ep 52 正義の在処
「…言えない」
「なに?」
「言えないと言っているんだ。お前に何をされようと言えない。わかるか?”言えない”んだ」
伊弉諾を握る手に力が入る。”言えない”と男は言う。言わないのではなく、言えない。召喚術師に弱みでも握られているのか。私が殺さないと言ったから足元を見ている…と言うわけではなさそうだ。質問を変えてみるか。
「召喚術師は何人ですか?」
「言えない」
「召喚術師は何処にいますか?」
「言えない」
この男が召喚術師の仲間だという事以外引き出せないのか。アンガーマネジメントをするのに苦労する。他にも聞き出したい事は多いが、仕方ない。
私は治癒魔法を構成し指をパチンと鳴らした。男の負傷が全快し、無くなったはずの耳が戻ったことに困惑しながら触っている。
「なんのつもりだ?」
「警察に突き出します。怪我はそのままだと不便でしょうから治しました。それだけです」
「…へぇ」
男は何やら感心したように漏らした。そして「へへっ」と笑う。
「あいつとは違うようだな」
「あいつ?誰のことですか?」
「想像に任せる。ただ治してもらった温情には報いるとしようか。お前達がこの件を追っているのは、お前達なりの正義があってのことだろう。どこで精霊のことを知ったかは知らないが、知った以上動かざるを得ないということだろうな。だが…俺達にも俺達の正義がある。人々の安寧のためのな」
人々の安寧…。
私は伊弉諾を指輪の中に収めた。
「精霊の力は、神々の力です。人間が気軽に扱っていいものではありません。精霊召喚に関わっているということは、精霊の力を使った人間がその後どうなったかはご存知でしょう」
精霊__神々の力を召喚する際に生贄を必要とするということは、その手の知識を得ようとした者ならば当然知っていることだ。召喚に関わった者は力を行使した代償を支払わせられることも。古代の為政者は精霊の力を使った代償として、自身の周りの人間諸共悲惨な末路を辿ったのだ。
男は意味深な笑みを浮かべて「そんなこと…」と吐き捨てた。
「変革には犠牲がつきものだ。覚悟の上なんだよ。しかし__」
男は息を吸い、続ける。
「妙だな。その様子だと精霊を帰す方法も知っているようだ。なら俺含め召喚に関わった人間を片っ端から殺してもいいはずだろ。何故そうしない?」
最初に殺さないと宣言したのは迂闊だったか。もしこの男の仲間に情報収集に長けた魔法使いがいたら、私が精霊を得ようとしていることが知られてしまう。いや__。
(私一人に注意が向くなら、夏樹ちゃん達が動きやすいかもな)
夏樹ちゃんが竜司と別れる前に動き方を伝える必要がありそうだ。
「貴方が言った通り、私にも私なりの正義があるというだけです。そして私にもそれを貫く覚悟がある。貴方と同じです」
「…そうか」
男は暴れるでもなく脱力している。私との戦闘で戦力差を感じたのだろう。相手の力量を正しく認識することは、強い魔法使いの条件だ。この男も実力者だということだ。
何がこの男を動かしているのか。この男の正義とはなんなのか。それを引き出すことは叶わなかったが、あとは警察の仕事だ。
私は左手の親指と小指を立てて耳に当て、竹野内刑事に連絡することにした。
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