第二章 46 "ライトの悲しみ(2)"
光の来訪
翌日、ライトは、もはや自室に閉じこもることはなかった。彼は、かつてステラ王女と会った、静かなバイオドームで、一人座っていた。そして、彼女は再び、彼の前に現れた。
「キャプテン」ステラは、微笑んで挨拶した。「顔色が、ずっと良くなりましたわね」
「ええ、王女殿下。自分自身との、古い負債を清算できただけです」
彼女は、今のライトが、もはや癒やしを必要とする「患者」ではないことを、見て取った。彼は、自らの痛みを、乗り越えたのだ。故に、彼女の役割もまた、変わった。「癒やす者」から、真の「同盟者」へと。
彼女は、もはや、約束や、穏やかな未来の話はしなかった。彼女は、一つのデータパッドを、彼に差し出した。「ならば、貴方はもう、このための準備ができているはずです」
データパッドには、複雑な政治情報が、満ちていた。連邦評議会のメンバーリストと、その内部の、弱点。「貴方が休養している間、私も、手をこまねいていたわけでは、ありませんわ」彼女は言った。「サラダーのエヴァ司令と相談し、我々は、連邦の政治的な弱点を分析しました。そして、我々は、信じています。奴らの元老院の内部に、『亀裂』を生じさせる道を、見つけたと。ですが、それには、非常に繊細なアプローチが必要です」
今や、彼女は、彼に希望を与えるのではなく、一人の戦略家として、彼に「意見を求めて」いた。彼女は、彼を、「対等な者」として、扱っていたのだ。
ライトは、その複雑な情報を見つめ、そして、顔を上げた。優しさだけでなく、知性と、政治的な鋭敏さをも、兼ね備えた、その王女を、見た。彼は、微笑んだ。心からの、尊敬の笑みを。
「非常に、興味深いですね、王女殿下。続きを、お聞かせください」
ライトの、心からの尊敬に満ちた言葉に、ステラ王女は、微笑んだ。彼女は、ホログラムの椅子を、彼の向かいに、創り出し、そして、彼女とエヴァ司令が、共同で立案した計画を、説明し始めた。
「我々が得たデータの分析によれば、血月連邦は、彼らが見せているほど、一枚岩では、ありません」彼女は、複雑な権力構造図を、開きながら言った。「権力の大部分は、軍事力による拡大を支持する、『タカ派の将軍グループ』によって、握られています。ですが、この方針に、同意しない、『保守派の元老院議員グループ』も、存在するのです」
「彼らは、戦争の継続によって、利益を、失っています。彼らは、植民地化よりも、安定と、貿易を、望んでいるのです。そして、何よりも、彼らは、我々と同じく、『キメラ計画』を、恐れています」
「奴らは、いつか、将軍たちが創り出した『兵器』が、自分たち自身に、牙を剥くことを、恐れているのでしょう」ライトは、分析を続けた。「ならば、我々の目標は、このグループに、接触することか?」
「その通りですわ」ステラは、頷いた。「ですが、我々は、直接、交渉のために、大使を送ることはできません。連邦は、全ての通信ルートを、管理しています。そして、そこが、私が、貴方の助けを、必要とする、部分なのです、キャプテン」
彼女は、もう一つのデータ、一人の元老院議員の、詳細な個人情報を、引き出した。「これが、元老院議員『カイアス』。彼は、保守派グループの、指導者の一人です。そして、彼の経歴によれば、彼は、かつて、惑星インワンの戦場で、たった一人の息子を、失っています。第7部隊が、首都を『解放』した、その日に」
「惑星インワン」という言葉に、ライトは、息を呑んだ。
「我々の情報部によれば、彼には、息子の死の真相を探るための、『秘密の連絡ルート』があると、信じられています。連邦の、ネットワークの外にある、ルートが」ステラは続けた。「そして、それこそが、我々が、我々の『メッセージ』を、彼に、届けられる、唯一の、ルートなのです」
彼女は、顔を上げ、ライトの目を、まっすぐに見つめた。「問題は、我々には、その秘密の連絡ルートが、何なのか、どこにあるのか、あるいは、どのように、機能するのか、わからないということです。ですが、貴方は、かつて、影の中で、動いていた、元特殊部隊員として、我々には、見えない、『痕跡』を、見ることができるかもしれないと、信じています」
今や、ライトは、彼の役割を、理解した。ステラ王女は、素晴らしい、政治的な、布石を、打った。だが、彼女には、その道を、切り開くための、「刃」が、欠けていたのだ。そして、その刃こそが、彼自身なのだ。
ライトは、その複雑な情報を、静かに見つめ、そして、彼の脳は、再び、「工作員」モードで、動き始めた。「秘密の連絡は、通常、電子システムを、介するのではない。『人』を、介するのだ」彼は、分析した。「信頼できる、運び屋、あるいは、予測不能な場所に、ある、『デッド・ドロップ』だ」
「カイアス元老院議員、彼は、何か、趣味は?彼が、特別に、訪れる、惑星は、あるか?」
ステラの目は、わずかに、見開かれた。彼女は、その点について、考えていなかった。「彼は、よく、宇宙ステーション『オアシス』へ、定期的に、旅をしています。『古代遺物』の、オークションに、参加するために」
ライトの口元に、かすかな笑みが、浮かんだ。「中立の、ステーション。あらゆる、勢力の人間が、検査されることなく、渡航できる場所。そして、オークション。『商品』が、誰にも、疑われることなく、巧みに、引き渡されうる、場所」
彼は、王女と、目を合わせた。「どうやら、我々は、彼の、『連絡ルート』を、見つけたようですね、王女殿下」
「連合」の、「心臓」と、「刃」による、最初の共同作業が、始まった。そして、それは、もう一つの、形の、戦争の、始まりだった。情報と、策略の、戦争の。
「その必要はない」
第三の、刃のように、冷たく、鋭い声が、彼らの会話を、断ち切った。
ライトとステラが、バイオドームの入り口へと、振り向くと、そこには、一人の女性の、姿が、影の中に、立っていた。通路からの、逆光で、ただの、黒いシルエットにしか、見えない。だが、ライトには、見えた。ツインテールに、結ばれた、ブロンドの髪が。
その一瞬、ライトの、脳は、停止した。目の前の、影の女性の姿が、かつて、彼が、常に、思い描いていた、過酷な訓練キャンプにいた、一人の、少女の姿と、重なった。(…リーナ…?)
しかし、その影は、闇の中から、歩み出て、バイオドームの、柔らかな光の中へと、入ってきた。それは、「リーナ」ではない。「マキ」だった。
彼女の、感情のない、二色の瞳が、二人を、見渡し、そして、ライトの上で、止まった。先ほどまで、ライトが、感じていた、暖かさと、希望は、一瞬にして、消え去り、彼が、慣れ親しんだ、緊張感に、取って代わられた。
マキは、ステラ王女を、完全に、無視していた。まるで、彼女が、そこに、存在しないかのように。
「カイアス元老院議員、オークション、『連邦以前の時代のデータプレート』。接触ポイントは、偽名『シルクワーム』の情報屋」彼女は、全ての情報を、平坦な声で、述べた。
「我々の任務は、シルクワームが、それを、手に入れる前に、そのデータプレートを、奪取することだ。メッセージを、送るためではない。それを、餌として、カイアス自らが、我々に、接触してくるように、仕向けるためだ」
ステラとライトは、驚愕した。彼らが、今しがた、必死に、分析しようとしていた情報が、わずか、数文で、完璧に、要約されてしまったのだ。
「どうして、それを…?」
「貴方たちが、『庭園鑑賞』を、している間に、私は、仕事をしていた」マキは、冷酷に、返した。「ジャック司令官は、私の計画に、同意した。これが、我々の、新しい任務だ、キャプテン。一時間後には、出発する」
彼女は、踵を返し、去ろうとしたが、立ち止まり、そして、再び、ライトを、振り返った。その視線は、ライトから、呆然と、立ち尽くす、ステラ王女へと、移り、そして、彼女は、文字通りの意味では、全くない、最後の、言葉を、放った。
「遅れるなよ」
そう言うと、彼女は、去っていった。気まずい、沈黙の中に、ライトとステラを、残して。彼らが、共に、築いた計画、芽生え始めたばかりの、希望は、「マキ」という名の、戦争の、「現実」によって、粉々に、砕かれてしまった。そして、ライトにとって、先ほどの、邂逅は、彼の、心の中の、恐るべき疑念を、より一層、明確なものに、していた。




