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GalacXER 銀河の執行者  作者: Boom
第一章 [解放と希望の団結]
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第一章3 "幻影作戦"

 惑星サムでの事件から一日後…。

 インワン・フリーダムの艦隊は、非武装宙域に存在する小惑星の影に、その身を潜めていた…。

 ここは、真の浮遊要塞。古い採掘ステーションを改造して作られた巨大なドックが、静かに浮かんでいる。それこそが、連邦がとうに破壊したと思い込んでいた革命軍の心臓部だった。


 旗艦「ヴィンディケーター」のブリーフィング・ルームには、緊張した空気が張り詰めていた。

 薄灰色の患者服に身を包んだライトが、「ジャック」と初めて直接対面していた。

 インワン・フリーダムの最高司令官。彼はもはやホログラムの中の男ではない。鋭い眼差しを持ち、戦争の重みをその両肩に背負った、一人の男だった。

 部屋の中央にあるホログラムテーブルには、侵攻を続ける死の機械の群れを示す赤いシンボルと、混乱し散り散りになった連邦艦隊のシンボルで埋め尽くされた、サンド・セクターの星図が映し出されていた。


「君の経歴ファイルは読ませてもらった、ライト」ジャックが、会話の口火を切った。「連邦の公式ファイルも、そして君を裏切り者にした極秘ファイルのどちらもな…。私が興味があるのは君の過去の罪ではない。君が今、持っているスキルだ」

「そのスキルで、俺に何をしろと?」ライトは、平坦な声で問い返した。

 ジャックは、星図上のある一点、遠い惑星の軌道外に浮かぶ宇宙ステーションを拡大した。

「機械の群れの出現は、連邦に混乱をもたらした。奴らの艦隊は中心部の防衛に引き抜かれ、我々に、かつてないほどの好機を与えてくれた…。そして、その好機はここにある。『研究ステーション・イージス』。連邦の最高機密兵器プロジェクトが隠された、浮遊実験室だ…プロジェクト・キマイラ」

「設計図を盗んでこいと?」

「その通りだ」ジャックは頷いた。「この任務は、一個中隊の兵士のためのものではない。たった一人の『亡霊(ゴースト)』のためのものだ…。連邦の防衛システムを内側から知り尽くし、影の中でごく自然に動ける者…。元第七部隊のメンバーのような、な」

 ライトは、しばし沈黙した。

「なぜ、あなたに協力する必要がある?見返りは何だ?」

 ジャックは、ライトに歩み寄り、その瞳の奥を覗き込んだ。「連邦は、君を惑星サムで見殺しにした。機械の群れは、生き残った全てを喰らい尽くすだろう…。この嵐の中、浮かんでいられる船はこの一隻だけだ。一人で溺れ死ぬか、我々と共に漕ぐか…選べ」

 彼は、ライトの肩を軽く叩いた。

「それに…君のような男は、もう逃げることにはうんざりしているはずだ」

 その言葉は、ライトの胸の奥深くに突き刺さった…。

 彼は、任務を受諾する意を示し、静かに、ゆっくりと頷いた。


---


 ――同時刻、医療船「ホープ」にて。


 エララ、リヒター医師、サトウ、そして生き残った屈強な男、ガーは、臨時避難所と化した格納庫の雑然とした光景を眺めていた。

 彼らはライトと同じ旗艦にはおらず、他のサムの生存者たちと共に、別の支援船へと送られていた。

「信じられん…この艦隊の規模を見てみろ」サトウが、畏敬の念を込めて呟いた。「連邦に全く気づかれずに、どうやってこれほどの軍隊を…」

「だからどうした!」ガーが、苦々しげに言った。「結局、俺たちは難民のままだ。他人の船に世話になってる…。奴らの戦争における、俺たちの立ち位置ってのは何なんだ?」

 その問いに、誰も答えられなかった。彼らは生き残った。だが、故郷を失い、巨大な革命軍の中の、ちっぽけな存在と化したのだ。

「ライト…」エララが、静かに口を開いた。「彼の容態が安定するとすぐに、旗艦に連れて行かれたわ…。ただの生存者として見てはいないようね」

「奴らは彼を、兵器として見ている」リヒター医師が付け加えた。「第七部隊のスキルは、希少で…そして、極めて危険だ」

 エララは窓の外に目をやった。星々の中に、旗艦「ヴィンディケーター」が、一際大きく浮かんでいる。『彼らは彼を、兵器として見ている…』彼女は心の中で繰り返した。『でも、願わくば…一人の人間としても、見ていてほしい』

 彼女の心の中に、静かに心配の念が芽生え始めていた。

 その時、ライトが、自らが逃げようとし続けた影の中へと再び足を踏み入れる任務を、受け入れたことなど、知る由もなかった。


---


 任務のブリーフィングが終わり、ライトは再び一人にされた。

 任務は、すぐには始まらない。彼には時間があった…。

 自らの思考から逃れようとする者にとっては、長すぎるほどの時間が。

 彼は目的もなくブリーフィング・ルームを出て、旗艦「ヴィンディケーター」の冷たい金属の通路を、足の向くままに歩いた。

 彼の周りには、動き続ける軍隊の姿があった。オリーブドラブの装甲をまとった兵士たちが、規律正しく行き交い、技術者たちが装備を運び、艦内通信からのアナウンスが、断続的に響き渡る。

 ここは、生きた戦争機械…。惑星サムの小さなレジスタンスとは、天と地ほどの差があった。

 だが、この革命艦隊の偉大さを見れば見るほど、彼の心は、空虚になっていった…。


『あいつらは…無事だろうか』彼がたった今離れてきた人々のことが、ふと頭をよぎった。

 エララ、サトウ、リヒター、そしてガー…。彼らは、彼の行動をどう思っているだろうか?

『誰にも相談せず、馬鹿な真似をしやがって…奴らの目には、手柄を立てて潜り込もうとする、本物のスパイにしか見えなかっただろうな』不安が、彼の心を蝕む。『次に会った時…奴らは怒りのあまり、俺を殺そうとするだろうか?特にガーは…その瞳は、憎悪に満ちていた…。エララは?彼女は俺を罵るだろうか?それとも、失望した目で見つめるのだろうか?』

 彼は、もう自分の思考に耐えられなくなった。

 ライトは艦内の連絡通路へと向かい、衛兵に道を尋ね、医療船「ホープ」を目指した…。彼は、対峙しなければならなかった。


---


 ――医療船「ホープ」、臨時避難所にて。


 ライトが、今やサムの生存者たちで溢れかえる格納庫へと足を踏み入れた。

 そこは、ひそやかな話し声、子供の泣き声、そして消毒薬の匂いが入り混じっていた。それは、喪失の、真の光景だった。

 彼は、探していた人々を見つけた…。エララ、サトウ、そしてガーが、片隅で他の難民たちに食料を配給している。

 最初に彼に気づいたのは、ガーだった。その屈強な男の眼差しが、瞬時に硬化する。

 彼は食料の箱を「バン!」と音を立てて置き、ライトに向かってまっすぐに歩いてきた。

「てめえ、何しに来やがった!」ガーは、低い声で唸った。「自分が英雄だとでも思ってんのか?てめえの馬鹿な真似のせいで、俺たちは皆殺しにされるところだったんだぞ!」

 サトウが、慌てて二人の間に割って入った。「ガー、落ち着け…大声を出すな」

「落ち着いていられるか!」ガーは、ライトを睨みつけたまま言った。「こいつは誰にも何も言わずに!馬鹿みたいに一人で突っ込んでいきやがった!もしインワンの連中が間に合わなかったら、今頃俺たちは、あの機械どもの肥料になってたんだぞ!」


 最後に、エララがやって来た。彼女は、ガーのように怒りを露わにはしていなかった。だが、その瞳には、ライトが最も聞きたくないと思っていた、失望と数多の疑問が渦巻いていた。

「一体、何を考えていたの、ライト?」彼女の声は、恐ろしいほど平坦だった。「一人でDECビルに乗り込んで…一人で何ができると思っていたの?もしあなたがそこで死んでいたら、何の意味があったっていうの!」

 ライトは、彼女の視線を避けるように、うつむいた。「俺は、ただ…」

「ただ、何?」エララは、問い詰めた。「私たちは、やっと…やっと、あなたが敵じゃないのかもしれないって、思い始めていた。なのに、あなたは、誰にも相談せずに、全てを台無しにした!他の人たちに、あなたはやっぱり、周りを気にしない、向こう見ずな元第七部隊の人間なんだって思わせただけよ!最悪の場合…手柄を立てたいだけのスパイだって!」

 彼女の言葉の一つ一つが、ライトが心の中で恐れていたこと、そのものだった。

「あなたが連行されるのを見た時…私たちが…」エララは一瞬、言葉を切り、その声がわずかに震えた。「…心配したのよ…。私は、心配した…でも、同時に、すごく腹が立った!あなたの命には価値がないとでも言うように振る舞うあなたに腹が立つ!私たちのことを、一度も信じようとしなかったあなたに腹が立つ!」

 沈黙が、場を支配した…。ライトは顔を上げ、彼女の目を見つめた。

 そしてついに、彼は自分の声を見つけた。

「…すまない」彼は、静かに言った。「みんなを危険に晒すつもりはなかった…。俺は、ただ…もう、黙って見ているだけなのが、嫌だったんだ…。インワンの時のように、誰かが死んでいくのを見るのは、もうごめんだ…。何もできずに、誰かが傷つけられるのを見ているのは…辛い」

 それは、彼が初めて見せた、本当の感情だった…。

 彼が、冷たい態度の下に隠し続けてきた、脆さだった。


 サトウが、長い溜息をついた。「お前の行動は、無謀で愚かだった…。だが、それがインワン・フリーダムを動かし、我々の命を救ったというのも、また事実だ…。これで、貸し借りなしということにでもしておこう」

 ガーは、まだ不満そうな顔をしていたが、素直に引き下がった。

 エララは、ライトの顔を長い間、じっと見つめていた。やがて、その瞳の険しさが、和らいでいった。

「意識が戻ってから、何も食べてないんでしょ」彼女は、平坦な声で尋ねた。

 ライトは、頷いた。

 彼女は、温かいシチューとパンが乗ったトレイを手に取り、彼に差し出した。

「食べなさい…。ジャック司令官から、新しい任務を受けたんでしょ?次の任務で死ぬつもりなら…せめて、満腹で死になさいよ」

 その言葉は、皮肉に満ちていた。だが、ライトは、その内側に隠された気遣いを感じ取っていた。

 彼は、黙ってトレイを受け取った…。

 それは、許しではなかったかもしれない…。だが、今の彼にとっては…それで、十分すぎた。


---


 ガーが去った後、重苦しい空気は少しずつ和らいでいったが、気まずい沈黙が残った。サトウとリヒター医師は、エララに軽く頷くと、他の難民たちの世話をするために散っていった。

 避難所の喧騒の中、ライトとエララは、二人きりで座っていた。

 ライトは、黙々とトレイのシチューを口に運んだ。ありふれた食事だったが、長い間、温かいものを口にしていなかった彼にとって、それは高級レストランの食事よりも美味しく感じられた。

 彼は、ほとんど食べ終えるまで一気に掻き込み、そして、エララの視線に気づいて、食べる速度を落とした。


「…美味い」

 先に沈黙を破ったのは、ライトだった。その声は、ほとんど囁き声に近かった。「こんな温かいものを食べたのは、久しぶりだ…。ありがとう」

 エララは、その感謝の言葉には応えず、彼の隣の木箱に腰を下ろした。腕を組み、長い溜息をつく。「第七部隊って…本当は、どんなところだったの?」

 そのあまりにも直接的な質問に、ライトは一瞬、動きを止めた。

 彼は、ゆっくりとスプーンを置いた。

「…道具だ」彼は、言葉を選ぶように、ゆっくりと答えた。「俺たちは、疑問を持つな、感情を持つなと教え込まれた…。名前も、顔もいらない…。あるのは、番号と任務だけだ。『なぜ』という言葉は、禁句だった。俺たちが知っているのは、標的が『誰』で、任務を成功させるには『どうするか』、それだけだ」

「それで、成功したの…?人間性を消し去ることは」エララは、彼から視線を外さずに尋ねた。

「いや…」ライトは首を振った。「本当に成功することなんて、あり得ない…。ただ、抑圧されているだけだ。いつか、それが崩壊する日を待っている…。インワンで、俺に起こったことのようにな」

 再び、沈黙が訪れた。だが、今度は、気まずいものではなかった。

 互いを、理解しようとするための、沈黙だった。

 ライトは、最後の一口のパンを食べ終え、彼女と真っ直ぐに向き合った。

「お前は…なぜ、こんなことを?」彼は、問い返した。「お前は、違うように見える…」彼は、言葉が失礼に聞こえるかもしれないと思い、口ごもった。「こんな戦争で、銃を取るには、若すぎるように見える」

 エララは、かすかに、自嘲的な笑みを浮かべた。それは、彼女の年齢には不釣り合いなほど、悲しく、そして疲れた笑みだった。「生まれながらの戦士なんていないわ、ライト…。私たちは皆、状況にそうさせられただけ」

 彼女は、避難所の人々に視線を送った。「私の両親は、教師だった。連邦が押し付ける歴史ではなく、惑星サムの、本当の歴史を教えていた…。ある日、二人は『扇動罪』で連邦兵に連れて行かれ、そして、二度と戻らなかった…。私がレジスタンスに参加したのは、その日からよ」

 彼女の物語に、ライトは言葉を失った…。

 誰もが、連邦によってつけられた傷を、その身に負っているのだ。


「ジャック司令官から受けた任務…危険なんでしょ?」エララが、話を変えた。

 ライトは、頷いた。「戻れないかもしれない」

 エララの眼差しが、目に見えて和らいだ。

「もし、連邦のセキュリティシステムに関する情報が必要なら…サトウが力になれるかもしれない。連邦が全てを接収する前は、大企業のネットワークエンジニアだったから」

 それは、初めてだった…。

 このグループの誰かが、彼を「容疑者」や「兵器」としてではなく、「味方」として、助けを申し出てくれたのは。

「…感謝する」

 ライトは、短く、しかし、深い意味を込めて答えた。


「サムのエララか?」

 力強い低い声が、二人の会話を遮った。

 ヴァレリウス司令官が、二人の兵士を連れて、まっすぐに歩いてくる。「ジャック司令官からの命令だ」彼は言った。「時が来た…。君たちにやってもらう任務がある」

 ヴァレリウス司令官の視線は、エララだけではなく、集まってきたサトウとガーにも向けられた…。今、惑星サムの生存者たちは、正式に、革命軍の一部となろうとしていた。


---


 旗艦「ヴィンディケーター」の個人病室で、数日が過ぎた。

 この金属の四角い部屋が、ライトの全世界だった。ベッドとテーブル、そして多目的ホログラム・プロジェクターが一つあるだけの、殺風景な部屋。だが、刑務所「アストレア-07」の独房と比べれば、天国だった。

 腹部の傷は、かなり回復してきている。まだ、体を大きく動かすと、鋭い痛みが走るが。毎日、彼は軽いリハビリで体を回復させ、そして、課せられた任務…「プロジェクト・キマイラ」の情報を研究することに、ほとんどの時間を費やした。

 それは、ほとんど不可能な任務だった。だが、不思議と、ライトの心は穏やかだった。

 少なくとも…今回は、何のために戦うのか、自分でも分かっていたからだ。


 彼が、データパッドで研究ステーション・イージスの換気システムの設計図を調べていると、部屋のホログラム・プロジェクターが起動した。

 艦隊の中央通信システムからの呼び出しだった。

 ジャック司令官のホログラムが、部屋の中央に現れる。艦隊の全兵士と民間人に向けた、声明だった。


「自由を愛する同志たちよ」ジャックは、力強い声で始めた。「惑星サムからの人民の避難という勝利は、我々の偉大なる第一歩に過ぎない。だが、戦争はまだ終わっていない。死の機械の群れは未だ脅威であり、連邦の権力は、このセクターの数多の星々を、未だに抑圧し続けている」

 ジャックの背後の映像が、緑豊かな惑星の姿に切り替わった。「ここは、惑星クラス…。この宙域における、連邦の穀倉地帯だ。あの星の人々は、未だに伝統的な方法で農業を営んでいる。彼らは、何十年もの間、連邦に資源と労働力を搾取され続けてきた、農民たちだ」

 映像が、広大な黄金色の小麦畑、働くトラクター、そして農民たちの疲れた笑顔を映し出し、そして、冷酷に税を取り立てる連邦兵の姿に切り替わった。


「今日…我々は、彼らを解放するための作戦を開始する!」ジャックは続けた。「私は、小規模な特殊作戦チームを、既に惑星クラスへと潜入させた。彼らの任務は三段階。第一に、必要物資を密かに住民へと届ける。第二に、惑星上の連邦の拠点を攪乱し、混乱させる。そして第三に、噂を流し、住民を扇動して、内側から抵抗の機運を高めることだ!」

 ライトは、ホログラムを真剣に見つめた…『こんな諜報活動に、一体誰が…?』

 そして、ジャックの映像がズームアウトし、この重要な任務を任されたチームの姿が映し出された…。ライトの心臓が、跳ねた。

 黒い軽偵察アーマーをまとって中央に立つのは、他の誰でもない…エララだった。その隣には、電子制御パネルを操作するサトウと、固い決意の眼差しでライフルを点検するガーの姿があった。


「人民が立ち上がる準備ができた時…我々の艦隊が、その星を制圧するための、切り札となる!」ジャックの声が響き渡る。「惑星クラスの解放は、連邦の力を揺るがすだけでなく、我が革命軍に、安定した食料供給をもたらすだろう!諸君、この任務を信じてくれ!」

 ホログラムが消え、部屋は再び静寂に包まれた。

 ライトは、椅子に深くもたれかかった。

 様々な感情が、彼の心に押し寄せる…エララたちが、これほど重要な任務を任されたことへの驚き、他の者たちが戦っている間に、自分がここで回復に専念していることへの焦り、そして、何よりも…心配。

 潜入と心理戦は、正面からの戦闘よりも、何倍も危険だ。

 だが、彼は理解した…。

 ジャックは、最適の人選をしたのだ。

 抑圧された農民たちの心を理解できるのは、惑星サムからの難民たちをおいて、他にいない。

 彼らは、ただの兵士ではない。歩く、希望の象徴なのだ。

 ライトは、手の中のデータパッドに視線を戻した…。

 研究ステーション・イージスの設計図…。彼は、かすかに笑みを浮かべた。

『どうやら…誰もが、自分だけの戦場で、戦っているらしいな』

 今、彼は、自分の役割をはっきりと理解した。

 エララが、地上で「信念」の戦争を戦っている間に…。

 彼の任務は、星々の中で、「影」の戦争を戦うこと…。

 そして、必ず、それを成功させてみせる。


---


 エララたちの任務を知った後、ライトは、再び自室の静寂の中で、物思いに沈んでいた。

 彼は、スクリーンに映し出された「研究ステーション・イージス」のデータを見つめた…。

 その光景が、過去の血塗られた記憶と重なる。

『結局…俺は、また同じことを繰り返すのか』

 その考えが、冷たい囁きのように、心に生まれた…。

 潜入、隠密、情報奪取…その全てが、彼が葬り去り、逃げようとし続けた、「第七部隊」の役割、そのものだった。

 このような任務に再び就くことは、まるで、自分自身に言い聞かせているようだった…。

 どれだけ遠くへ逃げようと、自分は、戦争の「道具」のままだと。

 躊躇と恐怖が、心に芽生え始める。『もし、成功すれば…連邦は、狂乱するだろう』彼は、かつての上官の冷酷さを、よく知っていた。奴らは、彼だけではなく、インワン・フリーダムの艦隊全てを追うだろう。全戦力を投入し、我々全てを粉々に打ち砕きに来るかもしれない…。

 俺の行動が…数えきれないほどの、新たな死を招くかもしれない。


 だが…。

 ライトは、その否定的な考えを振り払った。

『違う…』彼は、心の中で自らを正した。『奴らに、あの秘密兵器を完成させることこそが、全てに死をもたらす』

 彼は、再び、「プロジェクト・キマイラ」のデータを見つめた…。それは、ただの兵器の設計図ではない。戦争の盤上を、一度にひっくり返しかねない、「切り札」かもしれないのだ。

 それを手に入れることは、革命軍の勝利を意味するかもしれない。

 そしてそれは、戦争をより早く終わらせることを…数百万の命を、救うことを意味する。

『そうだ…』彼の瞳に、再び決意の光が宿った。『これは、代償だ…』彼は、自身に言い聞かせた。『たとえ、過去の亡霊が付きまとおうとも…たとえ、再び、影の中の『亡霊(ゴースト)』になろうとも…。これは、自分自身に証明する、好機だ』

 誰かに証明するためではない…。

 エララでも、ジャックでもない…。

 「自分自身」に、証明するために…。

 この、忌まわしい第七部隊のスキルが、人々を守るためにも使えるのだと。虎は…その縞模様を変えることはできないかもしれない。だが、今度の狩りは、圧制者のためにはあらず。

『俺のこの行動が…数百万の希望になるのかもしれない』

 その考えは、彼の肩に、さらに重い責務を負わせた。

 だが同時に、彼の目標を、かつてないほど明確にした。

 ライトは、データパッドを閉じた。

 彼は立ち上がり、兵站部が用意した武器と装備の点検を始めた…。

 今の彼の心は、氷のように、静かで、冷え切っていた。

 彼は、準備ができていた…。

 肉体的にも、精神的にも。

 あとは、ただ一つ…。

 ジャック司令官からの、最後の命令を待つだけだった。


---


 ライトの部屋のインターコムが鳴り響き、彼を思考の淵から呼び戻した。

 <「ライト…時が来た。作戦ブリーフィング・ルーム03へ、即時出頭せよ」>

 ヴァレリウス司令官の声だった…。

 ライトは立ち上がり、兵站部が用意した黒いフィールドユニフォームを身に着けた。それは、連邦の重装甲よりも、体にフィットし、動きやすかった。

 彼は、一度、深く息を吸い込み、そして部屋を出た。


 作戦ブリーフィング・ルームは、薄暗い半円形のホールだった。

 部屋の明かりのほとんどは、中央に設置された巨大なホログラムテーブルから発せられており、そこには、複雑な宇宙ステーションの三次元映像が映し出されていた。

 ヴァレリウス司令官が、既に待っていた。そして、その隣には…。

 三人の人物が、静かに佇んでいた。

 ライトは、すぐに彼らに気づいた。

 全員が、彼と同じ軽偵察アーマーを身に着けている。だが、その眼差しと立ち振る舞いは、彼らがインワン・フリーダム最強の兵士であることを、物語っていた。

「来たな」ヴァレリウスが、挨拶した。「これより、『オペレーション・ファントムストライク』を開始する…。そして、これが、君のチームだ」


 テーブルのホログラム映像が、宇宙ステーションへとズームインし、その内部構造と、恐るべき防衛システムを映し出した。「これが、『研究ステーション・イージス』だ」ヴァレリウスが、説明を始めた。「連邦の浮遊要塞。その防衛システムは、極めて強固だ…レーザー砲塔、エネルギーシールド、そして、24時間体制で巡回する戦闘機部隊」

「だが、今…」彼は、コントロールパネルに触れた。ホログラムが、死の機械の群れとの交戦宙域へと向かう、多数の連邦艦隊の航路を示した。「…奴らは、新たな脅威への対応で、手一杯だ。その結果、外郭宙域の防衛は、かつてないほど手薄になっている…。奴らの混乱が、我々の絶好の機会だ」

 ヴァレリウスは、三人の人物に手を向けた。「これが、君と共に行くチームだ…。ライラ」彼は、データパネルを操作していた、銀髪の女性に頷いた。「我々が誇る、最高の電子戦スペシャリストであり、ハッカーだ。全てのドア、全てのファイアウォールは、彼女の遊び場だ」

「ギデオン」腕を組んで立っていた巨漢の男が、頷いた。「爆発物と重火器の専門家だ。何かを『こじ開ける』必要があるなら、ギデオンを呼べ」

「そして、最後に…サイラス」鷲のように鋭い目を持つ、寡黙な雰囲気の若者だ。「狙撃手であり、前衛偵察ユニットだ。彼は、影の中における、我々の目と耳となる」


 三人は、値踏みするような、そして、不信に満ちた目で、ライトを見た。

 彼らは、ライトが、かつての敵であることを、よく知っていた。

「今回の任務、君を一人で行かせるわけではない」ヴァレリウスは、ライトを見据えながら続けた。「彼らは、インワン・フリーダムの精鋭だ。だが、君は…『鍵』だ。君が持つ、連邦のプロトコルとパスコードへの知識と理解こそが、敵に気づかれることなく、外郭防衛システムを突破する、唯一の手段となる」

 彼は、赤く光るイージスの中枢部を指さした。

「君たちの目標は、メインデータコアだ。そこに侵入し、『プロジェクト・キマイラ』の設計図を奪取しろ。君たちが潜入している間に、ギデオンが、指定された地点に爆弾を設置し、陽動の混乱を引き起こす」

「そして、君が奴らの通信システムを破壊した時…それが、合図だ」ヴァレリウスは、顔を上げてライトを見た。「我々の艦隊が、ステーションへの攻撃を開始し、混乱を引き起こし、君たちの脱出路を切り開く…。この任務を成功させれば、我々は、この戦争の勝敗を決する秘密を、手にすることになる…。理解したか?」


 ライトは、ゆっくりと頷いた。

 彼の肩に、任務の重圧がのしかかるのを感じた。これは、ただの隠密行動ではない…。

 革命軍の、全ての未来を賭けた、ギャンブルだ。

「よろしい」ヴァレリウスは、最後に言った。「準備にかかれ…。出撃は、三時間後だ」

 ホログラムが消え、部屋は再び、薄暗い静寂に包まれた。

 ライトと、三人のチームメンバーが、沈黙の中に佇んでいる…。四人の、見知らぬ者たち…。

 生きては戻れないかもしれない任務の運命を、共にしようとしている…。

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