第三章30 "奇妙な信号"
--- **陰謀の会議** ---
オアシスでの休息から約8時間後、戦争は、最も重要な転換点を迎えていた。インワン・フリーダムと連合軍は、ジャックの指揮とケイレン将軍からの情報を基に、奇跡を起こしたのだ。彼らは「電撃作戦」を開始し、セクター全域にわたる連邦の戦略拠点を、同時に攻撃した!連邦の経済を崩壊寸前に追い込む「金融拠点」と、その兵器生産ラインを停止させる「工業拠点」。かつて強大だった血月連邦は、今や、本当に崩壊寸前まで追い詰められていた。
しかし、ライトキャプテンにとって、これらの勝利は、あまりに遠い出来事だった。
秘密基地「合流点」にて、ライトは、ここ数日間、いかなる任務にも参加していなかった。彼が個人的な謎を探す旅から帰還した後、彼に命じられたのは、基地での待機のみ。彼は、仲間たちが築き上げる勝利を、ただ見つめるだけの傍観者となっていた。彼は、元第7部隊兵「ケイル」の訓練と、未だ答えのない、あの「囁き」の謎について、思索に耽ることに、ほとんどの時間を費やしていた。無力感と、見捨てられたという感覚が、再び彼の心を蝕み始めていた。
ある夜、**<ライトキャプテンとマキへ。私の執務室へ、今すぐ出頭せよ。これは、極秘任務だ>** ジャック司令官の声が、静かに響いた。
--- **ジャック司令官執務室にて** ---
ライトとマキが到着すると、そこにいたのはジャックだけではなかった。ケイレン将軍もまた、彼らを待っていた。
「入れ」ジャックが言った。「これから君たちが聞くことは、他の指揮官たちにも、決して漏らしてはならない」
ホログラムスクリーンに、美しく、きらびやかな惑星が映し出された。「ここは、惑星『サイプラスダリン』」ジャックは説明した。「連邦に残された、最大の工業惑星。そして、全てのエリート層と元老院議員たちの、別荘でもある」
「ケイレン将軍の情報によれば、連邦は、72時間後、ここで『緊急首脳会談』を開く予定だ」
「我々の目標は?」ライトが尋ねた。「暗殺ですか?」
「それよりも、壮大だ」ジャックは、にやりと笑った。その笑みは、ライトの背筋を凍らせた。彼は、鹵獲した「エレクター=カイ」の映像を指し示した。「これが、我が復讐だ。我々の任務は、このエレクター=カイを、惑星サイプラスダリンの中心部に、設置することだ」
ライトとマキは、驚愕に目を見開いた!「正気ですか!?」ライトは抗議した。「それは、惑星の全住民を人質に取るということです!連邦が、我々にしてきたことと、同じじゃないですか!」
「その通りだ」ジャックは、平然と認めた。「そして、それこそが、これ以上の流血なしに、この戦争を一度に終わらせる、唯一の方法だ。我々は、奴らに降伏を強いる」
「そこの防衛は、厳重です」マキが、割って入った。「奴らは、この会談を警護するために、全戦力を投入しています」
「わかっている」ジャックは言った。「だからこそ、ケイレン将軍が、我々のための戦術計画を、全て立案してくれた。我々は、彼の古いパスコードを使って潜入する。そして、君たちのチームこそが、この任務を成功させられる、唯一のチームなのだ」
ライトは、ジャックの顔と、そしてケイレン将-官の顔を、交互に見た。これは、もはやただの軍事任務ではない。彼が決して足を踏み入れたくなかった、暗黒への旅路だと、感じていた。
「拝命いたします、司令官」彼は、他に選択肢はなく、命令を受け入れた。革命軍の魂そのものを賭けた、極秘任務が、始まろうとしていた。
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サイプラスダリンへの出発前、ライトとマキは、ジャックおよびケイレンとの、最後の作戦会議に参加した。
「潜入計画は、完璧だ」ケイレンは、自信満々に言った。「奴らの弱点は、全て把握している。この、地図にないサービス・トンネルの入り口を使えば、エレクター=カイの設置地点の、真下まで、直接たどり着ける」
彼は、防衛配置図を拡大した。「だが、気をつけろ。そこは、首都から直接派遣された、最高の部隊、第7部隊とゴースト部隊によって、警護されている」
ライトとマキは、疑念を抱き始めていた。計画が、あまりに「簡単」すぎる。情報が、「完璧」すぎる。まるで、何者かが、彼らを何かの元へと、おびき寄せているかのようだった。
「この任務は、隠密任務となる」ジャックが付け加えた。「連合艦隊の支援はない。ケイレン将軍の、寝返った部隊からの増援だけが、軌道上から君たちを支援する」
その言葉は、さらに疑惑を深めた。ライトは、ケイレンがもはや自身の軍隊を持っていないことを、知っていた。彼は、その疑念を、心の奥にしまい込んだ。任務は、それよりも重要だった。
--- **出撃前の対峙** ---
会議の後、ライトは、一人で装備を準備しているマキの元へと向かった。
「マキ、これは、おかしい」ライトは、切り出した。「ケイレンの計画は、出来過ぎている。そして、ジャックが、それを完全に信頼しているのは、危険すぎる」
「司令官は、ご自分が何をされているか、よくご存知です」マキは答えた。彼女は、自らの命の恩人であるジャックを、まだ信じていた。
「信頼と、盲信は、紙一重だぞ!」ライトは、声を荒らげた。「ジャックは、復讐心に支配されている!彼は、君を、俺を、彼の復讐のための、ただの道具として、利用しているんだ!」
「ジャックは、私に新しい命をくれた!」マキは、言い返した。「他の誰もが、私を『壊れた玩具』としか見なかった時に、彼は、私に『名前』をくれた!彼は、連邦とは違う!貴方こそが、過去に、判断を鈍らされている!」
「過去だと!?」ライトは、もはや耐えられなかった。彼は、彼女の肩を掴み、激しく揺さぶった!「記憶がないお前が、過去を語るな!」
彼は、彼女の、混乱と怒りに満ちた二色の瞳を、深く見つめた。「じゃあ、『リーナ』は!?あの名前は、お前にとって、どういう意味なんだ!?俺が、あの名前を口にした時、お前は、反応した!一体、どういう意味なんだ!?」
「知らない!」マキは、初めて、涙を浮かべて叫んだ!
「なら、思い出せ!」ライトは、苦痛に満ちた声で、怒鳴り返した。「あの訓練キャンプにいた、ブロンドの髪の少女を!毎晩、鞭打たれた少年の傷を手当てしていた、あの少女を!ヒーローになるという、あの約束を!何も、覚えていないのか!?」
!!!その言葉、その光景が、マキの、固く閉ざされた記憶の扉を、こじ開けた!傷だらけの少年、薬を塗る自分、そして、奇妙な、暖かい感情。『ライ…ト…』
彼女は、後ずさり、こめかみを押さえた。「私…」彼女は、震える声で囁いた。「…覚えている。炎、訓練キャンプ、あの少年…」
彼女は、ライトと目を合わせた。氷の壁は全て崩れ落ち、そこには、ただ、道に迷い、怯える、一人の少女だけがいた。
「…私の名は、リーナ」
リーナとしての自己は、まだ完全には明かされていなかった。それは、彼女に激しい痛みと混乱をもたらす、記憶の壁の、ただの「亀裂」に過ぎなかった。
ライトは、その光景に、愕然とした。彼は、彼女をこんな状態にするつもりはなかったのだ。
**<「キャプテン、マキ、出発の時間です」>** ライラの声が、コムリンクから響いた。
ライトは、混乱し、傷ついたマキの顔と、そして、彼がこれから赴かなければならない、最も忌まわしい任務を、交互に見た。今や、精神的に戦闘不能なのは、彼だけではなかった。彼のパートナーもまた、同じように、壊れていた。
(この任務は…)ライトは、恐怖の中で思った。(…始まる前から、もう失敗しているに違いない)
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ライトは、完璧に修理された「ナイトフォール」の前に立っていた。その心は、荒れ狂う嵐のようだった。(これは、解放ではない。これは、虐殺だ!)彼の頭の中に、サイプラスダリンの街が、狂乱した機械の群れによって破壊され、罪のない市民が逃げ惑う光景が、鮮明に浮かんだ。今度、その引き金を引くのは、彼自身なのだ。
「ジャック、そこまでして、この汚いやり方を使うのか?」彼の指導者への信頼は、完全に砕け散っていた。
「躊躇は、弱さだ」マキの冷たい声が、背後からした。「あなたの葛藤を感じます、キャプテン。それは、任務を失敗させる」
「じゃあ、お前は何も感じないのか!」ライトは、彼女に向き直った。「俺たちは、かつて連邦が、俺たちにしてきたことと、同じことをしようとしているんだぞ!俺たちは、奴らと同じに、なるんだ!」
「私は、かつて連邦の殺戮兵器だった」彼女は、平坦な声で答えた。「そして今、私はジャック司令官の殺戮兵器だ。私にとって、変わったのは、『主人』だけだ」
「だが、貴方には、ライト、まだ『選択肢』がある。感じること、苦しむことの。それを、捨てないで。それこそが、貴方を、まだ『人間』たらしめている、唯一のものなのだから」
その言葉に、ライトは絶句した。彼は、彼女が命令に従えと言うと、思っていた。しかし、彼女は、彼の痛みを、受け入れたのだ。
彼は、固く拳を握りしめ、そして、ゆっくりと頷いた。彼は、この任務を、自分自身を、憎むだろう。だが、彼は、それを実行する。ジャックのためでも、復讐のためでもない。この、狂った戦争を、一日でも早く終わらせるために。
「行こう」彼は、平坦に言った。「仕事の時間だ」
--- **潜入** ---
彼らは、ケイレンのパスコードを使い、惑星サイプラスダリンへと、あまりに簡単に、潜入した。彼らは、それぞれ、連邦の高官とその連れの外交官になりすまし、首都で開かれる、豪華絢爛なガーラパーティーへと紛れ込んだ。
「目標は、パーティー会場の中心にある『司令塔』だ」ライトが、隠した通信機で囁いた。「そこに、エレクター=カイを設置する」
彼らが、敵の中心部へと、歩を進めていた、その時。「キャプテン、3時の方向」マキの声が、彼の耳に響いた。「海軍提督の制服を着た男が、こちらを睨んでいる」
(まずい、俺がなりすましている士官の、本当の顔見知りか)ライトは、即座に状況を判断した。その提督が声をかける前に、マキが動いた!彼女はわざとよろめき、近くにいた別の高官に、手にしたドリンクを「偶然」こぼして見せたのだ!「まあ!申し訳ありません!」その小さな騒ぎに周囲の注目が集まった隙に、ライトは、音もなく闇の中へと姿を消した。
彼らは、司令塔のエネルギー炉心制御室へと、何の障害もなくたどり着いた。あまりに、簡単すぎた。
「罠だ」ライトが、即座に言った。
「そう思う」マキは答えた。「だが、他に選択肢はない」彼女は、偽装スーツケースから「エレクター=カイ」を取り出し、惑星の主動力炉心への設置を開始した。
「もうすぐ終わる」マキが報告した。「あと30秒。これで、遠隔操作が可能になる」
しかしその時、**<「急ぐ必要はないぞ、マキ」>** ジャック司令官の声が、彼らのコムリンクと、そして、部屋全体のスピーカーから、同時に響き渡った!
「司令官!?」
**<「君たちは、よくやってくれた。私の新しい帝国の『種』を、敵の心臓部まで、見事に送り届けてくれた」>**
「何を言っている!?」
**<「最終幕の話をしているのだよ、キャプテン」>**
その瞬間!マキが設置したばかりのエレクター=カイが、勝手に起動し、まばゆい光を放った!**<!!!警報!炉心エネルギーのオーバーロードを検知!システムは臨界状態に突入!爆発まで、Tマイナス10分!!!>**
「俺たちを、利用したのか!」ライトは絶叫した!
**<「その通りだ」>** ジャックは、平然と認めた。**<「私は、奴らを人質に取るつもりなどない。指導者も、惑星も、そして、将来、私の邪魔になりかねなかった『英雄』も、全て、まとめて『消去』するのだ」>**
**<「さらばだ、キャプテン、マキ。君たちの犠牲は、歴史に刻まれるだろう。最も残忍な、テロリストとしてな」>**
その声を最後に、通信は途絶えた。警報が鳴り響く中、ライトとマキは、自らの手で設置した巨大な時限爆弾の中心に、閉じ込められていた。この任務は、最初から、彼ら自身も「標的」の一人である、「暗殺任務」だったのだ。
--- **最後の抵抗** ---
「あのクソ野郎!」ライトは絶叫した!マキ、あるいは「リーナ」は、ただ虚ろな目で立ち尽くしていた。「彼が、私を救ってくれた。だが、彼は、ずっと私を道具として利用していた…」
「リーナ!しっかりしろ!」ライトが彼女を揺さぶった。「時間がない!逃げるぞ!」
その時、サイプラスダリンの空が、漆黒に染まった。ワープアウトしてきた、何千もの機械の群れが、惑星を包囲していた!「ジャックは、ただ惑星を破壊するだけじゃない。これを、奴の新しい軍隊の『餌』にするつもりだ!」
二人は、押し寄せる機械の群れと戦いながら、緊急脱出ポートへとたどり着いた。そこには、一隻の小型脱出艇が残されていた!
しかし、彼らが乗り込もうとした、その時!巨大な機械獣が空から墜落し、その衝撃で、脱出ポートの床が崩落した!ライトは、辛うじて船のランプに飛び乗ったが、マキは、爆風で別の方向へと吹き飛ばされてしまった!彼女が立ち上がった時、その周りは、何百もの機械の群れに、完全に包囲されていた。
「マキ!!!」ライトは叫び、助けに戻ろうとした!しかし、船の自動システムが作動し、ドアが閉まり始めた!
マキ、リーナは、彼を、最後に一度だけ、見つめた。彼女は、戦うためではなく、ドアの制御パネルを撃つために、銃を構えた。ドアが、より速く閉まるように!
「行け!」彼女は叫んだ。
「嫌だ!!!もう二度と、お前を置き去りにはしない!!!」
彼女は、微笑んだ。最も悲しく、そして、最も真摯な笑みだった。「貴方は、私を見捨てたりしない。私の、最後の『約束』を果たしてくれるのよ。生き続けて。貴方の、『ヒーロー』としてね、ライト」
ドアが完全に閉まり、機械の群れに飲み込まれていく彼女の姿を、遮断した。脱出艇は、空へと舞い上がった。その直後、サイプラスダリンは内部から崩壊し、まばゆい光の球となって、そして、消滅した。
ライトは、ただ、静かに涙を流した。彼は、リーナを、再び、失ったのだ。ドアが閉まる直前、彼が最後に絶叫した言葉は、おそらく、彼女には届かなかっただろう。
「リーナァァァ!!!」
--- **ジャックの視点** ---
**<「全部隊、散開し、即時撤退せよ!」>** ジャックの、不可解な最後の命令が、サイプラスダリンの崩壊と共に、響き渡った!
一方、ライトの脱出艇は、惑星の爆発による重力波に捕らえられていた!彼は、辛うじて、ワープしようとしていた連合の輸送船の一隻が開いていた、緊急ハンガーへと、その傷ついた船を滑り込ませた。
彼は、自分が危険な状況にあることを、知っていた。ジャックは、彼に死んでほしかったのだ。彼は、整備兵の制服を盗み、顔を煤で汚し、雑踏の中へと姿を消した。
数時間後、ジャック司令官からの公式発表が、散り散りになった船団全体に放送された。**<「…ライトキャプテンとマキは、敵の中枢を破壊する任務の最中、英雄的な犠牲を遂げた…」>**
その「死」の報は、瞬く間に広まった。
「ウィンターズ・クレスト」で、ステラ王女は、その知らせを聞き、床に崩れ落ちた。彼女の「闇の騎士」は、消え去ったのだ。
難民船で、エララは、ただ、虚ろな目で立ち尽くしていた。彼女の「兄」、唯一残された「家族」は、もういない。彼女の悲しみは、静かな復讐の炎へと変わった。
そして、「ナイトフォール」で、ギデオンは、コントロールパネルを粉々に砕けるほど、強く殴りつけた!「あのクソ野郎!!!ジャックめ!!!」
整備兵の中に紛れたライトは、自らの「死」の報を聞いていた。ジャックは、彼を裏切っただけではない。リーナの「犠牲」を、自らの政治的な道具として、盗んだのだ。
今や、ライトは、完全な亡霊となった。世界の目には、死んだ者として。そして、ただ一つの目的のためだけに、生きる者として。