第一章12
**艦隊への帰還**
ステルス艦「ナイトフォール」は、無事にインワン・フリーダムの艦隊へと帰還した。
巨大なドックの影の下、整然と並ぶ何百隻もの艦隊の光景が、彼らの帰還を出迎えた。それは、故郷の光景であり、希望の光景だった。
旗艦「ヴィンディケーター」の格納庫に着艦すると、ヴァレリウス司令官が自ら、彼らを待ち受けていた。
「帰還を歓迎する、幻影チーム」彼は、敬意を込めて挨拶した。
「君たちは、不可能を成し遂げた」
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**ジャック司令官の執務室にて**
ジャックは、大きな窓から艦隊全体を見渡せる彼の執務室で、既に待っていた。
現場チームの(事実上の)リーダーとして、ライトが報告のために一歩前に出た。
「任務は成功しました、司令官。データを確保し、イージス研究ステーションは、完全に破壊されました」
彼は、ホログラムテーブルへと歩み寄り、漆黒の量子ハードディスクを置いた。何十億もの人々の運命を握っているかもしれない、小さな物体を。
ジャックは、それを静かに見つめていた。
彼の瞳は、深く物思いに沈んでいるようだった。彼は、微塵も喜びを表さなかった。「よくやった。私の予測を、はるかに超えている」彼は言った。「今回の借りは、革命軍全体が、君たちに負うものだ」
彼は、四人のチームに目を向けた。
「休息を取れ。全員だ。君たちは、十分な休息に値する」
ライトのチームが敬礼し、部屋を出て行った後、ジャックは、部屋の別の隅に立っていたヴァレリウスに話しかけた。
「このデータを、我々最高の暗号解読班に送れ。今すぐにだ」彼の声は、切迫していた。
「『プロジェクト・キメラ』が何なのか、夜が明ける前に、知りたい」
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ライトは、自分がどれくらい眠っていたのか、分からなかった。
それは、普通の眠りではなかった。
悪夢さえも訪れない、虚無の深淵へと沈み込むような眠り。
何年もの間、彼の肉体と精神が、真に休息を取ったのは、初めてのことだった。
彼は、個室の静寂の中で、目を開けた。柔らかな光が、外が艦内の「夜」であることを、かろうじて示していた。
かつて激しく痛んだ傷は、今や、かすかな張りを感じるだけで、彼が通り抜けてきた地獄を思い出させる、薄い傷跡だけが残っていた。
彼は、ゆっくりと体を起こした。
戦闘による疲労は消えていたが、心の中の重荷は、まだ残っていた。
量子ハードディスク、プロジェクト・キメラ、そして、塵と化したイージスステーションの光景。
(エララたちは、どうしているだろうか)心配が、心に忍び寄る。(彼女たちの任務は、どうなっている?成功したのか?それとも、まだ戻っていないのか?)
彼が、その考えに長く沈む前に、インターコムが鳴った。ジャック司令官本人からの、直接の呼び出しだった。
『ライト。何か腹に入れろ。そして、ブリッジへ出頭せよ。君と話がある』
その声は、命令ではなく、対等な立場の者への呼び出しのようだった。
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**旗艦「ヴィンディケーター」のブリッジにて**
ブリッジは、ブリーフィングルームよりも何倍も広大だった。
何十人もの士官が、明滅する制御パネルの前で、静かに自らの任務をこなしていた。
前方の巨大なホログラムスクリーンには、威圧的に陣形を組む、インワン・フリーダムの艦隊が映し出されていた。
ジャックは、そのホログラムスクリーンに背を向けて、立っていた。
「エララのチームのことが、気になっているのだろう」
ジャックは、振り向かずに言った。まるで、彼の心を読んだかのようだった。彼は、軽く手を振った。
すると、スクリーン上の映像は、惑星クラスの地図に変わった。その上には、革命派のシンボルである、小さな緑色の点が、惑星全体に散らばっていた。
「彼らは、まだ戻ってはいない。任務が、まだ終わっていないからだ」ジャックは言った。
「そして、それは、我々の予測をはるかに超えて、成功している。エララには、信じがたいほどの、リーダーとしての才能がある。彼女は、ただ物資を輸送したのではない。彼女は、あの星の人々に、『希望』を輸送したのだ。今や、惑星クラスの連邦は、小規模なサボタージュと、惑星中で同時に発生した住民の蜂起に、頭を悩ませている。エララは、ただの戦士ではない、ライト。彼女は、革命の『象徴』になろうとしている」
ライトは、静かに聞いていた。
あの少女の能力に、感嘆していた。
ジャックは、彼と向き直った。
彼の眼差しは、真剣だった。「君の任務もまた、見事に成功した。今、我々の暗号解読班が、あの『キメラ』のデータを、必死に解析している。だが、イージスの任務は、ただのテストだった。君の腕前と、そして、忠誠心を試すためのな」
彼は、近づいてきた。
「私には、有能な司令官はいる。だが、私が信頼できる『リーダー』は、十分ではない。特に、かつてその一員だったが故に、敵のゲームを読めるリーダーがな。私は、全特殊作戦部隊を指揮する者が必要だ。影の中で動き、そして、かつて第7部隊だったが故に、第7部隊の思考を理解できる者を」
ジャックは、一つのデータパッドをライトに差し出した。
その上には、新たな階級章が表示されていた。「キャプテン」
「私は、君を『キャプテン・ライト』、特殊戦闘部隊『幻影』の指揮官に任命する。君は、君のチーム(ライラ、ギデオン、サイラス)と、一部の支援部隊を指揮する権限を持つ。そして、君は、私にのみ、直属することになる」
ライトは、手の中のデータパッドを見つめた。
「キャプテン」という言葉が、まるで山全体のように、重くのしかかった。彼は顔を上げ、ジャックと目を合わせた。「司令官、私は、リーダーではありません。私は、ただの武器です。最後に、誰かが私についてきた時、彼らは、全員死にました」彼の声は、惑星インワンでの悪夢を思い出し、わずかに震えていた。
ジャックは、ライトの瞳の奥を覗き込んだ。
「それこそが、君がリーダーにふさわしい理由だ。指揮権の代償を恐れる者こそが、それに値する唯一の人間なのだ。私は、君に将軍になれとは言っていない。私は、君に、部下を無事に家に連れ帰ることができる、良きキャプテンになれと言っているのだ」
「過去は、君が今日、何者であるかを、決定しない、ライト。君の、決断こそが、そうするのだ」ジャックは、最後に言った。
「そして、これが、君の決断だ」
ライトは、その場に、静かに立っていた。
彼は窓の外を見つめ、何百万もの星々を見た。この艦隊に希望を託す、多くの人々を見た。
遠く離れた星で戦っている、エララのことを思った。
彼は、もはや、孤独ではなかった。
ライトは、深く息を吸い込み、最も優雅な姿勢で、直立した。長い間、彼の体から消えていた、兵士としての佇まい。
今や、それは、戻ってきた。彼は、力強く、敬礼した。
「拝命いたします、司令官」
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遥か彼方の宇宙空間。
連邦の星図には載っていない、サン・セクターの領域。
静寂の虚空が、引き裂かれた。
オーロラのような、青緑色の光を放つ、次元の裂け目が生まれた。
そして、その裂け目から、巨大な戦闘艦隊が、亡霊のように、現れた。
それは、この領域で、これまで誰にも目撃されたことのない艦隊だった。
全ての戦闘艦は、純白に塗装され、輝く金色の線で縁取られていた。船のデザインは、殺戮の道具というよりは、天空に浮かぶ城のように、優雅で、高貴だった。
しかし、その規模と威圧感は、連邦の艦隊に、決して劣るものではなかった。
陣形の中央には、インワン・フリーダムの旗艦「ヴィンディケーター」よりも何倍も巨大な母艦がいた。その名は、「ウィンターズ・クレスト」。
その両脇を、高等級の戦艦と、完璧な規律で護衛飛行する、戦闘機の編隊が固めていた。
これは、マリアン・コンバイン王国の、権力の象徴だった。
しかし…
純粋で美しいはずのその艦隊の状態は、戦争の傷跡で満ちていた。
多くの艦には、船体を横切る黒い焦げ跡があり、ある艦には、内部構造を覗かせる巨大な穴が開き、そして、一部の護衛艦は、傷ついた獣のように、ふらつきながら飛んでいた。
彼らは、狩りのためにここへ来たのではない。それよりも、はるかに恐ろしい何かから、「逃げて」きたのだ。
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**母艦「ウィンターズ・クレスト」のブリッジにて**
ブリッジの雰囲気は、静かで、張り詰めていた。
全てが清潔で、整然としていたが、士官たちの顔には、疲労と喪失の色が浮かんでいた。
一人の老婆が、白い海軍提督の制服を身に纏い、大きな窓の前に、静かに立っていた。
彼女は、静かだが、痛みを伴う眼差しで、自らの艦隊を見つめていた。彼女こそが、ベアトリス提督、マリアン・コンバイン王国艦隊の最高司令官だった。
「損害報告」
彼女は、短く言った。「戦艦『メイズ・ファング』、装甲損傷40%!主推進システム、機能停止です、閣下!」
一人の士官が報告した。「第3護衛艦隊との通信が途絶。ワープ離脱中に、全滅したものと推定されます」
別の士官が、震える声で報告した。
「提督…秘密座標の、合流地点に到着しました」航行士官が報告した。
ベアトリスは、ゆっくりと頷いた。
「よろしい…」彼女は、前方の虚空を見つめた。
「取り決め通り、信号を送れ。我々が聞いてきた『伝説』が、真実であることを、願うばかりだ」
暗号化された秘密信号が、闇の中へと送られた。
一秒一秒が、永遠のように過ぎていく。沈黙が、再びブリッジを支配した。
誰もが、息を殺して待っていた。
そして、突如、
メインホログラムスクリーンに、応答信号が現れた。それは、見慣れない紋章だった。
翼と、交差する剣。
『こちら、ジャック司令官。インワン・フリーダム所属』力強く、そして冷徹な声が、通信システムを通じて響いた。『ご到着は、予測しておりました、提督』
その声が終わると、
何百隻ものインワン・フリーダムの艦隊が、ステルスを解除し、小惑星帯の中で待ち伏せていた、その姿を現した。
ベアトリス提督の、疲れた顔に、初めて、かすかな安堵の笑みが浮かんだ。彼らの逃避行は、終わったのだ。そして、彼らが最も必要としていた同盟者は、今、目の前に、現れたのだった。




