第二話 「暴走する面」
赤い瞳が、霧の奥にいくつも浮かんでいた。
低い唸り声、乾いた土を踏みしめる音。
次の瞬間、全身を灰色の毛で覆った獣人たちが姿を現す。肩から腰にかけて金属製の鎧をまとい、手には鉤爪のような武器。
「面付きの女……報奨金ものだ」
その中の一人が、私を見てニヤリと口角を吊り上げた。
リクトが素早く笛を取り出し、短く鋭い音を響かせる。
黒い魔獣――彼が〈クロ〉と呼んだ相棒が立ち上がり、牙を剥いた。
私は一歩前に出る。
「邪魔を、するな」
その声が自分のものではないように、低く響く。
狐面の紋様が赤く脈打つ。
熱い――頭の右半分が燃えるようだ。
視界が二重に揺れ、世界の輪郭が歪んでいく。
灰色の獣人が突進してきた瞬間、体が勝手に動いた。
爪を振り下ろす腕を掴み、そのまま肩ごと引き千切る――。
温かい血が頬にかかるのも構わず、次の獲物を探していた。
「やめろ、紅!」
リクトの声が耳に届くが、足が止まらない。
面が囁く。
――もっとだ。もっと血を浴びろ。
視界の端で、クロが私の前に割って入った。
その黒い体毛が赤く染まり、低い唸り声を上げる。
牙が、私の肩に食い込んだ。
痛みで我に返ると、獣人たちは既に森の奥へ逃げ去っていた。
私の手は、誰かの血でべっとりと濡れている。
そしてリクトが、静かに言った。
「……あんた、本当に何者なんだ?」
私は答えられなかった。
ただ、右半分の面が、まだ小さく脈打っていた。