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のほほん令嬢は吸血鬼っぽいおじさまと夜な夜なクッキーを焼く  作者: フオツグ


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6/6

「わたくし、美味しいクッキーを焼きますわ!」

 我が輩は飛び出したお嬢さんの後を追った。

 夜は深くなっており、月の光が庭園を照らしていた。

 お嬢さんはそこでぴたりと立ち止まった。


「お嬢さん……」


 なんと声をかけようか迷っていると、お嬢さんはその場にうずくまった。


「やってしまいましたわー!」


 お嬢さんは顔を覆って叫んだ。


「お暴力だなんて、なんてお野蛮なこと……! しかも皆様の前でなんて! わたくしのお馬鹿!」


 我が輩は思わず、笑みが溢れた。


「お嬢さん、さっきのは良い拳だったな。何か格闘技でも?」

「お恥ずかしながら、拳術(けんじゅつ)を嗜んでおりまして……」


 お嬢さんは照れたように言った。


剣術(けんじゅつ)……?」

「拳で相手をおぶん殴りになる格闘術ですわ。お父様に教わりましたの」


 ……どうやら、我が輩の知る剣術とは違うようだ。

 この拳があるのなら、我が輩が助けなくても、お嬢さんだけで何とか出来たのかもしれない。


「はあ……。またお暴力に走ってしまうなんて、わたくしもまだまだ未熟ですわ……」

「小僧の鼻頭に一発、すっきりしたがね。我が輩の分も怒ってくれて嬉しかった」

「でも、殿方はお嫌いでしょう? こんなお野蛮な娘」

「我が輩は好きだが──あ」


 我が輩はしまった、と思い、口に手をやる。

 こんなおじさんに好かれても、お嬢さんは困るだろう。


「まあ! 本当ですの!?」


 お嬢さんは目を輝かせた。

 こんなに喜んでくれるとは、まさか、我が輩にもチャンスがあるのだろうか……!


「──では、わたくしにはまだまだ、チャンスがありますわね!」


 お嬢さんは立ち上がった。


「絶対、わたくしだけの白馬の王子様を捕まえますわよ〜!」

「ああ……そうだね……」


 我が輩じゃないのか、とがっかりした。


「もし……素敵な殿方と出会えなかったから、おじさまが貰って下さいません?」

「……え。それって、まさか──」


 お嬢さんも我が輩のことが好き──。


「わたくし、美味しいクッキーを焼けるようになる予定ですもの! おじさまのお店で働かせて下さいまし! おじさまと一緒なら楽しいでしょうから!」

「ああ、そういうこと……。まあ、そうだろうとは思ってたけどね、うん」

「腕っぷしもありますから、用心棒も出来ますわ! 性悪公と呼ばれる吸血鬼様もぶっ倒しましたし!」

「それは頼もしい──……ん?」


 今、お嬢さんは何と言った?


「……『性悪公をぶっ倒した』?」

「はい! わたくしの家の仕事は吸血鬼ハンターですのよ! それで、『性悪公』様に悪さをしないように言いに行って、そのまま、お暴力を……」


「お恥ずかしい限りですわ」とお嬢さんは照れた。

 性悪公は不届な吸血鬼で、確かに殴りたくなるような奴だったが……。

 あれでも高等吸血鬼のはずなのだが?

 お嬢さん、強過ぎないか……?


「陛下から褒賞に何が欲しいかと聞かれまして。『白馬の王子様と結婚したい』と申しましたら、白い馬に乗った殿下が現れて婚約を……」

「そうだったのか……」


 アバドンは全くお嬢さんの想像する『白馬の王子様』ではなかった訳だが。

 国王がボンクラ王子にお嬢さんを当てがったのは、騎士代わりにするつもりだったのだろう。


「わたくしが性悪公をぶっ倒したと世間様に知られれば、婚期を逃してしまうとお父様がおっしゃって。世間様はお父様がぶっ倒したことになっておりますわ」

「そうなのか」


 高等吸血鬼を滅する拳など、お嬢さんの魅力の一つであろうに、隠しておくのは勿体無い。


「それで、おじさま。わたくしのこと、雇って下さいますか?」

「その……。雇う、のではなく、我が家に迎え入れたい、と考えている。お嬢さんさえ良ければだが」

「養子、ということですの?」

「ええと、その……妻、として」


 我が輩は勇気を出して告白した。

 心臓が耳の奥にあるみたいに、鼓動がうるさかった。


「でも、おじさま、ご結婚されているのでは……?」

「ん?」


 我が輩はぽかん、とした。

 結婚という言葉は一体何処から出てきたのだろう。


「こんなに素敵な殿方ですもの。女性が放っておきませんわ」

「い、いやいや、結婚はしてない。妻には先立たれていて」


 五百年以上も前に。


「まあ、そうでしたの……。申し訳ありません。そうとは知らず」

「気にしていない。もうかなり前のことだから」

「いけませんわ! 一度愛した女性のことを、気にしていないだなんて!」


 お嬢さんは声を荒げた。


「わたくし、もう誰の愛も邪魔したくありませんの……」

「……我が輩は妻に先立たれて孤独だった。たくさんの家族がいたが、冷え切った心が温まることはなかったよ。だが、お嬢さんに会って、心が燃え上がるのを感じた。お嬢さんは我が輩の太陽だ」


 自分でも臭いセリフだと思った。

 恥ずかしくて、お嬢さんの顔が見れなかった。


「……シャムシエル嬢、これから、我が輩と共に歩んでくれないだろうか?」


 告白の返事を聞くのが恐ろしかったが、我が輩は聞いてしまった。


「クッキー作りのとき、おじさまが熱い視線を送っていたのは気づいておりましたわ」


 視線……?

 全く心当たりがないが、無意識に見ていたのか……あ!

 そういえば、妖精が悪戯しないように監視していた。


「お嬢さん、それはな──」

「わたくしもおじさまに見ていましたから」


 お嬢さんは照れたように頬を赤らめた。


「……喜んでお受けいたしますわ。貴方様の隣を歩ませて下さいませ」


 お嬢さんは太陽のような笑顔でそう答えた。

 その言葉を聞いて、我が輩の目元がじんわりと熱くなった。


「ところで、おじさま、本当はクッキー屋さんじゃありませんわよね」


 ドキリ、とした。

 流石に、吸血鬼だとバレているか。


「ケーキ屋さんなのでしょう!?」


 ……どうやら、気づかれていないようだ。


「……ケーキも作ってみるかい?」

「ええ、是非!」


 太陽の子と夜の主は月の下を歩く。

 愛する者同士、隠し事は良くない──いつか、我が輩の正体を明かす日が来るだろう。

 だが、今夜だけは、貴女の元にいたい。

 ……こんなに月の綺麗な夜なのだから。


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