第一章 8 "嵐の前の静けさ"
惑星ネロルでの勝利と「キメラ計画」の秘密が暴かれた後、同盟艦隊は秘密基地「合流点」にて、一時的な休息の時を迎えていた。整備、作戦計画、そして出自の異なる部隊の融合が本格的に始まった。しかし、それが長くは続かないであろう束の間の静けさであることを、誰もが知っていた。
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**母艦「ウィンターズ・クレスト」、王室展望室にて**
ステラ王女は、複雑な眼差しで窓の外に停泊するインワン・フリーダム艦隊を眺めていた。その隣では、ウィリアム王子が厳しい表情で、キメラ計画のデータを表示するホログラムテーブルを見つめていた。
「他の種族を兵器として利用し、自らの民の命を政治的利益のために犠牲にするなど…」ステラが、失望に震える声で小さく呟いた。「連邦はもはやただの敵国ではありませんわ、兄上。この宇宙の癌です」
「ああ」ウィリアムは冷たく応じた。「奴らは人間の名誉も魂も、全て捨て去った。止めなければならない」
「ですが、革命軍のやり方は…」ステラは躊躇した。「暴力と戦いに満ちています。そして、あのライトキャプテン…彼を一人で、あのような命懸けの危険な任務に就かせるなんて…」
「彼らは荒々しく、型にはまらないように見えるかもしれん」ウィリアムは言った。「だがそれは、生き残るためにもがき苦しむ中から生まれた強さだ。氷の城で育った我々には、決して理解できぬ強さかもしれん。この戦争において、我々には彼らの冷酷さが必要なのだ。少なくとも、今はな」
二人の王族は、戦闘の傷跡に覆われた艦「ヴィンディケーター」を見つめていた。それは、彼らの歴史上、最も奇妙で、そして最も必要不可欠な同盟の象徴だった。
--- **場面転換:基地中央食堂にて** ---
兵士や難民たちが共に食事をとる中、食堂は賑やかな声に満ちていた。ライトは、エララ、サトウ、そしてガーと共に長いテーブルに座っていた。それは、ここ数ヶ月で最も平和な食事だった。
「マリアンの連中のメシは…味が薄くてかなわねえ!」ガーがシチューを咀嚼しながら文句を言った。「惑星ザムの俺たちの『流星の涙』にゃ敵わねえな!」
「文句ばっかり言ってないで食えよ」サトウが笑いながら言った。「温かいものが食えるだけ、ありがたいと思わねえとな」
和やかな雰囲気が流れていたが、エララが真剣な表情でライトに向き直った。「次の任務のこと、ジャック司令官から少し聞きました」彼女は言った。「無茶苦茶よ、ライト…」
ライトはゆっくりと頷いた。「どの任務も無茶苦茶さ。今回は、賭け金がこれまでより高いだけだ」
「この後は?」エララが尋ねた。その問いに、テーブルの全員が静かになった。「もし…もしあなたが成功したら、その先はどうなるの?」
ライトはスプーンを置いた。彼は、無数の星が輝く窓の外を見つめた。目の前の任務より先の未来を考えたのは、初めてのことだった。「俺たちが勝つ」彼は平坦だが、力強く答えた。「そして、家に帰る」
その言葉は単純だったが、惑星ザムからの難民たちにとって、それは全てだった。
--- **場面転換:仮想戦闘訓練室にて** ---
ライトとマキが、模擬の敵で満ちた宇宙ステーションの通路のホログラム映像の中で動いていた。彼らは一言も交わさなかったが、まるで一人の人間であるかのように、完璧に連携して戦っていた。ライトが前線で猛烈かつ正確な制圧射撃を行い、マキは亡霊のように影の中を動き、高出力のエネルギーカタナで側面と背後から敵を掃討していく。
**<訓練終了。結果:新記録タイムで成功>**
ホログラム映像が消え、がらんとした部屋の中央で息を切らす二人が残された。
「左側の反応が0.2秒遅い」マキが口火を切った。彼女は頬の汗を拭った。「古傷がまだ響いているな」
「修正中だ」ライトは答えた。
「『エレクター=カイ』…制御チップ…」マキが、何もない壁を見つめながらぽつりと言った。「自分の意志を奪われる感覚が、私にはわかる。連邦は、私を完璧な操り人形として創り上げた」
「なぜまだ戦っている?」ライトは、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。「お前は自由になった。どこへでも逃げられたはずだ」
マキは彼と目を合わせた。彼女の赤い瞳が、読み取れない感情に揺れた。「『自由』とは、ただ手綱を切ることではない。飼い主を根絶やしにすることだ」彼女は言った。「連邦と、私を創り出した技術が存在する限り、私は真に自由にはなれない」
「私は革命のために戦っているのではない、ライト」
「私は、自分の過去を消し去るために戦っている」
彼女は彼の目の奥深くを見つめた。「お前なら、その感覚が誰よりもわかるはずだ」
ライトは沈黙した。彼は血に染まったことのある自分の手を見下ろし、やがてゆっくりと頷いた。彼らは友人ではないかもしれない。決してなれないかもしれない。だが、彼らはこの宇宙で唯一、互いの傷を真に理解しあえる二人だった。
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マキとの激しい仮想戦闘訓練を終えた後、ライトは魂まで疲弊していた。彼は部屋に戻るのを断り、代わりに基地「合流点」の見慣れない通路を歩くことを選んだ。ただ、一人になれる静かな場所が必要だった。
そして、彼はそれを見つけた。
これまで通ったことのない金属の通路の突き当たりに、一つの扉が開いていた。そこから漏れる光は人工的な照明ではなく、不思議なほど暖かな、柔らかな陽の光だった。好奇心に駆られて、彼は足を踏み入れた。
そして、彼の世界は一変した。
扉の向こうは、巨大な「バイオドーム」だった。様々な植物が生い茂る緑豊かな模擬世界。小さな小川が流れ、隠されたスピーカーから小鳥のさえずりが微かに聞こえ、空気は土と花の香りに満ちていた。それは、彼が何十年も見ていなかった光景、真の「生命」の光景だった。
彼は入り口で立ち尽くし、目の前の光景に息を呑んだ。やがて彼の視線は、小川のほとりに立つ一人の人物に留まった。白いドレスを着た、同じく白い髪の少女が、見たことのない花壇を優しく手入れしていた。ステラ王女だった。
ライトはすぐさま影へと身を引いた。王族のプライベートな時間を邪魔したくはなかった。しかし、彼が踵を返そうとした瞬間、足が乾いた小枝を踏み、「パキッ」という音を立ててしまった。
ステラ王女は動きを止め、すぐさま振り返った。彼女は彼を見ると、驚きにわずかに目を見開いたが、慌てる様子はなかった。
「ライトキャプテン?」彼女は親しげな笑みを浮かべて声をかけた。「ここで貴方にお会いするとは思いませんでしたわ」
王族の作法を知らないライトは、どう振る舞えばいいかわからず、ただ小さく頷いた。「失礼いたしました、王女殿下。ただ、通りかかっただけです」
「お気になさらず」彼女は言った。「ここは公共の場所ですわ。でも、あまり誰も来ないのです。ほとんどの方は、花畑よりも戦闘訓練室の方に興味があるようですから」
彼女は再び、淡い青色の花びらを優しく撫でた。「美しいでしょう?惑星マリアの『冬氷華』です。故郷がどのような場所だったか忘れないように、少しだけ持ってまいりましたの」
「ええ、とても美しい」ライトは正直に答えた。「俺は、このようなものを、長い間見ていませんでした」
「時々、思うのです。これこそが、私たちが真に戦うべきものなのではないかと」ステラは、独り言のように、しかし真剣な声色で言った。「領土や資源のためではなく、このような場所を持つ権利のために。静かに『生命』が育まれる場所のために」
その言葉は、ライトの心を強く打った。彼は生き残るため、復讐のために戦うことしか考えてこなかった。戦争の果てにあるものが、これほど単純で美しい光景かもしれないなど、考えたこともなかった。
「キャプテン」ステラは彼の目をまっすぐに見つめた。「次の貴方の任務、とても危険なのでしょうね。貴方は、怖くはありませんか?」
それは、誰も彼に尋ねたことのない、率直な問いだった。ライトは一瞬黙り、正直に答えた。
「恐怖は道具です。常に俺たちを覚醒させてくれる」彼は言った。「死ぬことは怖くない。だが、再び失敗することが怖い」
それは、彼の心の奥底から漏れ出た告白だった。
ステラ王女は、深い理解を込めた眼差しで彼を見た。彼女は何も言わず、最も美しく咲いていた「冬氷華」を一本、そっと摘み取り、彼に差し出した。
「お守りですわ、キャプテン」彼女は微笑んで言った。「貴方が何のために戦っているのか、これが思い出させてくれますように」
ライトは、その小さな花を、無骨で傷だらけの手で受け取った。花びらの柔らかさが、彼の手とはあまりに対照的だった。
彼が何かを言う前に、彼女の護衛兵が近づいてきた。「王女殿下、お時間です」
「もう行かなければ」彼女はライトに言った。「ご武運を、キャプテン」
ステラ王女が去り、ライトはその楽園のような庭に一人取り残された。彼は手の中の青い花を見下ろし、そして、目の前に待ち受ける恐るべき任務に思いを馳せた。
もしかしたら、この戦いには、彼が思っていた以上の意味があるのかもしれない。
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ステラ王女と会ってから数日後、ライトは訓練と任務の研究にほとんどの時間を費やしていた。しかし今日、彼は基地「合流点」の展望室で一人座ることを選んだ。そこは壁の一面が巨大な透明な窓になっており、星々の中に整然と並ぶ同盟艦隊の姿が見渡せた。それは威厳があり、同時に脆くもある光景だった。彼の手には、少し萎れ始めたが、まだ大切に保管されている「冬氷華」があった。
「ここにいると思ったわ」
聞き慣れた声が背後からした。振り返ると、エララ、サトウ、そしてガーが、彼がいつもガーの隣にいるのを見かけてはいたが、まだ話したことのない別の屈強な男と一緒に近づいてきた。
「ここが一番景色がいいからな」エララは微笑んで言った。「色々と考え事をするのには、もってこいよ」
「そういえば、まだ正式に紹介してなかったわね」彼女はもう一人の大柄な男に手を向けた。「ライト、こちらはボルク。最初から私たちと一緒だったんだけど、あまり喋らないの」
無表情だが、優しい目をしているボルクが、挨拶代わりにライトに頷いた。ライトも頷き返した。
「この光景を見ていると…」サトウが、艦隊を見つめながら口火を切った。「ほんの数週間前まで、俺たちが地下に隠れる小さな反乱分子だったなんて、誰が思っただろうな。この全てが終わった後、未来はどうなるんだろうな、なんて考えちまうよ」
「未来だと?」ガーは大きな声で笑った。「簡単なことよ!連邦を叩きのめし、あの機械どもをスクラップにして、そしたら俺はどこか自由な惑星で静かなバーでも見つけるさ。それだけだ!」
「私はザムに帰りたい…」エララが小さく言った。「もし、まだ何かが残っているのならね。そうでなければ、新しい故郷を、誰ももう怯えなくていい場所を、作る手伝いをしたい」
皆が静かになり、やがて視線はライトに集まった。「あなたは?キャプテン」エララが尋ねた。「アイギス・ステーションの英雄は、戦争が終わったら、何をしたいの?」
ライトは長い間黙っていた。人生で、一度もそんな質問をされたことはなかった。
「わからない」彼は正直に答えた。「そんなに先のことまで、考えたことがない」
「まるで人生を達観した爺さんみたいな言い方だな」ガーがからかった。
ライトは、悲しげな笑みを浮かべた。「そう言われると面白いな。あと数ヶ月で、俺は25になる」
その言葉に、グループの全員が息を呑んだ。特にガーとボルクは。
「25だと!」ガーは信じられないというように叫んだ。「嘘だろ!てっきり俺と同じくらいの歳だと思ってたぜ!あの連邦のクソどもは、第7部隊でお前に一体何をしやがったんだ!」
「私たちと、そんなに年は変わらないわ」エララが、張り詰めた空気を変えようと、平坦な声で言った。「私は18、ガーは32、ボルクは30、そしてサトウさんは58よ」
今や、全員の実年齢が明かされた。それは、わずか24歳のライトが、どれほど過酷な過去を背負ってきたかを、より一層際立たせた。
「俺にとって、ここ何年も、『未来』とは次の任務のことだけだった」ライトは初めて心を開いた。「生き残り、目標を殺害し、報告に戻り、そしてそれを繰り返す」
彼は手の中の花を見下ろした。「この全てが終わった後の、『未来』という考えは、まるで俺が一度も知らなかった新しい言語を学ぶようなものだ」
彼は皆と目を合わせた。「だが…」
「…学んでみる価値のある言語かもしれない、と、思い始めている」
エララの顔に、心からの笑みが浮かんだ。それは、戦争の最中に生まれた、真の理解の瞬間だった。
その時、彼らの背後から、疲れているが親切そうな声がした。「どうやら面白い話を聞き逃したようだね」
振り返ると、地下にいた時よりも清潔な白衣を着たリクター医師が、彼らに向かって歩いてくるところだった。「やあ、先生!」エララが挨拶した。「医務室の仕事はどうですか?」
「今は落ち着いているよ」リクターはため息をつきながら答えた。「ネロルでの戦闘の負傷者は、全員危険な状態を脱した。マリアン・コンバインの優れた医療品のおかげだよ。だが、心配なのは難民たちの精神状態だ。特に子供たちはね。戦争は、目に見えない傷跡を常に残す」
彼はライトに目を向けた。熟練した医師の目が、彼の元患者の体を素早く診察した。「そして君は、キャプテン。ようやく十分な休息が取れたようだな。顔色がずっと良くなった」「ありがとう、先生」ライトは頷いた。「もうずっといいです」
今や、惑星ザムの生存者たちの「中心人物」が、再び集結した。現場指揮官のエララ、技術専門家のサトウ、主戦闘員のガーとボルク、医療支援のリクター医師、そして彼らの秘密兵器、ライト。全員が展望室に立ち、不確かな未来を見つめていた。それは、戦争の灰の中から生まれた、新しい家族の姿だった。
しかしその時…
ピッ、ピッ
ライトの手首の通信機から信号音が鳴った。ジャック司令官からのメッセージだった。
「時間だ」
静寂は終わった。ライトはメッセージを一瞥し、皆と目を合わせた。「行かなければ」
「気をつけて」エララが、心配そうな眼差しで小さく言った。ガーとボルクは、戦士なりの激励として、力強く頷いた。
ライトは頷き返し、踵を返して去っていった。残された五人は、旗艦の通路へと消えていく彼の後ろ姿を見送った。宇宙の運命を決める任務へと向かう、その後ろ姿を。
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ジャック司令官からの召集信号は、彼がエララたちに別れを告げようとしていた瞬間に鳴った。それは、平和な時間を完全に終わらせる合図だった。
**旗艦「ヴィンディケーター」、第3作戦司令室にて**
室内の雰囲気は、かつてないほど張り詰めていた。同盟軍の指導者全員が集結していた。ジャック、ベアトリス提督、ウィリアム王子、そして「幻影」チームの全員、ライト、マキ、ライラ、ギデオン、サイラス、さらには傭兵部隊「ウォー・ハウンド」のレックス中尉まで。
「全員集まってくれて感謝する」ジャックが会議を始めた。「単刀直入に言う。我々は今、『キメラ計画』の恐るべき真実を知った。連邦は我々と戦争をしているだけではない。奴らは、宇宙全体を焼き尽くしかねない火で遊んでいる」
ホログラムスクリーンに、何もないように見える宇宙空間が映し出された。しかし、そこには赤い髑髏のマークが付けられていた。
「ここは『デッドゾーン001』」ジャックは言った。「キメラのデータによれば、主制御送信ステーションはここに隠されている。何もないように見えるが、連邦の最も密な長距離探知センサーネットワークによって防衛されている。大規模な艦隊は、何光年も離れた場所から検知されてしまう」
「軍隊と戦う前に、我々はまず、毒蛇の頭を断たねばならない」ジャックは言った。「君の次の任務は、君の『幻影』チームを率いて、そのセンサーネットワークに潜入し、送信ステーションを破壊することだ」
キメラ計画の科学者の音声記録が再び再生され、「エレクター=カイ」が不完全であり、それを破壊すれば機械獣が制御不能な「狂乱」状態に陥るという事実が明かされた。
音声ファイルが終わると、ベアトリス提督が心配そうな表情で抗議した。「ならば、送信ステーションを破壊することは、我々が制御不能な災厄を解き放つことに等しいのでは?」
「その通り」ジャックは認めた。「そして、それがこの任務の第二段階だ」
ライラが新しい情報と共に一歩前に出た。「キメラのデータ分析から、我々は所在地だけでなく、制御信号の『脆弱性』も見つけました。私のチームは『無効化パルス』を開発しました。これは、奴らの信号を一時的に『上書き』できます。約60秒間です」
ジャックが要約した。「したがって、君たちの任務はさらに一段階複雑になる。エレクター=カイまで侵入し、ギデオンが爆弾を起爆させる『前』に、ライラが我々の『無効化パルス』をそのシステムにアップロードしなければならない。このパルスは、機械獣を狂乱させる代わりに、『機能停止命令』を送り、我々の主力艦隊が対処する時間を稼ぐ」
室内の誰もが息を呑んだ。任務の危険性は変わらないが、その性質は天災から人災へと変わった。
ジャックはライトの前に歩み寄り、立った。「これが自殺任務であることはわかっている。だが今、君は、不可能を可能にする最高の人間だ」
「この戦争の、そして、おそらくはこのセクターの全ての生命の運命が、君たちにかかっている、キャプテン」
「私を失望させるな」
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数日が過ぎた。秘密基地「合流点」で、両同盟艦隊は大規模な修理と増強の最中にあった。「ウィンターズ・クレスト」の傷は両軍の技術者チームによって急ピッチで修復され、惑星ネロルから採掘された「ネオ・タイベリウム」はインワン・フリーダム艦隊の兵器と防御システムのアップグレードに使用されていた。それは静かな時間だったが、誰もがその静けさがガラスのように脆いことを知っていた。
エネルギーブレードがぶつかる音が、広々とした訓練室に響き渡った。体にフィットした訓練服を着たウィリアム王子が、彼の護衛官と剣の稽古をしていた。その動きは、優雅で、速く、吹雪のように鋭かった。全ての動きは、教科書のように完璧だった。
ライトは、部屋の隅で壁にもたれてその光景を見ていた。彼はマキとチームとの緊迫した作戦会議を終えたばかりで、心を落ち着かせるための静かな場所を探していた。
「ライトキャプテン」
ウィリアム王子は稽古を止め、彼の方を向いた。ハンサムな顔に滲む汗も、彼の優雅さを損なうことはなかった。「貴方が剣術に興味があるとは思いませんでした」
「観察していただけです、王子」ライトは平坦に答えた。「俺の仕事では、そういうものはナイフと呼びます」彼は腰に差したコンバットナイフの柄に触れた。
ウィリアムは口の端を上げた。「ならば、一戦いかがかな?訓練用の剣で、だが」
それは丁寧だが、彼の力量を試すような挑戦だった。ライトは頷いた。
手合わせが始まった。それは、全く異なる二つの戦闘スタイルの衝突だった。ウィリアムは、美しく連続的な高等剣術で攻め立て、ライトはシンプルだが隙のない構えで受け流した。彼は美しく戦おうとはしなかった。ただ待っていた。相手の、ほんの一瞬の隙を。
そして、その瞬間が訪れた。ライトは素早く、予測不能な動きで反撃した。彼は剣を狙わず、身をかわして接近し、王子の手首に手刀を叩きつけ、剣を弾き飛ばした!
沈黙が訪れた。王子の護衛官が駆け寄ろうとしたが、ウィリアムが手で制した。
「貴様、追い詰められた狼のように戦うな」ウィリアムは言った。しかし、その目には感嘆の色が浮かんでいた。「名誉はない。だが、恐ろしく効率的だ」
「忘れ去られた植民地の暗い路地では、名誉は命を救ってはくれません」ライトは答えた。
「妹が、貴方のことを話していました」ウィリアムは突然話題を変えた。「彼女は、あの日のバイオドームでの貴方たちとの会話に、感銘を受けたようです」
彼は近づいてきた。「彼女は、貴方がただの『第7部隊の亡霊』以上の何かを持っていると信じています。私は願っています…妹のために、彼女が正しいことを」
ウィリアムはライトの目を深く見つめた。「貴方がこれから行う任務は、インワン・フリーダムの希望だけでなく、私のマリアンの民の希望も背負っているのです。彼らを失望させないでください」
それは命令ではなく、一人の男からもう一人の男へ、一人のリーダーからもう一人のリーダーへの、願いだった。
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**(場面はハンガーベイに移る)**
誰もが去った後、ライトは任務開始前に向き合わなければならない最後の人物がいることを知っていた。彼のパートナーだ。
彼は、ステルス艦「ナイトフォール」が静かに待機するプライベートハンガーへと向かった。そして、マキを見つけた。彼女はただ立っているのではなく、艦の横の床に座禅を組み、特殊な砥石で彼女のカタナを、冷静に、集中して研いでいた。石が金属を擦る音が、静かに、リズミカルに響き渡る。それは静かな光景だったが、氷のような殺気が漂っていた。
ライトは何も言わずに彼女の隣に立ち止まった。
「来たか、キャプテン」マキは刃から目を離さずに言った。「我々の任務の可能性を計算してみた。ステーションに検知されずに潜入できる確率は、30%未満だ」
「わかっている」ライトは答えた。「そして、生還できる確率は、さらに低い」
「死は恐ろしくない」マキは続けた。「恐ろしいのは、任務を達成できずに死ぬことだ。『無効化パルス』のアップロードが間に合わなければ、『エレクター=カイ』の破壊は、全てを破壊する狂乱した機械獣の群れを解き放つことになる。我々の犠牲は、無意味になる」
彼らの会話は、生と死の緊張感に満ちていた。慰めの言葉も、美辞麗句もない。ただ、過酷な現実を受け入れるだけだった。
ライトは彼女の隣に腰を下ろした。「成功させなければならない。他に選択肢はない」
沈黙が訪れた。ただ、刃を研ぐ音だけが続く。
しかしその時、ライトの視線が何かに留まった。マキの刀の柄の端に、古びた小さなお守りが一つ、ぶら下がっていた。それは、この殺戮兵器には全く似つかわしくない、小さな鳥の木彫りの人形だった。
「それは…」ライトは思わず口にした。
マキの手が一瞬止まった。ライトが彼女の集中が途切れるのを見たのは、初めてのことだった。彼女はそのお守りを見下ろし、その眼差しが変わった。冷徹さが一瞬消え、ライトがこれまで見たことのない何かが現れた。
「記憶だ」彼女は小さく答えた。「これより前の時間の」
彼女はそれ以上説明しなかったが、ライトはすぐに理解した。「これより前」とは、「ゴースト」になる前、全てが奪われる前のことだ。
ライトはそれ以上尋ねなかった。彼はただ、装甲服のポケットから、乾き始めているがまだ青い形を保っている「冬氷華」を取り出し、そっと隣に置いた。
「誰にでもあるものだろう」彼は言った。
マキはその花を一瞥し、彼と目を合わせた。その瞬間、階級も、第7部隊も、ゴースト部隊もなかった。ただ、再び失敗することを恐れる一人の男と、自分の過去を消し去るために戦う一人の女がいた。二つの壊れた魂が、言葉を交わすことなく、互いの傷を認め合った。
それは、戦争の暗闇の中で生まれた、束の間の「**良い時間**」だった。
やがて、マキは元に戻った。彼女は立ち上がり、刀を鞘に収め、お守りは再び闇の中に消えた。「艦の準備はできている」彼女は、元の氷のような声で言った。「あなたが命令すれば、すぐに出発する。キャプテン」
ライトも立ち上がった。彼は花を見て、そしてパートナーを見た。
「行こう。悪魔狩りの時間だ」
ライトが話し終えると、彼はその乾いた花を慎重にポケットに戻し、待機しているステル-ス艦「ナイトフォール」へと向かった。マキはまだその場に静止していた。
しかし、ライトが彼女の横を通り過ぎる時…
ポン。
彼の手が、彼女の肩を軽く叩いた。それは慣れ親しんだ友情のタッチではなく、戦友としての、重く、意味のこもったものだった。
彼は歩みを止めずに、通り過ぎながら、静かだがはっきりとした声で言った。
「背中は任せた、相棒」
それは、特殊部隊の兵士たちが使う言葉。最高レベルの信頼の表明。自らの命を、完全に他者の手に委ねるという意味。
その一瞬、マキは固まった。彼女の体が一瞬硬直し、二色の瞳がわずかに見開かれた。その言葉、その偽りのない信頼。それは、彼女が誰からも受けたことがなく、聞くことなど予期していなかったものだった。特に、この男からは。
彼女は、変わりかけたかもしれない表情を隠すように、素早く顔を背け、元の氷のような声を取り繕って答えた。
「当然だ。キャプテンを生還させることが、私の任務だからな」
艦の入り口まで来ていたライトは、振り返って彼女に微かに笑いかけ、艦内へと入っていった。
マキはもうしばらくその場に立ち尽くし、やがて、誰にも聞こえないほどの声で、自分に呟いた。
「…変態」
そして彼女は、人生で一度も経験したことのない、混乱した感情を抱えながら、彼の後を追って艦内へと入っていった。