第二章 43
ジャック司令官による新たな戦争の宣言から七日後、秘密基地「合流点」にて、歴史が作られようとしていた。ザン・セクター史上、最も壮大な戦闘艦隊が出撃の時を迎えようとしていたのだ。マリアン・コンバインの優雅な白い艦隊、サラダー共和国の力強いオレンジグレーの艦隊、そしてインワン・フリーダムの歴戦の緑の艦隊。その全てが、今、大戦に向けて、暗黒の宇宙へと船出した。
旗艦「ヴィンディケーター」の艦橋で、ジャック司令官は決意に満ちた表情で最後の命令を下した。「全部隊、計画通りワープシーケンスを開始せよ。目標、惑星インワン!」
しかし、その壮大な軍勢の出撃を前に、一人のキャプテンは、彼自身の心の中で、もう一つの戦争を戦っていた。
--- **ステルス艦「ナイトフォール」コックピットにて** ---
ライトは、静寂の中、一人で座っていた。彼の目の前のホログラムには、美しく青緑色に輝く惑星が映し出されていた。「惑星インワン」。彼が知ることのなかった故郷、そして、彼が決して忘れることのできない墓場。
操縦桿を握る彼の手は、わずかに震えていた。爆発音、悲鳴、過去の音が彼の耳の中で鳴り響き、彼の心は、あの日の記憶へと引き戻されていった。
--- **惑星インワン、数年前** ---
首都は炎に包まれ、空は黒煙で覆われていた。第7部隊の漆黒の装甲服をまとったライトは、瓦礫の中で戦っていた。彼はまだキャプテンではなく、ただの悪魔の群れの一員だった。
「数が多すぎる!包囲された!」部隊長「リーパー」の声がコムリンクから響いた。「撤退だ!全員、合流ポイントへ撤退せよ!」
しかしその時、燃え盛る超高層ビルが、彼らの部隊の上に崩れ落ちてきた!ライトは辛うじて飛び退いたが、リーパーと他の二人の仲間が、その下敷きとなった!
「ぐあああっ!動けん!」リーパーが苦痛に呻いた。「ライト!聞け!お前が持つキメラのデータ、それを必ず持ち帰れ!それが任務だ!」
「しかし、部隊長!」ライトは助けに戻ろうとした。
「これは命令だ!!!」リーパーは絶叫した。「我々を見捨てろ!そしてデータを持って行け!今すぐ行け!!!走れ!!!」
ライトは立ち尽くした。生き埋めにされようとしている上官と、死にゆく仲間たちを見つめた。しかし、幼い頃から頭に叩き込まれてきた「任務」という言葉が、命乞いの声よりも、大きく響いていた。
彼は、踵を返し、そして走った。振り返ることなく。彼が最後に聞いたのは、ビルの崩壊音と共に消えていく、仲間たちの断末魔の叫びだった。
--- **現在** ---
「キャプテン」
ライトは、はっと我に返った。彼は荒い息をついていた。マキの声がインターコムから響く。「ワープポイントまで、あと5分。チームはブリーフィングルームで待機しています」
ライトは、その忌まわしい記憶を押し殺すように、深く息を吸った。彼は再びインワンの映像を見た。しかし今、その眼差しに恐怖はなく、氷のように冷たい決意だけがあった。彼は墓場へ帰るのではない。過去を「正す」ために、帰るのだ。
「今行く」彼は、平坦な声で答えた。「今回は、もう誰も置き去りにはしない」
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「ナイトフォール」は惑星インワンの地表、放棄された旧市街への着陸に成功した。そこは、緑豊かな惑星ではなく、砂漠と灼熱の渓谷が広がる、オレンジ色の世界だった。
チーム「幻影」が、エレクター=カイが隠されている都市中心部の司令部を目指して、静かに進んでいた。その時、ライトは足を止めた。彼の視線は、ある崩れた壁に描かれた、色褪せた子供の落書きに釘付けになった。花と、太陽の絵。その絵が、彼の記憶の最も深い場所に眠っていた扉を、こじ開けた。
--- **過去の光景:惑星インワン、17年前** ---
7歳のライトは、古いが暖かい孤児院に座っていた。隣には、「リーナ」という名のおさげ髪の少女がいた。「大きくなったら、ライトはヒーローになるのよ!」彼女は言った。「みんなを守る、強いヒーローに。約束よ!」「約束だ!」
ある日、連邦の兵士たちが、お菓子とおもちゃを持って孤児院へやってきた。「我々は、君たちを助けに来た『ヒーロー』だ」彼らはそう言った。しかし、ライトは見てしまった。兵士たちが、孤児院の優しい管理人である「ケンおじさん」を、建物の裏へ連れて行き、消音銃で殺害するのを。「将軍の違法採掘について、知りすぎたな」と。
そして、彼らは孤児院に火を放った。パニックに陥る子供たちを「救助」しながら。ライトは、燃え盛る我が家を背に、兵士に抱きかかえられて輸送船へと連れて行かれた。痛み、怒り、そして混乱が、幼い彼の心を食い尽くした。
--- **現在** ---
「キャプテン!」
マキの声に、ライトは我に返った!彼の顔は青ざめ、汗で濡れていた。「どうした、報告しろ」
「何でもない。ただ、古い亡霊に会っただけだ」
彼は、司令部の方角を見つめた。その眼差しにもはや迷いはなく、心の底からの、冷たい憎悪だけがあった。これは、もはやインワン解放任務ではない。あの日、誰にも聞かれることのなかった悲鳴のための、「復讐」の旅路だった。
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インワンの連邦司令部は、壮絶な爆発と共に炎上した。目標は破壊された。しかし、ライトは勝利の炎ではなく、混沌とする街を見下ろし、何かを探していた。(なぜだ…この奇妙な『既視感』は、消えない)マキの動き、その冷たい眼差し。それは、彼がとうの昔に忘れてしまった、誰かに似ていた。「リーナ」。
(ありえない…)彼は首を振った。(そんな偶然があるものか。マキは、ただのゴーストのコードネームのはずだ。それとも…)
--- **過去の光景:連邦の幼年訓練キャンプにて** ---
孤児院が焼かれた後、ライトと他の子供たちは、「救助」という名目で、ある訓練キャンプへと送られた。そこは学校ではなく、兵士を製造する工場だった。毎日の過酷な訓練で、ライトは傷だらけになった。
その夜、暗闇の中、一人の小さな影が、彼のベッドに忍び寄ってきた。救急箱を持った、リーナだった。彼女は、彼と同じ孤児院から来た、ブロンドの髪の少女。彼女は何も言わず、彼の背中の傷に、そっと薬を塗った。その薬の冷たさが、不思議と痛みを和らげた。
傷つくライトと、それを癒すリーナ。彼らは、その地獄の中で、互いの唯一の光だった。
ある日、ライトが目覚めると、リーナのベッドはもぬけの殻だった。彼は窓へと駆け寄り、そして見た。リーナが、二人の兵士に引きずられ、紋章のない漆黒の輸送船へと連行されていくのを。二人の視線が、最後に一度だけ交錯した。そして、ドアは閉ざされ、彼女は連れ去られた。彼は、二度と彼女に会うことはなかった。
--- **現在** ---
「キャプテン!!!」
マキの絶叫に、ライトは悪夢から引き戻された!現実、惑星インワンの戦場へ。しかし、彼の心は完全に壊れていた。連れ去られたリーナの姿、見捨てた仲間たちの姿。彼の人生の全ての喪失感と罪悪感が、一度に彼に襲いかかったのだ!
彼は、どうすることもできなかった。彼の脳は、空っぽだった。銃を握る手は、震えていた。彼は、戦場の真ん中で、ただ立ち尽くしていた。




