番犬の好奇心は、死越者をも敗北に追い込み……
ナガレ敗北、アーネスト猛省回。
主人公が万能すぎるのを読者は嫌がるらしいので、
こうやって定期的に敗北回を仕込まないかんからね……
あと特撮やSFものでよく言われる"マスク割れ"って要するにこんなんだよね?
俺の名はアーネスト。
アーネスト・ルプス="ヘイズィムーン"・コールレイン。
「ッラァ! そんなキモい面被ってんじゃねぇ!」
『グブアッ!?』
「なッッ!? 北川殿ォォォォォ!?」
軽率な判断と不手際の所為で、客人を危機に陥れちまった豪邸仕えの番犬だ。
(UTωTU)<もっと手厚く面倒見てりゃこんなことには……
”こいつの実力、闘争う様子を間近で見てえ“
変わり者のリビングデッド、北川ナガレ……ヤツの戦いぶりを陰ながら見物していた俺は、自然とそんな知的好奇心由来の願望を抱き始めていた。
何せ奴ときたら、とにかく強い。一見、搦め手や策に頼りそうな、真正面からの殴り合いにはあまり強くなさそうなタイプだってのに、その実――当然、策や搦め手の活用もあるが、それでも――見事正攻法で真正面からの殴り合いをこなし、俺ら守衛隊メンバー相手に勝利を収めてんのは敵(?)乍ら天晴れってヤツで……。
闘う様を見る度、ヤツに興味が沸いた。友好とか愛情、敬意なんて高尚なモンじゃねえ。それは純粋な知的好奇心だ。やたら強え若手ファイターに興味津々な格闘技好きか、ライオンやワニがヌー捕まえてるシーン食い気味にガン見してる動物好き、でなきゃ怪人や怪獣をカッコいいと思ってるガキみてえなもんだよ。
そんでそれと同じぐらいに、それまでヤツに向けてた敵意や殺意がすっと消えてくのが分かった。
あんなに憎くて嫌いで仕方なくて、すぐにでも殺してやりてー相手だったハズなのに、それがどうしてかいきなりどうでも良くなって……ぽっかり空いた心の空洞に流れ込んできたのは、罪悪感だった。
謝らなきゃいけねえ。あいつに謝罪しなきゃ。ごめんなさいって言わなきゃと、使命に駆られて、けどなんでか一歩が踏み出せなくて……そんな時、屋敷から連絡があったんだ。
その一報――俺たちがヤツに抱いてた敵意や殺意が、悪意ある第三者に植え付けられた紛いモンだって話――は、無駄に謝罪を躊躇ってた俺の背中へ飛び蹴りを叩き込んでくれた。
――〔何をやってんだ、アーネスト・ルプス="ヘイズィムーン"・コールレイン。
すぐにあのリビングデッドに――あちらのお客人に謝罪して来やがれてめえ。
謝罪なんて情けないようでみっともねえだとか、キレた相手に何されるかわかんなくて怖えだとか、そんなくだらねー私情に囚われやがってこの野郎。
そうやって二の足踏んでる方がよっぽどみっともねえし、放置した後の展開こそ本当に怖えんだと、その事実が理解できねえバカじゃねえだろうが。
やらかしたら非を認めて謝罪。まずはそっからだ。そっから先は、そん時になって考えろ〕――
そんな声を受けた気がして、俺は吹っ切れた。もう謝罪するしかねえ。何されても構うもんか。白井虎太郎の膵臓か栗原天音の胆嚢食うつもりで行くしかねえと意を決し……俺は北川に接触、敬語と土下座で謝罪を試みた。
そっからの結果は皆知っての通り、北川は俺の下手な謝罪を受け入れ、背景事情をも考慮して許してくれたんだ。まさに感動もんの寛容さ……神対応つーか菩薩対応ってヤツだろうさ。
その後の予定としちゃ、北川を屋敷へ通しマスターに会わすつもりで居たんだが……運悪く暇を持て余した革命派淫魔どもに包囲されちまった。実質魅了の効かねえ俺と北川は奴らの手籠めにこそなりゃしねえまでも、魔力膜がもたらすドロンボーもかくやの防御力と、ニチアサ視聴者によくいる『架空だし美人なんだから何やらかしても許すべき』がデフォの性欲持て余した面食い腐れヲタ豚が如き数の多さは厄介だ。
だから本来なら俺一人でその場を引き受けて、北川は屋敷に逃がすべきだったんだ。
だが俺はそこで、つい欲をかいちまったんだ。我ながらバカな野郎さ。
魔が差したっつーのかな……『一緒にこいつらをボコらねえか』って、北川を誘っちまったのさ。
闘争う様子を間近で見てえって、衝動的な我欲に負けちまってな。
いざとなったら助けりゃいい。『助けが必要なら言ってくれればすぐ向かう』とも伝えてある。
四年前は片手で数えるほどの人数捕まえるのにも二時間かかったが、今なら準備さえできりゃ五分で殺れる……仮に北川が助けを求めたなら、期待通りにヤツを助けられると、そう確信していた。
だが、その見通しは余りにも甘かった……。まず北川は、俺が思った以上に我慢強くて責任感のある……言い換えりゃ、他人に頼ったり、助けを求めたりすんのが壊滅的に下手なヤツだった。そして俺自身、北川の戦いが見れるってんで浮かれてたのに加え、作者の野郎をよく知りもせずガキ扱いしやがったどこぞのお偉い御仁とやらにムカついてて、その怒りを淫魔どもにぶつけようと躍起になる余り周りが見えてなかったんだ。
結果、悪因が重なりに重なって、俺は北川の、お客人のSOSに気付いてやれなかったんだ。
(UTωTU)<何やってんだよなあ、俺ぁよお……
「ッラァ! そんなキモい面被ってんじゃねぇ!」
『グブアッ!?』
「なッッ!? 北川殿ォォォォォ!?」
そしてその結果が、今回冒頭の場面……もうすぐ準備完了だ。
あと少しでこいつらを一網打尽にできる。
内なる焦りから、内心ひたすら『壊れろ。外れろ』と念じながら暴れてた所……追い詰められた北川は、狸面を叩き割る程の蹴りを食らい、派手に吹き飛びぶっ倒れた。
「なんて、こったッッ……クソったれがあああああ! グガアアアアアアアアアアアッ!」
不甲斐なく、軽率な判断をしたてめえ自身への憤りが俺の中を駆け巡り、行き場を無くして暴発する。爆ぜて轟くような感情の昂りがエネルギーに変換されて、防具の部品が幾つか弾け飛ぶ。
(よし、もうすぐだ……あと少しで完成するっっ……!)
待っててくれよ北川ぁ……すぐ助けさせて頂くからなァ!
(U=ω=U)<てな感じでまあ、俺としちゃてめえ自身で落とし前つけるつもりだったんだよ。うん。
「うっがらあああああ! まだまだまだまだああああああ!」
「がぼ!?」「ぎべ!?」「ぐぶ!?」「げび!?」「ぼが!?」
「おっしゃ一歩リィィィィィド! もう一丁おおおおおおっ!」
俺はその後も"完成"を目指し、防具が壊れて外れるのを祈りながら淫魔どもをボコり続けた。
魔力膜で大したダメージにならねえとか、苦痛を与えてもすぐ復活されるとか、誘惑してるつもりの下品な振る舞いがムカつくとか、全部どうでも良かった。
ただ"完成"さえすりゃ、"あの状態"に持って行けさえすりゃどうにでもなる。だから"完成"させなきゃならねえし"あの状態"へ持って行けねえならその時点で終わりだと、そんな風にばかり考えていた。
だが状況は、ある時を境に俺自身全く予想外の方向へ一変しちまうんだ。
「いい加減っ、我らの同類になれぇぇぇぇ!」
「誰が、なるかァ! 死ねやボケェ!」
「ぐおぶらがっ!?」
それは飛び掛かってきたドラゴン淫魔――要はドラゴンが淫魔化した奴らで、色ボケの癖に最強生物気取ってる武闘派のめんどくせー連中だ――を完璧なクロスカウンターでぶっ飛ばした瞬間、まさにその刹那の出来事だった。
「ぐぎゃあっ!?」「いぎいっ!?」「ぶっびょろご!?」
丁度北川が倒れてた方から、淫魔どもの声がした。それは悲鳴、だったが……どうにも今まで聞こえた試しのねえようなのだったんで、その場の全員が一瞬、何をもやめて"そっち"を向いた。
「ぎゅ、ぐぐぐ……!」「ぅ、ぁぁ……!」「ごぼ、ごぼぼ……!」
そこに広がっていたのは、理解に苦しむ摩訶不思議な光景だった。
狸面が割れて明らかになった北川の素顔――当人には悪いし俺自身も大概だが、とはいえ中々ガラが悪くておっかねえ悪人面だった――を覗き込み嘲笑ってたであろう、革命派のクズ二匹……ケツや顔の赤い癪に障る人相のサル淫魔と、スカした面をしたなんか河童っぽい淫魔、顔はいいが明らかに腹の出たバカ面のまさに豚みてーな淫魔っつー面々だったが、そいつらが北川の傍らで、見るも無残な姿にされていた。
サル淫魔は頭を左右から潰され、河童淫魔は胴体に穴が開き痙攣していて、豚淫魔はその分厚い腹を貫かれたまま宙に固定、って具合で……直後こそ辛うじて息はあったらしく微かな呻き声が聞こえていたが、必然長くは持たず程なく絶命したらしかった。
(なんだありゃ……?)
思いがけない惨劇からパニック状態に陥り騒ぎ立てる淫魔どもを尻目に、俺は夜明けの朝日に照らされる三つの惨殺体をよく観察する。
よく見れば三匹は"見えねえ三つの何か"によって物理的に殺されたらしく、特に豚淫魔を貫いた何かは噴き出た血と脂肪が虚空を伝ってたんで"そこ"に何かがあるのは確実だろうと推測できる。
しかも驚くべきことに、どうやらそれら"見えねえ三つの何か"は、どうにも倒れ伏す北川から伸びているようだった。
(あいつ……まだなんか武器を隠してたのか?)
持ち主が意識を失ったら自動で敵を排除する武器でも装備してたんだろうかと、俺はそんな風に軽く考えていた。だが程なくして"三つの何か"は微かに色づき輪郭を得て、遂には透き通り乍らも肉眼でその形を明確に捉えられるまで鮮明になった。
さてそれで明らかになった"透き通る何か"の正体は……
(なんだオイ? でっけえカニかなんかのハサミや脚と、蛇の頭ぁ?)
俄かには信じがたい、明らかに不自然な形をしてたんだ。
正直、事前情報も何もなくこの時点でナガレに目覚めた"何か"の実態に気付けた奴は控えめに言って天才的な秀才だと思うの。