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第02話 ネオンとアイスと請求書


 第02話 ネオンとアイスと請求書



 ――24時間前。



 ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶



 ぽよん。


「あはん」


 ん。なんだ? ポヨン?

 同時に暗くなる視界。

 花の蜜を凝縮したような甘くとろけるイイ匂いが、俺の鼻腔びくうこすり上げる。


「うほぉっ!」


 俺の顔面を襲ったのは新手の弾力兵器ではなく、たわわに実った乳袋だった。


「いらっしゃい、イキの良いオニィさん。

 サービスするわよ」


「すすすすすすみはへんっ! 急いでまふっ!!」


 肩→首→鎖骨→胸の谷間→腰→脇腹→太もも→ふくらはぎまで。

 大事な部分以外の露出レベルを余す事無く強化した、着物風の出で立ち。

 白の美肌をかろうじて覆う布には、青と赤の花柄が咲き乱れる。

 ピンクの長髪をあでやかになびかせるのは、地球人に似たヒト型異星人の美麗なお姉さんだった。


「そう残念。

 ゆっくり出来るようになったら、またきてねー」


 彼女は残念そうに小さく手を振ると、尻を一振りさせて鮮やかなネオン看板の光に紛れて消える。

 危うく胸の谷間で溺れるところであり、危機一髪だ。


「あぁ惜しかった――じゃない。びっくりした」


 ちなみに、お姉さんと何の違和感も無く会話が出来たのは、俺の左耳にかかる小型万能翻訳機のおかげだ。

 異星人交易が発達したネオンアイスシティでは一般的に売られており、付近の星系を含めた数千万言語を自動翻訳してくれる。

 俺のようなヒト型星人(ヒューマン系)には、耳穴を塞がない骨伝導型のインカムが人気モデルだ。


「この近くとは聞いていたけど……」


 街を照らす恒星の光が今にも沈む中、ド派手なネオンをギラつかせるストリートがそこにあった。

 高層ビルの隙間を貫くストリート。

 さほど広くない道の両サイドには、淡いピンクとブルーの光で切り取ったフレームハウスが立ち並ぶ。


「これは、つまり」


 フレームハウスは一階建ての長い建物で、一つながりの家屋を外から区切ったような感じだ。

 ストリートに面した壁には、部屋を丸ごとのぞけるフレームガラス

がある。

 そのガラス越しには、思わず目が釘付けになるなまめかしい姿の女性達が、横切る男達の本能を呼び覚ますアピールをおっ広げている。


「うん。要するにこれは、単なる近道です」


 この星に不時着して早2ヶ月。

 宇宙船の修理屋のアルバイトには慣れてきたが、街の地理については知らない事だらけだ。

 ショートカットをしようとうっかり脇道に入れば、何とびっくり色街ストリート、なんてことはどの星でもよくあるのだ。たぶん。


「地球以外では、俺はまだ2つ目の星だけどね」


 ここはいわゆる未成年立入禁止エリア。

 惑星イスブロークの1日は約24.1時間で、1年は約397日。

 ネオンアイスシティでの成人は18歳らしいが、まあ俺も一応、地球計算では21。

 ここを通る資格ぐらいは十分にある。よね?

 知らないうちに通ったゲートセンサーも鳴らなかったし。


「よっ、よぅし」


 そう、これは近道。

 欲望が理性を説得すると、慣れない色街ブルーピンクをドギマギして通る。

 ネオンアイスシティはこの星に唯一存在する国であり、付近の星系からも独立した都市国家だ。

 その為か、人口の割合的には原住民よりも外部異星人が多いらしい。


「お”ぉ”ぉ”お”ぉ”お”」


 重くとどろいたのは、男達の低い声。

 その暑苦しい歓声に引っ張られると、いくつかの人だかりが出来ていた。

 壁を作る男どもの隙間から覗き見ると、鳥の翼みたいなものを背中に生やした美女が、美しいボディをくねらせている。

 他にも魚のようなヒレや尻尾を持つ美女や、見た事もない異星人美女を、少数だがお見受けする。

 基本はヒト型異星人が多いからか、その珍しさは注目を集めていた。


「ふぅ。ようやく半分か」


 500メートル程の通りを歩くのに、やたらと時間がかかる。

 そして首が痛い。

 何故なら俺の視点は前では無く、常に横へと向きっぱなしだからだ。

 ちなみに。

 この色街ブルーピンクに従事する彼等は公務員の区分になるそうだ。

 ネオンアイスシティが高待遇及び、手厚く保護しているらしい。

 都市国家を支える重要な基盤の一つである娯楽産業。

 それに貢献する貴重な人材として、公的に認められているとか。


「なるほど。

 色んな需要に応えているのか」


 極めて真面目な顔を維持しつつ、観察を続けると、様々な体型ボディの女性達をお見受けする。

 個性や美の価値観が多様化したこの星には、それらの需要に応える為の、ある技術が存在する。


「これが最先端」


 ネオンアイスシティの最先端技術の一つ、Remakeリメイク

 生身の身体にも適用可能な、高度な遺伝子編集技術。

 主に難病等の治療に使われ、その場合の費用はネオンアイスシティが負担する。


「ほほぅ」


 ガラス越しにえる、肉付きが良くなまめかしい足。

 それが、Mの造形美を描いた所で立ち止まる。

 リメイクは体型バランスも変える事が出来るので、理想のボディを求める女性にも大人気の技術らしい。

 だが医療目的以外のリメイクは自腹で、部位や内容によっては高額になるとか何とか。


「だから人気なのか?」


 何と、このブルーピンクで働く彼等は、リメイクを格安で出来るらしい。

 客の様々な需要に応える為にリメイクをする機会が多く、それに特化したサポートが必要だそうだ。

 だからなのか、美を追求する女性達には人気の職業の一つで競争率も高いと、風の噂で聞いた。


「ん?」


 精神と目を奪われる美色肉体の森を、ようやく。

 ようやくもう一息で抜ける手前で、一人の女性と目が合った。


「っ……」


 だらしなかった生唾なまつばを、思わず引っ込める。

 ネオンに染まる壁に背を預けるのは、長身の女性。

 左肩から下を丸ごとサイバーボディにした、美しき女性サイボーグだ。

 一瞬、この色街ブルーピンクの方かと思ったが、恐らくは違う。

 綺麗な女性という共通点はあるが、彼女の場合この場所でいう”キレイ”とは異なる。

 肩口で切り揃えた漆黒の髪。

 全身を包むのは、ピッチリとした黒のボディスーツ。

 際立つボディラインはセクシーだが、男を魅了する為というよりは、いかに素早く動けるか。

 腹部の上までしか無いショートジャケットも最低限の面積で済ませてあり、軽さを重視したような簡素なデザインだ。

 全身を包むボディスーツは目元まであり、顔が分からないマスクは、見えない美しさを想像させる。


「……」


 息を殺して女性サイボーグから目を逸らす。

 何故そうしたかというと。

 彼女の雰囲気から、全く生気を感じなかったからだ。

 いわば、鋭利な刃物。

 クールを通り越して、首筋にナイフでも当てられたような、ヒヤッとする感じ。


「……ッ」


 呼吸を求め。

 たまらず、足早にその場を去る。


「ふぅ、びっくりした。

 何だろう。用心棒……とか?」



 ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶



 色街ブルーピンクを抜け、何とか近道を成功させると、水色の光が突き抜ける。

 片側三車線の区切りを彩るライン光だ。

 どこまでも続く高層ビルの迷路と、その間を流れる光車道ラインは、青く輝く水路のよう。


「まだ明るいな」


 惑星イスブローク時間、18:02。

 左手首に巻くコンソールに触れると、小さな空間ディスプレイが表示される。

 青緑のディスプレイ文字が、薄緑のオーロラ空から差し込む夕陽で薄くなる。

 ネオンが踊る大都市に深いオレンジ色が染み込むと、天を貫くビルの群れが鮮やかに活気づく。


「しかし、いつ見てもデカいよなぁ」


「ぺろ」


 街を丸ごと包む巨大なレンズ。

 その先では、夕陽を追う闇夜に繊細な星の海が広がる。

 底無しの利益で築き上げたドーム型シティは、この星の至る所にある。

 数珠つなぎに連結する無数のドームは、むしろテラフォーミングに近い。

 氷惑星イスブロークでは貴重なレア資源が豊富に採れる為、それによる外部異星人達の交易で発展した結果らしい。


「あと、快適過ぎて怖いぐらい」


「ぺろ」


 イスブロークの平均気温はマイナス97度。

 原住民はともかく、他の異星人はドームの中でないと暮らせない。

 ドームの中は、豊富な食物を育てる為に様々な惑星の気候データを再現している。

 地球の春夏秋冬に似た季節感を出しつつ、最適な気温が保たれているそうだ。


「ぺろぺろ」


 寒い区域ならマイナス30度。

 暖かい区域なら30度ぐらいの幅で調節されているとか。

 とはいえ、原住民にとっては常夏ぐらいに暑いという。


「朝はまだ、肌寒かったのに」


 ちなみに今の気候は、俺の故郷でいうと春先に近い。

 レインジャケットのファスナーを緩めると、熱気が逃げた。


「ぺろぺろぺろぺろ」


 何だ、犬か。

 どうりでさっきから変な音がすると思ったら。

 というか、この星にも犬がいるのか。


「ん?」


 いや、それは犬ではなかった。

 だだっ広い歩道で俺のすぐ前を歩くのは、派手なツインテールをぶら下げた女の子だ。


「じゅるじゅるじゅる」


 音はそこから漏れていた。

 ふりふりと踊るのは、クリーミーピンクとライトブルーの2色が左右で分かれたツインテール。

 150センチ前後だろうか。

 背丈は俺よりも頭ひとつ分は小さい。

 前をいく女の子は、近くにあるベンチにどっかと腰を落とすと、恍惚とした表情を浮かべて何かにしゃぶりつく。


「むほぉっ!」


 感動の雄叫びと、弾ける笑顔。

 女の子が手に持つ筒状には丸い玉があり、それを舌で舐めては、落ちる液体をすすり取る。


「ああ、アイスね」


 そう。それは地球でいう所のコーン型アイスクリームに激似だった。


「んふふーふ!」


 もう片方の手に持った三段重冷菓子トリプルアイスにむしゃぶりつく女子。

 小さな胸を膨らましては、無邪気な笑みが漏れる。

 今を生きる女子の、一時ひとときの至福を邪魔してはならない。

 そう思い、何事も無く通り過ぎようとするが、やはり”それは”気になってしまった。


「……」


 不審者と思われない、ギリギリスローな足取りで盗み見る。


 ……あれはなんだ?


 ベンチでアイス豪遊をかます女子の傍らには、いかつい乗り物。

 前部はスリムでシャープなヘッドライト。

 先端部は鋭く尖り、流れるような曲線カーブを描いて後方に広がる。

 反射光が美しい黒のメタリックボディの前後には、力強いオレンジの光が円を描くタイヤホイール。


「……ほぅ」


 ようは、いかにもサイバーな感じの2輪車バイクだ。

 しかもかなりデカい。

 後部にはジェットブースターらしきものもあり、空でもぶっ飛びそう。

 赤やら緑やら青紫やら、目に厳しい光が、ホイールからボディ全体に流れてイキり散らかしている。

 強烈な見た目だが、男心をくすぐる何かを感じさせる。


 まさか、これに乗っているのか?

 この小柄な女子が?


 女子の姿も、よく見ればライダースーツに近い格好だ。

 余分な装飾の無い黒のスーツは、何故か胸元とお腹を無防備にさらけ出している。


「……ッ」


 さらによく見ると、女子の左腕には見覚えのある腕章。

 グソクムシに羽が生えた様な、青いモチーフシルエット。

 そう。あれは確か、ネオンアイスシティの秩序を守る武装警察ネオンポリスの腕章だ。


 コスプレ?

 それともまさか、本物の?

 こんな小さな子が?


「っ……」


 何もやましい事は無いのに、何故か早足でその場を去る事にした。


「大丈夫。うん。無問題」


 サイバーバイク女子から、急ぎ離れた所で――。


「――あぶね、食料」


 当初の目的を思い出す。

 そう、俺は食料ストアを目指して近道をしたのだ。


「細いのに大食漢だからな……アイツ」


 手ぶらで帰ろうもんなら、またアイツは大暴れするだろう。

 今はとにかくストアへ。

 後はこの公園を横切るだけ。


「おぉ」


 それは何度も見ている光景。

 にも関わらず心を奪われ、声が漏れる。


「風流というか、何というか」


 公園の入口にたたずむ、桃色鳥居。

 夜桜に似た木々に寄り添う、風情ある小川。

 ネオンライトを映す水面で、花びらが踊るのを横目に見ながら、優雅に湾曲した朱色の橋を渡る。

 一言で表すなら、和風なサイバーシティ。

 欲望の上限が無い大都市に、せめてもの花を添える、癒やしの空間。

 ネオンアイスシティには、こういった和のデザインが至る所に存在する。


「これも、じいちゃんの影響なのかな」


 じいちゃんにいで、この星に来た地球人は俺で2人目らしい。

 地球から遠く離れた星で、”和”に似た趣。

 じいちゃんならあり得るかもしれない。


「……いや、むしろこっちが先とか?」


 俺は新参者で、ネオンアイスシティの歴史は分からない。

 だがアルバイト先の親方おやかたがいうには、地球換算で数えても数千年前から存在しているらしい。


「いけね、もうこんな時間」


 時刻は18:30。

 気になる事が多いが、まずは買い物だ。

 今度、時間がある時に調べてみよう。



 ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶



「ふぅ。こんなもんか」


 パンパンに食料が詰め込まれたリュックを背負い、両手も同じような食料袋で塞がった。


「これだけ買ったんだ。

 せめて3日は持ってくれ」


 無駄なあがきともいえる願いを込めた、その時。


「惑星開拓支援家のレクジーフ! 快挙達成!」


 タラララーラーララー!


「貧しい星に銀河の恵みを! で、知られるレクジーフ氏。

 未踏領域の資源開拓に成功し、また新たな歴史を刻みました!」


 壮大なファンファーレの爆音が街中を震わす。

 明朗な女性アナウンサーの声が響き渡ると、高層ビルに張り付いた巨大なモニターに何かが映る。

 グレーのスーツで身を固めた上から脂身がはみ出す、ふくよかな男。

 映像では人々の歓声と拍手が沸き起こる中を、重そうな身体でかき分けている。


「彼の率いるチームは、驚異的な技術と資金をもって、惑星開発の新たな時代を切り開いてまいりました!」


 映像がヒト型中年男の顔にズームすると、脂身を増した笑顔がカエルのように広がる。


「我々の活動は貧しい子どもたちを救い、幸せな銀河を築きます。

 未来への夢と希望を胸に、皆様と新たな一歩を踏み出すのです!」


 男の野太い声が響くと、歓声はさらなる熱狂を帯びた。


「そりゃ、資金にモノを言わせれば、何でも出来るだろうけど……」


 思わず卑屈な心が顔を出す。

 何一つ開拓出来ていない自分から滲み出た、自然な感情。

 要するに、ただの嫉妬だ。


「俺なりに毎日頑張っている。

 でも、現実は――」


 点滴穿石(てんてきせんせき)

 日毎ひごとに絞り出す、苦渋の一滴いってき

 そのしたたりが、夢の前に立ちはだかる大岩に、いつか風穴をぶち開ける事を信じて。


「――厳しい」


 今は、両手と背中にのしかかる食料を買うだけで精一杯。


「なぜだ」


 何故。どうしてこうなった。

 俺のやり方が悪いのか。

 今の俺には、何が足りない。


「何が……」


 ぶつぶつと独り言をこぼしていると、うるさいビルの巨大モニターが、突然静寂に包まれる。


「緊急速報です。

 超銀河団連合(SGCU)国際指名手配犯、ダーク・ネイヴィが、ネオンアイスシティに不正入国したとの情報が入りました」


 ビルの巨大モニターに映る、不鮮明な女の顔。

 雨の中を暗いフードで顔を隠し、どこを見てるか分からない。

 俯瞰ふかんの監視カメラ映像は一瞬で終わり、そのまま静止する。


「確認されたエリア付近は、今なお潜伏している可能性が非常に高いです。

 該当地区の皆様は、くれぐれも一人で出歩かないよう――」


ByakuGunビャクグン地区か。

 こことは真反対のエリアだな。

 かなり遠いけど、大丈夫かな」


 ここはAsagiアサギ地区。

 ByakuGunビャクグン地区との距離は、かなりある。

 地球で例えるなら、故郷の島国から海を超えた大陸国ぐらい。

 とはいえ乗り物が発達したネオンアイスシティでは、対岸の火事というわけにもいかない。


「出来るだけ用心するしかないな。

 今はとにかく、早く帰ろう」


 気を引き締めた所で、荷物で塞がった両腕を捻る。

 重く震える指先で、左手首のコンソールを操作すると、”Please select”という文字が表示された。


「よし、これだ」


 一分もせずに、光るブルーラインの車道脇に停車したのは、両端を半球状にした銀色の筒。

 カプセルに似た形から、カプセルタクシーとも呼ばれるドローンだ。


「よっ」


 ウィンッと自動で開くスライド扉。

 力を振り絞ってドローンに荷物を押し込むと、水に浮く小舟のように僅かに沈む。


「っこらせ」


 隣の座席に荷物を乗せ、もう片方に自分が乗り込むと満席になった。

 ネオンアイスシティのような複雑な街を行き来するには、このような小型ホバーが理に適っているのだろう。

 うちのホバークラフトがメンテ中なので、実に助かる。


「地球より進んでるなぁ。さすが大都会」


 地面を低空飛行する事で出力を抑え、長時間の運用に特化。

 低出力のブースターは静音性に優れ、時速60キロで粛々(しゅくしゅく)としたドライブを披露する。


「ぉおお」


 摩天楼まてんろうから離れていくと、飽きない絶景がやってくる。

 ネオンにまみれた夜景が、色彩豊かな銀河の星海へと変わるのだ。


「お星さまのお花畑だなぁ」


 絶望的なボキャブラリーをかましていると、あっという間にホームに着いた。



 ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶



「ただいまー」


「遅いぞトウキ! 腹が減った!!」


 開口一番。

 わめき散らかすハイトーンが鼓膜を叩くと、突然目の前に女が降ってくる。

 かと思ったら、女は俺の身体を生足で羽交い締めにする。


「減ったと言っておる!」


 女は俺の腰に巻き付いたまま、しなやかな生足でぐいぐいと締め付ける。

 それは、万力のごとく強烈な激痛。

 だが同時に何故か、俺の中に流れる”チ”が、トクンと心地の良い鼓動を奏でる。


「ああそうだな」


 まずは、この痛みから逃れる必要がある。

 俺の背中と両手にある重たい荷物。

 それを一、二、三と、女の細腕に全て乗せた。


「む?」


「出迎えついでに食料庫へ運んでくれ。

 お前が好きという魚型スイーツも多めに入れといたから」


「おぉ!?」


 金の瞳を輝かせ、シャープな目尻を浮かせる女。


「良かろうッ、引き受けた!」


 女は無地の白ワンピースをなびかせ、青緑の巨大ポニーテールを波打たせると、俺には重すぎる荷物をひょいっと抱える。


「あっ、ちょっ」


 女が宙に浮いたかと思うと、何も無い空間を蹴って俺の頭上を飛び越す。

 そのまま空中でステップを踏むと、女の腰回りに青く光る4本の噴射炎が一瞬だけ鋭く放出される。


「アふッ」


 見えない風圧が、目と鼻、口といった穴を広げる。

 女が噴出させた光の風で、一瞬で俺の顔面は乾燥した。


「メシの前にスイーツを食うなよ……って、もう遅いか」


 女は、天井の彼方かなたに消えた。

 高さ12メートル、幅30メートル四方ある空間がまるで鳥籠とりかごだと言わんばかりだ。


「お帰りなさい、トウキさん!」


 ぱたぱたと、可憐な足音が近付く。


「ただいま、エニス」


 透き通った青空色の瞳。

 肩口で切り揃えた雪色のミドルヘアー。

 身長は俺より頭の三分の二ほど、小さいくらい。

 そんな無垢で儚い美少女が、薄黄色のエプロン姿で現れる。


「あら、シズクさんは?」


「食料を運んでもらったよ。

 いきなり減らなきゃ良いけど」


「あはは、そうですか」


 細いまゆをハの字にして、エニスは苦笑する。


「そうだ、エニス。

 あれから身体の調子はどう?」


「え?

 ……あぁ、調子は良いですよ。

 ご心配をおかけしました」


 右手を胸の前でキュッと締め、はにかんで笑うエニス。


「”この子”もまだ、慣れていないのかもしれません」


 エニスは握った手を開くと、今度は自分の胸を優しくでた。


「そうか、良かった」


 エニスは数日前から、体調を崩して休んでいた。

 働き過ぎたのかと心配したが、どうやら理由は別にあったようだ。


「無理しなくていいからね。

 エニスの絶品料理にはかなわないけど、簡単な食事なら俺にも作れるし」


「はいっ、ありがとうございます!


 とろけるような天使の微笑み(ほほえみ)を、エニスは見せた。


「でも大丈夫です。

 トウキさんこそ、修理に専念してください。

 せっかくこんな立派な所を貸してもらってるんですし」


 そう言ってエニスは振り返る。

 エニスが仰ぐ空間に佇む、流線型を描くブルーの船。

 宇宙を旅するのに無くてはならない船であり、相棒だ。


「だな。親方には、感謝しか無い」


 郊外こうがいにあるこの宇宙船ドックは、アルバイト先の親方がほぼ無償で貸してくれている。

 取り壊し予定の古い修理施設だから、しばらく自由に使って良いという。

 だが、古いという割にはしっかりと手入れされており、船の修理を行う分には十分な性能だ。

 俺達の船は家一つ分の居住空間を備えた中型宇宙船。

 それが一隻いっせき入るこの中規模ドックは、無駄に歩き回る必要も無く丁度良かった。


 ”あんちゃん、地球人だろ?”


 船の修理を求めて、ふと立ち寄ったお店で言われた言葉。

 その昔、親方が宇宙船パーツショップを開く時に、俺の祖父に色々と助けてもらったらしい。

 まあそんな偶然、下手すると天文学的な確率な訳だが。


「じゃあ、ご飯の前にもう少し見てみるか」


「はい! 準備が出来たらお呼びしますね!」


 儚く細い声で、高く元気な音を響かせるエニス。

 エニスとは前の惑星で色々あったが、今は一緒に旅をする頼もしい仲間だ。


「よし」


 彼女を見送り、船の後部に回ってスロープ式の昇降口ハッチを開ける。


『お帰りなさいませ、マスター』


「おう、ただいま」


 左耳に付けたインカムから、抑揚の無い女性の声が入り込む。

 この無駄も隙も無い知的な美声は、人工知能(AI)のアピストブルーだ。

 宇宙船にとってのAIは、全てのシステムを制御する船の命。

 ちなみにAIの名前は、船体名も兼ねている。


『不明なデータを1件、受信しています』


「え、不明? どんなデータ?」


 スロープを登ってハッチを閉めると、四角い貨物コンテナが薄いオレンジで照らされる。


『解析します』


 工具箱を見つけると、スパナを始めとした修理道具を取り出す。


『……。解析エラー。

 何かの動画データのようですが、再生デコードする為の情報が不足しています。

 発信元は、現在地から離れた不明な星系の模様。

 データを解析し、再生するにはかなりの時間を要します』


「そうか。

 一応気になるから、引き続きよろしく頼む」


『承知しました』


 アピストブルーと軽快なトークを交わすと、俺はエンジンルームにしばし引きこもった。



 ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶



「ふぅ、ごちそうさま!」


 丸テーブルの前で、全身全霊で合唱する。


「うむ。美味であった」


 丸いクッションの上で片膝を付く女が、白ワンピースから生足をだらしなく覗かせ、満足気にうなる。


「お前はもう少し感謝をしろ」


「うぬ?」


「フフッ、シズクさんが美味しそうに食べてくれるだけで私は嬉しいですよ♪」


 天使の微笑みを絶やさないエニスが、空の食器を片付ける。


「あっ、俺が持っていくよ!」


 エニスの手料理でパンパンになった腹をさすると、食器を重ねてキッチンへ運んだ。



 ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶



「……さて」


 落ち着いた所で、再びテーブルに向き直る。

 このダイニング円卓に揃うのは、俺と、エニスと、あぐらをかいては欠伸あくびをする女。


「今月の結果だが」


 左手首のコンソールを操作すると、円卓の上に空間ディスプレイが浮かび上がる。


「俺の稼ぎは……、と」


 親方のパーツショップで稼がせてもらった金額を表示する。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……おぉお!?」


 予想以上の金額だった。

 安いホテルなら1ヶ月は泊まれる。

 みっちり通い詰めたとはいえ、こんなに色を付けてくれた親方には、頭が上がらない。


「私は少し休んでしまったので、こんな感じでしょうか」


 エニスが、首に下げたIDカードデバイスを指でなぞると、空間に新たな文字列が表示される。


「えっと。ひゃく、せん、まん、じゅう……ぅえぇえお!?」


 俺が稼いだ額より。一桁。多い。


「す、凄すぎる!!!」


 ”オシャレなカフェの仕事、一度やってみたかったんです。”


 そういって始めた、エニスのアルバイト先――スローイング・コイン。

 そこは都市部でも大人気のカフェメイドだ。

 何でも特殊なシステムがあり、店内での接客やお仕事の様子をライブ配信される。

 するとお客がファンとなり、コインと呼ばれるボーナスを推しのメイド店員に付与する事が出来るのだ。

 ボーナスの内、何割かは店の取り分になるが、残りはお給金に加算される。


「皆さんとっても優しいので、働き甲斐があるんですよ」


 ピンと伸ばした人差し指をあごにあて、エニスはにっこり笑う。

 店では、ストーカー被害などの予防として、店員はデジタルマスクで素顔を隠す。

 首輪チョーカー式のデジタルマスクは、首から上を全く別の顔として3D投影される。

 だがそれ以前に、店はネオンポリスとも強力に連携されているので、店員に対して犯罪行為を起こせば一瞬でお縄が確定する。


「私はただ普通に、お食事を運んでいるだけなんですけどね」


 ニコっと小さく笑うエニス。

 顔のデザインは、店員の雰囲気に合わせた可愛らしい顔をお店側が用意する。

 だがそれだけで人気が出る訳ではなく、お客と言葉プロレスをしたり、そもそもの自然な振る舞いが魅力的など、何かしらお客の心を掴む者ほど人気が出る。

 ちなみに、エニスの場合は後者だ。


「ワ・フウ、でしたっけ?

 トウキさんの故郷の服に似ていて、とっても可愛いんですよっ♪」


 俺の脳内記憶が再生されると、丸いお盆を持ったエニスが華奢きゃしゃな身体で可憐に舞う。

 フリルがある着物には桜に似た白花が散りばめられ、帯には金銀の華やかな刺繍。

 大きめのリボンと花の髪飾りは、あどけない感じを際立たせる。

 和と異国の情緒を織り交ぜた繊細な衣装は、彼女の美しさをどこまでも引き立てていた。


「まさか、これ程とは……」


 宇宙という枠は、思ったよりも狭いのか。

 もしかすると、メイド+カフェという需要と概念は、銀河の共通事項なのかもしれない。


「わっ、私だって、がっぽり稼いだぞ!!」


 何を焦ったのか、女がテーブルをどんっ! と叩いて、話に割り込む。

 女が持つカードが光ると、空間に文字列がぎっしりと並ぶ。


「お? おおぉおお!!?」


 高層ビルの清掃から、巨大物流倉庫の軽作業。

 ファーストフードの店員もあれば、巨大テーマパークや、ライブイベントのスタッフなど。

 単価はバラバラだが、ありとあらゆる仕事で稼いだ額は、エニスを上回っている。


「ふ、ふふん、どうだ?」


 あぐらと腕を組んで胸を張り、威張る女。


「凄いです! シズクさん!」


「やれば出来るじゃないか!」


 エニスは絶賛の声を上げ、俺は思わず手が痛くなる程の拍手はくしゅ


「おっ、おぉうっ! そうだろう!?」


 だが何故だろう。

 引きつる笑顔とその様子から、謎の挙動不審さを感じるのは。


「うんうんよく頑張ったよシズクぅ」


 すっと伸びた目尻が生む、魅惑的なカーブ。

 金色こんじきに輝く宝石を閉じ込めたような、切れ長の目。

 背中一つを丸ごと覆うポニーテールは、水のしずくに似た形で、鮮やかなブルーグリーンをきらめかす。

 身長160センチのしなやかで筋肉質なスレンダーボディは、美の女神も裸足で逃げるだろう。


「あのウルトラ短気なお前が本当に良く……」


 気付くと、俺の頬を熱い液体が伝っていた。

 そう。

 女の名はシズク。

 少々乱暴で短気だが。

 根はとっても素直でいいヤツなのだ。


「褒められながらあおられている気もするが。

 まあ今は気にしないぞ」


 シズクは照れながら眉間にしわを寄せる。

 気を取り直すように、皿に並んだ魚型スイーツを一口頬張ると、あむあむと柔らかな噛み心地を楽しむ。


「お取り込み中失礼します、マスター」


 突如、船内リビングに声が鳴り響く。

 船のAI、アピストブルーのアナウンスだ。


「ん、どうした?」


「請求書が届いております」


「はい?」


「んぐっ」


 同時に、シズクがむせる。

 スイーツをぱんぱんに頬張ほおばったまま、シズクは時間が止まったようにフリーズした。



ハイどうも皆さんこんにちは! エネ2です!


今回は第2話という事で、映画でいうなら世界観を伝えるセットアップみたいなシーンです。

情報量が多いので、なるべく読む負担を減らせるよう小出しにしたつもりですが、2〜3話分くらいのボリュームになってしまいました。


ここまで読んでいただき大変嬉しく思います! 感無量!

これからもどうぞ、よろしくお願いいたします!


───


【修正_ver1.01】

下記の内容を一部修正いたしました


 ちなみに、お姉さんと何の違和感も無く会話が出来たのは、俺の左耳にかかる小型万能翻訳機のおかげだ。

 異星人交易が発達したネオンアイスシティでは一般的に売られており、付近の星系を含めた数千万言語を自動翻訳してくれる。


↓修正版


 ちなみに、お姉さんと何の違和感も無く会話が出来たのは、俺の左耳にかかる小型万能翻訳機のおかげだ。

 異星人交易が発達したネオンアイスシティでは一般的に売られており、付近の星系を含めた数千万言語を自動翻訳してくれる。

 俺のようなヒト型星人(ヒューマン系)には、耳穴を塞がない骨伝導型のインカムが人気モデルだ。


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