第一章 9 "キメラ計画(1)"
「よう…」
軍曹は、サイレンの音に負けじと声を上げた。「新しい嵐が、何を吹き寄せてきたかと思えば…第7部隊の亡霊か。てっきり、あの田舎者の星と一緒に朽ち果てたかと思っていたぜ」
「どけ」
ライトは冷たく答え、手の中の銃を旧敵にまっすぐ向けた。
「どけだと?ハハハ!」軍曹は高らかに笑った。「まさか!お前のせいだ!お前のせいで、俺はあの惑星サムから、こんなクソみたいな空飛ぶ缶詰の警備に左遷されたんだ!この手で、お前を粉々にしてやる。そして、お前の首を司令への土産にして、俺が無能じゃないってことを見せてやる!」
咆哮が終わると、軍曹は狂ったようにライトに突撃した!
ライトは引き金を引いたが、軍曹は分厚い装甲に覆われた腕を素早く上げて防御した。
プラズマ弾が弾け飛ぶ。ライトは、遠距離からの射撃が無意味であることを即座に悟り、銃をしまうと、近接戦闘の構えを取った。
鉄槌のように重い軍曹の拳が、振り下ろされた。
ライトは紙一重で身をかわし、鎧の首元の関節部分に手刀を叩き込んで反撃した。
しかし、鎧がより厚いため、彼はわずかにふらついただけだった。
「その程度か!」
軍曹は怒鳴った。彼は、その圧倒的な力と体重で、容赦なく突進してきた。
ライトは後退を余儀なくされ、その速さと機敏さで、重い攻撃を避け続けた。
しかし、それほど広くないホールでは、彼の利点は徐々に失われていった。
バキッ!
ついに、軍曹の一撃がライトの防御を突き破った。
脇腹に激しく叩き込まれ、彼は壁際の制御パネルに叩きつけられた。激痛が全身を走る。
「捕まえたぞ!」
軍曹は、勝者のように笑った。彼は突進し、その巨体でライトを制御パネルに押さえつけ、容赦なく拳を浴びせた。ライトは、ただ腕を上げて、必死に防御することしかできなかった。
金属がぶつかり合う音が鳴り響き、一撃一撃の衝撃が、彼の内臓をかき乱した。
体勢を崩されかけたその時、ライトの視線は、制御パネルの横にある、赤いエネルギーパイプを捉えた。
彼は痛みをこらえ、ありったけの力を振り絞って軍曹の膝の関節を激しく蹴りつけ、一瞬、体勢を崩させた。
そして、その隙に、ピストルを抜いて、即座にエネルギーパイプを撃った!
バシュッ!ドォン!
エネルギーパイプが爆発し、辺り一面に火花が散った。
軍曹は驚きの声を上げ、爆風に吹き飛ばされた。
ライトは、ショート寸前の制御パネルから飛び退いた。
今度は、彼が反撃する番だった。
ライトは、敵に体勢を立て直す隙を与えなかった。
彼は、嵐の影のように高速で突進した。
彼の拳と足は、もはや分厚い装甲を狙わず、関節、鎧の隙間、そしてヘルメットへと、連続して、そして正確に叩き込まれた。全ての一撃が、計算され尽くしていた。
まだ爆風で朦朧としている軍曹は、ただ、しどろもどろに防御することしかできなかった。
彼は、周りを動き回るライトを捕まえようとしたが、虚空を掴むだけだった。
「こ、のっ!臆病者が!逃げ回ってないで、正々堂々と戦え!」
「これこそが、戦いだ。馬鹿力を使うことじゃない」ライトは、冷たく返した。
そして、好機が訪れた。
軍曹が拳を振り回し、首元に隙ができた瞬間、ライトは躊躇しなかった。
彼は、肘で軍曹の声帯を激しく打ち、彼をむせ返らせた。
そして、背後から腕を回して首をロックし、隠していたコンバットナイフを取り出した。
グサッ!
ヴァイブロブレードの刃が振動し、ヘルメットと首の鎧の隙間を、正確に突き刺した。
軍曹の巨体が、痙攣した。
彼の目は、信じられないといった様子で見開かれた。
やがて、その全身から力が抜け、息絶え、床に崩れ落ちた。
ライトは、旧敵の亡骸の上で、息を切らしていた。
彼は、虚ろな目で、自らの戦果を見つめていた。喜びも、満足感もない。
ただ、魂の芯まで蝕む、疲労だけがあった。
サイレンは、まだ周りで鳴り響いていた。
彼には、過去に浸っている時間はなかった。
ライトは、その亡骸に背を向け、彼の目標へと、再び走り出した。プロジェクト・キメラの、メインデータセンターへ。
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ライトは、クルス軍曹の亡骸の上で、息を切らしていた。惑星サムからの旧敵は、今や息絶えた。
しかし、ステーション中に鳴り響くサイレンは、一秒たりとも休息の時間はないことを、彼に思い出させていた。
失われた一秒一秒が、連邦の増援部隊が到着する機会を与えることを、彼はよく知っていた。
(進まなければ。設計図を、盗み出さなければ)
彼は、疲れ始めた体に鞭を打ち、赤い非常灯が照らす通路を走り続けた。
パニックに陥って逃げ惑う科学者たちの混沌の中、彼は手首のスキャナーで、再びステーションの設計図を確認した。メインデータセンターは、「サンプル管理・隔離ウィング」の先にある。
そこを通る以外に、道はなかった。
隔離ウィングの自動ドアが、スライドして開いた。
中の雰囲気は、外とは全く異なっていた。ここは、はるかに静かだった。
サイレンの音は、まるで水中にいるかのように、くぐもって聞こえる。空気は冷たく、微かなオゾンの匂いがした。
通路は、前方に長く伸びており、両側には、何層もの厚い防弾ガラスの壁が並び、その向こうには、空の研究室が見えた。
彼が、最後の二つの部屋にたどり着くまでは。
ライトの心臓は、ほとんど止まりかけた。
ガラスの向こうにいたのは、実験器具や異星の動物ではなかった。
それは、「奴ら」だった。
二体の機械の怪物が、高圧電流のエネルギー室に閉じ込められていた。
その姿は、光沢のある黒い金属と、脈打つ生体組織の、恐ろしい融合体だった。
一体は、金属の鉤爪で、狂ったようにガラスの壁を引っ掻いていた。
その一つの赤い光学センサーの目が、憎しみを込めて、彼を睨みつけていた。
もう一体は、彫像のように静かに立っていた。しかし、それもまた、彼を「観察」していた。
「機械の種族…信じられない…」ライトは、静かに呟いた。「奴らは、侵略しているだけじゃない。連邦は、奴らを捕獲していたのか」
これは、最高機密レベルの秘密だった。
発見だけでなく、生け捕りにしていたとは!特殊部隊兵としての思考が、頭をよぎった。(予測不可能な変数は、排除しろ)
彼は、一秒たりとも躊躇しなかった。
ライトはライフルを上げ、二つの隔離室のエネルギー制御パネルに照準を合わせ、正確に撃ち抜いた。
バシュッ!バシュッ!
エネルギーシステムは停止し、かつて奴らを閉じ込めていたレーザー光線が消えた。しかし、奴らが自由になる代わりに、二体の怪物の体は激しく痙攣し、内部から爆発した。
隔離システムが停止した場合の、自己破壊メカニズム。
焼け焦げた金属と生体組織の破片が床に落ちる中、彼のイヤホンから、一つの声が聞こえた。
『連邦のペットを見つけたようだな、ライト』
それは、ジャック司令官の声だった。
冷徹で、静かで、まるで、何が起こるかを、最初から知っていたかのようだった。
「このことを知っていたのか?」ライトは問い返した。彼の驚きは、混乱に変わっていた。
『信じてくれ…私は、連-邦の実験については、ずっと前から知っていた。奴らは、十-年近く前に、セクターの辺境で機械の種族に遭遇した。しかし、そのニュースを隠蔽し、秘密裏にサンプルを持ち帰り、研究していたのだ』
ジャックは、一瞬、間を置いた後、さらに危険な声で続けた。
『セクター最強の艦隊が、なぜ、侵略に対して、あれほど反応が遅かったか、疑問に思ったことはないか。なぜ、惑星サムが、あれほど簡単に飲み込まれるのを、許したのか。まるで…奴らが、意図的に、事件が起こるのを、許していたかのようだ。もしかしたら、広範囲にわたる混乱と恐怖は、奴らにとって、都合が良かったのかもしれない』
その陰謀論は、ライトの血を凍りつかせた。
『だが、その話は後だ。君の主目標は、まだ終わっていない。プロジェクト・キメラの設計図を手に入れろ。機械の種族の件は、二の次だ。分かったな?』
ジャックからの通信は途切れ、ライトは、静寂と、恐るべき真実の中に、一人残された。
彼の脳は、全ての出来事を、繋ぎ合わせ始めた。
惑星サムでの、彼がDECビルを破壊した時の、あの将軍の怒声。「貴様は、連邦の財産を破壊した!」
(連邦の財産…)ライトは、心の中で繰り返した。(もしかして、あのDECビルは、ただの司令部じゃなかったのか。ここにあるのと同じ、研究室だったのか!俺が破壊した「財産」とは、ビルそのものではなく、中に閉じ込められていた、「奴ら」だったのか!)
その考えに、彼は、床に膝をついた。
これは、もはや三つ巴の戦争ではない。彼が想像していたよりも、はるかに複雑で、倒錯した、政治ゲームだったのだ。
連邦は、機械の種族と戦っているのではない。奴らは、もしかしたら…奴らを、「制御」しようとしているのかもしれない。
「プロジェクト・キメラ」を盗み出すという任務は、もはや、ただの兵器の設計図を盗むことではなかった。
それは、連邦の最も暗い秘密の仮面を、引き剥がすことだった!
疲労は、完全に消え去っていた。
それよりも、はるかに冷徹で、強固な決意が、取って代わった。
彼は、連邦が、一体、何をしようとしているのかを、知らなければならない。そして、彼は、それを止めなければならない!




