ep5 思惑
「お客さんかい?」
和博が言うと、久美子は「いいえ」と答えた。
「霞の事件の調査をしてくださることになった魔法使いの周防さんと、助手の草薙さんよ」
紹介された私と楓先生は、和博に軽く会釈した。楓先生が言った。
「魔法使いの周防楓です。こちらは助手の草薙夏樹。ジーンズにTシャツというなりですが、れっきとした魔法使いです。あなたは久美子さんの旦那さん、和博さんですね?」
「はい、そうです。今回の依頼、受けてくださってありがとうございます」
「いただくものはいただいてますからね」
楓先生が脱いだスニーカーを私が仕方なく揃えた。
「和博さんは魔法使いではないんですか?」
楓先生が聞くと、和博はバツの悪そうに答えた。
「以前は国選で働いてました。ですが才能がなかった私は上司に首を切られてしまいまして。それからイタリアンレストランの厨房で働くことになったところで彼女と出会いました」
「国選を切られたと。よっぽど腕がなかったのですね」
「ちょっと先生!失礼です!」
怒る私を無視して、楓先生は和博に聞いた。
「なぜ現場を残しておかなかったのですか?これでは私達の調査ができません」
その問いには久美子が答えた。
「残しておきたかったのですが、ここが唯一の生活拠点なので、どうしてもあのままだと事件を思い出してしまいますから」
「仕方ありませんね」
楓先生が柏手を打ち、「時よ」と呟くと、空間の時そのものがビデオを巻き戻したかのように遡った。柳沢夫妻がどのように生活していたかが丸見えで、プライバシーもへったくれもないなと私は思ったが、現場が保持されていない以上調査には必要なことだと割り切った。久美子達は初めて時魔法を見るからか、開いた口が塞がらないという状態だった。
そう長い時間もかからずに空間の巻き戻しが終わった。誰もいない空間に赤ん坊がポツリとベッドで寝ている。久美子も和博もこの光景を見るのは初めてらしかった。確かに霞は寝ている。
「これが犯行前の映像でよろしいですね」
楓先生が言った。久美子が慌てて頷く。
「私達が留守にしている間の映像とみて間違いありません」
「では、ここから順に再生していきましょう」
楓先生が言うと、もう一度柏手を打ち、また「時よ」と呟いた。そうしたら次は空間が巻き戻しになるのではなく、順再生された。霞がモゾモゾと動くのが確認できた。そして、その時が起こった。蠢いていた霞が忽然と消えたのだ。足跡もベッドに何かが触った形跡もない。
「対策されているね」
楓先生は言った。
「どうやら私が来ることを想定した事件のようだ。時魔法は私が生み出し、そして私しか扱えない代物だからね。だが、どこで私の情報が漏れたのか。以前の事件でも時魔法を使ったことがあるけど、箝口令が敷かれているはずだ。どのように使ったか、また、どのような効果があるのか、知る人は限られている。警察は腐ってはいるけど権力には忠実だ。私の魔法を漏らすなんてことはしないだろう。だとすれば、以前の事件の関係者となる」
楓先生は言いながら、顎に指先を当て、部屋を歩き回った。これが楓先生の考える時の癖なのだ。
「もうひとつ考えられる。私の魔法を知るだけなら、事件の関係者じゃなくてもいい。私の魔法使用許可証の存在を知っている人間なら可能だ。魔法は法に則り、許可されたものじゃないと使用できないからね。私の時魔法を事前に知るには、事件の関係者か、はたまた使用許可証を知っている人間になるが、前者は切り捨てていいだろう。私相手にそんな真似ができる人間はいない。となると、相手は魔法使用許可証にも眼を通すことができる、一流の魔法使いだ。しかも表舞台の。今回の依頼、ブタを引いたようだぜ、夏樹ちゃん。依頼料の3億は間違ってなかった。覚悟を決めろよ」
楓先生は嬉しそうに笑いながら言った。そしてまた霞のいたベッドの前に立つ。
「時魔法では魔力の残滓は追えない。久美子さんの調査で限界でしょう。となると、霞ちゃんを隠した方法だが」
楓先生は私に言った。
「夏樹ちゃんはどう思う?」
急に問われて、私は考えた。マジックの類を使うにしても楓先生の魔法を掻い潜ることは難しいだろう。魔法で透明になることは可能だが、足跡やベッドの痕跡を残さずに去ることは容易ではない。すると。
「結界に閉じ込めた、とか?」
「十中八九そうだろうね。結界外からは中の様子は見えない。私の魔法では結界の外の風景しかわからない。犯人は予めマンションに結界を張って、それから侵入。霞ちゃんを誘拐して車か何かで悠々と脱出した。和博さん、主夫であるあなたにお訊きしますが、最近、いえ、あなた方夫婦がここに越してから、誰か近づいてきた人物はいますか?」
「近所の奥さんがただけです。怪しい人物とは関わらないようにしてますので」
「では、霞ちゃんが生まれてから今まで、外に連れて行ったことはありますか?」
和博が首を横に振った。
「本当は外の景色を見せてやればいいのですが、うちは魔法使いの家庭ですので、防犯対策として妻がいる時にしか外出しないという決まりを作ったんです。でも妻は忙しくて1日も暇な日がありませんでした」
楓先生は「そうか、ふむ…」と言って、黙ってしまった。
月曜に一度と言ったか?ふふふ、あれは嘘だ。
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