ep 37 そして次の物語へ
頭が真っ白で、苦し紛れに話を逸らしてしまったが、大河が「仕方ない。このくらいで勘弁してやるか」とキッチンを片付けだしたので安心した。あくまでも仕事面だけだが本当に憧れているので、そこを突かれると恥ずかしくなってしまう。
楓先生は飲み終えたコーラをテーブルに置いた。
「私達だけで行方を探る方法もないわけではないが、あまりこの方法は使いたくない。まずは『コリアンダー』の浩志さんに頼ろうか」
コリアンダーとは、北池袋にあるダイニングバー「コリアンダー」のことで、マスターの武中浩志さんは情報屋としても活動してる。私も何度か店にお邪魔したことがあるけど、60代でありながら長身のスラっとしたスタイルと洗練された動きは、初めて会った時から只者ではないと思ったほど。情報通で、彼に訊けばなんでも答えてくれるから、楓先生と私はよくお世話になってる。彼なら何か知っているかもしれない。
「浩志さんの店が開くのは18時でしたね。大河さん、それまでここに居ていいですか?」
「構わないよ。楓もそれでいいか?」
「ああ。しばらく居させてもらうよ」
こうして私と楓先生は、コリアンダーのオープンまで大河の高校時代の話を聞くことになった。楓先生は興味なさそうに頬杖ついていたが、私にはとても魅力的な話だった。なにせ楓先生と椿先生の知られざる過去なのだ。たった2、3年前の話だけど。
楓先生も椿先生も学生時代は決まった友人としか連まず、少し特殊なグループにいたこともあり、今ほど社交的ではなかったという。そんな2人だが、美しい容姿(楓先生の場合は可愛らしい容姿と言った方が正しいかもしれない)で成績優秀、品行方正であったことから校内人気は高く、2人ともよく告白されていたらしい。そして告白の結果は先に聞いた通りで、2人とも精神年齢が子供な高校男児には興味なかったのだとか。そこまで聞いたら、楓先生が「大人にも興味ないけどね」と補足した。
戦闘訓練においては、楓先生や椿先生と大河は別々のメニューをこなしていたそうで、大河は楓先生の訓練風景を遠目で見ていただけらしいけど、毎度楓先生が椿先生をボコボコにしているのを見て、少し椿先生のことが気の毒になったそう。楓先生に「手加減してなかったんですか?」と訊いたら、「してたよ」とだけ返ってきた。本当だろうか。
「私が本気になるのは、師匠と相対した時だけさ」
楓先生はじっと時計を見ながら言った。楓先生にも師匠がいるんだ。当然のことではあるが、私は意外に思った。楓先生は生まれてからずっと『楓先生』のままだと、自分でも気付かないうちに思い込んでいたからだ。
大河の昔話が楓先生達と教師陣を巻き込んで馬鹿騒ぎした話に移ったところで、
「夏樹ちゃん。そろそろ行こうか」
と、楓先生が腰を上げた。時計を見ると、コリアンダーのオープンの15分前だった。
「もうちょっと聞きたかったのに」
私が不満を言うと、楓先生は「また今度ね」と私の頭に手を置いた。私の方が背が高いので不思議な感覚に陥ったが、手の温もりのおかげで次の機会に期待しようと思えた。
「大河。迷惑かけてすまなかった。でも、夏樹ちゃんを紹介できてよかったよ」
「楓の迷惑は慣れっこだ。俺も、夏樹ちゃんに会えてよかったよ。夏樹ちゃん、また遊びにおいで。新作バーガーを食べさせてあげるからさ」
それを聞いて、私は嬉しくなった。楽しみが増えた。
「本当ですか!?楽しみにしてます!」
また美味しい食べ物が食べられる。あまりいい環境で育ってこなかった私にとって、食の贅沢は何よりのご褒美なのだ。
玄関へ行き靴を履いた後、楓先生は大河の目をまっすぐ見た。
「じゃあ、また。近々依頼をするかもしれないが、その時はよろしく」
楓先生の別れの挨拶に、大河は右手を軽く上げて答えた。
「ああ、任せろ。格安で請けてやる」
私も大河に頭を深く下げた。
「お邪魔しました。また来ますね」
「ああ。歓迎するよ」
手を振る大河にお辞儀して、私達は部屋を後にした。
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