お粗末な断罪劇
「シャムシエル・フロランタン! ダムピィに対する度重なる嫌がらせ……そして、過ちを認めない態度! ほとほと愛想が尽きた! 今ここで、貴様との婚約を破棄する!」
貴族達が集うパーティーにて、皆が会話に花を咲かせているところ、突如、場違いなほどの大声が響き渡った。
声の主は、サブレ王国の第一王子──アバドン・サブレのものだった。
「ひいては、このとても愛らしい令嬢──ダムピィ・ビスコッティと婚約する!」
アバドンはダムピィと呼ばれた少女の肩を抱いた。
桃色の髪を二つ結びにし、胸元が大きく開いたドレスを着た、何とも品のない娘である。
ダムピィ嬢はアバドンの胸に寄りかかり、シャムシエル嬢を勝ち誇ったような顔で見ていた。
「アバドン殿下……」
シャムシエル嬢は緩やかに口を開いた。
「これが〝断罪〟と呼ばれるものなのですね!」
彼女は好奇心に満ちた笑顔でそう言い放った。
「……は?」
アバドン王子は口をぽかんと開けた。
周りの人々も同様に呆けた顔をした。
やれやれ、お嬢さんは相変わらずだな──と、我が輩は額に手を当てた。
シャムシエル・フロランタン。
フロランタン公爵の一人娘にして、アバドンの婚約者。
空色の髪と太陽のような眩しい瞳を持つ、儚げな雰囲気の少女だ。
彼女はとても……のほほんとしている。
全ての人が善人で生まれると心の底から信じている、世を知らない箱入り娘、と言ったところか。
「ええと……つまり、認めるということだな? ダムピィに嫌がらせをしたと」
「いいえ。わたくしはダムピィさんに嫌がらせなどしておりません」
シャムシエル嬢は首を横に振った。
「きっと何か誤解があるのだと思いますわ。楽しいパーティー中にするお話ではありませんし……別室に移りませんこと?」
「いいや! この場にいる全員に証人になって貰う! 人目がなくなったら、貴様がダムピィに何をするかわからんからな!」
アバドン王子は得意げにふんぞり返った。
可哀想な少女を救う正義のヒーローになったつもりなのだろう。
しかし、そのヒロインが本当に守られるべきかは甚だ疑問である。
ダムピィ嬢は嘘をついている。
実際、嫌がらせをしていたのはダムピィ嬢の方で、されていたのはシャムシエル嬢の方だった。
ぼんやりとしているシャムシエル嬢が、それを嫌がらせだと認識していないだけだ。
嫌がらせをされても平然としているシャムシエル嬢にダムピィ嬢が腹を立て、この断罪劇を仕組んだのである。
自らの手でドレスを破り、腕に傷をつけ、泣きながら「シャムシエルに嫌がらせをされている」とアバドンに訴えた。
碌に調べもせず、鵜呑みにする男も男だ。
婚約破棄をする理由が見つかってラッキー、だとでも思ったのだろう。
アバドンは何故か、シャムシエル嬢を毛嫌いしていたようだから。
「貴様は夜な夜な吸血鬼と密会しているそうだな? その吸血鬼を使って、俺の暗殺でも企んでいるんだろう!」
「吸血鬼……ですか?」
シャムシエル嬢は不思議そうな顔をした。
「申し訳ありません。わたくしには全く心当たりがありませんわ」
「しらばっくれるな! そこの……なんかめっちゃくちゃ吸血鬼っぽい男と仲良くしているだろう!」
アバドンはホールの隅にいる紳士──我が輩を指差した。
「尖った耳、鋭い牙、血のような赤い瞳、人間離れした体格に、襟の立った黒いマント! 明らかに吸血鬼だ!」
マントは関係ないだろう。
確かに、吸血鬼と言ったら襟の立った黒いマントだが、人間でも着られる。
久しぶりのパーティーで、これしか着るものがなかったのだから、どうか見逃して欲しい。
「あのお方はクッキー屋さんのおじさまですわ。とても美味しいクッキーを焼かれるのです。クッキーだけでなくケーキもお焼きに──」
「誰がそんなでたらめ信じると思う!?」
「本当ですわ。ね、おじさま?」
シャムシエル嬢は我が輩に同意を求めた。
やれやれ、と思いながら、我が輩は一歩前に出る。
「アバドン殿下、我が輩は吸血鬼ではない」
我が輩はなるべく威圧感を与えないように微笑んだ。
「ほら、おじさまもこうおっしゃっておりますわ」
「吸血鬼は皆そう言うんだ! 吸血鬼に触れた手で触られていたと思うと……ああ、恐ろしい!」
アバドンはこれ見よがしに身震いした。
我が輩は呆れてため息をついた。
かばってくれたシャムシエル嬢には悪いが、我が輩は嘘をついた。
我が輩の名はドラキュール・ヴァニレブレッツェルン。
由緒正しいドラゴンの血を引く吸血鬼の一族──その真祖である。
ヴァニレブレッツェルンの家はその昔、人間と争い、そして勝利を収めた。
我が輩の正体を明かせば、あのアホ王子は恐れ慄き、床に額をつけて命乞いをするに違いない。
しかし、シャムシエル嬢を守るには、何としてもこの事実を隠し通さねばならない。
吸血鬼と懇意にしていることを吸血鬼嫌いのアホ王子に知られたら、彼女達が厳罰に処されかねない。
そしてもう一つ、個人的な理由もある。
──我が輩は……お嬢さんを好いているのだ。