冒頭そして、第1話(出会い)
■冒頭+第1話
冒頭
――人は誰しも仮面を被り生きている。
本音を隠すため。
誰かを欺くため。
あるいは、自分を守るため。
だが、私の仮面は違う。
外すことも、選ぶこともできない。
目を覚ましたときには、もう張り付いていたのだから。
白地に赤い魔方陣の刻まれた狐の面――右半分だけを覆うそれは、私の一部のように肌と同化していた。
冷たく、重く、時折囁く声を放つ。
その声を聞くたび、胸の奥がざらつき、優しいはずの自分が、別の何かにすり替わっていくような感覚に襲われる。
私の名は――紅。
記憶はない。ただひとつ、この面の“もう半分”を探している。
それだけが、私を歩かせる理由だった。
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第一話 「赤い月の森で」
夜の森は、息を潜めたように静まり返っていた。
赤い月明かりが木々の間を縫うように差し込み、濃い霧の中を彷徨う私の足元を照らす。
そこで、かすかな唸り声が耳に届いた。
霧の奥に、黒い塊が倒れている。
近づけば、それは巨大な魔獣だった。
漆黒の毛並みに無数の傷。呼吸は浅く、体温が落ちている。普通なら、近寄ることさえしないだろう。
私は膝をつき、躊躇なくその体に触れた。
「……まだ、間に合う」
左目が淡く光を帯びる。狐面がわずかに熱を持ち、封じられた力が解き放たれる。
赤い光が、魔獣の傷を覆い、閉じていく。
だがその力は優しさではなく、どこか禍々しい色を帯びていた。
魔獣が身じろぎし、うっすらと目を開けた瞬間――
「お前……何者だ?」
背後から声がした。
振り返れば、革製のケースを背負い、腰に銀の笛を提げた青年が立っていた。
短く切り揃えられた髪、鋭い視線。しかしその目の奥には、焦りと安堵が入り混じっている。
彼は私を見つめ、そして倒れた魔獣に視線を落とした。
「……こいつを助けたのは、お前か?」
「助けたわけじゃない。ただ……」
言葉を濁す私の視線が、自然と森の奥へ向く。あの面の“もう半分”が、どこかにある気がしてならなかった。
青年は、魔獣の頭を撫でながら、静かに名乗った。
「リクト。モンスターテイマーだ。……あんたの名前は?」
「紅」
狐面の下の右目が、月明かりを反射して光る。
その瞬間、私たちの足元で小さな震動が走った。
霧が揺れ、闇の中から複数の赤い瞳がこちらを覗く。
魔獣の敵――ハンターたちが、静かに包囲を始めていた。