第一章 7
ガーが去った後、重苦しい雰囲気は徐々に薄れ、気まずい沈黙だけが残った。
サトウとリヒター医師は、エララに軽く頷くと、他の難民たちの世話をするために散っていった。
避難センターの喧騒の中、ライトとエララは二人きりで座っていた。
ライトは、静かにトレーの中のシチューを黙々と食べた。
それはありふれた食事だったが、長い間、温かいものを口にしていなかった彼にとって、その味はまるで高級レストランの料理のように素晴らしかった。
彼は、ほとんどなくなるまで素早く食べ進めたが、エララの視線を感じて、食べる速度を落とした。
「美味い…」
ライトが、最初に沈黙を破った。その声は、ほとんど囁き声のようだった。
「こんな温かいものを食べるのは、久しぶりだ。ありがとう」
エララは、その感謝の言葉には応えなかった。
彼女は、彼の隣の木箱に腰を下ろし、腕を組んで長く息を吐いた。「第7部隊って…本当は、どんなところなの?」
そのあまりにも直接的な問いに、ライトは一瞬、言葉を失った。
彼は、ゆっくりとスプーンを置いた。
「それは…道具だ」彼は、ゆっくりと答えた。
「俺たちは、疑問を持たず、感情を持たず、名前も、顔も持たないように訓練された。あるのは、番号と任務だけだ。『なぜ』という言葉は禁句だった。俺たちが知っているのは、標的が『誰』で、任務を成功させるには『どうするか』だけだ」
「それで、成功したの?人間性を消すことは?」エララは続けた。
彼女の視線は、まだ彼から逸らされなかった。
「いや…」
ライトは首を振った。「本当に成功することなんてない。ただ、抑圧されているだけだ。いつか、崩壊する日を待っているだけ。インワンで、俺に起こったことのようにな」
再び、沈黙が訪れた。
しかし今回は、気まずい沈黙ではなく、互いが互いを理解するための、静かな時間だった。
ライトは、最後の一切れのパンを食べ終え、彼女と向き合った。
「じゃあ、あんたは…どうして、こんなことを?」彼は問い返した。
「あんたは、らしくない…」彼は、それが失礼に聞こえるかもしれないと知り、言葉を濁した。
「あんたは、こんな戦争で銃を取るには、若すぎるように見える」
エララは、かすかに嘲笑した。
それは、彼女の年齢には不釣り合いなほど、悲しく、そして疲れた笑みだった。「生まれながらの戦士なんていないわ、ライト。私たちは皆、状況に追い詰められただけ」
彼女は、避難センターの人々に目をやった。「私の両親は教師だった。連邦が押し付ける歴史ではなく、惑星サムの本当の歴史を教えていた。ある日、彼らは『扇動』の罪で連邦兵に連行され、二度と戻ってこなかった。私は、その日から反乱グループに加わったの」
彼女の物語に、ライトは言葉を失った。
誰もが、連邦によってつけられた傷を、同じように持っていたのだ。
「ジャック司令官から受けた任務は…危険なんでしょ?」エララは話題を変えた。
ライトは頷いた。
「戻ってこられないかもしれない」
エララの眼差しは、明らかに和らいだ。
「もし、連邦のセキュリティシステムに関する情報が必要なら…サトウが、助けになれるかもしれない。彼は、連邦が全てを接収する前は、大企業でネットワークエンジニアをしていたから」
それは、初めてだった。
このグループの誰かが、彼に「容疑者」や「武器」としてではなく、「同盟者」として、助けを申し出てくれたのは。
「ありがとう」
ライトは、短く、しかし深い意味を込めて答えた。
「サムのエララか?」
力強い低い声が、二人の会話を遮った。
ヴァレリウス司令官が、二人の兵士と共に、まっすぐ向かってきた。「ジャック司令官からの命令だ」
彼は言った。「時が来た。君たちにやってもらう任務がある」
ヴァレリウス司令官は、エララだけではなく、近づいてきたサトウやガーにも視線を向けた。今や、惑星サムの生存者たちは、正式に革命軍の一部となろうとしていた。
---
旗艦「ヴィンディケーター」の個室で、数日が過ぎた。
この四角い金属の部屋が、ライトの全世界となった。
それは、息が詰まるほど簡素で、ベッド、テーブル、そして一台の多目的ホログラムプロジェクターがあるだけだった。
しかし彼にとっては、アストレア07収容所の独房に比べれば、天国だった。
腹部の傷は、かなり良くなっていた。
激しく動くたびに、まだ鋭い痛みを感じるものの。毎日、彼は体の回復のために軽いリハビリを行い、そして、彼が遂行しなければならない任務…「プロジェクト・キメラ」の情報を研究して、ほとんどの時間を過ごした。
それは、ほとんど不可能な任務だったが、ライトの心は、不思議と穏やかだった。
少なくとも、今回は、自分が何のために戦うのかを、知っていた。
彼がデータパッドでイージス研究ステーションの換気システムの設計図を調べていると、部屋のホログラムプロジェクターが起動した。
艦隊の中央通信システムからの着信だった。
ジャック司令官のホログラム映像が、部屋の中央に現れた。
艦隊の全兵士と民間人に向けた、アナウンスだった。「自由を愛する同志諸君」ジャックは、力強い声で始めた。「惑星サムからの民衆の避難における勝利は、我々の偉大なる第一歩に過ぎない。しかし、戦争はまだ終わっていない。死の機械の群れは未だ脅威であり、連邦の権力は、このセクターの他の何十もの星を、未だに抑圧している」
ジャックの背後の映像が、緑豊かで平和に見える惑星の画像に変わった。「ここは、惑星クラス。この地域の連邦の穀倉地帯である、農業の世界だ。あの惑星の民は、未だに伝統的な方法で農業を営んでいる。彼らは、何十年もの間、連邦に資源と労働力を搾取されてきた、農民たちだ」
映像は、広大な黄金色の麦畑、働くトラクター、そして農民たちの疲れた笑みを示す、短いビデオクリップに切り替わった。
そしてその映像は、非情な税の取り立てを行う連邦兵の映像に取って代わられた。
「今日、我々は、彼らを解放するための作戦を開始する!」ジャックは続けた。「私は、既に小規模な特殊作戦チームを惑星クラスに潜入させた。彼らの任務は三段階ある。第一に、必要な物資を秘密裏に住民へ輸送すること。第二に、あの惑星にある連邦の拠点を攪乱し、混乱させること。そして第三に、噂を広め、民衆を内側から蜂起させることだ!」
ライトは、ホログラム映像を真剣に見つめた。(こんな諜報任務に適任なのは、一体誰だ?)
そして、ジャックの映像がズームアウトし、この重要な任務を任されたチームが明らかになった。ライトの心臓が、跳ね上がった。
黒い軽偵察アーマーを着て、中央に立っているのは、他の誰でもない…エララだった。彼女の隣には、電子制御パネルをいじっているサトウと、決意に満ちた眼差しでライフルを確認しているガーがいた。
「民衆が蜂起する準備ができた時、我が艦隊が、あの惑星を制圧するための切り札となる!」ジャックは高らかに宣言した。「惑星クラスの解放は、連邦の権力を揺るがすだけでなく、我が革命軍に、安定した食料供給をもたらすだろう!皆、この任務を信じよ!」
ホログラムは途切れ、部屋は再び静寂に包まれた。
ライトは、椅子に背をもたせかけた。
様々な感情が、心に押し寄せてきた。エララたちが、これほど重要な任務を任されたことへの驚き、他の者たちが戦っている間に、自分がここで療養していなければならないことへの焦燥感、そして何より、心配。
潜入と心理戦は、正面からの戦闘よりも、何倍も危険だ。
しかし、やがて彼は理解した。
ジャックは、最適任者を選んだのだ。
抑圧された民の気持ちを、惑星サムからの難民たちほど、よく理解できる者はいない。
彼らは、ただの兵士ではない。歩く、希望の象徴なのだ。
ライトは、手の中のデータパッドに目を戻した。
イージス研究ステーションの設計図。彼は、かすかに笑った。
(どうやら、皆、それぞれに戦うべき戦争があるようだな)
今、彼は自分の役割を、はっきりと理解した。
エララが、地上で「信念」の戦争を戦っている間に、彼の任務は、星々の中で、「影」の戦争を戦うこと。
そして彼は、それを必ず成功させてみせる。
---
エララたちの任務の知らせを知った後、彼は再び、静かな個室で物思いに沈んでいた。
彼は、スクリーンに映し出された「イージス研究ステーション」のデータを見つめていた。
その光景が、過去の血塗られた記憶と重なる。
(結局、俺は、また同じことを繰り返すのか)
その考えが、冷たい囁きのように、湧き上がってきた。
潜入、隠密、情報奪取…これらは全て、彼がかつて葬り去り、逃げ出そうとしてきた、「第7部隊」の役割そのものだった。
再びこのような任務に戻ることは、まるで、自分自身に言い聞かせているようだった。
どれだけ遠くに逃げようと、彼は未だに、戦争の、あの「道具」のままだと。
躊躇と恐怖が、心の中に芽生え始めた。(もし、俺たちが成功したら、連邦は、間違いなく狂乱するだろう)彼は、かつての上官の非情さを、よく知っていた。
奴らは、彼を追うだけではなく、インワン・フリーダムの全艦隊を追うだろう。
奴らは、我々全員を粉々にするために、全戦力を送り込んでくるかもしれない。
俺たちの行動が、さらに何千人もの人々の死を、招くかもしれない。
だがその時、ライトは、その否定的な考えを振り払った。
(違う…)彼は、心の中で反論した。(奴らに、あの秘密兵器を完成させることこそが、皆に死をもたらすのだ)
彼は、再び「プロジェクト・キメラ」のデータを見つめた。それは、ただの兵器の設計図ではない。
それは、戦争の盤面全体を、一度にひっくり返す可能性のある、「切り札」かもしれないのだ。
それを盗み出すことができれば、それは革命派の勝利を意味するかもしれない。
そしてそれは、戦争をより早く終わらせることを意味する。何百万人もの人々の命を、救うことを意味する。
(そうだ…)決意が、再び彼の眼差しに戻ってきた。
(これは、代償だ)彼は、自分に言い聞かせた。(たとえ、過去が再び俺を苛もうとも、たとえ、再び影の中の『亡霊』に戻らなければならなくとも、これは、自分自身に証明する機会なのだ)
彼は、誰かに証明しようとしているのではない。
エララでも、ジャックでもない。彼が、証明したいのは、「自分自身」にだった。
この、忌まわしい第7部隊のスキルが、人々を守るためにも使えるのだと。虎は、その縞模様を消すことはないかもしれない。しかし今回、この虎は、もはや抑圧者のためには、狩りをしない。
(俺たちの、今回の行動が、何百万人もの人々の希望になるかもしれないのだ)
その考えが、彼の肩にかかる責任を、さらに重くした。
しかし同時に、それは、彼の目標を、これまでになく明確にした。
ライトは、データパッドを閉じた。
彼は立ち上がり、補給部隊が用意した武器と装備の点検を始めた。
彼の心は今、氷のように静かで、冷徹だった。
彼は、準備ができていた。
肉体も、精神も。
今や、残されたのは、ただ一つ。
ジャック司令官からの、最後の命令を待つことだけだった。




