第三章 54
揺れる通路の残骸の上で、傷ついた二匹の獣が、最後の対峙をしていた。ライトは、血に濡れた左腕を押さえていた。その痛みは、彼の意識を、朦朧とさせていた。一方、スペクターは、たとえ右腕が機能しなくとも、その殺意は、以前にも増して、激しくなっていた。
「しぶとい奴だ、ゴキブリのようにな、裏切り者」スペクターは唸った。「何のために戦う?夢見がちな王女のためか?いずれ粉砕される反乱分子のためか?お前には、もう何も残っていない!」
「間違っているのは、お前の方だ」ライトは答え、そして、その瞬間に突進した!最後の攻撃だった!
スペクターもまた、突進してきた!その左手のヴァイブロブレードが、ライトの首筋を狙う!しかし、ライトは、腕を上げて防御しなかった。彼は、最も無謀な行動に出た。彼は、刃をわずかに身をかわして避け、それが無傷の肩を浅く切り裂くのを許し、その勢いのまま、敵の懐へと飛び込んだ!
今や、二人は、武器が使えないほどの至近距離で、もつれ合った!
「お前の言う通りだ!」ライトは、スペクターの仮面に頭突きを食らわせながら、囁いた。「かつて、俺は理由もなく戦っていた。命令のままに。俺の家族は、認識番号だった」
彼は、ありったけの力で、スペクターの腕をこじ開けた。「だが、今は、俺には理由がある!」
希望に満ちた眼差しで彼を見つめるステラの姿が、頭に浮かんだ。『貴方の未来が見たい』。暖かく微笑むエララの姿。『私たちは、ここにいます』。複雑な眼差しで彼を見つめるマキの姿。『相棒』。
「俺は、これから咲き誇る花畑のために戦う!俺の帰りを待つ、家族のために戦う!俺が通ってきた地獄を理解してくれる、相棒のために戦う!」彼は、赤い光学レンズを睨みつけた。「俺には、戦うべき全てがある。だが、お前には何が残っている、スペクター?命令か?崩壊しつつある連邦か?お前こそが、何も残っていない亡霊のために、戦っているんだ!」
その言葉は、「真の忠誠者」の心を、深く貫いた!初めて、スペクターは、「躊躇」した。
そして、その一瞬の躊躇が、彼の終わりとなった。ライトは、スペクターの腕を掴んでいた手を離し、その同じ手で、自らのコンバットナイフを抜き、そして、ヘルメットの顎下の隙間、彼が知る唯一の急所へと、突き立てた!
ザクッ!
スペクターの体は硬直し、赤い光学レンズが激しく明滅し、そして、消えた。第7部隊の伝説は、終わった。
その亡骸が崩れ落ちると同時に、完全に力を使い果たしたライトもまた、倒れ込んだ。しかし、意識を失う直前、彼は、誰かの柔らかな腕が、彼の体を支えるのを感じた。「貴方は、やり遂げたのです…ライト…」
ステラ王女の声が、彼が最後に聞いたものだった。この勝利は、「第7部隊」の勝利ではない。「ライト」の、再び生きる理由を見つけた、一人の男の勝利だった。
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スペクターの光学レンズの光が消え、第7部隊の伝説は、静かに床に崩れ落ちた。静寂が、狂乱の戦いに、取って代わった。
ライトは、よろめきながら、立っていた。アドレナリンが切れ、全身を襲う激痛が、彼に、襲いかかった。彼の膝が、折れ、その体が、倒れ込もうとした、その時、誰かの柔らかな腕が、背後から彼の体を支えた。「やり遂げたのです…ライト…」
ステラの声だった。ライトは振り返り、そして、完全に意識を失った。
ステラは、腕の中で気を失った、彼女を守り抜いた男の体を、ゆっくりと冷たい金属の床に横たえた。その瞬間、彼女が張り詰めていた、王族としての気丈さの壁が、崩れ落ちた。彼は、彼女を守るために、死にかけていた。彼女が必死にこらえていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。
「馬鹿な人…」彼女は、嗚咽の中で囁いた。「無鉄砲な人…優しすぎる、馬鹿な人…どうして、私のために、ここまで…」
彼女は、彼の血に濡れた無骨な手を握りしめ、自らの頬に当てた。
その時、マキとエヴァが、現場に到着した。彼女たちは、目の前の光景に息を呑んだ。倒れたスペクター、気を失ったライト、そして、彼にすがりついて泣きじゃくるステラ王女。
「彼は、生きている」エヴァが、ライトのバイタルを確認して、小さく言った。「だが、危険な状態だ。急いでここから離脱しなければ」
マキは、何も言わなかった。彼女は、王女の涙を、ただ静かに見つめていた。それは、彼女が決して理解できない感情表現だった。だが、心の奥深くで、彼女は奇妙な痛みを感じていた。
「貴方たちは、ライトを船へ」ステラが、震えるが、力強い声で言った。「私は、あのデータを取りに行きます」
「なりません!」マキが、即座に反論した!「危険すぎます!」
「ですが、私が、奴らが即座に撃つのをためらう、唯一の人間です!そして、ライトの犠牲を、無駄にはさせません!」王女は、エヴァに手を差し出した。「『鍵』を、私に」
エヴァは一瞬ためらった後、決意し、データチップを王女に手渡した。「ご武運を、王女殿下」
信じられない光景が、繰り広げられた。最強の暗殺者マキが、意識のないライトの体を肩に担ぎ上げ、情報戦の古狐エヴァが、援護のためにピストルを構え、そして、血に汚れたドレス姿のステラ王女が、ただ一人、ロッカーへと走った!
ドックに突入してきた連邦兵の第一波が、脱出しようとするマキとエヴァを発見した!「援護する!」エヴァが叫び、敵を食い止めるために応戦した!
一方、ステラは、ロッカー77Bに「鍵」を差し込んだ!**<…認証…ロック解除中…>**
しかしその時、別の連邦兵の一団が、彼女を発見した!「王女はあそこだ!生け捕りにしろ!」
ロッカーが開く前に、プラズマ弾が彼女に降り注いだ!ステラは、間一髪でロッカーの陰に身を隠した!
その絶望的な瞬間、ドォン!!!通路の側壁が、内側から爆発した!煙の中から、ギデオンとサイラスが現れた!
「遅れてすまない…ちょっと渋滞に巻き込まれてな!」ギデオンが叫び、グレネードランチャーを連邦兵に叩き込んだ!
**<「王女!データを取ったらすぐに出て!今、迎えに行く!」>** ライラの声が響き渡った!「ナイトフォール」が旋回し、機銃掃射で敵の増援を薙ぎ払った!
その隙に、ステラは、開いたロッカーから「証拠」のデータコアを掴み取り、壁の穴から飛び出した!ついに、「幻影」チームの全員が、再集結した!
「全員!緊急合流ポイントへ!」ライラが命じた!「そこで拾う!」
--- **「ナイトフォール」艦内にて、脱出中** ---
ステルス艦は、炎上するオアシスから離脱した。艦内では、意識のないライトのそばで、エヴァが彼の容態を監視していた。ステラは、血に濡れたデータコアを固く握りしめ、彼を見つめていた。そしてマキは、艦の最も暗い隅で、その光景を、ただ静かに見つめていた。
任務は成功し、彼らは生き延びた。しかし、その代償は、肉体と、そして心の、深い傷跡だった。




