ep 30 静かに
そんな話をしている間に、池袋サンシャインシティ前に着いた。久美子が料金を支払い、私達は外に出た。人々の熱気と、アスファルトから照り返す日の暑さが私を暴力的に殴りつけてきた。滴る汗をハンカチで拭いて、私は楓先生が先行するパーティについて行った。
サンシャインシティは商業施設とオフィスに分かれているが、植村大河の部屋はオフィスの中にあるようだった。私は楓先生に連れられ、何階ともわからない階層へと向かった。暫く歩いて、突き当たった廊下を右に曲がると、広々としたオフィスエリアの中に場違いな表札があった。植村と書いてある。楓先生を見ると、その表情は固かった。それはそうだ。植村大河は楓先生の古い友人であるとともに、今もなお付き合いのある結界師なのだから。その植村大河が今回の犯人であるならば、楓先生の心中も察することができよう。久美子はどうだろうと思い見ると、久美子は冷たい表情をしていた。それもわかる。子供を誘拐した犯人が中にいるのだ。楓先生がいなかったら、魔法省に突撃許可をもらい、部屋ごと魔法で吹っ飛ばしているところかもしれない。
「いるかな」
楓先生はそう言ってから、インターホンを鳴らした。反応はなかった。寝ているのかと思ったが、気配を探ってみると、なにやら不穏な魔力残滓を感じる。私は嫌な予感がした。楓先生の表情が固かったのは、この魔力残滓のせいだろうか。急に辺りが靄のかかった森のような、異様な不気味さを帯びてきた。
「入ろう」
楓先生がそういうと、ドアの鍵がピッと反応した。楓先生が開けたのだろう。楓先生は慎重にドアを開けた。久美子も固唾を飲んで続いた。私も嫌な予感を払拭できずにいたが、首を振って後に続いた。
植村大河の部屋は広々としていて小綺麗だった。玄関の靴は揃えられていて、廊下はなく、いきなりリビングに繋がっている。オフィスフロアであることから、この光景は納得できた。普通の会社が入っていたなら、ここはサラリーマン達が働くメインスペースだったろう。キッチンなどはなく、30畳はある部屋の真ん中に小さなテーブルと、部屋の端に冷蔵庫とテレビが設置されているだけだ。私達はズンズンと入っていき、奥にあるドアの前に立った。楓先生がドアに耳を当てて、それから中に入った。私達も続く。すると、楓先生が立ち止まったので、私達も止まった。
「やられた」
楓先生は言った。私はなんのことかわからず、確かめるべく楓先生の背中越しに中を見た。そして驚いた。気が動転しそうではあった。しかしなんとか気を強く持ち、部屋の観察をした。この小部屋にはベッドがあり、それ以外はなかった。いや、あった。ベッドの上に若い男が血まみれで倒れていた。楓先生の反応から察するに、この人が植村大河なのだろう。胸には大きなサバイバルナイフが突き立てられており、植村大河が眠るように横になっている。ベッドから1メートルほど距離を置いたところに本棚があるが、それは荒らされずに綺麗に残っている。
「楓先生…植村さんが…」
私が言うと、楓先生は右手で頭を抱えた。
「口封じだ。私が大河の部屋に来たから、それを知った犯人が大河を殺したんだ。でも、変だ。大河ほどの実力者がなんの抵抗もなくやられたのか?部屋は争った形跡がない。大河は寝込みを襲われたのか?」
楓先生は植村大河に歩み寄り、ベッドの血を触った。「まだ温かい。乾いていないし、やられてからそう時間は経っていないようだ」楓先生はベッドから離れた。そして、くるりと首を動かし、久美子の方を向いて言った。
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