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幸せの形  作者: 鳥居なごむ
第一章
3/17

003

 偉い人が言いました。

 住めば都。

 これは事実だと思う。初見で現実逃避した私でさえ、このド田舎暮らしに一週間ほどで慣れていた。不便なことは意外と少ない。カラオケやゲームセンター、あるいはボーリング場が二十四時間営業していないと生きていけないような人には苦痛かもしれない。しかし趣味が読書とインターネットという絵に描いたようなインドア派の私にとっては、通学路の脇に得たいの知れない生き物が棲んでいそうな沼地があることを除けば大抵許容範囲内なのだ。空気はおいしい気がするし、都会にいたころよりも心持ち身体が軽い。

 その軽くなった足取りで私は病院へ向かっている。なんという皮肉だろうね。

 さてと。

 いつまでも隠し通せることではないので、ここら辺で私の秘密を暴露してしまおう。

 私――小鳥遊真理亜は呪われている。ちなみに、小鳥が遊ぶと書いてタカナシと読む。真理亜と名付けられた理由は、将来、海外へ行くことになっても困らないようにらしい。えーっと、現実逃避を兼ねた自己紹介をしてしまいました。すいません。

 本題。

 一言で片付けてしまうと、やっぱり呪われているという表現がしっくりくる。それくらい酷い負の力を私は持っているのだ。好きになった人が必ず不幸になる――というか、ぶっちゃけると非業の最期を遂げるという救いようのない力である。

 現在までの被害者は二名。

 一人目は幼稚園児のとき好きになった長井雅也くん。やたらとスカートをめくってくるので数回ジャングルジムの上から突き落とした記憶があるのだけど、彼のそういう行為が私への愛情表現だと気づいてからはわりとすぐ仲良くなった気がする。ある日、気持ちが友情から好きにシフトした。すると――明日また遊ぼうねと別れた直後に長井くんはトラックに轢かれて死亡。このときはまだ自分のせいだと知らなかったし、理解しようにも当時の私は幼さ過ぎた。

 二人目は中学三年のとき好きになった葵裕太くん。出席番号一番。筋肉質で背も高くて少し怖い感じ。それなのに同級生に対する一人称が「僕」だったりと可愛い一面もあった。彼が好きかもしれないと友達に打ち明けたところ、なんとグループ交際のような状況で海に行くことになったのだ。そこで彼は溺れている人を助けようとして一緒に溺死。好きかもじゃなくて好きになっていたのだ。反省。

 二人とも名前とエピソードは思い出せるのに、どういうわけか顔を思い出すことができない。まるでマグニチュード7の地震が発生しているときに撮ったかのような、ほとんど原型を留めていないブレた映像しか脳裏に浮かばないのだ。

 つまり、私は殺人事件の加害者である。しかしこの国では、呪いで人を殺めても罪に問われないらしい。だから私は自由に行動していられるし、二度目の事件をきっかけに田舎に逃げ出してきたわけだ。両親と相談した結果、私は悪魔的な呪いを解除するため医者へ通うことになった。呪いの解除なら呪術師や祈祷師を訪れるのが先じゃないかと提案したところ、父曰く、大抵はなんの力もないのにやたらと法外な報酬をふっかけてくる連中ばかりなので、ここは報酬の七割を国が負担してくれるお医者様に頼るのが有効かつ最も経済的なのだ――と力説された。そう言われてしまうと、引っ越しまでさせてしまった私としては反論の余地がない。

 たどり着いた先は、この町で唯一の総合病院である。

 私が訪れたのはそこの精神科だった。なんか違う気もするけど今さら後に引けない。都会の先生に推薦された信頼できる医者がいると母が豪語していたからね。下手に逆らうと夕食抜きの刑に処せられるおそれがある。

 私を出迎えてくれたお医者様は齢五十に近い紳士的な人物だった。慇懃な対応が人気らしく、おばさんたちが痛くもない腹を触らせにくるらしい。世も末だ。

「えっと、君が――」

「小鳥遊真理亜です」

 資料に手を伸ばした先生の機先を制する。資料と私を見比べて先生は首肯した。

「さてと。それじゃあ、まずそこへ座ってください」

 促された先にはテーブルを挟んで二つの椅子が設置されている。その片方に腰を下ろすと先生が対面に座った。向かい合って話すのは苦手だけど仕方ない。

「小鳥遊さんの不思議な力については、引継ぎを受けているので教えてもらわなくても大丈夫です。むしろ、誰にも知られてはいけません。説明は受けていると思いますが、僕と小鳥遊さんのご両親、この三名以外の前では決して話さないでください」

 身振り手振りを加えながら先生は話を進めていく。返事を促されたので答えた。

「はい」

 拒む理由はない。私だって周囲から変な目で見られることを望んでなんかいないのだ。だからこそ治療に来ている。治るものなら治したい。というか、治らなければ通常の生活にすら支障をきたすのだ。

「では最初の質問です。小鳥遊さんはお父さんのことが好きですか?」

 あまりに唐突だったので、私は即答できなかった。目を丸くしていたと思う。街中を歩いていれば一時間に一人は見かけそうな平凡な容姿の父。どうやって美人の母を口説いたのかは小鳥遊家七不思議の一つなのだけど、現在でも引くほど仲がいいので、核となる部分が共通しているんだろうなあと結論付けている。

 先生は私の様子を黙って見ている。私は質問の内容を思い出した。

「……えっと、あの、はい」

 くすくすと笑う先生。

「嘘は吐かなくていいんですよ。正直に答えてください」

「あ、いえ、本当に好きなんです。ただ、あれですよ、改まって知らない人に『お父さんは好きですか?』なんて質問されると恥ずかしいなって思っただけです」

「ああ、これは失礼しました。僕は高見と言います。以後お見知り置きを」

 そう言って高見と名乗った先生は恭しく一礼する。次いで顔を上げて穏やかに微笑んだ。

「たしかに、いきなりされると戸惑う質問かもしれませんね。では次へ移りますよ。小鳥遊さんはお母さんのことが好きですか?」

「はい」

 今度は即答する。なんとなく予測できていたので戸惑うことはなかった。

「予想はしていたことですが――小鳥遊さんの能力が発動するのは、純粋に異性として好きになった場合に限られるようですね」

「えっと……それはどういうことでしょうか?」

 私は首を傾げた。言葉の意味はわかるが整理できない。

「つまり、ご両親を好きという家族愛には効果が及ばない。おそらく師弟愛やその他もろもろにも効果は及ばないでしょう。純粋な恋愛対象のみを死に至らしめる奇病――とでも呼んでおきましょうか、これでも一応僕は医者と呼ばれている立場なので」

「はい」

 そう言えば、あまり深く考えたことがなかった。悪魔的な力。忌み嫌っているだけで、その中身をよく知らない。安易に知ることを避けていたのなら、それはかえって危険な行為かもしれなかった。きちんと力を理解していれば、少なくても二回目の事件は防げたかもしれない。

「それはそうと、こちらに来てからの健康状態はどうですか?」

 なんとも要領を得ない質問だった。私は困惑する。

「あの……奇病と私の体調変化に因果関係でもあるんですか?」

「ああ、すまないね。ちょっと飛躍しすぎたかな」

 高見先生は苦笑いする。真顔に戻してから話を続けた。

「ただし油断はできないと思っていますよ。不思議な力は必要以上に身体に負担をかけているかもしれない。だから週に二回ほど病院へ寄ってください。あと月に一度は精密検査を行う予定です」

「そんな……大げさ過ぎますよ」

「たしかに大げさかもしれませんね。それならば――僕とおしゃべりするために病院へ来てくれませんか? ずいぶんと来院する理由が気楽になるはずだからね」

 絶句。

 この界隈には二ノ宮もどきの変な奴ばっかり棲息しているのだろうか? もしそうだとしたら憂鬱だな。ストレスで胃がなくなるかもしれない。こちらの心配を余所に高見先生は能天気に語り始めた。

「若い茶飲み友達ができるのは大歓迎だからね。それに医者という観点からみても小鳥遊さんは興味深い存在だ。好きになった人が死んでしまう奇病なんて、学会へ提出したら笑い者にされるのがオチだろうけどね。だからこそ知りたいんだ。医学的あるいは科学的根拠に基づいて説明できる証拠――」

「モルモットになれと?」

 私は饒舌に語る高見先生の言葉を切った。睨みつける。モルモットなんて最悪だ。

 重たい雰囲気。静か過ぎて耳が痛くなる。

「なんてね、冗談なんだけど怖かった?」

 高見先生は仰々しく肩をすくめた。にやにやと笑っている。一瞬、天国への階段を今すぐ登らせてやろうかと思ったのは秘密にしておこう。

 悪びれた様子もなく高見先生は語を継ぎ足した。

「今さら学会の注目を集めるような存在になりたいとは思っていないよ。それに小鳥遊さんのご両親からくれぐれも口外しないようにと頼まれている。その思いを裏切るなんてできないさ。ただね、僕は知っておいてほしかったんです。特異な存在はそれを利用しようとする輩に狙われる可能性があるということを」

 高見先生は。

「悪意の少ないこの土地に移り住んだのは正解だと思いますよ」

 真摯な態度でそう告げた。現在の環境を肯定できるよう配慮してくれたのだろう。だから私は素直な気持ちを言葉にした。

「大丈夫ですよ、私は引っ越してきてよかったと思っています」

「そうなのかい? それならいいんだ。十代半ばの多感な時期にこんなド田舎に連れて来られたら、大抵の女の子は置かれている環境を不幸だと感じるんだけどね」

「あはは、最初はちょっと引きましたけどね。でも住んでみたら都会にいるときとなにも変わりませんでした。だから今では気にいっています」

「それはよかった。じゃあ、週二回の通院と月一の検査で決定ってことで」

「……あの、話がすり替わってませんか?」

「ちっ、バレたか」

 舌打ちされても困る。というか、バレないと思ったのだろうか?

 やれやれ。

 私は目の前の医師に改めて問いかけた。

「どうしても来ないとダメですか?」

「んー、正直、わからない。だけど、わからないからこそ入念な検査が必要だと思っているんだよ。備えあれば憂いなしと言ってね、僕だって週二回くらい可愛い女の子と話したいんだ。おばさんの相手はうんざりなんだよ。だってさ、彼女たちのお腹はメタボってレベルじゃないからね」

 後半、本音が詰まり過ぎていて怖いです。

「……あの」

「だからさ、そう思い詰めずに気楽に来院してください」

 初対面とは思えない雰囲気を醸し出す高見先生。

「はあ」

 うまく丸め込まれた感が拭えないけど、病院へ通うことで症状が悪化するとは考えられない。万が一に備えて検査しておくのも悪くないと思う。それに通院しないなんて言ったら、きっと父と母は卒倒するほど衝撃を受けるに違いないのだ。だから私は納得することにした。

 この日は注射を一本打たれた。帰りに常備薬を渡される。これは悪魔的能力とは無関係のものだ。都会に住んでいたころから服用している。急に胸が苦しくなるという発作を抑制するための薬。そこで、ふと気づいた。

 あれ、おかしいな。都会にいたころは常備薬をどうやって手に入れてたんだっけ?

 病院に通っていた記憶はない。薬局で購入していたのだろうか?

 わからない。薬を服用していた記憶はあるのに入手経路を覚えていないのだ。

 家に帰る途中、ずっとそのことばかり考えていた。

 結局、思い出せなかった。

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