ep 35 真犯人④
楓先生はいつも、当たり前のように難しい問題を紐解く。私にはできないことだから、それが羨ましくて、眩しい。いつか楓先生のような立派な魔法使いになれるだろうかと思う時もある。でも、比べちゃいけないんだ。それくらいすごい人だから。
久美子さんの辿ってきた道は指し示されたけど、肝心な問題が残っていることに私は気づいている。もうちょっと自分で考えなきゃなとは思う反面、楓先生の考えをもっと聞きたい気持ちが勝つ。
「それで、霞ちゃんは…」
切り出した。楓先生はきょとんとしたが、すぐに「はっはっは」と豪快に笑った。こんな笑い方をする楓先生は初めて見た。
「わからない」
楓先生は急に冷静になって言い切った。しかし、楓先生の本心だろうということはなんとなくわかった。
「じゃあなんで封印されてたとか、食事も排泄もしないだとかわかったんですか?」
「それはね、ちょっと柳沢宅に細工したのさ。歩き回るふりしてね、魔法陣を描いた。翠眼の魔法。対象の認知した領域を透視できる魔法だよ。それでキッチンの収納スペースの中に魔力を帯びた包帯と、開封されてひとつだけ使用されたオムツや、ミルクを見つけた。包帯には精霊文字が刻まれているようだった。なぜ捨てなかったかは疑問だが、念の為なのかもね。オムツとミルクに関しては言わずもがなだ」
いつの間にそんなことを。そういえば、楓先生は柳沢宅に最初に入った時、うろうろしてたっけ。足に魔力を込めて魔法陣を描いていたのか。抜け目のない人だ。
しかしながら、私の知らないワードが出てきた。精霊文字。これは学校でも教わっていないし、魔法について調べ物をしていても出てこない言葉だ。
「精霊文字ってなんですか?」
素直に訊くと、楓先生は「知らなくて当然か」と人差し指を立てた。
「精霊界で広く使われている文字だよ。この日本国には八百万の神がいるとされているが、それらは全て精霊だ。精霊には人の願いを叶える力もあるから、神というのはあながち間違ってはいないけどね。日本国にはそういう人智を超えた存在が実際にいるんだ。で、その精霊達が普段生活しているのが精霊界。この現世とは違う、でも鏡像の世界だ。精霊達も当然言葉や文字を使う。つまり、そういうことさ」
これは初耳だった。以前伊勢神宮にお参りしたことがあるけど、その時も精霊達は私を見守っていてくれたのだろうか。それはさておき、楓先生の話が本当だとすると…
「霞ちゃんは、精霊なんですかね」
「可能性はあるだろうね。彼女が精霊ならば、精霊文字で封印されていたことにも、突然消えたことにも説明つけることができる」
「あー、ちょっといいか?」
突然低い声がした。しまった。大河のことを忘れてた。楓先生も忘れていたようで、びっくりした様子で大河の方へと向き直った。私も顔を向ける。他人の家で家主を忘れるとはいかがなものかと自分でも思った。
「久美子って人は、精霊を育てようとしていたのか?」
パーマをかけた髪をいじりながら大河。
楓先生は「いや」と答えてかぶりを振る。
「気づいてないから犯人探しなどをしたのさ。精霊だとわかっていれば、自身の悪事が暴かれるリスクは避けるだろうからね」
「じゃあ最初から久美子さんに『その子は精霊です』と教えてやればよかったんじゃねぇか。わざわざ俺を犯人に仕立て上げる必要なんてなかった。違うか?」
「もし霞ちゃんが精霊であると教えたら、久美子さんはどう思う?きっとこうだ。この人達は私が赤ん坊を盗んできたことを知っている。この人達の口から真実が語られれば、私の人生が終わる」
なるほど。そういうことだったのか。全てに合点がいった。つまり…
「霞ちゃんは誘拐された、という優しい嘘で、久美子さんを守ったんですね。でもいいんですか?警察は放っておかなそうですが」
「黙っていればいいのさ。それに、私は守りたいものを守るだけ。全ての人に救済を、なんて戯言抜かすエセ聖人ではないからね。死んだ方がいいと思う人間は少なく見積もっても100人や200人はいるし、実際仕事で犯罪者を殺すこともある。そういう仕事をしていると、人を法で縛らなくなる。犯罪組織に売買され、その後どういう扱いを受けるかわからない子供を、中道を征く真人間がいっ時の気の迷いで連れ帰ったとしても、子供のためを思えば、私は目を瞑る選択肢を選ばざるをえない」
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