を持って移籍すること。同じ穴の狢だし、受け入れてくれるでしょう。
ただ、この男は犯罪組織をまとめると言っています。万が一、それが成功した場合、自分は脱走者です。
許されないでしょうね。
次は探索者協会へ駆け込む。自分も一応第八級の探索者だから、駆け込む権利はあります。
普通なら、スラムの犯罪組織に在籍しているものなど信用しないでしょう。
しかし魔族が絡んでいるなら別だ。特に人工勇者の件で、魔族のことも身近な問題になっています。
まずは探索者協会へ……。
そう思った時だ。
「そこに隠れているやつも、同じだ」
(ばれてます!?)
咄嗟に逃げ出そうと身体が動くものの、男が一瞬でローゼの近くへと移動した。
逃げるのには自信があった。
しかしあっさりと、首根っこを捕まえられる。
「なんだ、ガキか。しかし、多少は魔素を吸っているようだな」
ローゼは第八級探索者だ。下とはいえ、一般人では捕まえることはできない。
それがあっさり捕まったということは、この男もローゼよりかなり格上の実力者となる。
「まあいい。使えるものは、とことん使う。お前も手伝え」
首根っこを捕まえられ、自信の運の無さを嘆くローゼ。
見つかってしまった以上、従わなければならない。そして従うふりをして、途中で抜け出せばいい。
そう思い直したローゼ。
そこからローゼは、男の手足となり動くこととなった。




