第一章17
惑星ネロルでの勝利と、「プロジェクト・キメラ」の秘密の暴露の後、同盟艦隊は、一時的な休戦期間に入った。
秘密基地「コンバージェンス」にて、修理、作戦計画、そして、各地から集まった部隊の融合が、本格的に開始された。
しかし、それは、誰もが長くは続かないと知っている、静けさだった。
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**母艦「ウィンターズ・クレスト」、王室展望室**
ステラ姫は、複雑な眼差しで、窓の外に停泊するインワン・フリーダムの艦隊の光景を見つめていた。
その隣では、ウィリアム王子が、厳しい表情で、プロジェクト・キメラのデータが映し出されたホログラムテーブルを睨んでいた。
「他の種族を、兵器として利用し、政治的利益のために、自らの民の命を犠牲にするなんて…」
ステラは、静かに言った。その声は、失望に震えていた。「連邦は、もはや、ただの敵ではありませんわ、お兄様。この宇宙の、癌です」
「そうだ」
ウィリアムは、冷たく応じた。
「奴らは、栄誉も、人間の魂も、全て捨て去った。奴らは、止められねばならない」
「でも、革命派のやり方は…」ステラは、躊躇した。
「暴力と、戦いに満ちています。そして、あのキャプテン・ライトという男…彼を、一人で、あんな命がけの危険な任務に行かせるなんて…」
「彼らは、荒々しく、無計画に見えるかもしれん」
ウィリアムは言った。「だが、それは、生き残るための闘争から生まれた、力強さだ。氷の城で育った我々には、決して理解できないかもしれん、力強さがな。この戦争において、我々には、彼らの非情さが必要なのだ。少なくとも、今はな」
二人の王族は、戦闘で傷だらけの艦「ヴィンディケーター」を見つめていた。
彼らの歴史上、最も奇妙で、そして、最も必要不可欠な同盟の、象徴を。
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**基地の中央食堂にて**
兵士や難民たちが、共に食事をする中、ざわめきが響いていた。
ライトは、エララ、サトウ、そしてガーと共に、長いテーブルに座っていた。
それは、この数ヶ月で、最も平和な食事だった。
「マリアンの連中の食事は、味が薄すぎる!」ガーは、シチューを噛みながら、ぼやいた。「惑星サムの、俺たちの『流れ星の涙』には、敵わねえな!」
「文句を言ってないで、食えよ」
サトウは、笑いながら言った。「温かいものが食えるだけでも、ありがたいと思え」
雰囲気は、和やかだった。
しかし、その時、エララが、真剣な顔でライトに向き直った。「次の任務のこと、ジャック司令官から、大まかに聞いたわ」彼女は言った。「すごく、無謀よ、ライト…」
ライトは、ゆっくりと頷いた。
「どの任務も、無謀なものさ。ただ、今回は、賭け金が、以前より高いだけだ」
「その後は?」エララは尋ねた。その問いに、テーブルの全員が、黙り込んだ。「もし、もし、あなたが成功したら、その後は、どうなるの?」
ライトは、スプーンを置いた。
彼は、きらめく星々が見える窓の外を見つめた。
彼が、目の前の任務よりも、遠い未来について考えたのは、初めてのことだった。「我々は、勝つ」
彼は、静かに、しかし、力強く、答えた。「そして、故郷へ、帰る」
その言葉は、シンプルだった。
しかし、惑星サムからの難民たちにとって、それは、全てだった。
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**仮想戦闘訓練室にて**
ライトとマキは、仮想の敵で満ちた、宇宙ステーションの通路のホログラム映像の中を、動いていた。
彼らは、一言も交わさなかった。
しかし、まるで一人の人間であるかのように、完璧に連携して戦っていた。
ライトが、前線から突撃し、獰猛で、正確な制圧射撃を行う一方、マキは、亡霊のように影の中を動き、彼女の高エネルギー刀で、側面や背後から、敵を掃討していく。
『訓練、終了。結果:記録的な速さで、成功』
ホログラム映像は消え、空っぽの部屋の中央に、息を切らしている二人の男女だけが残された。
「あなたの、左側の反応が、0.2秒遅い」マキが、最初に口を開いた。
彼女は、頬の汗を拭った。「古傷が、まだ、響いているようだな」
「修正中だ」
ライトは答えた。
「『エレクトー・カイ』…制御チップ…」
マキは、何気なく言った。彼女の二色の瞳は、何もない壁を見つめていた。「自分の意志が、盗まれる感覚が、どんなものか、私は知っている。連邦は、私を、完璧な操り人形として、作り上げた」
「なぜ、まだ戦っている?」ライトは、ずっと疑問に思っていたことを、尋ねた。「お前は、自由になった。どこへでも、逃げられたはずだ」
マキは、彼と目を合わせた。
彼女の赤い瞳は、読み取れない感情で、揺らめいていた。「『自由』とは、ただ、手綱を切ることではない。それは、『飼い主』を、根絶やしにすることだ」彼女は言った。
「連邦と、私を作り上げた技術が、存在する限り、私は、決して、真に自由にはなれない」
「私は、革命のために、戦っているのではない、ライト」
「私は、自分の過去を、消し去るために、戦っている」
彼女は、彼の瞳の奥を、覗き込んだ。「お前なら、その感覚が、誰よりも、よく分かるはずだ」
ライトは、黙り込んだ。
彼は、かつて血に濡れた、自分の手を見下ろし、やがて、ゆっくりと頷いた。彼らは、友人ではないのかもしれない。
決して、そうはなれないのかもしれない。しかし、彼らは、この宇宙で、互いの傷を、真に理解できる、唯一の二人だった。
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マキとの、激しい仮想戦闘訓練が終わった後、ライトは、魂の芯まで、疲れ果てていた。彼は、部屋に戻るのを断り、代わりに、基地「コンバージェンス」の、見慣れない通路を、歩くことにした。彼はただ、しばらく、一人になれる、静かな場所が、必要だった。
そして、彼は、それを見つけた。
彼が、これまで通ったことのない、金属の通路の突き当たりに、一つのドアが、開かれていた。そして、そこから漏れる光は、人工的な照明ではなく、不思議なほど、温かい、太陽の光だった。好奇心に駆られ、彼は、中へと足を踏み入れた。
そして、彼の全世界が、変わった。
そのドアの向こうには、巨大な「バイオドーム」が、広がっていた。様々な植物で満たされた、緑豊かな、模擬世界。
小さな小川が流れ、隠されたスピーカーから、小鳥のさえずりが、微かに聞こえ、空気は、土と、花の香りで、満ちていた。
それは、彼が、何十年もの間、見ていなかった光景だった。「生命」の、真の光景。
彼は、入り口で、立ち尽くした。
目の前の光景に、息を呑んでいた。
そして、彼の視線は、小川のほとりに立つ、一人の人物に、留まった。
同じ色の髪を持つ、白いドレスの少女が、見たことのない、花壇の手入れを、優しくしていた。
彼女は、ステラ姫だった。
ライトは、即座に、影の中へと、後退した。
彼は、王族のプライベートな時間を、邪魔したくはなかった。しかし、彼が、背を向けようとした瞬間、彼の足が、誤って、乾いた小枝を、「パキッ」と音を立てて、踏んでしまった。
ステラ姫は、動きを止め、即座に、振り返った。
彼女が彼を見ると、その澄んだ青い瞳は、驚きで、わずかに、見開かれた。
しかし、パニックに陥った様子は、全くなかった。
「キャプテン・ライト?」彼女は、親しげな笑みで、挨拶した。
「このような場所で、お会いするとは、思いませんでしたわ」
王室の、作法が分からないライトは、ただ、彼女に、小さく頷くことしかできなかった。「お邪魔して、申し訳ありません、妃殿下。私は、ただ、通りかかっただけで」
「お邪魔だなんて、とんでもない」
彼女は言った。「ここは、公共の場所ですわ。でも、あまり、誰も来ないようですけれど。ほとんどの方は、花畑よりも、戦闘訓練室の方に、興味があるのでしょうね」
彼女は、再び、薄青色の花びらを、優しく撫でた。
「美しいでしょう?惑星マリア原産の、『冬の氷』という花です。故郷が、どんな場所だったかを、忘れないように、少しだけ、持ってきましたの」
「ええ…とても、美しいです」ライトは、正直に答えた。「私は、このようなものを、長い間、見ていませんでした」
「時々、思うのです。これこそが、我々が、本当に、戦うべきものなのではないかと」
ステラは、何気なく、しかし、真剣な声で、言った。
「領土や、資源のためではなく、このような場所を持つ、権利のために。静かに、『生命』が、育つことのできる、場所のために」
その言葉は、ライトの心に、突き刺さった。
彼は、これまで、生き残るため、復讐するために、戦うことしか、考えていなかった。
戦争の、終着点が、このような、シンプルで、美しい光景であるかもしれないなどと、考えたこともなかった。
「キャプテン…」
ステラは、彼と、直接、目を合わせた。「あなたの、次の任務は、きっと、とても危険なのでしょうね。あなたは、少しは、怖いですか?」
それは、直接的で、そして、これまで、誰も、彼に、尋ねたことのない、問いだった。
ライトは、一瞬、黙り込んだ後、正直に、答えた。
「恐怖は、道具です。それは、常に、我々を、覚醒させ続けます」
彼は言った。「私は、死ぬことを、恐れてはいません。私が、恐れているのは、再び、失敗することです」
それは、彼の心の、最も深い部分から、漏れ出た、告白だった。
ステラ姫は、深い理解の眼差しで、彼を見つめた。
彼女は、それ以上は何も言わず、ただ、静かに、最も美しい、「冬の氷」の花を、一輪、摘み取り、彼に、差し出した。
「お守りとして、キャプテン」彼女は、微笑んで言った。「あなたが、何のために、戦っているのかを、思い出させてくれますように」
ライトは、その小さな花を、ごつごつとして、傷跡だらけの、手の中に、受け取った。
花びらの、優しさが、彼の、手とは、あまりにも、対照的だった。
彼が、何かを言う前に、彼女の護衛兵が、近づいてきた。「妃殿下、お時間でございます」
「もう、行かなければ」
彼女は、ライトに言った。「ご武運を、キャプテン」
ステラ姫は、去っていった。
ライトは、その、楽園のような庭に、一人、残された。彼は、手の中の青い花を、見下ろした。
そして、彼の前に、待ち受ける、恐るべき任務を、思った。
もしかしたら、この戦いは、彼が、これまで思っていたよりも、大きな意味を、持つのかもしれない。




