第五話 「神社の試練」
古びた神社の社殿に足を踏み入れると、空気がひんやりと冷たく感じられた。
木造の柱には、狐面と同じ魔方陣の紋様が刻まれ、微かに光を放っている。
「……ここだ」
紅の右目が面越しに光る。
面が微かに震え、囁く声が耳に届く。
――力を解放せよ。血を流せ。
呪いの面の声。静かな社殿に響くその囁きに、胸の奥がざわつく。
リクトが紅の肩に手を置く。
「落ち着け、紅。無理に使う必要はない」
だが、面はすでに自分の意思を超えて動き出していた。
突如、社殿の床が光り、魔方陣が輝き始める。
黒い霧のような影が浮かび上がり、紅を包み込む。
心の奥の恐怖や怒り、孤独が形を持って襲いかかる。
クロが咆哮し、紅の前に立ちはだかる。
「……守る」
その強い意思が紅の心を一瞬落ち着かせた。
リクトも深呼吸をして、落ち着いた声で呼びかける。
「紅、自分を信じろ。面に飲まれるな」
紅はゆっくり目を閉じ、狐面の右側に触れる。
面の熱と囁きに押されそうになるが、自分の中の優しい感情――孤独で弱いけれど確かな自分――を思い出す。
すると、面が急に震え、囁きが止まった。
黒い霧は霧散し、社殿は再び静寂を取り戻す。
「……やった」
紅の声は小さかったが、確かに自分の力を制御できたことを実感していた。
面の呪いはまだ消えていない。だが、自分がただ振り回される存在ではないことを、初めて知った瞬間でもあった。
リクトが微笑む。
「これからが本当の旅だ。俺たちが一緒なら、きっと乗り越えられる」
紅は頷き、クロと共に社殿を後にする。
次の町、次の手がかり。癒しの面を探す旅は、まだ始まったばかりだった。