唐突に『私と結婚してください』って言われた理由が重すぎる
軽い雰囲気に仕上げてますが、重めのお話しなのでご注意を
暑い。
とにかく暑い。
毎年のように異常気象だと騒がれ、数分間外にいるだけで汗だくになってしまうほどの日本の夏。
僕は自転車で高校に通っているけれど、毎朝玉のような汗どころか滝のような汗を流しながらペダルを漕いでいる。学校が坂の上にあるのが嫌がらせにしか思えないと何度腹立たしい思いをしたことか。
尤も、電車通学だったとしてもそれはそれで大変で、特にここら辺の電車は朝の時間帯に満員電車になるのでエアコンがついていても地獄になる。昨日、自転車が壊れて一日だけ電車通学をしたことがあるのだけれど、その時にその事実を知った。
つまりはエアコンが効いた涼しい自家用車で通学でもしない限りは、この時期の通学は地獄オブ地獄なのである。
「はぁ……涼しい」
フラフラになりながらも登校を終えて教室に入ると、エアコンで冷やされた空気が出迎えてくれて不快な気持ちが多少改善される。それと同時に女子達が使う制汗スプレーの香りまで鼻に届き別の不快感に襲われる。ボクはあの香りが苦手なんだ。かといって汗を放置するのも嫌なので席につくと汗拭きシートを使って身だしなみを整える。
席について一息ついたからといって仲の良い男子が毎朝話しかけて来るなんてことも無く、特別に話したい話題がある時だけグループの男子達と話をして、そうでない場合は授業が始まるまでスマホを眺めている。
というのが僕の毎朝のルーチンだ。
親友と呼べる友達どころか、休みの日に一緒に遊ぶような友達もおらず、もちろん彼女なんているわけもなく、かといっていじめられているようなこともなく、誰にも話題に挙がらず好印象も悪印象も抱かれていない存在感の薄い男子生徒。
それが僕こと胡桃沢 伸護で、その気楽な立ち位置による高校生活を存分に満喫していた。
この日までは。
「あれ、更科さんどうしたの?」
教室内が朝の喧騒でざわつく中、そのクラスメイトの女子の声が耳に入ったのは本当に偶然だった。反射的にチラリとそちらの方を見ると、更科さんと呼ばれた別のクラスの女子が僕の教室内に入って来た。
更科 玲莉奈さんはこの学校でそこそこ有名な『誰にでも優しいギャル』だ。
ギャル、と表現すると何パターンか思い浮かぶかもしれないけれど、ファッションセンスが男性にも女性にも受けて分け隔てなく明るく接してくれるタイプで、男性視点で下品な見た目や性格だったり奇抜すぎるファッションに傾倒していたり極端に成績が悪かったりなどといったことは一切ない。
ギャル風味のモデルさんと表現した方が正確だろうか。実際、読者モデルをやらないかって声を掛けられたこともあるなんて噂話も聞いたことがあるし。
そんな更科さんだけれど、恋人を作らないことでも有名だったりする。
告白されたことは何度もあるけれど、恋愛に興味が無いから断っているなどという話を恋愛好きなクラスの女子が何度も話題に挙げていたのが自然と耳に入り脳に刷り込まれてしまっていた。
あれ、僕の方を見ている?
最初は偶然目が合っただけかと思った。
でも彼女は何かを見つけたかのような反応をして僕の方に真っすぐ向かってくる。
いやいや、僕は彼女と話をしたこともないんだよ。
僕に用事があるなんてありえない。
きっと僕の周囲の誰かに用事があるのだろう。
ほら、通りすがりに声を掛けられて反応したら後ろの人に声をかけていたって話がよくあるでしょ。あれだよあれ。
それにしても、更科さんの顔がどことなく真剣で紅潮しているような。
クラスの女子達も彼女のその様子を見て訝し気にしている。
そう不思議に思っていたら、彼女が止まった。
僕の前で。
え、本当に僕に用事があるの?
予想外の展開に間抜け面を晒して呆然と彼女を見上げていたら、とんでもない爆弾を落とされた。
「胡桃沢くん、私と結婚してください」
…………………………は?
あまりの台詞に僕の思考回路が完全にストップした。そしてそれはどうやら僕だけじゃなくて、教室内の時が止まったかのようになり誰一人として指一本動かすことが出来ずフリーズしていた。
何かの冗談?
でも更科さんは顔を真っ赤にしているし、そうとは思えない。
彼女の言葉が本気のものであると感じて僕の頬もつられて赤くなるけれど、それ以上に意味不明な状況に対する困惑の方が大きい。
どうして僕に?
どうしてこんなにいきなり?
どうして付き合うじゃなくてプロポーズ?
そもそも恋愛に興味が無いんじゃなかったの?
それらの疑問が脳内をグルグルと巡り、やがて一つの結論が導き出された。
「丁重にお断りします」
うわぁ……胸が痛い。
だって更科さんがとても悲しそうな顔をしているんだもん。
可愛い女の子にこんな顔をさせちゃうなんて罪悪感が半端ない。
でもしょうがないじゃないか。
「ど……どうして……?」
「だっていきなりそんなこと言われたら『怖い』から」
これがまだ、僕が人助けとかをしているのを見かけて一目惚れしたから付き合って欲しい、なんて告白だったら素直に喜べたかもしれないけれど、いきなりプロポーズだよ!? 僕らはまだ高校二年生なのに、どうしてそんな突拍子もない展開になるのかって思ったら怖くてたまらなかった。
「あっ!」
更科さんの顔に理解の色が浮かんだ。どうやら僕の『怖い』という理由を聞いて自分がやらかしたことの意味に気付いたらしい。
「ご、ごめんなさい! 私ったらなんて酷いことを!」
そして今度は少し青褪めちゃった。
赤くなったり青くなったり見ていて楽しい人だな。
そういえば感情が豊かなところが最高ってクラスメイトの男子が言っていたような気がする。
それはこういうことだったのかも。
「怖くないよ~怖くないよ~」
「…………」
「優しくて楽しいれりなちゃんだよ~」
「…………」
「だから結婚しよ~」
「もしかしてポンコツ?」
「ひどっ!」
おかしいな。
成績は良いって聞いてたんだけれど、ポンコツ臭が凄いぞ。
「でもポンコツがお望みなら頑張ってそうなるよ。それとも秀才が良い? えっちな子が良い? 胡桃沢君が望む女の子になるから結婚しよ」
「だからそういうのが怖いって言ってるんだよ!?」
「そうだった……」
やっぱりポンコツじゃないか。
でもそうか……えっちな子にもなってくれるんだ……
だ、だめだ。生唾を飲むな。それじゃあ更科さんの狙い通りじゃないか。
いや、でも、こんな可愛い子が僕のためにえっちになってくれるなら……
「……えいっ」
うひょー、谷間!
って危ない、エロで流されそうになるところだった。
女性は男の視線に敏感ってのは本当だったんだね。僕のやましい気持ちを察して攻めて来るなんて本当は噂通りに頭が良いのかも。まさかさっきまでのポンコツも演技とか?
まぁ良いや。
どっちにしろこんな風に突然プロポーズされて、よろしくお願いしますだなんて言えるわけがない。
「繰り返しますが丁重にお断りします」
「なんでさー! ちょっと揺れてたじゃない!」
「……丁重にお断りします!」
可愛い子にエロで攻められたら男なら誰だって揺れるに決まってるでしょ!
「あのさ、せめて説明してよ。いきなりこんなこと言われても困っちゃう」
「あ~そうしたいのは山々なんだけれど」
「けれど?」
「その……ここでは言えないというか……」
ここでは言えないってことは他の場所では問題無いってことか。
つまりそれが意味することは。
「他の人には聞かせにくいってこと?」
「う、うん」
「プロポーズは堂々としたのに」
「だって気持ちが抑え切れなかったんだもん」
うわぁ、それで照れて俯くのは反則だと思う。
ドキドキしちゃったじゃないか。
「あ、予鈴」
話している間にホームルームが始まりそうだ。
「それじゃあこれからよろしくね、旦那様」
「待って。勝手にプロポーズ成功にしないで」
「ちぇっ」
「それともう一つ」
「え?」
「本鈴ギリギリまでここに居てくれない?」
だって更科さんが帰ったらクラスメイトからの質問攻めが待ってるんだもん!
――――――――
これまでの静かでまったりとした落ち着いた一日が崩壊し、クラスメイトからの嵐のような質問攻めに大ダメージを受けたその日の放課後、僕は更科さんと並んで歩いて帰っていた。
「子供は何人欲しい? 私はやっぱり三人かな。最初が女の子で次が男の子で……」
「将来設計を相談しようとしないで!」
「もう、照れちゃって」
「そういうのじゃないから。それに暑いから寄らないで!」
「ひっど~い」
酷いも何も、夕方になっても気温が高いままでクソ暑いんだから当然でしょ。世の中の恋人達はこの中でもベタベタしてるのかな。信じられないや。
「そろそろちゃんと話してよ。強引に押し通そうとしても僕は流されたりなんかしないからね」
「バレてたか」
休み時間や昼休みになる度に僕のところに押しかけて、やれ旦那様だ将来がどうのだってプロポーズが成功した体で接して来るのがどうにも不自然だったんだ。半分ふざけているような感じで僕が諦めるまで絡んで、そのまま既成事実にしようと画策しているんじゃないかって思ったんだ。どうやら正解だったようだね。
「でも私が胡桃沢君のことが大好きで結婚したいっていうのは本当だよ」
「……だからどうしてなのさ」
最近の僕の行動を思い返してみても、一目惚れされるようなことをした覚えが無いんだ。それこそ『結婚』なんて言い出す程にインパクトのあるようなことなんて決して無くて、変わり映えの無い日常を過ごしていただけ。
一体彼女は僕の何を見てこんな奇妙なプロポーズをしたのかな。
それが分からないと怖いし気持ち悪くて彼女の気持ちが例え本当だとしても受け取れないよ。
「胡桃沢君は私達の味方だから」
「え?」
これまで努めて明るくしていた更科さんの顔に深い陰が差した。それに味方ってどういうこと? 私『達』ってことは彼女以外にも関係者がいるの?
ようやく聞けた答えにも疑問だらけだよ。
「…………」
「…………」
更科さんはそのまま続きを何も口にしない。でも僕はそれを無理矢理聞き出そうとは思えなかった。彼女は何かを言おうとしては止め、言おうとしては止めを繰り返していたから。恐らくかなり言い辛いことなのだろう。
やがて更科さんは意を決したのか、重く真剣なトーンで言葉を発した。
「昨日の朝のことを覚えてる?」
「昨日の朝?」
そう言われて思い出すのは一つ。
自転車が壊れて初めて電車通学をしたのが昨日の朝のこと。
満員電車で身動きが取れなくて、蒸し暑いし隣の人の体温が伝わって来るし空気が悪いしで最悪だった。
「もしかして更科さんは電車通学なの?」
それにしては駅とは違う方向に歩いているけれど、話をするために人気が少ない適当な方向に進んでいるだけなのかな。
「ううん、私は絶対に電車通学はしないから」
絶対に、と言う部分の抑揚が力強く、とてもネガティブな雰囲気を感じた。
パッと思いつくのは『痴漢』かな。その経験があったから乗らないようにしているとか。
でも乗っていないのだとすると、昨日の僕の電車通学と彼女に何の関係があるのかな。
「昨日、何か起こったよね?」
「何かって、もしかして止まったこと?」
「…………うん」
昨日は運悪く人身事故で電車が止まっちゃった。
そのせいで長い間不快な車内に閉じ込められて大変だったよ。
もしかしてあの人身事故が彼女の家族に関係してるとか!
いやいや、だったら僕にプロポーズなんてしている場合じゃないよ。
う~ん、やっぱりまだ何も分からない。
それにまた気になることが出来ちゃった。
「どうして僕があの電車に乗ってたってこと知ってるの?」
「昨日の放課後、話をしているのを聞いちゃったの」
「放課後……ああ!」
思い出した。
昨日の放課後はクラスの男子グループと途中まで一緒に帰ったんだった。
その時に確かに朝の電車の話をした覚えがある。
『あづぃ~』
『マジでしんどいわ。早く秋にならねぇかな』
『最近は秋なんてねーじゃん』
『だよな。後三十年も経てば一年中夏になってたりして』
『地獄じゃねーか』
『地獄と言えば今朝最悪だった』
『あ~お前例の電車に乗ってたんだっけか』
『そう。暑いは臭いわ動けないわで超最悪』
『人身事故だったらしいな』
『飛び込みだろ? ホームのビニールシートの写真が出回ってたぞ』
『マジ死ねよ!』
『もう死んでるから』
『死ぬなら迷惑かけないで勝手に死ね!』
『荒れてんなぁ』
『だってマジで地獄だったからな。胡桃沢もそう思うだろ?』
『そういや胡桃沢も乗ってたんだっけか』
僕はいつも話を聞いて相槌をする役なんだけれど、確かこんな感じで話を振られたんだっけ。
『いやぁ、僕は飛び込んだ人が可哀想で』
『出た、優等生発言』
『そういうのは良いから』
『あのくっさいサウナ地獄を経験してそれ言えるのマジかよ』
『だって自殺したくなる程追いつめられるなんて可哀想でしょ』
『いやそれはそうだけどさ。だったら人様に迷惑かけずに死ねって話だろ』
『そうそう』
『話聞くだけでヤバそうだもんな』
『僕はそうは思えないかな。だって他の人のことを考える余裕すら無くなる程に追いつめられちゃったってことでしょ。やっぱり可哀想だよ』
『そうかも知れないけれどさ。分かっててもムカつかね?』
『俺だったらやっぱり許せないかな~』
『せめて満員電車を止めるのは勘弁して』
この先は確か満員電車に対する不満を言う流れに変わったんだったっけか。
「あの話を聞いてたんだね」
「うん、後ろに居たの」
全然気づかなかったよ。
でもこれで色々と納得出来た。
ボクが昨日の朝人身事故で止まった電車に乗っていたのをどうして知っていたのかは、その話をしていたのを聞いていたから。
そしてどうしてボクにアプローチをしているのかは、僕の『可哀想』って感想が気に入ったからなのかな。それくらいしか考えられない。
でも例え僕のその感じ方が気に入ったとして、やっぱりプロポーズするのは変だと思う。更科さんが風変わりなのか、もっと別の理由があるのか。
「でも大した話をしてないよ」
「そんなことない!」
どうしてだろう。
僕には今の更科さんの否定がとても必死なものに感じられた。
「私にとってはとても大事な事だったの」
「プロポーズしちゃうくらい?」
「うん」
断言ですかそうですか。
やっぱり分からないよ。
そんなにあの程度の感性が大事なのかな。
「僕って大人しいから一緒にいてもつまらないと思うよ」
草食系、人畜無害、大人しい。
言い方は様々だけれど、それすなわち刺激が無い人間とも言えると思う。
更科さんは感情豊かなので楽しい恋愛をしたいタイプに見える。
僕はまったり静かにが好きなので真逆なんだよ。
だから例え感性が気に入ったとしても、一緒に居て彼女が楽しくて幸せな気分にはなれないと思うんだ。
「関係ない」
「え?」
「楽しいとか、つまらないとか、関係ないの。私は『可哀想』と思ってくれる胡桃沢くんにずっと傍にいて欲しいの」
「どうして……」
その程度の感想が彼女にとって高校生らしい恋愛観を捨て置いてでも重要視する理由になっているのは何故なんだ。
一体彼女は何を抱えているんだ。
「…………」
「…………」
恐らくは次に彼女が口を開くとき、その答えが明らかになる。
彼女の雰囲気はこれまで以上に真剣に、暗く、重くなり、とてつもない事実が明らかになる予感がする。
その得体も知れないプレッシャーに僕は何も言えず、ただ待つことしか出来なかった。
そうしてどれだけ経っただろうか。
太陽が沈み夕陽がもう眩しくなくなった頃、彼女は真実を教えてくれた。
「中学の頃、お父さんが、電車に飛び込んで亡くなったの」
重すぎる展開来ちゃった!
待って、お願い待って、そんな重い話は聞きたくないよ。
聞いたって何も背負えないよ。
普通の高校生なんだよ!?
「会社がブラックで……働き過ぎで……パワハラで……私達……気付かなくて……」
更科さんのお父さああああん!
あなたの娘さんが超悲しんでますよー!
「皆……お父さんの……罵倒ばかりで……辛くて……お母さんは……病んで病院に……」
重い重い重い重い!
超ヘビー級なんですけど!
誰か助けて!
「でも胡桃沢君はお父さんのことを『可哀想』って言ってくれた。苦しんで苦しんで死ぬしか無いって追いつめられたお父さんのことを気遣ってくれた。誰もがお父さんを悪く言うのにお父さんの気持ちに寄り添ってくれた。それが嬉しくて……嬉しくて……」
いきなり流暢になったのが怖い。
これまでと違う意味で怖すぎる。
「私はお父さんを悪く言う人が大っ嫌い。でも人身事故が起きる度に男子達は事故を起こした人を悪く言う」
「だから誰とも付き合う気が無かった……」
「胡桃沢君以外はね」
いやいやいや、それは勘違いだって。
「同じことを感じている人って僕以外にもきっといるよ」
そしてその人の中には僕よりも相性が良い人がいるはずだ。
その人を探した方が彼女にとって幸せになれるに違いない。
「だとしても胡桃沢君が良いの」
「ど、どうして?」
「だって胡桃沢君は流されなかったから」
「え?」
「『僕はそうは思えないかな』って友達に真っ向から反論してた。男子だって友達グループは大事なのに、同調しないことでハブられる可能性があるのにそれでもしっかりと言ってくれた」
「だ、だって大事なことだから嘘は言えないし……」
「そんな胡桃沢君と人生を共にしたいの。ううん、胡桃沢君以外はもう考えられない。私もお母さんも胡桃沢君に傍にいて欲しい」
詰んだ。
完全に詰んだ。
これどうしたら良いのさ!
そりゃあ更科さんは可愛いし、セクシーだし、一緒に居たら楽しそうだから彼女になってもらえるならプレッシャーはあるけれど嬉しいよ。でもこんな重い想いでプロポーズまでされて『よし任せろ。僕が一生幸せにしてやる』なんて言えるわけないでしょ!?
今日初めて会ったんだよ!?
「それに胡桃沢君なら、この先苦しい事があってもちゃんと私達に相談してくれるって確信しているから。お父さんの気持ちを理解してくれるからこそ、そうならないように気を付けてくれる。そんな胡桃沢君が一生傍にいてくれるなら、私本当に何でもするよ」
その『何でもする』はガチすぎて本当に怖い。
滅茶苦茶暑い日なのに、寒気がするくらいには怖すぎる。
目が狂気に満ちていて、怪しい宗教に入れって言っても迷わず入るし、全裸で駅まで行ってって言っても迷わずやってしまいそうな雰囲気がある。
だからといってここまでの想いをぶつけられて怖いからさようならなんて出来ないし、境遇に同情もしている。
これ本当にどうすれば良いの!?
待てよ。
『何でもする』を逆手に取れないだろうか。
「本当に何でもしてくれるの?」
「うん。何ならここでご奉仕するよ?」
今朝の反応で僕がエロに興味津々な男子だと思われているっぽいな。
いやそりゃあ津々だけれど、この状況で強いるようなエロ漫画の主人公じゃないよ!?
だからそのやらしい手つきは止めて!
「それじゃあ普通に『恋人』になって僕を落としてくれないかな」
「え?」
「僕に合わせたキャラを演じないで更科さんの本当の姿のままであなたを好きにさせて欲しい」
つまり僕が言いたいのは『自然な恋愛』をしたいということ。
それを通じてメンタル的に異常をきたしている更科さんを自然な感性に戻せないかなって思ったんだ。
プロポーズはその先にあるべきだと僕は思うから。
歪んだ形の家族はどこかできっと破綻する。だからこうして少しでも普通の手順を踏んで、そして途中でもっと幸せになれる相手を見つけたらその人と幸せになって欲しい。その時は僕が悔しくて手放したくないなんて思っちゃうかもしれないけれどね。
これが僕の考えた彼女のプロポーズに対する答えだ。
「…………」
更科さんの目からは狂気が消え、純粋に驚いているようだ。
この調子なら僕の気持ちが届いてくれたって信じて良いかな。
「…………」
信じて良いかな。
「…………」
信じて良いかな。
「…………」
信じて……ってフリーズが長いよ!
「あの、更科さん?」
「ひゃいっ!?」
え、何その反応。
一気に顔が真っ赤になったんだけど。
さっきまでの暗くて重い雰囲気が欠片も残って無いんだけれど。
「あ、その、えっと、あのね、じゃなくて、ええと……」
彼女はしどろもどろになって慌てふためいている。
真っ赤になってもじもじしていてその様子はまるで恋する……
「ど、どど、どうしよう。ほほ、本気で好きになっちゃったかも」
「え?」
「ち、違うの! 今まで好きじゃなかったとかそういうのじゃなくて、好きだけれど意味が違うっていうか、この人を絶対捕まえなきゃって必死で我を忘れてたっていうか、好きがもっと好きになっちゃったって言うか、胸がドキドキして張り裂けそうっていうか、あったかくて泣きそうな程嬉しいって言うか、愛おしい気持ちが溢れてどうにかなっちゃいそうっていうか、ああもうあたし何言ってるんだろう!」
気持ちが届きすぎたー!
強い言葉をぶつけないと届かないかなって思って少しクサい台詞を言ったらむしろ落としちゃったみたい。
「落ち着いて」
「う、うう、うん」
全く落ち着けてない。
でも強迫観念に駆られているようなさっきまでの更科さんよりもこっちの方が断然良い。
というかこれだけで可愛くて好きになっちゃいそう。
「じゃ、じゃああたし頑張る。『恋人』として好きになってもらえるように頑張るから!」
「お手柔らかに」
「やだ。全力でやるよ!」
「あはは……」
突然の出来事で驚いたけれど、丸く収まったようで良かった。
というか、僕としては可愛い彼女が出来てしかも惚れさせるために頑張ってくれるのだから大勝利とも言えるだろう。
彼女のメンタルケアが必要なのと静かで穏やかな生活が終わることがデメリットと言えばデメリットだけれど、彼女が笑って隣に居てくれる未来を考えれば些細なことだ。
「まずは明日一緒にお母さんに会いに行こう」
「え?」
「胡桃沢君を紹介したら安心してくれると思うから」
「え?え?」
あれ、僕らってまだ普通の『恋人』だよね。
それって結婚相手を親に紹介する的な意味で言ってません?
「あたしも胡桃沢君のご両親に挨拶しないとね……」
どうやら僕は甘かったらしい。
更科さんの僕への執着心はまだまだ深い。
ハッピーエンドにはまだ遠く、前途多難だね。
とほほ。