ep 31 ヴィジョン
「久美子さん。やられました。植村大河は死んでいます。至急家に戻ってください。私はここでやることがありますので。警察に連絡はしなくていいです。私がやっておきます」
楓先生は久美子の背中を押して、そっと帰るよう促した。久美子はまだ混乱しているのか、気弱な声で「はい…」と応え、部屋の出口へと向かった。楓先生と私はそれに付き添って、サンシャインシティの入り口まで見送り、久美子が帰ったことを確認してから植村大河の部屋に戻った。
部屋には変わらず植村大河の死体があった。人の死体を見るのは初めてだったので、恐ろしい気持ちが湧き上がってきたが、これは仕事だと割り切って頬をぱんぱんと叩き、気を確かに保つことを努めた。楓先生はというと、ベッドの端に腰を下ろして何か考えている様子だった。
「楓先生、早く警察に連絡しましょうよ」
私が言うと、楓先生は、
「よし。探りを入れられる心配はないな」
と全く関係のないことを言った。
「探り?」
「ああ。久美子さんが気配察知の魔法を使ってないか確かめたんだよ」
そう言うと、楓先生はおもむろに植村大河についている血を指で掬って、パクリと口に運んだ。
「うーん。すぱいしー」
「なにやってるんですか!」
私は吃驚して叫んだ。楓先生は吸血鬼か何かなんだろうか!死体の血を舐めて味の感想を言うなんて尋常じゃないと思った。楓先生の奇行は今に始まったものではないが、これは常軌を逸している。
「君も舐めてみるかい?」
「嫌ですよ!」
「そうか。なかなかの出来なんだけどな」
楓先生は残念そうに言い、「お腹空いたな」などと呟いた。
「なんでそんなにのんびりしてるんですか!人が死んでるんですよ!それも友人が!何か思うところはないんですか!」
「ないね」
しれっと楓先生は言った。そして続ける。
「こいつが本当に死んでいるなら、多少は悲しむかもしれないけどね」
「え…?」
私は言葉の意味がすぐには理解できなかった。楓先生はベッドに腰を下ろしたまま、植村大河の足をペシペシと叩いた。
「起きたまえ、大河」
私はまた吃驚した。なんと死体だと思っていた植村大河が、胸にナイフを刺したまま、むくりと起き上がったのだ。植村大河は眠たそうに目を擦り、欠伸をしながら言った。
「もういいのか?」
「ああ。もういい。大丈夫だ」
植村大河はそれを聞くと、胸のナイフをスッと抜いた。ナイフには血は一切ついていない。不思議に思っていると、植村大河がナイフに向かってふっと息を吹きかけた。するとナイフは空気の中にかき消えた。魔法でヴィジョンを見せていたのだとそれを見て気づいた。
「俺特製のソース、舐めたろ?どうだった?」
「素晴らしい出来だよ。また君のスパイシーチーズバーガーが食べたいものだ」
「なに、それくらいいつでも作ってやる。…ん?」
言い終えて、気づいたように大河は私の方を見た。
「楓、そちらの美しいお嬢さんはどちらだ?」
「私の助手だよ。草薙夏樹だ。夏樹ちゃん、こいつが植村大河だ」
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