プロローグ:借金40億の悲劇
ローファンタジーの魔法使いものです。毎週月曜更新を目指していますので、よろしくおねがいします。
世の中には不幸な人間と幸福な人間がいる。大抵の幸せは金で買えるものだが、本当の幸せは金では買えないという人もいる。
私、草薙夏樹は「程度がある」と常々思っていた。ある程度の財力があって、初めて本当の幸せを得ることができる。貧しすぎては食べることもできず、ただ餓死という結果に向かっていくだけだ。
私は事務所の来客用の机に、様々な文房具と共に乱雑に置かれた帳簿を手に取って、思わず頭を抱えた。その帳簿には赤いマジックペンで『今月の分5000万円もらってくぜ』とデカデカと書かれていた。銀行の取り立て屋の仕業だ。取り立て屋といっても銀行の公的組織なので、警察に通報しようが逆に注意されるのは私達の方だ。
私は熱くなった目頭をキュッと押さえて、ますます激しくなる頭痛に苦虫を噛み締めたような顔で耐えながら、その頭痛の元凶を見つめた。彼女は事務所の一番奥にある机で本を読んでいた。安楽椅子に揺られながら目の前の机に両足を組んで乗せて、私という存在を忘れているようにも見えた。ちなみに本のタイトルは「目指せ!資産100億円!」。肩甲骨あたりまで伸ばした髪をポニーテールにして、まだ幼さが残る美麗な顔には相当な真剣さが伺えた。例えるなら、競馬で三連単を賭けた人が、中盤まで予想通りの展開で最終コーナーを迎えたレースに対して向けるものにそっくりだった。
「楓先生…」
私が声を震わせて呟いた。楓先生は完全に無視した。
「結界範囲外の道路や建物の修繕、それに当たる人件費、その他諸々の費用で1億かかるそうです。そして、それら全てうちの事務所から補填することになってます」
楓先生__周防楓先生は表情ひとつ変えずにページをめくる。
「先月の強盗団をやっつけた報酬が7000万、取り立て屋に返済したお金が5000万!先生がぶっ放した消滅魔法のせいで8000万の赤字が出ました!これ何回目ですか!毎月何千万も借金して、気がつけばもう40億です!どう考えても詰みです!」
私の目は血走っていたと思う。自慢のふわふわなショートボブをわしわし引っ掻きながら叫んだ。鼻血でも出そうな勢いだった。自分で言うのもなんだが、齢17の少女をこれほどまでに追い詰めることなどそうそうないだろうと思う。
「もう半年ももやししか食べてません…私は育ち盛りなんです…このままでは成長するところも成長せずに終わります…てか死にます」
私が半分泣きながら怒っていると、楓先生はやっと面倒くさそうに私に目をやり、本を閉じた。