第六話 「薬師の老人」
神社を後にし、紅たちは街道沿いを歩き続けた。
昼過ぎ、古い石橋を渡った先に、小さな集落が現れる。木造の家が並び、家々の間を子どもたちが駆け回っている。
「今日はここで休もう」
リクトの提案に、紅も頷く。クロはすでに橋の下を覗き込み、魚の匂いに夢中だ。
宿を探す途中、紅の視線を引く建物があった。
軒先に乾燥した薬草が吊るされ、甘く苦い香りが漂っている。看板には『薬師』の文字。
中に入ると、白髪の老人が机に向かって何やら粉を調合していた。
紅の姿を見ても、老人は顔色一つ変えず、静かに言った。
「……その面。右半分だけ、か」
紅は思わず足を止める。
「……知ってるの?」
老人は首を振りながらも、何かを思い出すように言葉を続けた。
「昔、旅の僧が二つの狐面を持っておった。片方は呪いを、片方は癒しを宿していたと……」
リクトが身を乗り出す。
「癒しの面は、どこに?」
老人は静かに目を細めた。
「南の山の麓に、『面の守り人』と呼ばれる者がいる。だが、会える者は少ない」
紅の胸が高鳴る。
面の守り人――もしそれが癒しの面の在処を知っているなら、行かない理由はない。
だが、老人は薬棚から小瓶を取り出し、紅に差し出した。
「その面……時折、持ち主の心を試す。飲めば少しは抑えられよう」
瓶の中には琥珀色の液体が揺れている。紅はそれを受け取り、静かに礼を言った。
外に出ると、空は夕暮れに染まり、旅路の先に南の山影がぼんやり浮かんでいた。
紅は面に触れ、低く呟く。
「……待ってて。必ず、半分を取り戻す」