療養序でに講義を受ける→何やら懐かしいヤツと再会するも……
冒頭から一気に飛ばして行くぜ!
俺の名前は、北川ナガレ。
『……もしかして、お嬢?』
「もしかしなくてもそうですわよっ! 私こそヨランテ・キュラソー・オズワルド・ルイン・ラヴェンナ・エリクサー・セルカリア・トランセンデンス・オーマ・レディオアクティブ・スパルガヌム・カインドネスこと春日部ユイカ! 嘗て貴方に命を救われ共に戦場を駆け抜けた"戦闘型悪役令嬢"その人ですわっっ!」
『いやぁゴメン、なんか直接会うの久々だったしスゲー様変わりしてたから最初だれか気付かなくて……え、待って? もう一度聞くけど本当にあんたあのヨランテお嬢?』
「なんでそこで聞き返すんですの!? 当人がここまで言ってるんだからもう素直に信じなさいな! あなたそんな疑り深いキャラじゃなかったでしょう!?」
わりかし久々に対面した知り合いがぶっちゃけ有り得ねえレベルでイメチェンしてたんで困惑しちまってる、療養中のゾンビ怪人だ。
〈◎皿◎〉<これがマジで別人じゃねーかってぐらいイメチェンしてたんだよ……
「では、くれぐれも安静になさって下さいね?」
『わかりました。暫くお世話になります』
長い長い演劇鑑賞が終わり、医療従事者も兼ねる天江さんから今後の身の振り方についての指示を受ける。昏睡中の精密検査でわかった事には俺の身体は『学術的にはリビングデッドだが実質アンデッド』って状態だそうだが、こと身体の頑丈さと回復力にかけてはアンデッドとしても稀有なレベルで高いらしく、数日安静にしてれば元通り動けるようになるだろうからそれまではマインデッド邸で面倒を見てくれるとの事だった。
これだけでもそこそこツイてるが、より幸いなことには事の次第を使用人づてに聞かれた屋敷の主ルージュ様は俺を大変に興味深い存在と認識されており、陽炎一族関係はじめ色々と手助けして下さるとのご意向を示されたってのが何より喜ばしかった。
「当主様曰く『不確かな情報も多い為、調査と精査には幾らか時間がかかるだろう。信用に値する資料が出来上がり次第追って連絡する』そうですので、北川様は休息と療養に専念なさって下さいませ」
『わかりました。暫くお世話になります』
てなワケで俺は暫くの間……と言っても長くて精々一週間程度ではあるが、ともかく療養のためにマインデッド邸で面倒を見て頂くことになったんだ。
泥得のみんなには悪い気もしたが、雲井さんはじめ街のみんなはそんな俺を批判するどころかかえって心配してくれていて、改めて自分がどんなに恵まれた環境に身を置けてるかを再認識させてくれた。
(となりゃ、ただ休んでるだけってワケにもいかねぇわな)
折角魔物界隈の大物ん所で面倒見て貰えるんだ。その辺しっかり活用しなきゃ損だろう。ってコトで俺は天江さんを通じてルージュ様に頼み込み、俺自身の知らねぇ魔物や魔術絡みの所謂ファンタジックなアレコレについて教わることにした。
幸いにも彼女は出版や教育絡みの事業にも携わっておられるくらいその辺に積極的だそうで、俺の申し出も快諾してくれた。
「邸内でも指折りの秀才たちが誠心誠意真心込めて教授させて頂きますわ」
『有り難う御座います。本当に助かります』
「いえいえ、元を糺せば負傷の原因もこちらの不手際ですし、北川様のご要望には可能な限り応えさせて頂きますので」
傷を考慮すると一日に受けられる講義の時間は限られていたが、それでも構わなかった。
〈=皿=〉<さて、始まるぜ……
「――以上のような経緯から、魔物や異能者、異星生物といった特殊性の故に表社会へ居場所を持ち辛い"超常の者たち"の受け皿となる集団が形成されて行きました。それらは時に争い、時に統合され、また時に分裂し……紆余曲折を経て相互に連携し合う23の組織として落ち着くに至ったので御座います」
『それが魔界二十三閥族ってワケですね』
「如何にもその通りに御座います。魔界23閥族の各組織には、創設された時期や拠点のある土地等諸条件に応じてそれぞれ零から二十二までの数字が割り当てられました。この数字を位階と呼びます」
『位階……つまり数字が若いほど地位が高いってことですか?』
「いえ、そのようなことは決して……位階は単なる番号の意味合いが強いですね。組織間の力関係は時と場合によりけり、昨日まで強大な力を誇っていた組織が明日には見るも無残に零落れている、などといった状況も珍しくはありませんから」
『成程。ある意味じゃ究極的に平等なわけですね』
「そうとも言えるでしょうね。では次に各組織の役割についてお話しましょう。
魔界二十三閥族に名を連ねる組織はそれぞれに役割があります。例えば第七位『闘神軍閥』は優れた兵士や将官たちからなる軍事組織であり、戦時の防衛軍にして災害時の救助隊として機能致します。同じく災害時に動員される組織としては第十七位『流星十字軍』もありますが、同組織はどちらかというと治安維持を担う、言わば警察のようなものですね。
ただ純粋な戦闘能力で言えばこれら二つより、第十位『ジャガーノート・コーポレーション』や第十五位『サタニック・リージョン』に軍配が上がります」
『ジャガーノート・コーポレーションにサタニック・リージョン、ですか……なんかおっかなそうですね。
ところで質問なんですが、魔界二十三閥族にはルージュ様が幹部を務められている組織もあると聞きまして、具体的にはどのような役割を担っておられるんでしょうか?』
「よくぞ聞いて下さいました。我らがルージュ様が最高幹部として、そして当マインデッド邸の全使用人が組織の一般構成員として所属しますは第十八位『月夜議事会』。
役割と致しましては所謂『何でも屋』『便利屋』とでも言いましょうか……元来は"超常の者たち"を表社会に適応させる手助けをする、若しくは表社会からこちら側へ足を踏み入れてしまった方々を守り助ける役割を担っていたのですが、如何せんルージュ様はじめ最高幹部の方々は総じて気前が良く優秀であらせられるが故手広くあらゆる方面に着手してしまわれるものですから」
『そんな悪癖みたいな言い方しなくてもいいんじゃないですか……?』
初日、魔界二十三閥族について教えてくれたのは複数人いる使用人長――使用人たちを統括する重役――の一人で先代当主専属の執事を務めた北欧水精のオースティン氏。多趣味で歴史への造詣も深い彼の話は純粋に面白く、ついつい聞き入っちまう魅力があった。
「――では続いては亡霊について解説しましょう。月村さん、お入りなさいな」
『はいはーい! どうも初めましてっ! 個室整備女中の月村ヒカルと申します、以後お見知りおきをっ!』
『どうも初めまして、月村さん。……然しなんというか、率直な感想なんですが本当に見たまんま幽霊って感じですね』
「そう思われるのも無理からぬこと……寧ろそのように認識されて当然に御座いますわ。何せ亡霊は読んで字の如く、一般的に伝わる幽霊それそのものと言って差し支えない種族ですもの。何でしたらもう殆ど幽霊と考えて頂いて構いませんわ」
『ちょっと、その紹介はあんまりじゃないですか沖先生ぇ〜? 確かに私たち亡霊、もとい様式的亡霊は世にいう幽霊に結構近いですけど、それだけじゃ説明しきれないぐらい奥深い種族なんですからっ』
「それはそうだけどね月村さん、北川様の御身体も考慮するとあまり尺も取れないのだから巻きで行かないと」
『だからって雑な解説で終わらせていい理由にはならないじゃないですかぁ〜』
二日目は人類以外の色んな知覚種族について、月夜議事会お抱えの生物学者で深海性魚人の沖先生から簡単に教わった。各種族の使用人を部屋に招いての講義は楽しくて、時間を忘れるほど熱中させられた。
〈◎皿◎〉<全部文字に起こすととんでもねー字数になるからそこは勘弁してくれ
(さて、今日の講義は魔術講座だったな……前々から気になってたし楽しみだ)
そして来たる療養生活の三日目。俺は部屋で講義の開講を待っていた。
内容は『魔術基礎概論』……要するに魔術ってのは大まかにどんなもんかを教わるようなもんで、講師は魔界二十三閥族が第一位、魔術事業で大成し現在は教育機関や芸能事務所の運営も手掛ける大企業『株式会社逢魔ヶ刻魔道会』の元代表取締役社長にして現在は同社傘下の芸能事務所『オーマガトキプロダクション』の社長を務めておられる柳沼朱角女史。
種族はアイベックス型の術師牛獣人――先天的に魔術への適性が高い牛獣人の亜種で、ヤギ属型が多い特徴がある――で、経営者としても魔術師としても一流と名高いお方だそうだ。
(そんな方の講義を受けられるなんて、俺は本当に幸せもんだな……)
くれぐれも非礼や粗相のないよう気を付けねーと……俺は覚悟を決め柳沼社長の到着を待ち続けた。
そして……
「――失礼致します」
『どうぞ、お入り下さい』
個室のドアをノックする音と、聞き覚えがあるようなないような女声……当然俺はそれが柳沼社長だと疑わず、快く返事をする。
だが開いた扉、その向こうから姿を現したのは……些か予想外の風貌で、なのに何だか既視感のあるような、不思議な雰囲気の人物だった。
(この方が、柳沼社長……?)
単刀直入に言おう。その人物は俺が予習で知った柳沼社長とはかけ離れた、いっそ別人にしか思えないような容姿をしていた。
まず社長は生まれつきの持病のせいで容姿が極端に若く、御年1510歳にも拘らず見た目は小学校中高学年の女子児童と大差ない。またその名前の由来は胎児の段階で生えつつあり今や立派に育った朱色の角だそうで、術師牛獣人の特徴として四肢の肘膝から先は山羊の毛皮で覆われ、足には蹄があり、手はなんでかネコ目に似ていたハズだ。あと肌は色黒のモンゴロイド風で髪は亜麻色がかった黒のシャギー、だったか(序でに耳も側頭部から生えてるがヤギのそれで、尻尾もあるらしい)。各種データベースに掲載されてる社長の顔写真は、時期によって差こそあれ大抵これらの特徴を満たしている。
だってのに俺の目の前にいる”明らかに柳沼社長ではない誰か”には、それらのどれも当て嵌まらないんだ。
背は高く顔は大人びて乳も尻もデカい……どんなに若くても十代後半、現実的には二十代後半程度としか思えねぇ容姿だったし、石灰の如く白い角は山羊ってより牛のそれで比較的小ぶり、髪は透明感のある灰銀のストレートロング、肌はポリコレのクズどもが思わず王水をぶちまけたくなるほどコーカソイドめいて白い。
また角以外に偶蹄類っぽい特徴も見受けられず、鳥類ぽい二対の白い翼や何の動物のそれともつかない尻尾なんかは牛獣人にはまずない特徴だ。
しかもその人物、なんと驚くべきことに……
「お久しぶりですわね、北川様。まさかこのような形で再会することになるとは、私夢にも思いませんでしたわ」
あたかも俺と面識のある幾らか親しい知り合いみてーなノリで話し掛けて来やがったんだ。しかも妙に聞き覚えのある口調と声で、だ。
(どういうことだよ……こんな知り合い居たっけ?)
俺は内心困惑しながらも記憶を漁る……声と口調だけなら覚えはあるが、見た目がどうにも記憶にねぇ。例えるならそう、中学高校ん時から十数年くらいファンやってる、アルバムだけなら全部持ってるくらいには好きなバンドのメドレー動画を見てたらまるで知らない楽曲が流れてて、実はそれが買いそびれたシングルに入ってるマイナーな曲だった、みてぇな……。
さてそうなると、妥当な返答は……
『あの、すみません……どちら様で?』
こうなる。つーかこれぐらいしか思い浮かばねぇ。
で、そんな風に返された相手の反応はっつーと……
「えぇ、っと……北川様? あなた何を仰有ってますの?」
当然、こんな感じになる。何せ向こうは『相手が自分を覚えていて、話しかければ当然知人として応えてくる』と思ってたんだろうから取り乱すのも無理はねぇ。
『やーその、なんかすみません。ケガで記憶が欠けちまったのか脳ミソが腐っちまってんのか、どうにも思い出せなくて……』
「お腹抉られて記憶欠けるとか意味わかりませんけど!? それにあなたそんなどこかの倫理観ボドボドな寄生虫にやられてゾンビ化したんでもないでしょうに!
本当に覚えていませんの!? ゾンビに追われる私を助けた記憶も、一緒に山の中でゾンビと戦った記憶も、明け方にわけのわからない巨大な蜘蛛の化け物と戦った記憶も、全て頭から抜け落ちてしまったと!?」
『なんっ、えぇ……? そんな、まさか……』
キレて早口で捲し立てる白いご婦人。その口から出た言葉に、俺は思わず気の抜けたような言葉を漏らす。
死越者になってから個性豊かな奴らと出会っちゃ濃厚な経験を幾つもしてきたが、屍人に追われてる所を助けて共闘して蜘蛛と戦った女と来たらもう一人しか有り得ねえ。ただ見た目がまるで違うのがどうにも引っかかるが……そう言えばここ最近はモンハンやらオメストやら、ゲームのオンラインマルチプレイで会話をしこそすれ直接対面するのは結構久々だったような……色々悩んだ末、俺は意を決して言葉を紡ぎ、
『……もしかして、お嬢?』
「もしかしなくてもそうですわよっ! 私こそヨランテ・キュラソー・オズワルド・ルイン・ラヴェンナ・エリクサー・セルカリア・トランセンデンス・オーマ・レディオアクティブ・スパルガヌム・カインドネスこと春日部ユイカ! 嘗て貴方に命を救われ共に戦場を駆け抜けた"戦闘型悪役令嬢"その人ですわっっ!」
『いやぁゴメン、なんか直接会うの久々だったしスゲー様変わりしてたから最初だれか気付かなくて……え、待って? もう一度聞くけど本当にあんたあのヨランテお嬢?』
「なんでそこで聞き返すんですの!? 当人がここまで言ってるんだからもう素直に信じなさいな! あなたそんな疑り深いキャラじゃなかったでしょう!?」
ようやく冒頭で描かれた場面へ繋がる、ってワケだ。
『正直すまんかったって。でもホント、エレェ変わりようじゃん。確かに記憶と照らし合わせりゃ間違いなく確信できるレベルの面影はあるにしても、大まかにはほぼ別人ってぐれー姿変わっちまってんじゃん。直接顔合わせてねえ間に何があったんだよ』
「少々、色々とゴタついておりましてね……なんだかんだ気付いたら魔物になってしまったのですわ。種族は混成魔人、所謂悪魔系の中でも他の種族の形質が不自然に混ざり込んでしまった変異体ですわね」
『なるほど、それでなんかそんな一概に何系とも言い難い感じの姿になっちまったんだな』
「そういうことですわ。といっても、魔界二十三閥族の何れかに入った人間は大多数が遅かれ早かれ人間でない何かに変ずると言われていますし、不便がないと言えば嘘になりますけれどこの肉体も中々いいもので、結構気に入ってますのよ?
一応、その気になれば魔術で元の姿に戻れなくもありませんし、現状悔いはありませんわね」
『そうかい、そりゃ何よりだ。然し何故今日はここに? 講義はオーマガトキプロダクションの柳沼社長が担当して下さる予定だったハズだが』
「社長は急遽別件が入ってしまい、そちらへ向かわれましたわ。そして彼女の代理を任されたのがこの私ですの。自慢するつもりはありませんけれど私、一応会社の方では若手の準エリートクラスとして幾らか厚遇して頂いておりましてよ?」
『おいおいマジかよ、確かに元々若いのに戦うのやたら上手いなあって思ってたけどよ……いつの間にやら雲の上どころか大気圏外まで追い越されちまうとは驚いたぜ』
「謙遜は止して下さいな。私の地位や名声も、結局は幾らか他の方より恵まれていたが故に与えられたに過ぎないならば、自分自身の純粋な手柄として自慢していいものではありませんし。
それに北川様も凄いじゃありませんの。未だ詳細は不明ながら、あの革命派の構成員たちを完膚なきまでに討ち滅ぼすだなんて、並みの魔物にできることではないでしょう? 何なら個人的にはそちらの方がずっと素晴らしい実績であると愚考致しますけれども、如何かしら?」
『おう、有り難うよお嬢。実はあの力についちゃ俺自身何がどうなってんのかまるで理解の外過ぎて正直不安でもあったんだが……お嬢がそんな風に言ってくれたお陰で、実態を知るのが楽しみになってきたよ』
件の通称《大蛇蟹ゾンビ》の力は未だ謎だらけ、しかも自我を喪失した挙句に味方さえも手にかけようとしちまったってんで、果たしてヤバいもんだったらどうしようとかぶっちゃけ怖かったんだが……そんな精神状態だからこそ、お嬢がかけてくれた言葉は励みになった。
『思い返せば俺の目標はあくまで屍人どもの根絶と、その裏に潜む黒幕への復讐……戦いはより熾烈に激しさを増していくだろうし、どんな敵が来るんだかわからねぇ。だったら使えるもんはなんでも使えるようになっとくべきだし、学べることはなんでも学んでかなきゃいけねーと確信してる。
そういうわけなんで……講義の方宜しくお願いしますぜ、春日部先生ぇ~』
「ええ、畏まりましたわ。任せておきなさいな、北川君っ」
さあ、講義の始まりだ。
次回、遂に屋敷の主ルージュと対面!




