私の太陽を守るためならば
パーティー当日。
ドラリウスの手配で、すんなりと会場に入ることが出来た。
我が輩はお嬢さんを探した。
一際美しい空色の髪を見つけ、我が輩は近寄った。
「お嬢さん!」
「…….おじさま?」
お嬢さんは我が輩を見て目を丸くした。
ただのクッキー屋のおじさんが、王族も出席するパーティーにいるとは思わなかったのだろう。
「ご機嫌よう。おじさまもパーティーに招待されたのですね」
お嬢さんはいつもの素敵な笑顔で笑った。
「いつものエプロン姿を素敵でしたけれど、きちんとしたお洋服もとても似合ってますわ」
「お嬢さん、早くここから離れた方が良い」
「どうしてですの?」
「君の婚約者が、君のことを断罪するつもりらしい」
「だんざい?」
お嬢さんはぽかんとした。
「アバドンは君に偽りの罪を着せ、婚約破棄するつもりなのだ」
「婚約破棄……あらまあ」
お嬢さんはまるで他人事のようだった。
「心配いりませんわ、おじさま。わたくし、最近はやんちゃしていませんもの。お話をすれば、殿下の勘違いだとわかってくれますわ」
彼女は何もわかっていない。
人の悪意は、話し合いで解決することはない。
奴らは結果ありきで、お嬢さんを貶めるのだ。
世間を知らない、人は皆、善人として生まれると信じているお嬢さん。
……お嬢さんは我が輩が守る。
□
──そして、冒頭に至る。
お嬢さんの優しさに胡座をかいているアホ王子。
お嬢さんが許しても、我が輩は決して許しはしない。
無論、お嬢さんが嫌いな暴力は使わずに。
我が輩はくく、と笑って見せた。
「我が輩を吸血鬼だなんだと言うがね。殿下は自分の目が真実だけを映していると思っているのかね?」
「……何が言いたい?」
アバドンは眉を顰める。
我が輩は手のひらを上にして、アバドンの隣にいる少女──ダムピィ・ビスコッティを示した。
「殿下の隣にいるお嬢さん……同胞の臭いがするのだがね」
ダムピィ嬢の顔色が明らかに変わった。
……やはり、アバドンには隠していたようだな。
「何を馬鹿げたことを」
アバドンは鼻で笑った。
「ダムピィが吸血鬼だと? 彼女は堂々と日の下を歩いている。学校にだって通っているのだぞ?」
「殿下はご存じないか。吸血鬼と人間の混血の存在を」
「知っていて当然だ。忌々しい吸血鬼……〝ダンピール〟などという別名をつけたとて、吸血鬼と同じく虫唾の走る存在だ! さっさと消えて終えば良いのに」
アバドンの言葉を聞いて、ダムピィの表情が暗くなった。
やはり、アホ王子はダンピールを吸血鬼と同じものだと思っているようだ。
我が輩は続けた。
「ダンピールは純血の吸血鬼とは違い、日の光を浴びても灰燼にならない。日中、学校に通うことも可能だ」
我が血族の一人──ドラリウスの孫娘はダンピールだ。
その子はダムピィ嬢と同じく、王立学校に通っている。
「俺を惑わそうとしても無駄だ、吸血鬼! ダムピィの耳は尖っていないし、牙も鋭くないではないか!」
「そ、そうよ! あたしはダンピールなんかじゃない!」
ダムピィ嬢も反論した。
我が輩はやれやれ、と首を横に振った。
「愛した者同士、隠し事は良くないだろう。……レディ、真の姿を見せてみよ」
我が輩は力を込めて、指を鳴らした。
会場に音が反響する。
すると、ダムピィ嬢の体に異変が起こった。
ダムピィ嬢は口に手を当て、片耳を覆った。
「何……何よこれ……! 変身が解けちゃう……!? お願い、止まってよ!」
抵抗しても無駄だ。
所詮はダンピール。
「その身に流れる血に逆らうことは出来まい」
ダムピィ嬢は吸血鬼の身体的な特徴を吸血鬼の力──変化で隠していた。
我が輩はダムピィ嬢に流れる吸血鬼の血を奮い立たせ、変身を解いてやった。
ダムピィ嬢の牙は伸び、耳は尖り、瞳は血のように赤くなった。
先程、アバドンが言っていた、吸血鬼の特徴そのものだ。
「ダムピィ……その姿……」
アバドンはダムピィ嬢からさっと距離を取った。
「王子様、これは違うの! そこの吸血鬼の変な術のせい……そうよ、呪い! あたしは呪われたの!」
ダムピィは不器用な笑顔でアバドンに訴えた。
アバドンは軽蔑した目で、ダムピィを見ている。
「なんて気味の悪い見た目だ……。おい、吸血鬼! さっさとダムピィを元に戻せ!」
「はは。面白いこと言う。たった今、元に戻したばかりではないか。……しかし、そうだな。これが呪いだと言うのなら……殿下のキスで元に戻るかもな?」
我が輩は試すように言ってやった。
アバドンは喉を引き攣らせた。
「ダムピィ嬢を愛しているのだろう? 愛の力で呪いを解くが良い」
アバドンは青い顔で首を横に振った。
「い、嫌だ。こんなダムピィとはキスしたくない!」
「王子様、酷いわ! あたしのこと好きだって言ったじゃない! どんなあたしでも愛してよ!」
「無理に決まってるだろう! そんな〝醜い
姿〟……!」
プチン、と何かが切れた音が聞こえた気がした。
「混血だからって何よ! ダンピールは人間と結婚しちゃいけないの!? 半分は人間だわ!」
「もう半分が吸血鬼じゃないか! むしろ、半分だけなのが、更に気持ち悪さを増している! 吸血鬼と子を成すなど……! 君の親はとんだゲテモノ好きだな!」
「ひ、酷い……! ママとパパを悪く言わないで! あたしの大好きな人達なのよ!」
ダムピィ嬢はその場にうずくまり、わんわんと声を上げて泣いた。
彼女には可哀想なことをした。
ダムピィ嬢は本気でアバドンを好いていたのだろう。
だからといって、婚約者がいる男に近付くのは頂けないがな。
「全部、あんたのせいよ! あんたも吸血鬼の癖に──!」
「ダムピィ嬢」
我が輩はダムピィ嬢の横に素早く移動し、耳打ちをした。
「貴女も吸血鬼の血を引いているのなら知っているだろう。ヴァニレブレッツェルンの名を」
「ゔぁに……? あっ! パパが言ってた『絶対に逆らっちゃいけない一族』……!」
ダムピィ嬢は目を見開いた。
知っているなら、話は早い。
「あまり我が輩を怒らせない方が良い」
ダムピィ嬢は黙り込んだ。
我が輩がドラゴンの血を引く吸血鬼だと察したのだろう。
今回は警告だけで済ませてやろう。
責任は、婚約者がいながら他の女に現を抜かしたアホ王子にある。
「シャム! 婚約破棄はなしだ! 俺はお前と結婚したかったんだろう!? 喜べ!」
アホ王子はお嬢さんに擦り寄った。
往生際の悪いことだ……。
そんな言葉で、お嬢さんが帰ってくるとでも?
お嬢さんは長いため息をついた。
「アバドン殿下……その前に一つ、よろしいでしょうか」
「な、なんだ?」
「わたくし、今、大変イライラしておりますの。殿下とダムピィさんとの愛が本物であれば、わたくし、大人しく身を引きましたわ。……ですがどうやら、純愛とは言えないようですわね」
お嬢さんは拳を握った。
「シャム──んごッ!?」
アホ王子の鼻頭に、お嬢さんの拳がヒットした。
バキ、と鼻骨の砕ける音がした。
箱入りお嬢様から放たれた渾身の右ストレートに、会場内が騒然となる。
「なっ……何をする! 不敬だぞ──!」
「これはダムピィ嬢の分ですわ」
お嬢さんは左拳を握り締め、顎にもう一発食らわせた。
とても綺麗な左フックであった。
「そして、これはおじさまを侮辱した分ですわ!」
強かな姿だった。
──元々お嬢さんはそういう人だ。
何度も挫けそうになりながらも挫けずにクッキー作りに挑戦し、アホ王子に足蹴にされながらも歩み寄ろうと努力していた。
ただ、守られるだけのお嬢さんではなかったのだ。
「お、王子たる俺になんたる無礼な……!」
アホ王子は目を白黒させながらも言葉を発した。
彼もまた、なかなかのタフネスだ。
「この野蛮女!」
「ええ。わたくし、とても野蛮ですの。ご存じありませんでした?」
お嬢さんはいつも通りの、無垢な笑顔でそう言った。
顔の横には固く尖った拳。
そのちぐはぐさが妙に恐ろしく映った。
「ひっ……」
アバドンは顔を青くした。
「わたくしのような乱暴者、殿下の婚約者に相応しくありませんわ。また殿下にお暴力を働いてしまうかもしれません」
「い、今直ぐ、謝るなら許してやっても」
「結構ですわ。不敬罪で処刑でも何でもして下さいまし」
「失礼しますわ」とお嬢さんは一礼すると、パーティー会場を後にした。




