遭遇、門番五匹
二か月ぶりの連載再開……待たせたなお前ら! こっから再始動だ!
フィオーナに紹介された"陽炎一族を知る人物"の屋敷に辿り着いたナガレ。
警備担当者の石像(注1)に通されるまま門の中へ入った彼を待ち受けていたのは、予想外の手厚い歓迎で……?
(注1)グロテスクは建築様式の名前であって石像そのものの個体名とかじゃないよ。
俺の名前は、北川ナガレ。
「ガルルルルルルル……怪しいヤローだ、テメーみてえな奴をマスターに会わすわけにはいかねーな!」
『血の気が多いなァ~。ご主人様想いで忠誠心持て余してるのは結構だがよぉ、そんな血の気ばっか多いとモテねーぞぉ?』
「ほっとけ不審者ァ! おう皆ァ、このヤロー俺らを完全にナメてやがるぜ!
一丁地獄見せてやろうじゃねえか!」
「ニャッニャッニャ! 社会の厳しさってのを教育してやるニャー!」
「「ウマいこと逃れようったって、そうはいかねぇからなぁ!?」」
「我らに挑んだことを後悔させてやろう……!」
辿り着いた豪邸の庭先で、執事服姿のイケメン狼人間他何名かとやり合う羽目になっちまった、ゾンビの化け物"死越者"だ。
□□□□
(案内図と全然違ぇな。店長曰く暫く会ってねえらしいし、相当手を加えまくったんだろうぜ……)
門をくぐり抜けた先……フィオーナ店長から紹介された"陽炎一族と接点のある古い知り合い"が住む屋敷へ続く通路を擁する庭園は(多分、夜間で明かりもないからだろうが)予想外に広大かつ複雑怪奇な"魔境"の様相を呈していた。
(ここまで仕上げて維持すんのにどんだけかかったんだろうなァ。観光地として売り込んだら入場料取れっぞこれ……)
『ま、そうなりゃ脳ミソ屍人な屑観光客どものせいで荒らされまくっちまうだろうがな』なんて思いつつ、俺は一先ず屋敷を目指す。
幸いにも庭園は手入れが行き届いており、石畳の道が屋敷まで続いていて案内標識まであるんで迷子の心配はなさそうだ。
(観光で来たかったなァ~。日中に、半日ぐれー時間取ってよぉ~)
相手方次第ではあるが、一応俺ん中の予定では屋敷の主に接触後、陽炎一族に関する情報を聞き出す等諸々の用事を済ませたら即座に泥絵へ戻るつもりでいる。
あんま長居すんのも先方に迷惑だろうし、一応長丁場になっても大丈夫なよう雲井さんはじめサイトウ地区の皆さんには予め話をつけてあるっちゃあるが、それでも『どうしても俺が必要な案件』が舞い込んで来ねえ確証なんてありゃしねぇからだ。
最悪、今この時にすず屋が屍人どもの襲撃を受けてる可能性だってある。
一応近頃は俺の不在中でも対応できるよう、対屍人戦を想定した人員や装備の補充も進みつつあるが……
――
【『どんだけ装備や人員が整ったところで、結局最後に頼れんのは専門家のキタちゃんだ。
おめェさんは言わば泥得の最高戦力なんだからよ、そこを忘れねえでいてくれよなぁ』】
――
雲井さんのその言葉は、今でも俺の記憶に刻み込まれている。
恐怖心が削がれ、性欲が死に、人間らしい心が損なわれつつある俺にとって、泥得サイトウ地区を守る使命は決して蔑ろにできねぇものだ。
(そのためにも手短に済ませねぇとな……)
下準備がてら、とりあえず屋敷に入る前に店長から貰ったファイルを読み込むとしよう。
屋敷に関する情報は古すぎてどうにもならんが、その主と接する上での要点や注意点といった情報はきっと役に立つハズだ。
(ええと、なんだ……確かこの辺りに――)
適当な草地に腰掛けてファイルを開こうとした、その刹那……体組織ごと意識を刈り取らんばかりの一撃が、俺の独白を乱暴に遮る。
幸いにも俺は無傷……意図して避けずに"そう"なんだから、要するに攻撃者は"外した"んだろうな、と直感で悟る。
(……なんだこりゃあ)
腰掛けた爪先から代替半歩ほどの位置に深々刺さっていたのは、草刈機の刃だった。
見た目や質感から察するに相当長く使い込まれ、切れ味が落ちたんで交換・廃棄予定だった代物を手裏剣か戦輪よろしくぶん投げたってトコだろうが……誰だか知らねえが全く危ねえ真似をしやがる。
部外者の立場とは言え、注意せにゃなるめえ。
『……危ねェーじゃねぇかよ、草刈機の刃投げつけて来やがって。
当たったら痛ぇじゃ済まねーぞコラぁ~』
さて、何と返ってくるか……
「へっ、他人様ん家の敷地へ不法侵入かましといて一丁前に説教かよ。
調子こいてんじゃねーぞ、不審者ヤローが」
おうおう、辛辣だな。まあ侵入者に対しちゃ妥当な対応だわな。
『してそう言うお前は何もんだ』ってな具合にすっと立ち上がって声のした方を向けばなるほど、執事服を着込んだ狼人間――図体は俺より"半回り"ほどデカく、獣人嗜好受けしそうな色男――が満月をバックに佇んでいる(然し『満月をバックに佇む狼男』なんてまさに王道の絵面……正直そのカッコよさに若干嫉妬したのはここだけの話だ)。
鋭く獰猛な視線から感じるのは圧倒的な敵意と殺意……これがまたサマになってんだからいよいよ憎らしいったらねぇ、やっぱ顔がいいって得だなァ。
(執事服に橄欖石入りの首輪……宛ら屋敷の主に仕える執事 兼 屋敷を守る番犬ってトコか。まあ番犬ってか番狼かもしれねーが)
正直、生前の俺があんな風に睨まれようもんならビビって話もままならなかっただろう。
だが幸いと言うべきか、死越者と化した死後となっちゃ恐怖心なんてほぼ死んじまったようなもんだ、あの程度の"凄み"でビビるわけがねえ。
『……言うねえ。その口ぶりからして屋敷の警備担当者かなんかとお見受けするが』
「おうよ。俺ァ"アーネスト"。この屋敷の守衛頭で、マスターの忠実なる下僕をやらせて頂いてる雄だ」
『"下僕"ねぇ……』
そんな肩書を堂々誇らしげに名乗る時点でこの犬っころがマトモじゃねぇのは確実だが、とは言え見るからにガチガチゴリゴリの武闘派……できれば交戦は避けてえ所だ。
よって(ダメ元ではあるが一応)交渉を試みる。
『あのさあ、ええーっと……アーネストくん、だっけ?
確かに君らん家、つーか君らのマスター様のご自宅? お屋敷? の敷地内へ実質勝手に上がり込む形になっちまったのは事実だけどよぉ~、
こっちとしてもその、なんだ。君らのマスター様に用事があって来たわけであってだな?
つか、そこの門のトコにいた喋る石像の警備担当者さんに聞いたら「用があるなら入っていい」って言われたから入っただけなンだけどね俺?
それだってのになぁ~んで不法侵入の不審者扱いされなきゃいけないんだか、そこんとこ俺にもわかりやすいように説明して貰えねえかなァ?』
よし、言ってやった。
まァ~正直言ったところでって気もするが、それでも言わねえよりゃなんぼかマシだろう。
さて、相手はどう出るか……
「おう、そりゃそうだろうよ。何せオメーを中に通せってなァ、外ならぬ俺の指示だからよ」
『なに……?』
待ち受けていたのは、予想外の展開だった。
オイオイちょっと待てよ、そいつぁどういうこったい。
「なんだぁ、『オイオイちょっと待てよ、そいつぁどういうこったい』とでも言いたげだな。
ニヤけ面のキモい面で表情は見えねーが、気配と動きでなんとなく察しはつくぜぇ」
『……まるで心を読むように言い当ててくるじゃねえか。この狸の能面ほどじゃねえが、君も大概気色悪ィ動きしてるって自覚しような?
で、石像くんの発言が君の指示云々って話だが』
「出任せだって疑いてえなら好きにしな。だが事実だ。
悪党は執念深くて諦めが悪いモンだろ? なら敢えて招き入れ、油断させた所をぶっ潰した方が圧倒的に早えし効率的じゃねえか」
野蛮だねえ。見た目が獣なら中身も獣かよ。
「そういうわけだからよ、今日の所は大人しく俺らにぶっ潰されとけや不審者ヤロー」
『今日の所はって何だよ。出直して明日か明後日また来たらそん時は見逃してくれんのか。
つかこっちはこの館の主様、君らの言うところの"マスター"様に正式な用事があるんだがなァ~』
「おう、そういや言ってたなそんな事をよ……で、用事ってのはなんだ? 暗殺か? 詐欺か? それとも強姦がお目当てかぁ?」
『どれでもねえなあ。まず俺は殺し屋じゃねえし、詐欺師でもねぇ。金や立場のために楽しんで人を殺せる度胸なんてねえし、他人を騙して金や権利を奪えるほど賢くもねえからな。
まして強姦だと? 冗談じゃねえ。"マスター"様がどれほどお美しいか俺は全く知らねえが、サキュバスの総大将と対面して正気を保てるぐれえには性欲死んでんだぜ、そんな奴が性犯罪なんて企てると思うか?』
精一杯の事情説明。
これで落ち着いて戦闘回避……とまでは行かずとも、まあ暗殺・詐欺・強姦の疑惑は晴れるんじゃねーかと思いてえなと、俺はそう願っていたわけだが……
「サキュバスの総大将、ってえと……まさか"褐色藍髪の露出狂"ヴェルベリット・ルナティックか!?」
なんか知らん単語と名前が出てきたぞオイ。
『あ? かっ飛ぶ乱発の露出狂ベリベリハードルナティック? 誰だそりゃ、そんな奴知らねえぞ俺ァ』
ともすりゃ当然、返答だってこんな雑にならざるを得んわけであるが……
「なんだあ? ヴェルベリットを知らねえってか? しらばっくれてンじゃねーぜ、この不審者が。
この界隈で淫魔の総大将と言やあ掌握派の重鎮ヴェルベリット・ルナティックか、でなきゃ革命派のボス柘榴石眼と相場が決まってンだろ」
『そうなんだネ、おじさん知らなかったワ』
マジで知らなかったんだよ。つか掌握派の幹部ってそんな派手な名前だったのね。
「んで柘榴石眼はキチったスケベのアバズレだ。
淫魔で勃たねえインポ野郎をそのまま放置しとくわけもねえ。
とすりゃオメーは掌握派が適応派をぶっ潰すべく送り込んできた殺し屋って考えんのが妥当じゃねえか」
『極端だなあ。食札に豚肉禁止って書いてある我儘な入院患者を回教徒呼ばわりするようなもんじゃねぇか』
革命派じゃねえ=掌握派である、とは聊かアホ過ぎる決めつけだ。
『もっとこう、あるだろ? 適応派とか無所属とか、淫魔三大派閥以外のどっかの所属とか色々とさあ』
「やかましい。そんな嫌なオーラ纏ってる奴なんざ、掌握派のクズどもでなきゃ何だってんだよ」
嫌なオーラ。
その一言は、嘗てフィオーナ店長が俺にかけた言葉を思い起こさせる。
曰く『俺の気配は木本黄精葉鉤吻』……
曰く『生ける屍の気配は淫魔にとって異様で、本能的に受け付けない』……
魔物だか怪物だか、そういうもんへの知識がねえから必然的に自覚もなかったが……どうやら俺って奴はこの界隈じゃそこそこ嫌われてるらしい。
『知らねえよ。少なくとも俺は掌握派じゃねえ。どころか掌握派の奴らとは会ったことすらねえよ。
まあ名前ぐらいなら知ってるが……仲間だなんてとんでもねえ。できるなら今すぐにでも根絶やしにしてやりてえほどには嫌いだね』
「ほう、言うじゃねえか。なら掌握派じゃねえって主張は認めてやる。
だがそれでもオメーが怪しい奴だってのに変わりはねえ……
なあジッキンゲン、オメーどう思うよ」
「ニャッニャッニャ、簡単な話だニャ」
アーネストの問いに答えるのは、二足歩行するオレンジ色の短毛猫ジッキンゲン。
オスかメスかも分からないそいつの言う"簡単な話"とは……
「何かしらの方法を以て"見極めて"やればよいのニャ!」
一見若干賢そうに見えて、その実バカ丸出しなものだった。
ナガレ「『何かしらの方法』って何だよ。そこを具体的に言えよ」
ジッキンゲン「ニャッニャッニャ、そう急くニャ。何も心配など要らんのニャ。
その辺の小難しいことは実際、次回までに考えておけば済むことなのニャ!」
アーネスト(ダメだこいつ……噛ませになる気配しかねぇ……!)




