第五章 43 "脱出"
ピラミッドから脱出した後、ズーロ、エラー、そしてヴァルキリーは、灼熱の砂の上で、荒い息をついていた。脱出のアドレナリンが消え、疲労と痛みだけが残っていた。
しかし、ズーロとエラーが顔を見合わせた時、安堵感は一瞬で消え去り、冷たいパニックに取って代わられた。(まずい!追跡者がいた!)
高等評議会の護衛戦士、ヴァルキリー。彼女は、ここにいる。彼女は、全てを見た。彼らが神聖な法を破るのを、隠された秘密を。
(もし、このことが高等評議会に知れたら、我々は終わりだ!)彼らは、ただの冒涜者ではなく、反逆者、謀反人となるだろう。(何百万ものファイトールは、我々を、どう見るだろう?)シンスロインと戦った英雄から、一瞬にして、犯罪者へと。
ヴァルキリーが、ゆっくりと立ち上がり、装甲の埃を払い、そして、複雑な眼差しで、彼らを見た。「私は、このことを、報告に戻らねばならない…」
その言葉こそが、彼らが最も恐れていたものだった!ズーロとエラーは、再び顔を見合わせ、そして、その一瞬で、決断は、下された。(彼女を、ここで、止めなければならない!)
ヴァルキリーが気づく前に、エラーは、風のように動き、彼女の退路を塞いだ。二本のレーザーブレードが、再び起動する。一方、ズーロもまた、立ち上がり、彼女のもう一方の道を塞いだ。その手には、淡い光を放つ、二枚の「鍵の石板」が、握られていた。
「何を、するつもりだ?」ヴァルキリーは、冷たく問い、その手は、自らの剣の柄へと、伸びた。
「貴方を、このまま報告に戻すわけにはいかない、ヴァルキリー」ズーロは、静かに、しかし力強く言った。「貴方は、全てを見た。真実を、知ってしまったのだ」
「高等評議会が、何千年もの間、我々を騙してきたという真実を。彼らが、我々の『希望』を、恐怖によって、閉じ込めてきたという真実を。それでも、貴方は、我々を騙した者たちに、仕えに戻るというのか?」
彼は、彼女の目を、深く見つめた。「今、貴方には、二つの選択肢がある、ヴァルキリー」
「一つ、ここで我々と戦い、我々の敵となるか。二つ、我々と共に、我々の種族の未来を取り戻すための、真の革命の一部となるか」
「選べ」
今や、新たな戦いが、始まろうとしていた。それは、剣による戦いではない。「イデオロギー」による、戦い。そして、ヴァルキリーの決断が、彼らの、そして、ファイトール全体の運命を、決定づけることになる。
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その対峙の最中、彼らの周りの砂地が、振動し始めた!「また、何だ!?」
遠くの尾根に、小さな黒い点が現れ、それは、みるみるうちに巨大化し、漆黒の津波と化した!膨大な数のシンスロインの群れが、彼ら三人に向かって、猛スピードで、突進してきていた!
「奴らが、我々を追ってきた!」ズーロは、吼えた!「今すぐ、ここを離れるぞ!」
選択肢は、ただ一つ、逃走のみ!先ほどまで睨み合っていた三人の戦士は、今や、共に、死から逃げるために、背を向け、走り出していた!
その道中、彼らは、悲痛な光景を目にした。後退していた、ファイトールの戦士の一団が、シンスロインの群れに追いつかれ、包囲されていたのだ!しかし、彼らは、突破しようとはせず、最後の防衛線を、形成していた!
「戦え!名誉のために、死ぬまで戦え!」その部隊長が、咆哮した!
「やめろ!」ズーロは、制止しようとした!「退却しろ!無駄死にするな!」
しかし、間に合わなかった。その一団は、シンスロインの群れに、粉砕された。
隣を走るヴァルキリーは、ズーロのその行動の全てを、見ていた。彼女は、彼を、疑っていた。(彼は、助けに入る代わりに、逃げろと、叫んだ。この二人は、私が思った以上に、卑怯者なのかもしれん)
「その、くだらん名誉など、気にするな!」ズーロは、彼女の侮蔑的な視線には構わず、叫んだ!「真の名誉とは、生き延び、明日の戦いに、備えることだ!誰にも記憶されない戦場で、愚かに死ぬことではない!」彼は、前方の、狭い渓谷を、指差した!「あそこだ!あの狭隘路を利用する!過去の灰のために死ぬな!未来を創るために、生きろ!」
その咆哮が終わると、彼は、渓谷へと、真っ先に飛び込んだ。エラーが、すぐさま続き、そして、ヴァルキリーは、「未来」を語る「卑怯者」に、侮蔑の念を抱きながらも、他に選択肢はなく、その闇の中へと、従うしかなかった。
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彼らは、ズーロが指差した渓谷へと、走った。背後からは、シンスロインの群れの咆哮が、迫っていた。その道中、彼らは、何度も、悲痛な光景を目にした。「名誉のために!フィニトール のために!」その雄叫びが、何度も、聞こえてきた。
しかし、ヴァルキリーは、もはや、その二人の卑怯者たちに、耐えられなかった!「止まれ!」彼女は叫んだ!
「逃げるのは、もうやめろ!我々の同胞が、戦っている!彼らは、名誉のために、その命を捧げている!だが、貴様らは、追い詰められた犬のように、逃げ回るだけか!」
「それは、名誉ではない!愚かさだ!」ズーロは、言い返した。
「私は、もう、見ていられない!」ヴァルキリーは、侮蔑に満ちた声で言った。「私は、ここで、貴様らと別れる。そして、我が同胞と、共に戦う!」
そう言うと、彼女は、踵を返し、戦場の中心へと、勝ち目のない戦いへと、戻っていった。
エラーは、残念そうな目で見送った。しかし、ズーロは、ただ、彼女の後ろ姿を見つめ、そして、小さく、呟いた。
「好きにしろ」
彼は、振り返り、再び、渓谷へと、走り出した。なぜなら、彼は、知っていたからだ。過酷な真実を背負い、そして、明日のために、生き延びることこそが、敗北者の、真の名誉であることを。
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ヴァルキリーと別れた後、ズーロとエラーは、尾根で、状況を評価していた。
「全く、愚かな女だ」エラーは、吐き捨てた。「名誉ある死など、誰も救いはしない」
「彼女は、ただ、教えられてきたことを、信じているだけだ」
しかし、その時、二人は、眼下の戦場で、ヴァルキリーの、並外れた才能を、目撃した。彼女は、ただ狂ったように戦っているのではなかった。彼女は、絶望していた戦士たちを、再び、まとめ上げ、「指揮」していたのだ!「円陣を組め!サイキッカー、バリアを三重に展開しろ!高速攻撃部隊、ヒットアンドアウェイに徹しろ!正面からぶつかるな!」
彼女は、実際に、一団の同胞を、救っていた!しかし、シンスロインの群れは、あまりに、多すぎた。ついに、彼女は、深手を負い、そのサイキックバリアは、砕け散った!
だが、その時、空が、閃光を放った!高等評議会の、一隻の輸送船が、雲を突き抜け、降下してきたのだ!それは、ずっと、彼女の位置を、追跡していたのだ!
「ヴァルキリー!乗れ!」トラクタービームが、彼女と、生き残った戦士たちを、吸い上げた。彼女は、脱出に成功した。
「ちくしょう、結局、救助部隊が、ずっとついてきていたのか」エラーが、呟いた。
「ああ」ズーロは、静かに言った。しかし、その心は、重かった。「そして今、高等評議会は、我々のことを、確実に、知っただろう」
彼は、ヴァルキリーが、全てを報告することを、知っていた。ピラミッドのこと、秘密のこと。
「どうする?」
ズーロは、砦「エル=シレス」の方向を見つめた。「どちらにせよ、砦で待つ、同胞たちの方が、重要だ。どのような非難を受けようとも、今、この戦争で、一人でも多く、救うことができるのならば、それで、十分だ」
二人は、再び、逃走を続けた。しかし、今や、彼らの敵は、シンスロインの群れだけでは、ないのかもしれなかった。
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二日目の朝、ズーロとエラーは、旅を再開した。
「ピラミッドで我々が発見した秘密は、全てを変えた」エラーが、言った。「高等評議会は、ただ武器を隠しただけではない。奴らは、伝統という嘘で、我々の真の可能性を、『抑圧』していたのだ」
「ああ」ズーロは、同意した。「奴らは、『武器庫』を、『神殿』へと変え、自らの『恐怖』を、他者の『信仰』へと、変えた。そして、我々を、より強大な敵と、素手で戦わせたのだ」彼は、手の中の「鍵の石板」を、握りしめた。「この力、この知識は、我々全員の、正当な権利だ」
「ならば、どうする?戻ったら、全てを、暴露するのか?内戦が、起こるぞ」
ズーロは、遠くの地平線を見つめた。「戦争は、もう始まっている、エラー。フィニトールが崩壊した、あの日に。今、残された選択肢は、ただ、外敵と戦うか、それとも、『内なる』敵に、喰い尽くされるのを、待つかだけだ」
「私は、戦うことを、選んだ」
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彼らが、砦「エル=シレス」にたどり着いた時、彼らが見たのは、強固に築かれた防衛線と、激しい戦闘の痕跡だった。
「ズーロ!エラー!ご無事でしたか!」
司令室で、ズーロは、生き残った全ての戦士たちの前に立った。「私は、帰ってきた。そして、『希望』と共に」
彼は、ピラミッドで発見した、全ての記録を、彼らに見せた。高等評議会の、腐敗した真実と、封印された、禁断の力を。
群衆の中から、どよめきが起こった。怒り、不信、そして、興奮。しかし、その群衆の中に、高等評議会から派遣された、一人の兵士が、静かに、その全てを聞き、そして、密かに、その情報を、彼の司令官へと、暗号化して、送信していた。
「真実は、暴かれた!」ズーロは、最後に、力強く、そして断固として、言った!「今こそ、我々の同胞を救出し、可能な限りの戦力を、集結させる時だ!」彼は、ホログラム地図を指差した。シンスロインに占領された、最大の都市を。「都市『アンフリン』を、攻撃するために!」
革命の炎は、ズーロの心の中だけでなく、見捨てられた、全ての戦士たちの心の中に、燃え上がったのだった。