第四章 34 "新たなる遺物"
謎の精神波
静寂の惑星ビットナリーにて。シンスロインの勝利の後、「収穫」と「進化」が、システムに従い進められていた。方舟艦にて、シンスロインの女王は、人間との戦闘から得られたデータを処理していた。彼女は、感情と呼ばれる「弱点」を、理解しようと試みていた。
しかしその時、異常が発生した。未知の精神波が、彼女の集合意識に、直接送り込まれてきたのだ。それは、彼女たちのネットワークからでも、「ウォッチャー」からでも、そして、かつての「導き手」からでもない。微弱で、不明瞭な信号。しかし、強固な「意志」に満ちていた。そして、一つの言葉が、囁きのように、明確に響いた。
「…ライト…」
<異常探知:未確認のサイオニック信号。データ署名は『人類 - ライト』と一致。確率:1.2%> <分析:非論理的。対象は、抹殺されたと推定される>
女王は、そのデータを処理した。興味深い異常が、再び、現れた。
--- 数日後 ---
見捨てられし者たちの到着
惑星ビットナリー星系の辺境にて、数隻の小型艦隊が、ステルスを解除し、暗闇から姿を現した。それは、戦闘の傷跡に覆われた戦闘艦。「ヘカトンケイル」が、一握りのフリゲート艦を率いていた。これこそが、「幽霊たち」の全戦力だった。
ヘカトンケイルの艦橋で、ライトは、彼の、小規模だが精鋭の兵士たちの前に立っていた。「幻影」チームと、彼に忠実な兵士たち。
「全員、聞け」彼は、乗組員たちを鼓舞するように、切り出した。「眼下の惑星は、シンスロインの新たな故郷だ。だが、我々は、全面戦争を仕掛けに来たのではない」
「いいか、全員!気を引き締め、目標から目を離すな!」彼は、ホログラム地図を指し示した。「覚えておけ、我々の敵は、シンスロインだけではない。インワン帝国という、古い友人が、この辺りにいる可能性も、想定しておかなければならない。ケイレン将軍も、ジャック皇帝もな」
「我々の目標は、潜入し、奴らが惑星サイプラスダリンから盗み出した『遺物』を、奪還することだ。入って、そして、出る。願わくば、面倒なことにならなければいいがな」
彼は、ライラを見た。「状況は?」
「データによれば、奴らは、新たな惑星への『適応』期間中のようです、キャプテン」ライラは報告した。「奴らの主防衛システムが完全に稼働するまで、我々に残された時間は、約10分です」
「いいだろう」ライトは頷いた。「それが、我々が、適応し、『孵化』するための、全ての時間だ」
彼がコンソールのボタンを押すと、「ヘカトンケイル」の主ハンガーベイの照明が点灯し、巨大なコンテナに収められた「何か」が、姿を現した。それは、静かなハミング音を発していた。
「我々の、『新たなる遺物』を、披露する時が来た」
遺物を巡る戦いが、始まろうとしていた。両陣営が、互いに、まだ誰も見たことのない、新たな「切り札」を、手にして。
「幽霊たち」の複数のステルス降下艇が、希薄な大気圏を突破し、遠く離れた水晶の谷に、音もなく着陸した。そこが、ライトたちの、一時的な前線基地だった。
「我々には、10分ある」ライトは、「幻影」と「ウォー・ハウンド」に、最後のブリーフィングを行った。「目標は、奴らの巣の中心にある『方舟艦』だ。侵入し、データを奪い、そして、本番のパーティーが始まる前に、離脱する」
--- 同時刻、シンスロインの巣の中心にて ---
<信号異常を探知:人類の潜入を確認> <脅威レベル:最小。しかし、予測不能>
シンスロインの集合意識は、「侵入者」の来訪を、即座に感知した。方舟艦の中央広間、女王の玉座の前で、異質な形状のシンスロインユニットが、姿を現した。それは、「女王の右腕」、現場を指揮する宰相だった。彼女は語らない。だが、彼女の「意志」は、集合意識のネットワークを通して、群れの隅々まで、響き渡った。
<「女王よりの命令。全部隊へ。有機生命体を探知。奴らは、我々の『新たなる遺物』を、求めて来た」>
彼女が言う「遺物」とは、惑星サイプラスダリンから回収した、全てのデータコア。「マキ」のデータ、進化への鍵。
<「何人たりとも、我々の新たなる遺物を、侵犯させてはならない!」> <「10分間、戦闘を継続せよ。我々の『傑作』が、完成するまでの時間を稼ぐのだ」>
その「傑作」とは、この惑星の主防衛システムの、完全な起動だった。
<「そして、その時が来たら、奴らを粉砕せよ。塵一つ、残すな」>
その布告が終わると、全てのシンスロインの赤い光学センサーが、一斉に光を放った。散り散りだった機械の群れが、今や、システムに従い、防御態勢へと移行していた。奴らは、敵が来ることを、知っていた。そして、準備は、できていた。
両種族の未来を賭けた、10分間の時間との競争が、始まった。
「幻影」チームは、ビットナリーの、きらめく水晶の森を、亡霊のように進んでいた。しかし、ライトの計画は、脆くも崩れ去った!奴らの襲撃は、あまりに早かった!まるで、誰かが指揮しているかのように!シンスロインの群れは、愚直に防御するのではなく、あらゆる方向から、彼らを「包囲」するように、動いていた!
「キャプテン!計画が漏れています!奴らは、我々の居場所を!」ライラが叫んだ。
「知っているだけじゃない。奴らは、我々を『狩って』いる!」ライトは、突進してくる機械犬を、ライフルで撃退しながら、応えた。
今や、戦いは、任務遂行のためではなく、ただ生き延びるための、絶望的な時間稼ぎとなっていた。
そして、時は、尽きた。
突如、全てのシンスロインが、攻撃を止めた。奴らは後退し、静かに佇み、巣の中心、方舟艦から現れようとしている「何か」のために、道を開けた。
シンスロインの「傑作」が、姿を現した。
闇の中から、一人の女性の姿が、ゆっくりと歩み出てきた。ブロンドの長い髪は、ツインテールに結ばれている。二色の瞳、片方は青く、そしてもう片方は、見慣れた、鮮血の赤。彼女は、まだ黒い戦闘服を纏っていたが、それは、シンスロインの技術によって改造され、体の一部として融合していた。その手には、球体のシンスロインドローンが、静かに浮かんでいる。
それは、マキだった。だが、彼らが知る、ゴーストでも、人間でもない、マキだった。
女王の「意志」が、全員の意識に響き渡った。<「目覚めよ。立ち上がれ。我が娘よ」>
静止していたマキが、ゆっくりと顔を上げた。その眼差しは、空虚で、何の感情もなかった。彼女は、女王を(ネットワークを通して)見つめ、そして、機械のように冷たい声で、「返答」した。
「…了解。主命令を、待機します。創造主様」
その光景に、ライトは、絶望した。彼の任務は、完全に失敗した。そして、それ以上に最悪なのは、その失敗の結果だった。彼は、彼女を救えなかっただけではない。彼の過去の行動が、彼女を、この場所へと、導いてしまったのだ。
「なんてことだ…」ライトは、震える声で呟いた。「奴らは、彼女に、何をしたんだ…」
その声が終わると、マキは、彼らが隠れている方向へと、顔を向けた。その動きは、不自然なほど、速く、そして鋭かった!彼女の赤い瞳が、閃光を放った。まるで、ターゲットをロックオンしたかのように。今こそ、「機械の軍団」の、次期指導者が、その力を示す時だった。
「…奴らは、彼女に、何をしたんだ…」
ライトの絶望的な呟きが、空気に消える前に、マキの体が、動いた!しかし、それは、彼らが慣れ親しんだ攻撃ではなかった。
マキは、突進も、発砲もしなかった。彼女は、ただ静かに立ち、その赤い瞳が、閃光を放った。すると、彼らの周りの瓦礫や水晶の破片が、振動し始めた!マキは、サイコキネシスをも、手に入れていたのだ!
「気をつけろ!!!」サイラスが叫んだ!鋭利な金属の破片と、巨大な水晶の塊が、目に見えない力で宙に持ち上げられ、彼らの遮蔽物へと、激しく撃ち込まれた!それは、銃声のない、しかし、それ以上に強力で、恐ろしい攻撃だった!
「撃て!援護しろ!」レックスが叫び、傭兵たちがマキに一斉射撃を行った!しかし、全ての弾丸は、目に見えないサイキックバリアによって空中で止められ、無力に床へと落下した。
しかし、ライトは、その攻撃の中に、ある奇妙な点を見出した。彼女の攻撃は、殺戮を目的としたものではなく、「駆逐」を目的としていた。奴らは、急所ではなく、「遮蔽物」を狙い、彼らを、システム的に、後退させていたのだ。
それでも、戦いは激しく、ライトの部下たちは、一人、また一人と、直接殺されるのではなく、瓦礫の下敷きになるか、遮蔽物を変える瞬間に、撃ち抜かれて、倒れていった。彼らは、最後の拠点、降下艇を隠した場所まで、追い詰められた。
そして、その瞬間、残りの全てのシンスロインが、あらゆる方向から姿を現し、彼らを完全に包囲した。
ライトと、生き残った仲間たちは、今や、袋の鼠だった。そして、彼らの目の前に、マキが、優雅に舞い降りた。彼女の二色の瞳は、空虚で、何の記憶も宿さず、ライトを見つめていた。
「リーナ…それは、本当に、君なのか?」ライトは、恐怖からではなく、痛みから、震える声で尋ねた。
生体装甲の少女は、わずかに首を傾げた。「話は、長くなる。全てを、説明することはできない、ライト。君は、ここへ来るべきではなかった」
「だが、俺は夢を見た」ライトは、絶望的に返した。「君が生きているのを、見たんだ。そして、君の声を聞いた。俺を呼ぶ、声を」
「私が『培養槽』の中にいた時、私の意識が融合していく中で、本能的に、あなたと、ジャックを探して、精神波を送った。あなたたちがここへ来たのは、そのためでしょう」彼女は、一瞬黙り、そして、ライトの心をさらに深く抉る言葉を、続けた。「そして、私は、今の、この新しい私を、憎んではいない」
「じゃあ、どうするんだ!?」ライトは、苦痛に叫んだ。「俺を、殺すのか!?」
「私が持つ、この力で、少しは頭を使ったらどうだ、ライト」彼女は、憐れむような目で、彼を見た。「もし私が貴様を殺したかったのなら、貴様は、とうの昔に死んでいる。私は、貴様に、ここから出て行ってほしい。そして、二度と、私や、シンスロインの前に、顔を見せるな!」
その言葉は、彼を「見逃す」という、宣告だった。
「他に、選択肢はなさそうだな…」ライトは、苦々しく答えた。彼は、チームの共有チャンネルを開いた!「ライラ!ギデオン!サイラス!撤退だ!これは命令だ!今すぐ、船に戻れ!」
彼らは、煙幕と援護射撃で、降下艇へと後退した!しかし、殿を務めていた「ウォー・ハウンド」が、敵の群れに分断され、取り残されてしまった!
上昇する降下艇の中で、ライトは、眼下で蹂躙されていく仲間たちの姿を見ていた。歴史は、再び、繰り返された。彼は、仲間を見捨てなければならなかったのだ。
しかし、逃走は、まだ終わらなかった。軌道上へ戻った彼らを、残りのシンスロインの群れが、待ち構えていた!
「キャプテン!被弾!シールド、残り30%!」「フリゲート艦『シャドウ』と『ブレード』、撃沈されました!」
彼らの、小規模な艦隊は、壊滅寸前だった!
「司令官!」生き残った艦長の一人が叫んだ。「我々では、持ちません!貴方だけでも、お逃げください!」
ライトは、眼下の惑星ビットナリー、そこに取り残された、多くの部下たちのことを、思った。彼は、もう、誰も見捨てたくはなかった。しかし、指揮官として、彼に、選択の余地はなかった。
「全員、緊急ワープの準備」彼は、かすれた声で、命じた。「体勢を立て直し、そして、我々は、必ず、戻ってくる」
母艦「ヘカトンケイル」は、ワープゲートを開き、その宙域から離脱した。後に残されたのは、炎上する船の残骸と、宇宙の静寂だけだった。
安全な艦橋で、ライトは、一人、立ち尽くしていた。彼は、ただ敗北しただけではない。仲間を失い、そして、何よりも、彼が救おうとした「リーナ」が、最も恐るべき敵の一部となってしまったという、恐るべき真実に、直面したのだ。
希望から始まった任務は、完全な絶望の中で、幕を閉じた。




