第03話 山積みのtoy(トイ)&問題(トイ)
第03話 山積みのtoy&問題
「マスター。
請求明細を読み上げますか?」
船内スピーカーを鳴らすのは、落ち着いた女性の声で話す宇宙船AI。
「うん、頼む」
「では読み上げます。
ファンタスティック・ライトニング・ソード - type γ(ガンマ) 12800 G
デンジャラス・デストロイ・スーパーカー - 無線操作式 9999 G
アメイジング・マキシマム・スーパーヒーローアクションフィギュア 6970 G
イリュージョン・テンペスト・プリンセス・可動式フィギュア - スーパーLIVEバージョン 27280 G
切替ッチ(キリカエッチ) - スペシャルVRゴーグル付き 39900 G
続きまして――」
「――うん、もういいや。ありがとう」
先ほど感じたシズクの違和感(挙動不審)。
その正体が今し方判明した所で、アピストブルーの明瞭なアナウンスを遮る。
「待て、シズク。どこへ行くんだ?」
魚型スイーツを咥えたまま、そろ~りと船内リビングを去ろうとするシズク。
「う。いやぁ、ちと部屋を片付けようと思ってだな」
目線を合わせずにシズクは言う。
「そうか、奇遇だな。
丁度俺も今、シズクの部屋を掃除したいと思ってた所だ。一緒に行こう」
「んぐっ」
船内リビングを出て、円周廊下を歩く。
ぷかぷかと宙に浮くシズクの後を、無言の俺とエニスがずんずんと付いていく。
エニスは既に苦笑いだ。
「よし、入るぞ」
しゅんっとスライドする扉。
シズクが部屋の扉を開けようとしないので、勝手にセンサーパネルをタップした。
「ん?」
人感センサーで部屋の明かりが点くよりも早く、薄暗い部屋のそこかしこで、何かが光る。
「……な」
うぃんうぃんにゅいんうぃん。しゅいんしゅいんしゅいんごぅいん。
「なんっじゃこりゃぁああああ!!!?」
謎に青く光り輝く剣のような棒。
謎に爆音が鳴ってはドリフトするリモコン式スーパーカー。
謎に全自動で戦い続けるスーパーヒーローフィギュア。
謎に全自動で踊り狂うアイドル風美少女アクションフィギュア。
その他、謎に光る高層ビルの模型から正体不明の人形やら何やらが、山のように積まれている。
「がっ、頑張った私へのご褒美だ!
べべ、別にこれぐらいは……良いだろうッ?」
シズクが部屋に入った事で認証されたのか、一斉に玩具達が起動して暴れ出す。
「まあっ、楽しそうな物が一杯ですね!」
エニスが純粋な感想を言葉にする。
確かに、子供から大人までワクワクするような玩具が勢揃いである。
「そっ、そうだろう!?
見ろぉ〜これなんか、障害物を自動感知で避けては床を綺麗にするクルマだ!
こっちのヒーロー&プリンセスドールなんかは、ライブキットと合わせると自動で踊って戦うんだぞ! 凄いだろう!?」
「はぁぁあ、なんつー爆買いを……」
重い溜息をこぼして前に歩くと、足に何かがぶつかる。
「ん?」
それは謎のVRゴーグル付きのゲーム機らしきもの。
だが何故か、全く同じものがもう1セットある。
「おいこのゲーム機っ、何で同じのが二個もいるんだ!?」
「そそそ、それはだなっ。
ゴーグルと本体一式がもう一つ無いと、同時プレイ出来ないからであって。
その……トウキも一緒にやるだろうと、思ってだな……」
「請求明細の合計金額は120万とんで10 G。
今月の収支結果は、マイナス17万5000 Gとなります。
主に支出面での計画の見直しが必要かと思われます。マスター」
知的な超人工知能からの、クールなアドバイスが、俺に止めを刺す。
「あぁあぁああぁぁぁぁ」
頭が真っ白になった俺の口が、母音のアを連打した。
「ア――」
――同時に。
俺の脳内で、とある記憶がフラッシュバックする。
”仕方が無かろう。
私は全てを破壊する、超古代最終兵器。
私に刃を向けた愚か者どもが悪いのだ。”
俺はこの言葉を、まだ忘れていない。
宇宙の船旅は、何も起きない間は平和だ。
だが退屈過ぎて死ぬと言い出したシズクを落ち着かせる為には、何かしらの娯楽を与える必要があった。
”なぁに。私の手にかかれば赤子も同然だ。”
そう言ったシズクに、地球のレトロゲームをやらせたのが間違いだった。
”有り得ぬわッ!
最初のBOSSってレベルでは無いだろう!?”
理不尽なレトロゲームでボコボコにやられたシズク。
そして恐ろしい事に、爆発した怒りのエネルギーが船のエンジンルームをぶち抜いたのだ。
”おお!?
見ろトウキ! 青くて綺麗な星があるぞッ!”
だが、たまたま運良く通りかかったこの星に不時着する事が出来た。
もしそうでなかった事を思うとゾッとする。
人ひとりのサイズなんてものは、宇宙にとっては砂漠の砂粒一つにすら満たない。
まともな星間航行が出来なくなる=死、だからだ。
「わっ、私は知っておるぞ!?
この素晴らしきOMOTYA(玩具)といわれる文明と叡智の結晶を、貴様は地球で余す事無く享受してきたのだろう!?」
「ァ?」
リアルタイムのシズクの声が、俺を脳内映像から引き戻す。
「……いやそれは、俺が小さい頃の話だっ。
っつか、俺だってこんなに豪華なものは買って貰えなかったぞ!?」
「煩いッ!
とにかく私にとってこれは”初めての経験”であり、貴重なものだ!!」
俺の言い分を無視すると、シズクはポニーテールを鶏冠のように逆立て、喚く。
「いやだからって、こんなに高額商品を爆買いするやつがあるか!!
お前はしばらく買物禁止だっ!!」
シズクの剣幕に負けじと、己のボルテージを焚きつける。
「なぬぅ!?? いやいやそれは困るッ!
来週は私が楽しみにしている新作SF剣豪ゲームと、新作SFドラゴンゲームが同じ日に発売される!!
――かくなる上は……そそ、そぉうだ!
わ、私が一週間、貴様に添い寝をしてやろうッ……どうだ?」
浮遊するシズクが、魅惑的な生足をぬるりと俺の首筋に巻き付ける。
「私の柔肌は気持ちが良いゾ?」
心地良い温もりと触感を伝えてくるのは、瑞々(みずみず)しい太もも。
どこで覚えたのか、二の腕でやや控えめな胸を寄せては小首を傾げるセクシーポーズ。
思わず反応してしまう自分の身体に、戒めの楔を打つ。
「という訳でゲームを買わせろ」
雑な誘惑で囁く声が、耳をくすぐる。
神々に仕組まれたプログラム(本能)が。
自由意志を弾くゲーム(世界)に強制参加させる事を、俺は鋼の意志でキャンセルする。
「駄目だ。却下だ」
「ぬぁにぃ!?
私の美ボディを形成するこの炭素繊維骨格が気に入らないだと!?
鉄の10倍の強度を誇るし、真空なら3000度の高温にも耐えるのだぞ!?」
「何アピールだ。
っつーか、どこで寝る気だ」
「ぬぅん!
ならばッ、私が毎日貴様を熱く抱きしめてやろうッ!!
だからゲームをやらせろ!!」
「駄ぁ目だっ!
そのゲームでまたブチ切れてこのドックまで、破壊されたら親方に顔向けできん!!」
「言ったな!? 貴様ァッ!!!」
「俺はお前の提案を断固っ拒否するぅァああアァアア!!!?」
シズクの万力抱擁で俺の身体が、後ろ向きに”くの字”になる寸前――。
「まあまあまあ、良いじゃないですか、トウキさん」
――間一髪。
俺とシズクが顔面相撲をする狭間に、合掌したエニスの手がすっと入る。
エニスの閉じた手が優しく開くと、シズクとの境界は正常を保ち、俺の身体がへし折れる未来を回避する。
「シズクさんはとっても頑張ったんですよ?
まずは褒めてあげないと」
ニコっと、穏やかな天使の微笑みを見せるエニス。
「これでモチベーションが上がって、さらに稼いでいただければ、むしろお得ですよ」
だがそのお言葉は、とってもしたたか。
「しかしだなぁ、エニスっ」
涙目で食い下がる俺を、エニスは人差し指を立てて制する。
「では、こういうのはどうでしょう。
シズクさんが稼いだ分の3割は、シズクさんが自由に使っても良い。
これで一先ず手を打ちませんか?」
「そ、そうだなぁ。
確かに全額没収は可愛そうな気もするし……。
3割ぐらいなら、良い……かな?」
「では、決まりですね♪」
何故だろう。
エニスが提案することの8割は、すんなりと受け入れてしまう。
「なるほど!
ようは、私が今の百倍以上稼げば良いのだな!?
それで私のOMOTYA(宝)を無限に増やしても構わんのだな!?!」
「おっ、落ち着け!
あくまで稼いだ額に応じてだ!」
「よぅっし理解した!!」
シズクが俺の肩に掴まったままぐるんぐるんとスピンする。
「大丈夫です。
シズクさんが頑張ればきっと、アピちゃんの修理代も直ぐに貯まりますよ」
そう。
宇宙船の修理代。
「あぁでも、今はマイナスだよな……。
すると生活費が……」
俺達が懸命にお金を稼ぐ理由は、宇宙船を修理する為だ。
技術が発達したネオンアイスシティなら、破損したエンジンを修理出来る。
何ならさらにパワーアップさせる事も可能だ。
「それなら大丈夫ですよ。
こんな事もあろうかと、3ヶ月くらいの食費は別に分けてあります」
けど問題なのは、その修理費用。
宇宙船のエンジンは民間用でもかなりの高額だ。
親方によると安く見積もっても、ざっと3000万G。
立地の良い郊外の新築マンションが一戸買えるくらいだ。
だがそれでも。
何としてでも船を修理する必要が、俺にはあった。
「赤字の分は、また明日からシズクさんに倍頑張ってもらいましょう♪」
にっこりエンジェルスマイルで、しれっと恐いことを言うエニス。
「おおッ、さすがはエニスだな!
明日の朝イチにでも頑張ろうぞ!
ついでに私の胃袋も捗るぞ!」
何故か従順過ぎるシズク。
空中であぐらをかいてはエニスの周りをぐるぐる漂う。
「それはダメですよ。
いくら私のレシピが無限大でも、シズクさんのブラックホールみたいな胃袋には勝てません。
明日から、1日3食に合わせてもらいますからね」
「ぬっ」
空中で静止したシズクの口元がへの字に曲がる。
「やれやれ。
エニスがここまで言ってくれたんだ。
シズク、お前はもっとエニスに感謝しろよ」
「ふんッ、言われなくても分かっておるわ!」
「へいへい」
シズクは船をぶっ壊した張本人だ。
だが、そんな彼女が前向きなのがせめてもの救いだった。
俺は危うく、シズクのやる気を削いでしまうところだった。
エニスのおかげで軌道修正が出来たことに、改めて感謝しよう。
「ぬぅんっ。
私は今、ヤル気が漲っておる。
「うん?」
ふしゅるーと、息を吐くシズク。
「明日から、などというのは、ぬるい」
「え? はい?」
「そこで待っていろ!
今から秒で仕事を見つけてきてみせようッ!!」
「はぁっ!? 何を言って――」
光る髪をブルーグリーンにギラつかせ、ギュぉんと加速するシズク。
「!?」
「きゃっ」
シズクに船内の空気をごっそり持っていかれると、吸い込まれた俺とエニスが思わずよろける。
「――いや。
今は危ない奴がいるらしいから、夜の外出は控えろ……って、もう居ない」
帰りに街で見かけた、緊急速報を思い出す。
「あらあら、行っちゃいましたね」
苦笑したエニスは、服についた埃を払う。
俺はただ、誰もいなくなった空間を悲しく見つめた。
▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶
――21:06。
ピンクとブルーの明かりが踊るネオン街。
片側3車線の光る車道に面する開放型ショッピングモールから、路地を一本。
華やかな表通りとは対照的な不気味で薄暗い道を、ブルーグリーンの髪の女は歩いていた。
「ふふん。
掘り出し物の仕事は、大抵こういった所に転がっていると相場が決まっておる」
女の名はシズク。
雨の雫に似た巨大なポニーテールを揺らし、怪しげな店が立ち並ぶ通りを女は注意深く練り歩く。
「ふむ。これは駄目だな」
シズクは、美しく尖った目尻を細める。
店先に掲げられた暗い紫のネオン看板が、ぱちぱちと点滅しては火花を落とす。
看板には、こう書かれていた。
”急募!! サイボーグエンジニア!!
無資格でも大丈夫!!
親切丁寧に臓器の扱い方から教えます!!
安心!! 安全!! 高収入!!”
ネオンアイスシティの求人は、オンラインでやり取りするのが主流。
ネオンポリスによって厳重に監視され、犯罪に繋がる違法な仕事は、99%が自動的にカットされる。
「犯罪は好かん。
私は平和主義だからな」
そう呟くシズクの顔は、真剣そのものだ。
オンラインに載らないような危ない仕事が、裏ショップに転がっている事を、シズクは認識していた。
「んん? これは……?」
だが中には、合法だけれど一般人には難しい特殊な仕事がある事も、またシズクは知っていた。
「――懸賞金。いちじゅうひゃく」
文字を読み上げるシズクの顔が、ぱぁっと明るくなる。
「いッ、100,000,000 G――だとッ?」
それは、薄暗い裏ショップが並ぶ通りには似つかわしくない、全面ガラス張りの建物。
ド派手なピンクとレッドネオンに照らされた怪しいガラス壁には、ありとあらゆる人物画像と数字が羅列されている。
見渡すと、先程よりも遥かに大きい数字も、いくつかあった。
「こッ――コレだッ!!!」
シズクはハッとして目をギラつかせると、その怪しいガラスの建物へと飛び込んだ。
▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶
「もう30分ですね。
通信機も持たずに出ていかれて、どこにいるかも分からないですし。
念の為、捜索届けを出しますか?」
船内リビングでお茶を汲みながら、エニスが不安げに俺を見つめる。
「そうだなぁ。
アイツの頑丈さなら大丈夫だとは思うけど、危険なニュースも見かけたし……」
眉間にシワを作り、目を瞑る事3秒。
俺は意を決して船のAI、アピストブルーに指示を出す。
「仕方ない、ア――」
「マスター。シズク様が戻られました」
「――ピすうえ?」
船のAIの美声が部屋に響く。
同時に船体がドンブラコと揺れ、轟音の悲鳴を上げる。
「喜べトウキ!! 仕事が見つかったぞッ!!」
ギュインとなびいて踊る、ブルーグリーンのポニテール。
かっ飛んで戻ってきたのは、目をギラギラさせたシズクだった。
どうも皆さんこんにちは!
エネ2です。
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません。
ようやく第3話をアップ出来ました。
2話の文量がかなり多くなってしまったので、今回は余り長くならないよう、時間をかけて調整しました。
ここで入れたかったシーンは、後のシーンに移していますので、是非最後までお読みいただけると大変嬉しいです!
それでは今回もよろしくお願いいたします!