第三章 70 "血月連邦の崩壊、そして裏切り(1)"
--- **血染めの膠着** ---
首都惑星「ブラッディ・プラネット」の軌道上と地表で、戦争は血みどろの膠着状態に陥っていた。ジャックとケイレンの計画通り、連合軍は首都周辺に橋頭堡を築くことに成功したが、連邦の防衛は予想以上に堅固だった。彼らは最後の故郷を守るため、死に物狂いで戦っていた。
地上では、ウィリアム王子がマリアン・コンバインの軍を率いて勇敢に敵の防衛線と衝突し、軌道上では、ベアトリス提督が、生き残ったイオン・キャノン要塞と激しい砲撃戦を繰り広げていた。彼らは、命と血を代償に、一インチずつ、ゆっくりと包囲網を狭めていった。
--- **影の中の静寂** ---
しかし、その激戦の最中、最も強力な二隻の艦は、戦いに参加していなかった。ジャックの「ヴィンディケーター」と、ライトの「ヘカトンケイル」は、ただ、影の中で、待機していた。
「ヘカトンケイル」の艦橋で、ライトと彼のチームは、時間との戦いを繰り広げていた。「ダメです!」ライラが、悔しそうに言った。「ジャックが、全てをブロックしています!連合艦隊の誰とも、連絡が取れません!」
「じゃあ、俺たちの計画はどうなるんだ!?」ギデオンが、焦燥に駆られて尋ねた。
「待つしかない」ライトは答えた。その眼差しには、不安が満ちていた。「ジャックが、彼の切り札を切るのを待ち、そして、我々が、それに対応できることを、願うだけだ」
--- **審判の日** ---
そして、その日は来た。両軍が、疲弊しきった、その時。ジャック司令官は、幕を閉じる時が来たと、判断した。彼は、自らの艦隊に攻撃を命じる代わりに、「ヴィンディケーター」に隠された「エレクター=カイ」へと、通信チャンネルを開いた。
「収穫のシークエンスを、開始する」
その声が終わると、ブラッディ・プラネットの上空が、暗黒に染まった。何千ものワープゲートが同時に開き、そして、膨大な数の「機械の群れ」が、そこから姿を現した!
--- **裏切り** ---
「奴らが来たぞ!」地上から、ウィリアム王子が叫んだ。「ジャック司令官の増援だ!」連合艦隊の誰もが、歓喜の雄叫びを上げた。しかし、その歓喜は、一瞬で終わった。
機械の群れは、連邦軍を攻撃したのではない。奴らは、その全ての砲門を、「連合軍」に向けたのだ!!!
「何だと!?」ベアトリス提督が、驚愕に目を見開いた。マリアン・コンバインの戦闘艦が、次々と、味方だと思っていた機械の群れに喰い尽くされ、宇宙の塵と化していった!悪夢が、現実となった。
--- **崩壊** ---
連合艦隊が虐殺されている間、機械の群れのもう一団が、今や弱体化した連邦の首都へと、雪崩れ込んだ。悲鳴、爆発、そして、破滅。血月連邦は、崩壊した。
「ヘカトンケイル」の艦橋で、ライトは、震える拳を握りしめ、その悲劇の全てを、ただ見つめていた。彼は、遅すぎた。彼は、誰にも警告できなかった。
「ライラ、今だ」彼は、かすれた声で囁いた。「『ノアの方舟計画』を発動しろ。生き残っている全ての船に、信号を送れ。ここへ集結するよう、伝えろ」
「我々は、戦争に負けたかもしれん。だが、まだ、諦めるわけにはいかない」
「ヘカトンケイル」は、ゆっくりと影の中から動き出した。それは、戦うためではなく、「ノアの方舟」としての役目を果たすため。彼ら自身の「同盟者」が作り出した、この災厄から、生存者を拾い集めるために。
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今や宇宙の墓場と化したブラッディ・プラネットの軌道上で、ジャックの冷たい宣言が、生き残った者たちに響き渡った。**<「連合艦隊各隊へ。これが、私の最後の命令だ。我々の任務は完了した。連邦は崩壊した。各艦、速やかに、我が命令に従い、この宙域から離脱せよ」>**
それは、用済みの駒を、盤上から排除する、勝者の布告だった。傷ついた「ウィンターズ・クレスト」は、緊急ワープで姿を消した。辺境で任務に就いていたエララたちもまた、混乱の中で、散り散りになって逃げるしかなかった。そして、地上に降ろされた何十万もの兵士たちは、見捨てられた。
しかし、影に潜んでいた「ヘカトンケイル」は、逃げなかった。
「ライラ!」ライトが叫んだ!「生き残っている全ての船に、我々の座標へ集結するよう伝えろ!ヘカトンケイルが、新たな合流地点だ!」
「レックス!ギデオン!サイラス!」彼は、彼のチームに向き直った。「降下艇を用意しろ!我々は、地上へ戻る!」
「正気ですか、キャプテン!?」
「ああ、地獄だ。そして、我々は、仲間を地獄に置き去りにはしない」
ライトは、誰も命令しなかった任務を開始した。可能な限り、多くの命を救うという任務を!
「我々は、戦争に負けたかもしれん。裏切られたかもしれん」彼は、力強く言った。「だが、まだ、我々の『人間性』を、失うわけにはいかない」
「ヘカトンケイル」は、絶望の戦場の中心へと、その艦首を向けた。それは、戦闘艦としてではなく、裏切りの嵐を乗り越えるための、「ノアの方舟」として。
--- **暴君の布告** ---
救出作戦の最中、ジャックからの、最後のホログラム通信が、生き残った全ての船に届いた。そこに映し出されたのは、無傷の「ヴィンディケーター」の艦橋に立つ、彼の、平然とした顔だった。
**<「ご苦労だったな、諸君。君たちは、『囮』としての役目を、見事に果たしてくれた」>**
「ヘカトンケイル」の艦橋で、ギデオンは、コントロールパネルを粉々に砕けるほど、強く殴りつけた!「あのクソ野郎!裏切り者め!」
「ウィンターズ・クレスト」で、ウィリアム王子が、激昂して叫んだ!「これは、最大級の侮辱だ!」
そして、エララの船で、彼女は、ただ、静かに、その光景を見つめていた。「どうやら、我々の敵が、もう一人増えたようだな」
今や、自由のための戦争は終わり、ライト率いる「見捨てられし者たち」は、ジャックの「新帝国」との、内戦へと突入したのだった。
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緊急合流ポイントとなった、暗く、遠い星雲の中で、ライト率いる難民船団が集結した。艦橋の空気は、怒りと絶望に満ちていた。
「我々は、全てを失った…」アリステア司令が、震える声で言った。
「これから、どうする?」エヴァ司令が尋ねた。「我々には、何十万もの難民がいる。だが、物資も、武器も、限られている」
全員の視線が、ライトへと注がれた。彼の目に、もはや絶望はなかった。そこには、氷のように冷たい、復讐の炎だけが、燃え盛っていた。
「逃げれば、死ぬ」ライトは、平坦に言った。「隠れれば、飢え死にする。我々の唯一の活路は、『反撃』だ」
「反撃だと!?」レックスが、苦々しく笑った。「何でだ?俺たちには、もう何も残っちゃいねえぞ、キャプテン!」
「一つだけ、残っているものがある。ジャック自身が、我々に教えてくれたものがな」ライトは、星図を指差した。インワン・フリーダムのかつての基地の一つを。「我々は、インワン・フリーダムの基地を襲撃する。奴らの武器と物資の全てを、奪うのだ」
「正気か!?」アリステアが、抗議した。「そこにいる兵士たちは、我々の、元仲間だぞ!」
「違う」ライトは、即座に言い返した。「奴らは、ジャックの兵士だ。偽りの皇帝の、道具だ。そして今、我々は、新たな反乱分子、『見捨てられし者たち』だ。そして、見捨てられし者に、手段を選ぶ権利などない」
「ジャックは、我々にゲリラ戦を教えた。弱点を突くことを教えた。非情であることを、教えた。ならば今こそ、その全ての教えを、奴自身に、叩き返す時だ」
今や、革命は終わり、ジャックの「新帝国」と、ライト率いる「見捨てられし者たち」との、内戦が、公式に始まったのだった。
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数日後、ジャックは、自らを神格化する、新たな演説を、宇宙全域に放送した。彼は、もはや軍服ではなく、精神的な指導者のような、荘厳なローブをまとっていた。
「生き残った者たちへ。灰の子らよ。顔を上げよ」彼の声は、柔らかく、説教師のようだった。「機械の群れは、脅威ではない。『浄化』だ。我々の、くだらない争いを、一掃するための、宇宙の意志だ!そして、私こそが、その意志を導くために、選ばれた者なのだ!」
「これより先、戦争は、もはや存在しない。ただ一つの意志の下にある、『平和』のみが存在する。『一つの意志の教典』。それを受け入れる者は、守護される。それに背く者は、連邦のように、浄化されるだろう」
「あの、狂人が…」レックスが、吐き捨てた。「奴は、皇帝になるだけじゃねえ。神にでも、なるつもりだ」
全員が、ライトを見た。
「どちらにせよ、我々は、我々の自由に従うまでだ」彼は、インワン・フリーダムの、今や新興宗教の「寺院」と化した、基地の一つを、指差した。
「奴らが、自らを、宗教だと、思っているのなら、私にとって、そこは、最大の、『武器庫』だ」
「ジャックが、自らを、万物を操れる、神だと、思っているのなら」ライトは、危険な声で、締めくくった。「…神とて、血を流すということを、我々が見せてやるまでだ」




