神島戦殺人事件
真っ赤に燃えていた。何もかもが。空、海、山、土、風、人。すべてが絶叫し、苦しみ悶えたうちに、死んだ。これを地獄と呼ばないのであれば、地獄という言葉にはきっと何の意味もないのであろう。
--
1945年4月。第二次世界大戦末期、大日日本帝国は、帝国アメリカと泥沼の戦争を行っていた。大日日本が、アメリカ、ハワイへの真珠湾攻撃の奇襲作戦を成功させ、東南アジア諸国に領土を拡大していた。しかし、ミッドウェー海戦にて、アメリカ艦隊に惨敗したのちに、戦線は一転した。大日日本が侵略した東南アジアにある諸島のほとんどをアメリカが奪い返し、遂にアメリカは大日日本帝国本土まで侵攻をする寸前であった。本土決戦を避けるためには、大日日本帝国南方にある神島で、アメリカの侵攻を食い止めることは、帝国最大の命題である。
神島には、大日日本帝国陸軍歩兵第32連隊が配属された。当該連隊は、各地域から若者を収集した陸軍の中でも先鋭部隊であった。
各部隊は、同郷の出身者同士で固まって編成されていた。同郷の者で組ませた方が、連帯感と士気が高まるという陸軍司令部の方針である。
北川明宏は、北海道出身者で編成された部隊に所属していた。旭川出身の北川に加え、札幌や白老、網走など多地域から寄せられた15人ほどの部隊であった。
北海道出身の北川にとって、神島は煉獄そのものであった。刺すような太陽光線、突発的な豪雨に、多量の湿気、不可思議な植物と虫に囲まれて、配属当初から不快続きであった。北川は、暑さに臭いがあることを知らなかった。北海道の凍てつく寒さは、臭いまで凍らせているのかもしれない。神島は、とても暑く、異様な臭いを放った島に変わりつつあった。
北川が配属されて3ヶ月、フィリピンが陥落し、神島の決戦は避けられないものとなった。軍司令部は神島の中部に本陣を構えたが、米軍は動線上最も近い海岸線から上陸すると予想されていた。何としても本土決戦を避けるために、神島戦を一刻でも長引かせなければならない。そう判断した陸軍は、4月1日、いわゆるD-dayに、米軍の神島上陸を見過ごした。その全勢力を司令部の守りに投じ、米軍を迎え撃った。
北川は司令部から見て西部にて、最前線に従事していた。米軍の圧倒的な火力を前に、戦線は押されるばかりであった。北川の戦友がまた1人、また1人、時には3人、5人と死んでいった。命を散らせるという表現には程遠く、銃弾で体に穴があき、血が吹き飛び、爆弾で手足が吹っ飛び、ただただ肉体の塊が動かなくなった。
北川は、配属当初こそ目前に迫る死の恐怖に怯えていたが、今では何も感じなくなっていた。突っ込めと言われたから、走る。進めと言われたから、走る。国のために散れと言われたから、ひたすら走る。銃弾が飛び交う戦場もどこか他人事の様であった。
そんな北川にも耐えられないものがあった。臭いである。死臭と腐敗集、汗と血と泥が混ざった臭い、火炎放射で焼けこげた大地の臭い、爆弾の燃え尽きた煙の臭い、すべてが北川の体にまとわりついていた。北川は、風呂に入ることが出来れば、右奥歯の金歯を差し出しても良いというほど、風呂を羨望していた。
軍司令部の戦況は劣勢の一言であった。米軍が上陸して、早1ヶ月で何千もの兵士を無くしていた。軍司令部は、持久戦に持ち込むべく、早々に司令部放棄と南部撤退を決定した。南部は、避難を命じられた民間人が何万人といる。この時点で、軍部は民間人を巻き込んだ泥沼戦を目論んでいたのだ。
--
北川がいる小隊は別部隊とともに米軍への夜間奇襲を行うこととなった。大日日本陸軍には、銃弾や爆弾の節約が叫ばれる。兵士は銃剣と身1つで、暗い夜の森を駆け抜け、1人でも多くの米兵士を殺すことを期待された。
「今夜の奇襲は、戦線を一転させる、大日日本陸軍第32連隊の中でも、最も重要な作戦の1つである」
小隊長、松永は作戦決行前に激励の言葉を叫んだ。
「国のため、郷里に残してきた父母、妻、そして子供のため、1歩でも前に進み、銃剣を突き刺せ。それが皇国、大日日本の勝利の1歩となる」
松永は、大きく息を吸うと定型文を言い放った。
「靖国で会おう」
その夜のことを北川はよく覚えていない。暗い亜熱帯の森が、銃撃と爆弾で光り輝いていた。閃光弾が放たれると、そこは昼間のように明るく太陽のようであった。とにかく北川は銃弾の音がなる方に走った。周囲の友軍の数は、段々心許なくなる。突然、北川の目の前が真っ赤に燃えた。膝丈程まである草むらに体が崩れ落ち、動けない。唯一動く眼球には、キラキラと光の尾を放つ砲撃が見えた。郷里で見た花火のようだー。そう思った矢先である。
「きたがわぁ」
同期の河津が北川の負傷に気づいた。小隊の中で彼ほど優秀な兵士はいないと評されていた、勇敢な人である。また衛生兵の尾田も駆け寄ってきた。
2人に引きずられ、北川は夜の森から抜け出した。遠くなっていく戦場は、いつまでも光り輝き、燃えていた。
--
「ひとまず生き残ったのは我々だけか、主力部隊とはぐれてしまったようだな」
小隊長の松永は、生き残った北川、河津、尾田と矢野を前に悲嘆した。矢野は、昨夜の戦闘で左足を撃たれて、1人では歩けなくなっていた。河津と尾田が交互に矢野を補助しなければならない状況だ。松永はこの状況を心良く思っていない。北川も左太ももを負傷したが、ひとりで歩行可能であることを証明しなければならなかった。
5人は何とか米兵の追い討ちを逃れながら、暫定の司令部がある最南端の神長岬を目指した。昼も夜も続く米軍の砲撃と海からの艦砲射撃の中を、這うように進んだ。
5人を襲ったのは、飢えだ。食料はなく、畑は燃え尽くされ、芋の根さえ残っていない。5人は砲撃を避けるために山の中を進んだが、食べ物はまるでない。尾田が持っていた黒糖を5人で分け合った。小指の先ほどの量の黒糖の甘さが身に染みた。
奇襲作戦決行日から3日目、奇跡が起きた。
先を歩いていた河津が叫んだ。
「自然壕だ。自然壕があるぞ」
5人が息を飲んだのが分かった。木々に囲まれた尾根に自然にできた洞窟があったのだ。松永隊長は、北川に命じた。
「北川、中に入って見てこい」
「はい」
北川は銃剣を身構え、洞窟の中に入った。入り口は狭く、急な斜面を降りていくと天井の高い洞窟の広大な空間が広がっていた。
しかしそこには人間の匂いがすでにあった。暗闇に慣れてくると、人間の眼球の白さが異様に光って見えた。
北川は、洞窟を出て、隊長に報告する。
「中に民間人がいます」
--
自然壕には、11人の住民がいた。乳飲み子を連れたカナグスク母子、女学徒のチホとトネを始め、女、子供、老人ばかりだ。神島の様々な地域から戦火を逃れ、この豪に集まった。南部に逃げる前に、米軍の機銃掃射と砲撃で身動きが取れなくなってしまっていた。
「本日より、この壕を我が小隊が接収する。各自、己の役務をよく理解して尽くすように」
松永隊長がまくし立てた。威厳を示すような声に努めたようであるが、心の奥底では安堵していることが滲み出た声であった。
住民は怯えていた。しかし、北川たちはその視線を感じることよりも、炎の中を逃げ延びずに済む安堵感の方が勝っていた。
壕は、最深部には人間が1人入ることができる平らな空間、細い穴を少し通ってその前部分に4畳ほどのスペースがあった。そこから入り口にかけてひとつの家屋がすっぽりと収まる天井の高い空間が広がっていた。壕の入り口は細ばっているので、米軍に見つかりにくい。戦場のオアシスに足る場所であった。豪の中は昼間でも光が入らず、暗い。暗い空間にあっては、人影はより暗く濃く、それぞれが吐く息づかいで他者と自身を区別した。蝋燭を持った住民もいたが、酸素が薄く、過って燻されることが心配されたため、使用は禁止されていた。
最深部は松永隊長の部屋となった。その前の空間に、他4人が居座る。開けた空間に住民を押しやり、米兵の猛追をやり過ごすことに決めた。
松永隊長か河津に命じ、住民が持っている食料をすべて残らず差し出させた。干し芋、木の根や黒糖など、全員を支えるにはこれ以上に心細い量しかない。これらをいかに配分するかは松永隊長が決定した。
松永隊長には女学徒のトネを、負傷が大きい矢野にはチホをあてがった。トネやチホに軍服の洗濯や豪の掃除、炊事の運搬を命じた。この時、矢野の負傷は悪化し、最早歩くことが不可能となった。チホは、矢野に群がるハエやウジを1匹ずつ殺し、彼のふん尿を豪の隅や入り口に捨て、水で戻した粥を熱心に口元に運んだ。河津、北川、尾田の3人は、中部から逃げてきたミヤマという中年女性とヤエという老婦人に炊事洗濯を任せた。
入り口には、タイラ老人を配置した。
「わったーは耳がげえんです。鬼畜米英がこぉさきたらば、すぐんざ隊長様におせーんます」
「ワハハ。それは勇ましいことだ。任せたぞ、タイラ隊長殿」
松永隊長は、復権した権力に、大層上機嫌のようであった。
北川が心配したのは、カナグスク母子である。乳飲み子がいるため、腹が減って子供がグズり泣き始めると、松永隊長は銃剣を持って殺せと脅した。カナグスク母は何とか殺されまいと、子の口に布をあて、音を消そうとした。北川含め4人は松永隊長の増幅する権威を遠く見つめているばかりであった。
矢野は日に日に衰弱していた。手足を動かすことが出来ず、かろうじて生きながらえている状態である。松永隊長からは戦力として見放されていることが如実に分かり、北川たちも極力矢野には近づかないようになっていた。
「チホちゃんは、雪は見た事あるか。」矢野がある日、チホに話しかけていた。
「雪ってなんですか、兵隊さん」
チホは疲れた顔こそ見せるものの、ウジを取る手を止めない。
「氷の雨なんだ。触ると冷たくて、感触がなくなるんだぞ。それを、俺は今腹いっぱい食べたいよ」
「氷の雨なんて、考えられないです」
「いつかチホちゃんにも見せてやるからな。俺の故郷は、十勝の方なんだ。遠いがいいところさ」
2人の会話を聞いた北川も故郷のどんよりした天気を思い出し、ぼんやりとしか思い出せない記憶に思いを馳せていた。
この時、松永のお気に入りは河津であった。河津は毎朝、松永隊長を訪ね、一日の予定を確認し、北川らや住民に伝達した。河津は生き生きと松永の手となり足となった。
豪の中は、人間の汗とふん尿の臭いで満ちていた。しかし、この頃北川はこの臭いに何も感じることが無くなっていた。
米兵の攻撃は、日に日に勢いを増していた。砲弾が山に落ちる度に、豪の中が震えた。米軍の砲撃の合間と合間を、住民が豪の外に出て雨水や木の根を集めてきた。何人かは戻ってこなかったようであるが、一体何人やられたのかは、暗い豪の中では分からない。
「デテコーイ、デテコーイ」米軍の投降を促すアナウンスが、豪の中にも響いてくる。松永隊長は、それを鼻で笑い、トネに「鬼畜米英に捕まったら女子供は犯されて殺される」ことを説いていた。それを聞く度に、トネは震え上がっていた。
--
豪に入って4日目の夜、北川らは並々ならぬ轟音と地面の震えで目が覚めた。米軍の砲撃が豪の上を直撃し、天井が崩れてきたのだ。
崩落は、松永隊長が眠る最深部の入り口をすっぽり覆ってしまった。河津が焦る。
「松永隊長、隊長、無事、ご無事ですか」
何度か河津が叫ぶ。北川と尾田は懸命に石や岩をどかしていくが、崩壊範囲が大きい。
「松永隊長ぉ」
河津の絶叫に対して、大変か細い声で応答があった。
「かろうじて生きているぞ、腕を負傷したため、そちらから掘ってくれ」
「隊長、何よりです。すぐに掘り出します。もう少しの辛抱です。待っていてください。」
河津は住民に向けて、声を張り上げた。
「松永隊長の救出が最優先だ。動けるものは皆、尽力しろ。」
河津は住民に向けて、掘削の作業を命じた。それは昼夜を問わない作業であった。より動くことが出来る年齢の若いものが手で掘り、石や岩を老人が運んだ。カナグスクの乳飲み子はこの時死んでいたようで、泣き声を心配することはなくなっていた。
北川や尾田も作業に従事したが、掘れども掘れども辿りつかない。この細い通路は、こんなにも長いものであったろうか。掘ってもすぐに上から土や石が落ちてくる。住民以外の4人は、英気を養うという目的でしばし仮眠を取った。その間に、松永隊長の声は日に日に小さく聞き取れないようになった。
崩壊して3日目の昼。ようやく崩壊部分が開かれた。しかしそこには強烈な血と腐敗臭が広がっていた。河津は、住民から蝋燭を奪い取り、火をつけた。
「たいちょう、たいちょう、どうしてっ」
河津は泣き叫んだ。松永隊長は、胸に銃剣が突き刺さり、顔や腹、大腿部の肉という肉が抉られて横たわっていた。昨晩にはまだかろうじて声が聞こえたはずであるが、肉体の多くが失われ、至る所の骨が丸見えであった。ほとんど白骨化していると言ってよいだろう。
「一体どうして、誰が、誰がこんなことを」
河津の乱れようは常軌を逸していた。自身の銃剣を振り回し、その狂気は住民に向けられた。松永隊長の遺体を運んだ河津は、入り口付近に固まった住民を睨みつけた。河津含めた4人と、住民は真正面から対峙した。
「誰だっ、誰が松永隊長を殺したんだ、誰がやったんだ」
河津は叫んだ。その声は豪の中で反響した。
「かわづさん、そんなに叫んではあめりかーに気づかれてしまいます」
カナグスクが叫んだ。しかし、河津はなりふりを構わない。
「名乗り出ろ。松永隊長を殺したやつは名乗り出ろ」
河津が叫んで、静寂が応える。その繰り返しであった。怒り出した河津は、場を納める術を知らない幼子のようであった。
「拉致があかない。カナグスク、カナグスクが前に出ろ」
「ひぃ、私はやってないです。何にもやってないです。」
河津は、暗闇からカナグスク母を引っ張りだして、目の前にひれ伏せた。
「ほら、白状しろ。誰がやったんだ。自白しろ。この女がどうなってもいいのか」
北川らは為す術なく立ち尽くしていた。河津が怒りをこちらに向けてきた。
「尾田ぁ、カナグスクを殺せ。こいつは非国民だ。売国奴だ。」
「しかし、河津、その人が犯人とは」
「自白しないのが何よりも証拠だ。自白しないやつは共犯だ。こいつを殺せ」
「しかし、」
「殺せ」
尾田が銃剣を持ってカナグスクに近づいた。カナグスク母のすすり泣きが聞こえる。
「やれ」河津の声が反響する。
「やれ」「早くやれっ」河津の声が洞窟の中で反響し、幾重にも重なって聞こえた。
尾田が銃剣をカナグスク母の胸をに突き刺した。女の短い悲鳴と呻きが聞こえ、次第に静かになった。北川は久しぶりに嗅ぐ血の臭いに動揺していた。暗闇の中で住民の視線が、河津ら1点に向けられていた。
「次は北川だ。ミヤマ、ヤエ、どっちでも、誰でもいい。殺せ」
「河津、もうやめろ」
「やれないならお前も同罪だぞ。早く殺せ」
河津の声と尾田の姿が、北川に迫った。すると、トネが泣きながら、叫んだ。
「私がやったんです。私がー」
「トネちゃん、やめて」チホや他のものが叫ぶ。
「私も、崩落に巻き込まれて、松永隊長とともに閉じ込められました」
「トネ、やめろ」誰かの声が響く。
「松永隊長は最初は生きてたんです。すぐ出られるぞって、私に言ってました。でも、少しして、そしたら、松永隊長の手が私に迫ってきて、足や胸や全身に、」
「トネちゃんっ」
「だから、暴れて、暴れていたら、何故か銃剣が、鬼畜米英が、どうしてか、松永隊長が、刺さって、それが、私が刺して、血の匂いが」
「トネ、やめてっ」チホが懇願した。
河津が激昂した。
「トネは死刑だ。トネがやったと知っていて黙っていたやつは全員同罪だ。」
住民が震えあがった。カナグスク母の遺体の前に立ち尽くしていた尾田が、ひしょげた声で問う。
「しかし、松永隊長は、どうして顔がぐしゃぐしゃなんだ」
「そうだ、何故、松永隊長のご遺体が、このような」
その時、河津はその真実に気づき、肩を震わせた。
「お前たち、お前たちが、食ったのか、ええ、食ったのか、隊長を、」
住民の沈黙は続く。しかし、震え、怯えているだけだと思っていた空気は、確実に変化を遂げていた。
「どうして、なぜ。しかし、隊長の声は何だったのだ。だれが、なぜ、どうしてー」
沈黙を破ったのは、タイラ老人であった。
「河津さん、わったーは耳がいい。耳が良ければ、標準語でも、真似る、こと、が、できます」
「お前が、中にいたのか、しかしどうやって。何故穴は塞がっていたんだ。松永隊長を見つけた時、お前は中に居なかっただろうが」
またしても住民は沈黙した。何人もの住民の目、暗闇でも感じる射抜くような視線が河津たちに向かっていた。
その沈黙を破ったのは、すでに四肢を動かすことができない矢野の声であった。
「掘ったんだよ、住民が。河津たちが寝ている間に。米軍の砲撃の瞬間、轟音に紛れて、必死で。掘ってまた土を戻したんだ。できるだけ発見を遅らせるために。」
豪の奥で寝そべっていた矢野が話し始めた。河津が問い詰める。
「最初にトネちゃんがいないことに気づいたのは、チホちゃんだった。どこにもいないなら閉じ込められたんだと。だから、皆で一生懸命掘った。お前たちが寝てる間に。俺は尾田が持っていた、気が狂った兵士に投入している精神安定剤の在処をチホちゃんに教えた。お前たちはそれはよく眠ってくれたよ」
矢野が続ける。
「最初に穴が開いた時、チホちゃんが泣いていて、隊長が死んでいた。死体が見つかったら、やっかいなことになると考えた住民は、死体を消してしまおうと考えた。松永のせいで飢えていたしな」
河津が噛み付く。
「お前は一体何を言ってるんだ」
矢野はひるまない。
「松永の肉を皆で分け合った。俺も食った。松永を骨にして、豪の外に捨てるつもりだっだ。外は白骨死体だらけだから、紛れるしな。タイラさんが中に入って、隊長を演じていた。発見を遅らせるため、掘っているように見せかけて、全く掘っていなかったんだ。掘ってまた土を戻した。もう少しで掘り切れる前にタイラさんが中から出て、また皆で土を戻した」
「矢野、お前には住民の監視を命じていたはずだ。裏切ったのかっ」
「お前は俺に見ていろと言ったんだ。だから、俺は命令どおり、見ていたさ。想定より早くお前たちが穴を開けてしまったから、死体が見つかってしまったんだ。やはり厄介なことになっただろ。おまえたちのせいで」
矢野の怒りに満ちた声が響いた。矢野の告白に河津の怒りは限界を超えた。
「おまえ、ふざけているのか」
河津が銃剣を振りかざし、怒声を浴びせる。
「おまえら、全員、死刑だっ、順番に並べ。この鬼どもっ。鬼、貴様ら全員鬼だ。人間の心を知らぬケダモノだ。ならべ、ならべぇ、死ねぇえ」
河津が銃剣を住民に振り向けた瞬間に、閃光が走った。アメリカ製の手榴弾が豪に投げ込まれた。続いて豪の入り口から、ガソリンが入ったドラム缶が投げ込まれ、豪の中は一瞬にして炎に包まれた。河津、北川、尾田、矢野と住民に逃げ場はない。
北川は、炎の臭いを鼻に強く感じ、瞼を閉じた。