死越者、目覚める→少なくともゲン担ぎは裏目に出た模様
長い長い昏睡状態から目を覚ましたナガレが目覚めるとそこには……
俺の名前は、北川ナガレ……
『……ここ、どこぉ……?』
目覚めると見知らぬ部屋に寝かされてたもんでかなり困惑してる、知能指数若干高めなリビングデッド”死越者”だ。
〈;◎皿◎〉<待って待って待ってマジでなにがどうなってんの!?
肌触りからして高級品と分かるベッドに寝転がったまま、海馬を漁り記憶を辿る。
確か守衛隊メンバーと順番にやり合ってどうにか連勝、出迎えてくれた守衛頭に誘われて革命派の奴らをボコろうとしたけど上手く行かず、なんか追い詰められて顎蹴り上げられて……そっから記憶がねえ。
(一体何がどうなったんだ……)
色々な可能性が頭に浮かんでは消えていく。
惨敗して革命派の本拠地に連れ去られた? 或いは辛くも救助されてマインデッド邸に担ぎ込まれた? さもなきゃこの光景自体が自分の見てる夢や幻覚の類だとか、そういうことか?
横になってても感じる倦怠感からして、規格外にヤバい状況を切り抜けて今があるのは間違いねぇようだが……
(……考えても仕方ねぇ、な)
取り敢えず起きるとしよう。どうやら最低限の肌着さえも剥ぎ取られ全裸で寝かされていたようだから、場合によっちゃ苦戦を強いられそうだが……さりとて動かねえことには何も始まらねぇ。
てなワケで身を起こそうと力を込めた、次の瞬間。
『グッっ……!?』
腹を起点に上半身を少し、ほんの二度か三度ほど起こした途端、全身へ死後どころか生前ですら感じたことのねぇ凄まじい激痛が走った。ただ感覚としちゃ生前に何度か経験がある。寝る前は何ともなかったハズの筋肉痛が異様に酷くて起き上がるのに難儀した時のアレだ。
もっともあっちは気合で何とかなる程度だったものの、今回はどうにも気合だけじゃ乗り切れそうもねぇ。
(さて、どうしたもんか……)
ベッドに横たわりながら頭を悩ませていると……
「お目覚めですか、お客様」
誰かに声をかけられた。いかにも優しそうな、若い女の声……雰囲気からすると敵じゃなさそうだが……
(いや待て、革命派には芝居の上手いヤツもいれば、デフォルトでおっとりしたノリのヤツだっているなら……)
丸腰の上筋肉痛がキツい。到底動けるような状態じゃねえが、いざって時には……そんな風に思案していたワケだが
「どうか、ご安心を。警戒なさらないで下さい。ここはマインデッド邸の空き個室……掌握派や革命派の者たちは近寄ることすらできません」
まるで俺の考えを見透かしたみてぇな言葉は、けれどとても優しくて……例えばあの革命派の変態牝牛の、腐りきった生暖かい私利私欲に薄っぺらい甘言を雑に被せたような、気色悪い上辺だけの戯言なんかとはまるで違うと、心からそう理解させられた。
『……疑ってしまい、申し訳御座いません。ここ暫くの記憶がないからと、助けて頂いたご恩を仇で返すような真似を……』
だから、謝罪した。顔も名前も知らない、ただ声を聴いて言葉を交わしただけの相手だったが、誠心誠意謝罪しなきゃ気が収まらなかったんだ。
「いいえ、お気になさらず。どうぞご自愛下さいませ」
〈◎皿◎〉<安っぽい例えだけどよ、所謂スラングでいうとこの"天使"ってのはこういう女性を指すんじゃねーかな。
『……つまり、俺はなんかようわからん暴走状態に入ってた所をそちらのアーネストくんに止めて頂いたと』
「ええ。守衛頭様曰く『ここ最近で一番疲れたかもしれない』とのことで……」
『そりゃあ彼にも悪いことしちまったなあ。後で何か詫びなきゃいけねぇな……天江さん、彼の好物とかわかったりします?』
それからは改めて声の主……もとい屋敷に勤務しておられるメイドの天江さんと幾らか情報交換がてら話をさせて頂いた。
結果判明した情報もあって、当然ながら読者諸君とも共有しておきたいんで順番に話させて貰おう。
「守衛頭様のお好きなもの、ですか? 食べ物でしたらお肉や根菜を好まれるのは有名ですね」
『肉に根菜、ですか。となると煮込み料理かな……』
何はなくとも先ずはメイドの天江さんについて語らせて欲しい。
メイドの天江さん、フルネームを"天江雲母"さん……マインデッド邸の使用人としちゃ比較的古株で勤続年数も長く、若く美しい見た目乍ら年齢は何と今年で422歳になるそうだ……と聞けば大体察しはつくだろうが、彼女は当然人間じゃない。
より厳密に言うと嘗ては人間だったが、諸事情あって乳牛型のモレク――ウシ科の獣人で、漢字ではそのまま牛獣人と書く――に変異した経歴の持ち主だ。
メイドとしての厳密な役職名は"ゼネラル・ナース・メイド"。つまりは"医療従事者"と"乳母"、双方の"ナース"を兼ねる役職ってことになる。
「煮込み料理……そういえば守衛頭様は近頃カレーライスがマイブームだと仰有っておられましたわね。ご自分で作るのも、お店で召し上がるのも好きだとか」
『ほうほう……てことは美味いカレー屋が安牌ですかね。いやぁ、ありがとうございます』
次に明かすべきは"今に至るまで何があったのか"、これに尽きるだろう。
「ところで北川樣、つかぬことお伺いしますけれども此の度は何故マインデッド邸へ? 聞く所に寄りますと、当主様にお会いすべくお越しになられたとのことですけれども……」
『話せば長くなりますが、構いませんかね』
「ええ」
庭園で革命派の淫魔どもと交戦するも追い詰められ、甲虫淫魔に蹴り飛ばされて意識を失った俺は――まるで記憶にない出来事なもんで、正直今でも半信半疑だが――程なくして暴走、無言で辺りの動くもんを殺して回る化け物になっちまっていたらしい。
『そもそも自分は元々人間でして、当時将来を誓い合った婚約者が居たんです。婚約者のマナミは高校時代から付き合ってた恋人で、俺は彼女と近々結婚する予定でした。入籍は2025年3月7日、挙式はその翌週の14日と考えてましたね。
その年のバレンタインデーは最高の一日でしたから、ホワイトデーも同じくらいかそれ以上に最高の日にしたかったのと、ゲン担ぎも兼ねてウェディングプランナーの方と相談して決めた日程でした』
「ゲン担ぎ、で御座いますか?」
『ええ。……結婚のゲン担ぎと言えば普通6月でしょうが、縁起の良し悪しを考えると6月は良くもあり悪くもある……どっちかっつーと悪手寄りなんですよ』
その化け物ってのが何とも妙な姿で……多分、特撮とかでよくある、必殺技撃つ時に出てくる武器やなんかを象ったオーラ? みたいな感じなんだろう……透き通った色合いの馬鹿でかいカニの爪が左右の腕と同化するように備わり、更に同じく馬鹿でかいカニの脚が腹や腰から左右に二本ずつ生え、両肩からはアナコンダもビビりそうなほどの大蛇が一匹ずつ鎌首擡げてたそうだ。
『そもそも十二ヶ月の英名には古代ローマの権力者や神格に由来するのが幾つかあって、6月ことJUNEはローマ神話で結婚と出産を司り、ご婦人の生涯、特に結婚生活をも守護する女神ジュノーに因み名がついた。そしてまた、ジュノー女神は6月を守護する役割も担うとされていた、ってのはご存知でしょう?』
「ええ、存じておりますわ。そしてだからこそ、6月に婚姻した者はジュノー女神の加護を受け、幸福を手にするのだと……言わずと知れた水無月之花嫁もそれが由来でしたわよね?」
『如何にもその通り。主神ユピテルの妻でもあるジュノーは間違いなく偉大な、名実共にローマ神話で最も偉大な女神とされてる……』
指し詰め《蟹亀》ならぬ《大蛇蟹ゾンビ》と化した俺の暴れぶりときたら、そりゃもう容赦なく酷かったらしい。
『だがジュノー女神の原型で、同一存在としても扱われるギリシャのヘラ女神……こいつが実に厄介でしてね』
「あら、そうなんですの? お恥ずかし乍ら私、ギリシャ神話については1997年のアニメ映画板『ヘラクレス』とそのテレビアニメシリーズの知識しかなく、その辺りどうしても疎くて……ヘラ女神というと、子煩悩な夫ゼウスのブレーキ役を務める良妻賢母なイメージしかないのですけれども」
『でしたら無理のない程度に本家のギリシャ神話を学ばれるとよろしいでしょうなァ。あの作品は確かに名作と名高いが、内容は本家とかけ離れてますから』
手始めに寝転がった姿勢のまま似非西遊記風トリオ――俺をジェダイだジオンだと煽り散らかしてた猿、河童、豚のクズ三人組――を惨殺。この時点で革命派の奴らは悲鳴を上げて逃げ惑うが、起き上がった俺は奴らを次々その手にかけていったそうだ。
『実際のヘラ女神は……確かに神々の女王として名を馳せ、結婚や母性を司る神として信仰もされましたが、然し実際はロクなエピソードのない不遇の神でもあるんですよ。ゼウスとは不仲で浮気されまくり、嫉妬に狂っては旦那の浮気相手を呪いで化け物に変えまくり、大抵の英雄譚の裏にはヘラ女神の嫉妬と狂気があったと言われるほど……』
「なんてこと……」
『挙げ句、旦那が浮気相手に産ませたヘラクレスを殺そうとするわ、実子が両足の曲がった奇形児だったってんでキモがって海に捨てるわ、正妻の面子が保てなくなったからって敵勢力の力を借りて産んだテュポーンって化け物を旦那にけしかけるわと……』
「……あの、もしかしてなのですけれど、本家のヘラ女神は所謂邪神なのですか?」
『邪神の定義にも色々あるでしょうが、あくまで善玉として人々の信仰を集めた普通の神でしたけど。ま、1997年版「ヘラクレス」で悪役扱いされてた実兄よりはヤバいヤツでしたね』
「あのハデス神より……!?」
『そもそもハデス神は元々ギリシャ神話の神々の中でも良心的で仕事熱心なお方ですから』
仲間を殺されブチ切れた猫獣人型や犬獣人型、妖精型や小人型の淫魔どもが爪や牙を剥き、或いは剣や鈍器を手に襲い掛かってくるが、漏れなくカニの爪で切り潰され、または脚で刺し貫かれ、或いは蛇の頭に嚙み殺されたりする。噛まれて死ぬってんで感付いたが、どうやら暴走状態の俺から生えた大蛇は毒蛇だったらしい。
『話が脱線し過ぎたんで本筋に戻しますが、つまるところジューンブライドでのゲン担ぎは一長一短……リスクを考慮するなら正直悪手なんですよ。
対して三月、その英名は"March"ですが、その由来は軍神マルスとされてましてね。気候が穏やかな三月は軍隊を動かすのに丁度良かったんで軍神に因んだ名前がついたワケですが……同時に古代ローマは農業を軸に暮らしてた農耕歴の文化圏、農業を始める三月は一年の始まりでもあって、これに因んでマルス神は農耕神としての側面も持つようになっていきました。
つまり三月ってのは、始まりの月……入籍と挙式を経て始まる新しい夫婦としての日々が充実したものになるようにって願いを込めて、挙式も入籍も三月で行こうと』
「なるほど、そういったお考えが……素人目線乍ら、素晴らしいお考えかと思いますわ。結婚生活とはただ幸せなばかりでもなく、様々な困難や問題も付き物ですし……それらと戦い乗り越えて、そして愛を農作物のように育む意味でも、戦と農業を司るマルス神は相応しいでしょうね」
『有り難うございます。親身になって意見を聞いてくれたウェディングプランナーさんには感謝してもしきれないくらいで……』
革命派の不殺・非暴力主義は何処へやら、殺意むき出しで向かってきた淫魔どもは次々暴走状態の俺に殺されていった――厳密には、俺から生えたカニの爪や節足、そして毒蛇の頭にだが――。そいつらが総じて近寄ってたからだろう、接近戦は悪手と考えた奴がいたらしい。小鬼型淫魔のそいつは安全圏から石を投げようとしたらしいが、真正面から大量の毒液をぶっかけられ白煙を上げながら全身溶けて死んだそうだ(然し肉が白煙上げながら溶けるってどんな毒だよ、硫酸とかの化学物質ならまだしも)。
『まあ、結局は入籍も挙式もできねえまま揃って死んじまいましたがね……』
「北川様……もし辛いようでしたら、そこから先はお話頂かずとも……」
『ご心配なく。寧ろ天江さんこそ大丈夫ですかい、もし苦手なようでしたらやめますが』
「私は、大丈夫ですけれども……」
『では続けさせて頂きます。惨劇が起こったのは今も忘れねえ、入籍を四日後の週末に控えた三月三日の月曜……仲のいい面々を自宅に招いて宴会でもやろうってんで、二人で張り切って買い出しに行った帰りでした』
その後も虐殺は続いた。
色々とデカい大鬼型の淫魔は、蛇の口から吐く霧状の毒液を真正面から浴びて苦しみながら死んだらしい。
やっぱり色々デカかった中華風の虎獣人型淫魔は蛇に頭から丸呑みにされつつケツを噛まれ、噛んで味の無くなったガムみてーに吐き捨てられながら胃液塗れで死んだそうだ。
次に来たのは下半身が十本の烏賊足になってるイカっぽいヤツだ。尚、イカっぽい種族は複数いるそうだが、死体の遺伝子を調べた所深海生活に特化したニュウドウイカ系の頭足類人が淫魔化したようなヤツだったらしい……んでそのイカ淫魔だが、ヤツの辿った末路は悲惨なもんで『暴力しか能のない奴に朝日を拝む資格はない』なんてブーメラン発言かましたバチでも当たったか、カニの爪に自慢のゲソを全部ブチ切られ、青黒い血液をまき散らしながら失血死したってさ。
更に続いて現れた派手な虫っぽい淫魔……正確に言うとトリバネアゲハ型の昆虫人が淫魔化したヤツだそうだが、そいつは無謀にも真正面からカニ脚に向かっていき、ブランドもののツインサーベルで捌こうとしたようだが、逆に真正面から叩き潰され剣共々オシャカになったとか。
『――てな感じで、そのエクスプレイナーってヤツに導かれるまま死越者になったんです』
「なんてこと……辛いだとか、苦しいなんて言葉でさえ収まりきらないほどに凄絶な……」
『正直、あの時マナミを死なせちまったのは今でも悔いとして心ん中に残ってましてね。けどまあ、過ぎたことなんて悔いても仕方ねぇし、できる限りのことをしよう……死人が言うのも変な話ですが、「悔いのねえように生き抜こう」って思ったんです』
そのあとも俺は淫魔どもを殺し尽くし、最後に一匹、見るからに頭の悪い赤い粘液人型淫魔のガキを毒液でぶっ殺し……そうして暴走した俺こと《大蛇蟹ゾンビ》の殺戮ショーはそこで終わると思われた。っていうか俺自身終わって欲しかったんだが……どうやら俺の暴走っぷりは相当末期だったようで――アーネスト曰く『桐生戦兎の殺戮焼死体さながら』だそうな――革命派の淫魔どもが全滅したと分かると、よりにもよって次は味方に襲い掛かりやがったんだ。
『――で、そうしたらアーネストくん達に追い詰められて、そっからは既にお聞き及びの通りで……仕方がなかったとはいえ、こっちの過失で大変なご迷惑をおかけしてしまい……』
「ご自分を責めないで下さいませ、北川様。守衛隊の暴走は、不正行為に及んだ"あの子"の……ひいては愚かにもあの子を雇い入れ、許されざる悪行さえ許してしまったマインデッド邸の責任です」
『天江さん……』
幸いアーネストには強力な切り札の大技"狗人刑吏サーラメーヤ"があったし、地の利(?)もあって有利に戦いを進められたもんで俺はこの通り正気に戻れたが……もし仮にアーネストが俺を止められていなかったらって最悪のパターンはもう想像すんのも嫌になる。
『……それで話は変わりますが、もう一つ聞かせて貰ってもいいですかね』
「はい、なんでしょう」
『天江さん、あなた先ほど「守衛隊は意図的に誰かに暴走させられていた」的なこと仰ってましたが、あれはどういったことで……?』
「……やはり、お話しなければなりませんか」
『機密保持だとか、口にするのも嫌な話だってんなら無理強いはしませんがね。ただアーネストくんから聞かせて貰おうとした所に革命派の奴らが攻めて来てしまってそれっきりなんでね……』
「わかりました。では、少々お待ち下さいね? "準備"して参りますので……」
『え、ええ。わかりました』
意味深な言葉を残して去っていく天江さん……何が始まるってんだ?
次回、マインデッド邸守衛隊の面々がナガレと敵対せざるを得なかった事件の真相とは!?




