第七話 「道を塞ぐ影」
翌朝、紅たちは集落を出発し、南の山を目指して街道を進んでいた。
空気は澄んでいるが、森に近づくにつれ、鳥の声が途絶え、代わりに不気味な風音が響く。
「……静かすぎる」
リクトが腰の剣に手をかける。クロも耳を立て、低く唸った。
突然、茂みの奥から低い唸り声が響く。
現れたのは、漆黒の毛並みに黄金の瞳を持つ巨大な獣――人の背丈ほどもある「影狼」だった。
その背後には、薄い黒い霧が揺れている。紅の面と同じ、呪いの気配。
影狼はゆっくりと紅に向けて牙を剥く。
「……私を狙ってる」
面が微かに熱を帯び、囁く。
――その力を使え。喰らい尽くせ。
紅は拳を握りしめる。だが、前回の神社で学んだ通り、面に飲まれるわけにはいかない。
「リクト、クロ! 囲もう!」
三人は息を合わせ、獣を挟み撃ちにする。リクトの剣が影狼の前脚をかすめ、クロが背後から飛びかかる。
だが、影狼は霧を吐き出し、クロを弾き飛ばした。
紅の中で何かが弾けた。
右目が紅く輝き、面の紋様が淡く光る。
「……少しだけなら」
力を解放し、踏み込む。紅の蹴りが影狼の顎を打ち上げ、霧を切り裂く。
獣は耳を裂くような遠吠えを上げ、霧と共に消え去った。
息を整える紅の肩に、リクトが手を置く。
「危なかったな」
紅は小さく頷く。面の力を使えば勝てる。しかし、それは確実に呪いを強めていく。
遠く、南の山の頂が雲の切れ間から顔を覗かせる。
そこには面の守り人、そして――癒しの面の在処が待っている。