第01話 ブルーグリーンの女
第一章 Adversity Partner
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第01話 ブルーグリーンの女
その欲望の光は、一斉に咲いた。
「♫〜」
惑星イスブローク時間――18:06。
陽気な鼻歌を唄う女のリップが、夜の光を浴びて紫がかった若いワインのような艶を出す。
透けた窓ガラスを這うのは、スラリと伸びた手足。
つんと鼻筋の通る顔立ちは、繊細な彫刻のようにラインが整う。
俯瞰の大都市が映る金の瞳は目尻を美しく尖らせ、一瞥するだけでどんな男性も魅了されるだろう。
「ン〜♪」
ドーム状に切り取られた夜の街並みは、まるで宇宙の一部だった。
闇を照らすピンク、青、緑の鮮やかなネオン。
貪欲に染まる街が、高層ビルの壁面から虹色の輝きを放つ。
美麗な光はすべて、今を生きる生物達のもので。
これから活気付くであろう夜の産声をあげる。
「ンン〜♬」
巨大な広告看板が夜空を照らすと、赤やオレンジに点滅する文字が鼓動を刻む。
街中を埋め尽くす喧騒は、女の身長の2倍はある分厚い強化ガラス越しでは聞こえない。
だがその生気が、このどこまでも続く高層ビルの谷間を血液のように流れ、息づく事を女は認識している。
「ん〜」
ここは超高層ホテルの最上階。
フロア丸ごとが一室になった特上スイートルームに、その女はいた。
均整の取れたボディの身長は、地球人女性でいえば160センチ前後。
細い手足を操ると、誰も居ないキングサイズのベッドに侵入する。
「んー」
女が動くたびに露出した肩が踊り、雪色のワンピースにあしらわれた紅色の花が優雅に煌めく。
鎖骨から走る細紐は胸元の生地を吊るし、控えめな乳房を覆い隠す。
「ん」
華やかな帯はウエストラインを引き締め、シャープな魅力を醸し出す。
背中、脇、太ももの辺りは大胆に開かれ、透けるような白い柔肌が官能的な曲線を際立たせる。
女は、露出が多い和風衣装に身を包んだ、妖艶なホテルメイドだ。
「んん?」
何より特徴的なのは、女の髪。
髪色は、流れる宝石のように精密な光を反射する青緑。
雫状のポニーテールは細い白紐が巻き付くように結われ、そのボリュームが人一人分はある。
「やあ、丁寧にありがとう」
ベッドメイクに手こずる女の背後に、甲高い男の声がかかる。
現れた男の身長は180センチ以上。
細身の身体に、オーダーメイドし過ぎたようなピッチリのビジネススーツ。
派手な黄色のスクエアメガネは、どこかミスマッチだ。
「申し訳ございません、準備が遅くなりまして」
女が慌てて、真っ白なシーツを敷きなおす。
「構わないよ」
男はキザな手つきで上着をソファにかけると、すぅっと音も無く、女の背後に近付く。
「それにしても、君の髪は本当に美しいね」
「あっ、ありがとうございます」
女は顔を赤らめると、薄く礼を言う。
「そう。本当に……キレイだッ!!」
その衝撃で先に舞ったのは、ゴージャスビッグな枕が2つ。
女が振り向くと同時に、男の両腕が女を押し倒す。
途端に、贅沢な織り柄が施されたベッドカバーが淫らな皺を作る。
「きゃぁあああ!!?」
ベッドに押し倒され、悲鳴をあげる女。
無垢な白服が暴れては開ける。
「はぁ……良いね――絶景だよぉお!!!」
女の上に馬乗りになって歓喜の声をあげると、男の右手にナイフが飛び現れる。
それを舌なめずりすると、男は恍惚とした笑みを浮かべた。
「不思議だろう?
このお高いホテルのセキュリティは、星間空港ばりに万全だ。
ナイフはおろか、フォーク一本ですら武器を持ち込めない」
まるで手品のように、男の右手からナイフが現れては消える。
「でも俺の身体は特殊でねぇ。
皮膚を薄く伸ばして、どこまでも鋭く尖らせる事が出来るのさ!!」
刃渡り30センチを超える豪快なサバイバルナイフから、細く繊細なツールナイフまで。
形状の種類は様々だが、ナイフにはどれも柄が無く、刃そのものが男の右手から現れる。
「もう……いいよね?
いただきまぁあす!!!」
「ンンー!!」
慣れた手つきで、もがく女の口を塞ぐと。
男は右手のナイフを極限までそそり立たせ、あらわになった女の胸元に深く狙いを定める。
「ぁっ」
女の喉から絞り出る、小さな声。
一振りの刃が、一灯の命を吹き消す。
――だが。
その結果は訪れない。
「っな――!?」
ギィんッ! と、巨石を突いたかのような衝撃が男に走る。
男のナイフは2つに折れ、無様な刃が宙を舞う。
「クックック」
発せられた笑いは、若い女特有の高い音。
だが、透明で瑞々しい女の声には、隠しきれない圧がこもる。
「私の演技は楽しめたか?」
それは先程までの、ただ蹂躙されるだけのか弱い音では無い。
「しかし奇遇だな。
それでいうと私の身体も少々”特殊”でな」
「ぁぎゃっ!?」
たまらず悲鳴をあげたのは男の方。
女の細い右手が長身キザ男の右腕をわし掴むと、万力のように締め上げる。
「ぁぎぃえぁぎぅえ!!!」
女の顔が右に傾くと、耳を掠めて何かが落ちる。
ベッドに滴り、哀れなシミを作るのは、あり得ない剛力から逃げられぬ男の脂汗だ。
「うん? なっていないな。
レディには優しく触れるものだ」
「っぁあっぁあぁ!?」
男の腕を掴む女の右手がくるりとターンする。
骨ごとねじ切れる痛みで、男は苦悶の表情を作るのに精一杯だ。
「私の柔肌は、泡を撫でるように優しく触れば、ぷるんとした肉感で応える。
だが無粋で乱暴な衝撃・せん断で迫るほど反比例し、強固になってお断りをする。
デリカシーの無い、そんじょそこらの刃や弾丸など、簡単に弾くぞ」
「っぐぞぉおおがぁあ!!!」
男は、潰れる右腕を必死に伸ばすと、上半身を思いっきり反らす。
「確か地球では”ダイラタンシー流体”とかいったか。
それに似た性質を都合よくアップグレードした感じともいえる。
凄いだろう?」
「ッシィヤァッ!!!」
男の左手がゴムのように捻じれると、ナタのような刃が顔を出す。
そのまま、女の首を目掛けてギロチンのように叩き下ろした。
「――ふむ」
だが、女は顔色一つ変えない。
男の右手をホールドしたまま、女の右足がピンと開く。
外から内へと柔軟に旋回する右脚は、落ちるギロチンを蹴り飛ばし、回転するコマみたいな動きでベッドに手を着く。
「!?」
女の急激な態勢変化に男は反応し、咄嗟に上半身を後ろへ引く。
同時に女は、肘を曲げた状態の逆立ちで踊るように一回転。
赤いハイヒールの残像を残した、女の左後ろ回し蹴りが男のボディに炸裂する。
同時に、女の左耳にかかった白いインカムが緑に灯る。
「……ほう。その態勢から捌くか」
女が見せた完璧なカウンターで、男は部屋の端までゴミのように吹っ飛ぶ。
だが意外にも男は、直撃を防いで受け身を取っていた。
「にっ、人間ではないな!? 何者だっ!? お前は!!!」
ベッドから10メートル離れた豪華な装飾壁に張り付いたまま、男はたまらず女に向かって吠える。
「私か? ふむ。そうだな」
勿体ぶるように起き上がる女。
ベッドに腰掛け、右足に乗せた艶美な左足のかかとを揺らすと、赤いヒールシューズに光沢が踊る。
「私は……」
女の唇が、冷たく美しい言葉を紡ぐ瞬間。
『っ――繋がった!?
おいどうした!? 今の音は何だ!?
何があったっ!?』
女の頭にきーんと響く、男の肉声。
女のインカムが、淡い緑に激しく明滅する。
「チッ、勢い余って通信がONになったか。
せっかく良い所だというのに」
「!?」
女が片目を閉じて独り言を喋ると、長身の刃物男が咄嗟に身構える。
いや。刃物男にはそう見えただけで、女は誰かと会話しているようだ。
『なあ、やめるなら今からでも遅くないって!』
「うるさい。
相変わらず軟弱な思考をしておるな貴様は。
まあ心配するな。秒で終わらせる。
この程度なら”コード”を使うまでも無い」
そのやり取りに警戒し、女の様子を伺う刃物男。
部屋の出口は、女を挟んで反対側。
女の隙を突いて、足が千切れてでも脱出する気だろうが、刃物男は動けない。
何故なら見た目とは裏腹に、ベッドでゆったりする女に全く隙が無いからだ。
『いや。
俺が心配しているのは、お前がぶっ壊し過ぎて、損壊免除がされないんじゃないかってことだ!』
「っむ」
女に隙は無い。
だがどういう訳か、会話が進むにつれて女が苛立ち、鉄壁の睨みに僅かな綻びが見え始める。
「まったく、ひどい扱いをするマスターを持ったものだ」
女は、ため息混じりの小さい声を鳴らす。
『何だって? よく聞こえないぞ!?』
「貴様はそれでも、私の”相棒”かと言っておる」
初めまして!
エネ2と申します!
こってこてのライトな宇宙SFファンタジーを目指していますので、それがお好きな方は是非読んでください!
更新頻度は遅くなりますが、なるべく早く書けるように頑張ります。
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【修正_ver1.1】
アクションを追記修正しました
通信のセリフを一部修正しました
【修正_ver1.2】
ブルーグリーンの女の台詞を修正しました
「ああ、お客様ですね。
すみません、準備が遅くなりまして」
↓
「申し訳ございません、準備が遅くなりまして」
【修正_ver1.3】
通信会話の内容を一部修正しました