愛したあなたはとても眩しく
お嬢さんの菓子作りの腕は壊滅的だった。
我が輩達は真っ黒焦げになったクッキーを見下ろしながら頭を抱えた。
「おかしい。ちゃんと教えた通りにしていたはずなのに……」
「申し訳ありませんわ、おじさま」
クッキーが消し炭になるのは勿論、生地が爆散したり、オーブンの中で爆発したりと、奇妙な失敗が続いた。
おそらく、妖精か何かが悪戯しているのだろう。
一つわかることは、少しでも目を離したらクッキー作りは失敗するということだ。
「おじさま、まだお時間はありますか? もう一度、チャレンジしたいのですが……」
お嬢さんは申し訳なさそうな顔をしていた。
──否! 我が輩が諦めてどうするのだ。
お嬢さんの動向に、最初から最後まで目を光らせておかねば。
それでも三回ほど失敗した。
我が輩は気合いで瞬きも我慢した。
──そして、ついにミルククッキーが完成した。
「焼き色もまちまちだが、今までの中で一番クッキーの姿形をしている……!」
我が輩は胸が熱くなった。
「おじさまのおかげですわ!」
お嬢さんは泣いて喜んだ。
それを見て、我が輩も目が潤んだ。
「明日、早速、アバドン殿下にお渡ししますわ!」
「ああ、きっと、喜んでくれるよ」
とはいえ、結果が気になる。
我が輩は様子を見に行くことにした。
□
吸血鬼は太陽の光を浴びると、灰燼になってしまう。
だが、五百年もの間、吸血鬼達はただ太陽に焼き殺されてきた訳ではない。
太陽に対抗する手段──太陽対策グッズなるものを生み出していた。
その一つに、ほとんどの日射を防げる〝着ぐるみ〟があった。
着ぐるみを着れば、吸血鬼でも昼間に出かけられるという。
我が輩は着ぐるみを着て、お嬢さんが婚約者殿にクッキーを渡すであろう、王立学校に潜入した。
人間達から好奇の目を向けられながらも、何とかお嬢さんを見つけた。
さっと植木の影に隠れ、お嬢さんの動向を見守った。
背中の方から、「何あれ」とひそひそ声が聞こえたが気にしない。
「アバドン殿下!」
お嬢さんは婚約者を見つけると、表情を一際明るくさせた。
当のアバドンはお嬢さんの顔を見ると、厄介事を押し付けられたような顔をした。
どうやら、最近、婚約者が冷たいと言ってたのは事実らしい。
それでも、手作りのクッキーを受け取ってはくれるだろう。
「わたくし、ミルククッキーを焼いて来ましたの! 召し上がって下さいまし!」
お嬢さんはアバドンに可愛く包装されたクッキーを差し出した。
ドキドキが伝わってくる。
アバドンはフン、と鼻を鳴らすと、
「誰が食べるか、こんなもの」
クッキーをお嬢さんの手から叩き落とした。
地面に叩きつけられたクッキーは粉々に砕け散った。
「王子様ぁ」
そのとき、桃色の髪をした少女が現れ、アバドンの腕にするりと絡みついた。
「街で可愛いアクセサリーを見つけたのお。買って下さいますよねえ?」
「ああ、勿論だとも! ダムピィには何でも似合うからね」
アバドンとダムピィ嬢はお嬢さんのクッキーを踏みつけた。
まるで、地面の一部かのように。
二人はお嬢さんに見向きもせず、談笑しながら立ち去った。
お嬢さんは泣かなかった。
ただ、地面に散らばったクッキーを淡々と拾い集める。
その様子があまりにも不憫で……我が輩は思わず、お嬢さんの前に姿を現した。
「お嬢さん……」
「着ぐるみさん……?」
お嬢さんは不思議そうに我が輩を見上げた。
「あの男が憎いか」
「え……」
「殺してやろうか。お嬢さんの想いを踏み躙った、あの二人を」
お嬢さんが望むのなら、我が輩は鬼になろう──そう思った。
「いけませんわ、着ぐるみさん。お殺しになるだなんて」
「だが」
我が輩は食い下がった。
しかし、お嬢さんはまるで傷ついてないかのように笑う。
「わたくしのために怒って下さってありがとうございますわ。優しい着ぐるみさんですのね。でも、お暴力はいけませんのよ。殴られた頬も、殴った拳も、痛いだけですもの」
「お嬢さん……」
お嬢さんは立ち上がった。
「殿下はミルククッキーがお嫌いだったのかもしれません。次は、チョコレートクッキーを焼きましょう。それならきっと、食べて下さいますわ!」
お嬢さんは太陽のように眩しい笑顔でそう言った。
お嬢さんは何度もあいつのためにクッキーを焼くのだろう。
それが、自分を傷つけてしまうことになるとしても。
「……そうだな」
あんな男でも、お嬢さんの婚約者だ。
殺せば、お嬢さんが悲しむ。
……我が輩だったら、お嬢さんを悲しませたりしないのに。