ep24 柳沢久美子について
楓先生の酒器一式を持ってリビングへ行くと、楓先生は日本酒の一升瓶をテーブルに置き、寿司を少し残してじっと待っていた。今日は大雪渓にしたようだ。
「遅いよ、夏樹ちゃん。あと1分待ってたら一升瓶から直接飲んでいるところだった」
「やめてください…」
私は正直呆れながら、酒器一式を楓先生の前に置いた。
「夏樹ちゃん、見たまえ。この大雪渓は酒蔵から直接取り寄せた逸品でね、限定50本の純米吟醸さ。飲むと柑橘系の香りと味がたまらなんだ。鰹にもきっと合うだろう」
「はぁ…」
私が気のない返事をしても、こうなった楓先生は止まらない。
「この味は外の店ではきっと味わえないものだ。また酒器もいい。美濃焼の中心地の1つである岐阜県土岐市で手に入れたものだから値段的には大したことはないが、のっぺりした表情がなんとも日本酒を注いでくれとせがんでいるようではないかい?同じ美濃焼なら江戸時代、織田信長に仕えていたとされている古田織部が一派、織部焼の方が好きなのだが、酒には合わない。何故なら織部焼は美しさが際立ち、主役を奪うからだ。そこから派生した黒織部ならその無表情な顔から酒の透明な美しさを際立たせるから好みなんだがね。さて、霞ちゃんのことだったね。無事だろうが、魔心臓持ちの恐れもある。調べるには胸部を切開するしかないし、赤ん坊の胸部を切開しようものなら体が耐えきれず、魔心臓が暴発する可能性もあるから調べようもないさ」
言い終えて、楓先生は日本酒を片口に注いだ。そして、片口からぐい呑へ注ぐ。その所作はまるで茶道のそれのようだった。楓先生は贔屓目に見なくても美しいと思う。でも、いつもこの所作と戦闘時魔法を使う時の動きだけは、まるで舞いを踊っているかのようでとびきり美しいのだ。
私はテーブルを挟んで楓先生の向かい側に腰を下ろした。楓先生は長い髪を後ろに結んで、ぐい呑を持ち上げて口をつけた。
「もし、霞ちゃんが魔心臓持ちなら、それはそれはとてつもないエネルギーを持っているだろうね。なんせ親がヴァルキリーの二つ名を持つ柳沢久美子さんだ。攻撃魔法だけで言ったら私とほぼ互角かもね」
私は驚いた。
「久美子さんのことご存知だったんですか!?」
「いや、調べた。魔法省に魔力を飛ばしてね、彼女のプロフィールから彼女が関わった事件の記録まで。素晴らしいものだったよ。私と違って魔力制御に長けているようで、どんな破壊魔法を撃っても結界内の破壊に留めている」
私は絶句した。魔法省に魔力を飛ばせば気付かれるはずだ。まさか気付かれずに盗みに入ったのか。楓先生は柳沢久美子のことを魔力制御に長けていると言ったが、楓先生も大概だと思った。
「魔法省の情報を盗み見るなんて、重罪ですよ!」
私が怒鳴ると、楓先生はふんと鼻を鳴らした。
「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ、夏樹ちゃん」
犯罪者の発言だ。私はどっと疲れた。何故魔法使いの情報が魔法省に守られているかというと、魔法使いの情報自体が魔力を帯びているからだ。扱いを間違えれば、情報が具現化してしまう。わかりやすく言うと、ある都市を破壊したという情報が具現化した場合、結界も何もないその都市が消滅してしまうのだ。そのため、魔法使いの情報は魔法省の地下深くに封印されている。
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