第二章 49 "戦争記録(1)"
--- 尋問室にて、基地「合流点」 ---
静寂が、最初の武器として使われた。ケルベロスで捕らえられた第7部隊兵は、暗く冷たい部屋の中央で、拘束椅子に静かに座っていた。肉体的な拷問はなかったが、彼の心はゆっくりと砕かれていった。
ドアが開き、サラダー共和国のエヴァ司令がデータパッドを手に現れた。
「貴様の名前と階級に、もはや意味はない」エヴァは、平坦な声で切り出した。「貴様が仕えた帝国は、崩壊しつつある。それが、どれほどの速さで崩れ落ちているか、見せてやろう」
彼女は、ホログラムスクリーンを起動した。「全ては、小さな火花から始まった。惑星ザムで」
[要約1-4: ザムの火花] スクリーンには、ライトのバーでの戦闘、機械の群れによるデルタ艦隊の壊滅、そして、連邦が何百万もの人々を災厄の中に見捨て、惑星ザムを放棄したという、最後の光景が映し出された。 「たった一人の男が、革命の象徴となった。あの日、連邦が犯した行為が、ザムの生存者たちを、ためらうことなく『インワン・フリーダム』へと参加させたのだ」
「裏切り者一人と、雑魚の反乱分子だけだろう」囚人は鼻で笑った。「何の意味もない」
「そうか?」エヴァは嘲笑した。「では、その『裏切り者』の功績とやらを、見せてもらおうか」
[要約5-6: ケルベロスでの勝利] 映像は、ステーション・ケルベロスの3D設計図へと切り替わった。「貴様らが鉄壁だと信じていた場所が、たった5人の工作チームによって破壊され、占拠された。そのチームを率いていたのが、その『裏切り者』だ」 エヴァは、ライトの「トロイの木馬作戦」と、ライラの策略によって、何万もの乗組員が戦わずして降伏するまでの、壮絶な戦闘記録を再生した。 「貴様の仲間たちは、我々に非常に協力的でな。彼らが、『スペクター』について教えてくれた。そして今、貴様らのものだったステーションは、我々の新たな基地となった」
[要約7-8: 同盟結成…そして影の戦争] 「だが、最大の勝利は、戦場で起きたものではない」映像は、マリアン・コンバインの母艦「ウィンターズ・クレスト」の到着と、「ザン・セクター解放連合軍」の正式な結成式へと切り替わった。「今や、我々の軍は、三大勢力が結集した、貴様らを打倒するための軍隊だ」 そして、エヴァは、ステラ王女の使者と情報屋「シルクワーム」が、カイアス元老院議員へ「キメラ計画」の証拠を渡す計画を立てている、極秘の音声ファイルを再生した。 「貴様らの最大の敵は、目の前にはいない。貴様らの背後に、元老院の心臓部にいるのだ」 囚人の目は見開かれた。彼の連邦への信頼が、崩れ始めた。
[要約9: インワンの悲劇] 「そしてこれが、貴様が信奉した帝国の、最後の行いだ」エヴァは、最後の映像、惑星インワンへの核攻撃命令を映し出した。故郷が炎に包まれ、何百万もの連邦市民が、ただ秘密を守るためだけに犠牲にされた光景を。 「これがお前の愛する主人だ。これがお前の忠誠を誓った帝国だ。自らの命を守るためなら、いつでも自らの尾を食らう毒蛇なのだ」 尋問室に、沈黙が訪れた。第7部隊兵の目から、涙がこぼれ落ちた。彼の信じた全ての世界が、粉々に砕け散ったのだ。
「貴様が知る連邦は、もう死んだ。今や残っているのは、全てを破壊する準備のできた、狂気と絶望の体制だけだ」
「貴様に、決断の時間を与えよう。その、沈みゆく船と、共に沈むか、それとも、貴様の能力を使い、我々が、より強固な、新たな船を、築くのを、手伝うか」
エヴァが去った後、ライトが一人で尋問室へと入ってきた。彼は、打ちひしがれた囚人の前に立ち、静かに語り始めた。
「エヴァ司令は、お前に連邦の『真実』を見せたのだろう。だが、彼女は、その『始まり』を見せてはいまい」
「俺が、番号を持つ前、俺が、第7部隊になる前、俺は、惑星インワンの、孤児院にいた、ただの子供だった」ライトは、初めて、誰かに、自らの過去を、語った。「そこに、ケンおじさんと呼ばれる、管理人がいた。彼は、親切な男だった」
「連邦が、来た日、奴らは、より良い未来を、約束した。そして、俺たちが、その約束に、胸を、躍らせている間に、奴らは、ケンおじさんを、建物の裏へと、連れて行き、そして、撃ち殺した。彼が、奴らの、汚い秘密を、知りすぎていたからだ」
「それから、奴らは、俺が、持っていた、唯一の家を、焼き払い、そして、奴らが、俺たちの、『救世主』だと、言った」
ライトは、囚人の目を、深く、見つめた。「奴らは、ただ、俺たちを、炎の中で、訓練しただけではない、同志よ。奴らは、俺たちの、人生を、炎から、『始めた』のだ。奴らは、俺たちから、全てを、奪い去り、そして、奴らが、与えた、灰に、感謝しろと、命じた」
「俺は、お前に、協力を、乞いに来たのではない。俺は、お前に、もう一度、『選べ』と、言いに来たのだ」
「我々に、地獄を、創り出した、主人のために、戦うのか、それとも、『ケンおじさん』と、そして、我々の、ように、悪魔へと、変えられようとしている、何百万もの、他の子供たちのために、戦うのかをな」
尋問室を出た後、ライトは、旗艦「ヴィンディケーター」の、主展望室へと、向かった。彼は、一人、巨大な、窓の前に、立ち、今や、解放された、オレンジ色の、惑星インワンの上に、周回する、何千隻もの、連合艦隊を、見つめていた。それは、「ジャック」という名の、男によって、築き上げられた、偉大さと、権力の、光景だった。
(これこそが、奴が、ずっと、望んでいたものか…)ライトは、心の中で、思った。(軍の、統合、星々の、解放、そして、完全なる、権力の、掌握。奴は、解放者の、英雄か、それとも、生まれようとしている、新たな、皇帝なのか?)




