Ep. 1 新しい赤ちゃん
私の人生は…まあまあだと思っていた。
素晴らしいわけでも、ひどいわけでもなく、ただまあまあだった。
日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれ、まるで止まることのない振り子のように、文化の間を飛び回って育った。私の名前、リュウ・アカリは、唯一変わらなかった名前の一つだった。
今、私は再び日本へ向かっていた。昔の友人に会うためだ。何年も話していなかったのに、「近況を話そう」と誘ってきた。本当のところ?他にやることがなかったのだ。
しかし、その朝…私は夢から目覚めた。
奇妙な夢だった。
その夢の中で、私は崖の上に立っていた。現実よりも…広大な世界を見下ろしていた。銀河を飲み込みそうなほど広い空、星のようにきらめく海、地球上のどんなものよりも高い山々。そして、その夢の中で、私は独り言を言った。
「すべてのものから離れて生きられたらいいのに。ルールも、限界も。ただ…自由に。」
夢は終わった。何も考えなかった。
もし知っていたら。
駅に向かって歩いていると、通りはいつになく静まり返っていた。午後の遅い陽光がギラギラと降り注いでいたが、空気の中にはまだかすかな冬の冷気が残っていた。人々は足を引きずりながら通り過ぎ、目は携帯電話に釘付けで、心はここ以外のどこかに向いていた。
その時、私は何かを聞いた。
鋭い音。息を呑むような音。
振り返ると、彼の姿があった。
男が躓いて――いや、転んで――線路に落ちていた。買い物袋が破裂し、果物が金属のレールに散乱していた。彼は痛みに呻き、足は不自然に曲がっていた。
そして…音がした。
列車が近づいてくる、深く響く轟音。
私は一瞬凍りつき、誰か――誰でもいいから――行動を起こそうと辺りを見回した。しかし、目に映ったのは、目をそらした視線と、見て見ぬふりをする青白い顔ばかりだった。
意識が追いつく前に体が動いた。
私は飛び降りた。
「つかまって!」私は彼の脇の下を掴み、渾身の力で持ち上げた。ブーツが砂利に擦れた。彼は思ったより重かったが、アドレナリンがあとは力を発揮した。
私は彼をプラットフォームに押し上げた。
彼は無事だった。
しかし…背後の影はそうではなかった。
私は振り返った。
トンネルからまばゆい光が降り注ぎ、金属が金属に軋みを刻んだ。
その瞬間、私はもう助からないと悟った。
それでも…恐怖はなかった。
代わりに、奇妙な考えが浮かんだ。
後悔でも、未完の夢でもなかった。
ただ…その願いだけ。
「あらゆるものの限界から自由になりたい。」
世界は白く溶けていった。
再び目を開けると、地面も空も、何もなかった。
私は浮かんでいた。
呼吸の感覚も、心臓の鼓動も、かすかに自分の思考がこだまする音以外、何も聞こえなかった。
それは…虚無だった。
理解の及ばない、虚無。
空間も、時間も。存在という概念さえ、ここでは通用しないようだった。
そして一瞬…私は自由だった。
肉体も、義務も、ルールも。
それは純粋な解放だった。
…そして、私はあることに気づいた。
自由であることは…退屈だった。
完全に、魂を打ち砕くほど退屈だった。
私はため息をついた。少なくとも、そう思った。
「よし、虚無、もう十分楽しんだ。さあ…何か新しいことを試してみよう。どこか面白い場所に連れて行って。新しい世界。新しい全て。」
返事は期待していなかった。
しかしその時、暗闇が動いた。
何か巨大なもの、名付けるには大きすぎるものが、まるで墨でできた海のように、私の周りで動いた。
そしてその時、深く響き渡る囁きが私の心をかすめた。
「…お望み通りに。」
虚空は私を落とした。
何の前触れもなく、変化もなかった。ただ、まばゆい光の中を果てしなく落下していくだけだった。
そして、泣いた。
私の泣き声。
視界はぼやけ、手足は小さく、不器用だった。温かい手が私を抱きしめ、聞き取れない声が奇妙なアクセントで囁いていた。
私は…生まれ変わっていた。
新たなスタート。
新しい人生。
まあ、何か特別なことだったんだ。
赤ちゃんって。
小さな腕。小さな足。筋肉も無い。協調性もない。そして泣く?ああ、どうやらそれが私のコミュニケーション方法の定番みたいだ。
でも、せめて次回は警告してよ、ヴォイド!
男を無の自由からいきなり…おむつに放り込むなんて!
それでも…これは私の新しい世界だった。
せっかくだから、自分がどんな仕事をしているのか見てみよう。
最初に気づいたのは…
私を抱きしめる女性は美しかった。とてつもなく魅力的だった。滑らかな肌、光にきらめく長い黒髪、そして天使さえも嫉妬するほど完璧な顔立ち。
「ちょっと…これが私の新しいお母さん?」
…それはちょっと複雑になりそうだ。
私がいた部屋は結構モダンに見えた。白い壁、清潔な床、かすかな消毒液の匂い…そうだ、間違いなく病院にいる。
でもその時、医者を見つけた。
背が高く、尖った耳、完璧な肌、銀髪。
エルフ。
…待って。
エルフ。
近代的な病院。
ちょっと待って。
ここはただの中世の異世界じゃない。現代のファンタジー世界だ。
これは…面白い。
何を言っているのか聞き取ろうとしたが、最初はただの雑音だった。聞き慣れない言語で話す、かすかな声。それから…まるで誰かが私の頭の中でスイッチを入れたかのように、突然、すべての言葉が理解できた。
「おめでとうございます、エローリアさん。彼は完全に健康です」とエルフの医師は言った。
エローリアさん?へえ、素敵な名前だ。
すると、とびきりセクシーな私の新しいお母さんが私を見下ろして微笑み、とても優しい声で言った。
「フランクリン、この世界へようこそ。」
…待って。
フランクリン?
私はリュウ・アカリ!殺戮者…いや、いや、何かの殺戮者ってわけじゃないんだけど、それでも!フランクリンって、楽しいことにアレルギーのある50歳の会計士みたいな名前だよね!
でも、どれだけ抗議したくても、ゴボゴボ言うしかなかった。
これこそが、間違いなく私の新しい人生だった。