吸血鬼達の宴
五百年ぶりに真祖が目覚めたと知り、血族や眷属が我が屋敷に戻ってきた。
我が輩がなかなか起きてこないから、皆で出稼ぎに行っていたらしい。
まあ、確かに、「少し休む」と言って、五百年も起きてこなかったら、放っておくだろう。
我が輩もそうする。
だからと言って、実の親とも言える真祖を放置するのはいかがなものかと思うが。
屋敷にあった我が輩のブラッディワインは別の保管庫に移動させたらしい。
人間から送られてくる血液と共に保管している方が管理しやすいからと。
そのせいで我が輩は牛乳を求めて街に出て、吸血鬼ハンターとやらに追いかけられるはめになってしまった。
だが、そのおかげで、シャムシエルお嬢さんと出会えた。
屋敷の管理を疎かにしていたことは許した。
屋敷内は、かつての活気を取り戻していた。
一族を上げて、埃塗れだった屋敷の清掃が行われ、食糧を運び込んだ。
そして、
真祖の覚醒を祝して、盛大なパーティーが催された。
「我が血族よ。五百年もの間、待たせてしまったな。今宵は無礼講だ。存分に楽しもうではないか」
我が輩が乾杯の合図を出すと、血族達はグラスを高く掲げた。
我が輩はワインの注がれたグラスに口をつける。
馴染みのある味に我が輩は笑みを溢した。
「ドラクマンのブラッディワインは未だ健在か。五百年経ったと聞いた時は、もう二度と飲めないものかと悲しんだが」
「真祖様のお目覚めに相応しい一杯のため、日々精進しておりました故」
ドラクマンはワイン醸造を生業としている。
彼の造ったブラッディワインは我が輩の大のお気に入りだ。
我が輩が眠っている間に、人間用のワインを売り出したらしい。
人気が高く、高値で取引されているのだとか。
「五百年前と変わらず、向上心が高いな、ドラクマン。そのおかげで、我が輩はこうして今、至高の一滴を味わえている」
「恐悦至極にございます」
ドラクマンは深々と頭を下げた。
血族は次々と我が輩に挨拶をし、軽い言葉を交わす。
そこに、顔を真っ赤にした若い吸血鬼が割って入ってきた。
「真祖様、聞きました? あの性悪公が吸血鬼ハンターにやられたと! あいつ、幼子の血ばかり啜って気に入らなかったんだ。小さき者ばかり狙うなど、高等吸血鬼の名折れ!」
「こら、飲み過ぎだぞ。真祖様の前だ」
「構わない。息災で何よりだ」
我が輩は笑った。
血族達は各々パーティーを楽しんでいるようだ。
やはり、血族を集めて話をするのは楽しい。
これが五百年の間、守られてきたことに感謝しよう。
「良い夜ですね、真祖様」
「ああ、良い夜だな、ドラリウス」
「どうでしたか? 私の開発した遮光着ぐるみは」
ドラリウスがこちらの様子を伺った。
彼は太陽対策グッズの開発を生業としている。
そのグッズは人間にも売れているというのだから驚きだ。
現代の人間は肌が焼けるのを嫌うようだ。
太陽の下を歩けない我が輩は、日に焼けた肌を羨ましく思うのだが……『隣の芝生は青い』とは正にこのことだ。
「あの着ぐるみは素晴らしい発明だ。まさか、太陽の下を歩けるなど思いもしなかった」
「そうでしょうとも!」
ドラリウスは喜んだ。
彼は昔から、褒められるのが好きだ。
五百年の間、彼は変わっていないようだ。
「それにしても、昼に歩きたいとは……人間の娘と親しげにしていることと何か関係が?」
ドラリウスは含みのある笑みを浮かべた。
「なんだ。文句でもあるのか」
「ええ、ありますとも!」
ドラリウスは食い気味に言った。
「いつまでプロポーズもせずにまごまごしているのですか! さっさと血族に迎えればよろしい!」
「真祖様が新たに血族を!?」と他の血族達が盛り上がりを見せた。
「真祖様に久々の春が……」と眷属達はハンカチを取り出した。
「お嬢さんとはそんな関係ではない!」
我が輩は力強く否定した。
「我が輩は少女趣味ではないのだぞ……」
「長命種と短命種の歳の差など気にしてたらキリがありませんぞ!」
ドラリウスは声を荒げた。
「それに……お嬢さんには婚約者がいるのだ。我が輩のようなおじさんなど眼中にないだろう」
「婚約者など蹴散らして仕舞えば良い! ケツの青い小僧など、真祖様の大人の色気にかないますまい!」
「そうだそうだ! 真祖様はイケオジですぞ!」と血族達は囃し立てる。
彼らは完全に酔っていた。
「イケオジ……そ、そうだろうか……?」
我が輩も酔いが回っていた。
「全く、真祖様は恋には奥手なのですから! 真祖様の強大なお力を見せつければ、レディのハートなどイチコロですぞ!」
「お嬢さんは暴力が嫌いなのだ。もし、我が輩の力など見せたら……きっと嫌われてしまう……」
「全く、戦いの時のような積極性は何処に行ったのですか!」
ドラリウスはため息をついた。
「真祖様が長い眠りついてからというもの、我が血族の力は年々弱まってきています。何としても、その娘に真祖様の血を与え、我が血族となって貰わねば!」
「お嬢さんを血族に招くつもりはない」
我が輩は強くそう言った。
「お嬢さんの空色の髪は、太陽の下でこそ輝く。彼女から太陽を奪うのは……」
「……おやおや、これはまた熱烈な……。大分、その令嬢に惚れ込んでいるようですね、真祖様?」
ドラリウスはくくく、と心底楽しそうに笑った。
「からかうな、ドラリウス」
我が輩は熱い顔を手で覆った。
「ええ、ええ。人間のままで一族に招くのでも構いませんぞ。実は最近、我が愛娘も人間の若造と結婚しましてな。可愛い女の子にも恵まれまして」
「ほう。それはめでたいな」
「ええ! 吸血鬼と人間の混血──ダンピールであれ、孫娘は本当に可愛いもので……。目に入れても痛くないとは正にこのこと!」
「今日のパーティーには来ていないのか?」
「孫娘は王立学校に通っておりましてな。明日も授業があるので、夜更かしは出来ませんでな」
「それは残念だ」
「また別の機会にご挨拶をさせて頂きます」
ドラリウスは「それはそれとして」と続けた、
「真祖様を射止めた少女は……フロランタン公爵家の令嬢でしたかな? あの、アバドンとかいう小僧の婚約者で」
「そうだ。知っているのか?」
「いやその……。同じ王立学校に通う孫娘から聞いた噂なのですがね。次のパーティーで、あの小僧が婚約者を断罪する計画を立てているとのことで」
「断罪?」
我が輩は首を傾げた。
「どうやら、同級生に嫌がらせをしていたようで。それを理由に婚約破棄をするのだとか」
「お嬢さんが嫌がらせなどする訳がない」
我が輩はドラリウスを睨みつける。
ドラリウスは平然とした顔で頷いた。
「ええ。冤罪です。王立学校に通う人々は、その逆であると知っています」
「……逆だと?」
「嫌がらせをしていたのは、どうやらその同級生のようで」
怒りで顔が熱くなるのを感じた。
お嬢さんが嫌がらせを受けていただと?
しかも、パーティーの最中に冤罪を吹っかけて婚約破棄をするだと?
あの小僧、お嬢さんの気持ちをどれだけコケにすれば気が済むのだ……!
「可哀想に。事情を知らぬものから見たら、ご令嬢が悪者になってしまいます」
ドラリウスは演技がかった声で言った。
此奴は我が輩を焚き付けようとしているのだ。
お嬢さんが傷つけられるのを、これ以上黙っている訳にはいかない。
「……ドラリウス」
「ええ。わかっておりますよ、真祖様。パーティーに参加されるのですね。パーティーは太陽が寝静まる頃……。扉は開けておきます。どうぞ、とびきりのオシャレをして来て下さいませ」




