等身大の無個性に"感情移入と同情の余地"などない
だから「美少女ものの男性主人公に個性なんていらない。性だけでいい」なんて言説はあまり好きじゃない……
俺の名前は北川ナガレ。
『因みにそのフーミカーってのはどんな奴なんだ。主人公らしくねぇってことは性根の腐りきった卑劣な俗物ってトコか?』
相方の戦闘型悪役令嬢ヨランテから、彼女の宿敵でゲーム『FOS』の主人公を務めるフーミカー・キヨミズ・ヴォーカムエー・ヨスティークォ・シェンギエンなる人物について話を聞こうとしてる、ゾンビの化け物だ。
「その通りですわ。もっと言うなら主人公として在り得ないどころか悪役としても三流以下の出来損ないですわね。信念も美学も感じないし、意地汚くて独善的で怠惰で……河井星矢ってご存知?」
『ああ、阿部秀司がヤンマガで描いてた「エリートヤンキー三郎」のか? 確かドラマ版の演者はインパルスの板倉だったか』
「そう、その河井ですわ。フーミカーの性格を一言で言い表すなら、河井星矢の劣化版ですのよね」
『詳しか知らねぇけど河井って相当ヤベー奴だろ? それ以下ってどんだけ悪人なんだよ』
知らないヤツの為に解説すると、河合星矢って男は不良高校生って定義に当て嵌めるのも躊躇われるような規格外のド外道だ。
性格はひたすら自己中心的、『自分さえ良ければいい』『自分だけが大事』が基本思想で、自分以外の全てを道具程度にしか考えちゃいねえ。序でに言うと金に汚い拝金主義者の守銭奴で、球技の試合で相手選手の殺害を企てたりとその悪行は枚挙に暇がねえ。
「あらいけない、語弊がありましたわね……フーミカーは河井星矢の劣化版でこそあれ、彼を凌ぐ邪悪などでは到底ありませんわ。
言ったでしょう? 『奴は悪役としても三流以下の出来損ない』だと。恐らく純粋な邪悪さで言えば河井に軍配が上がるでしょうね。登場人物としての魅力にしてもそう……。河井星矢は紛れもない外道にして悪党ですけれど、だからこそギャグマンガの登場人物としてはある意味完成されていて、連載終了から月日が経って尚カルト的な人気を誇り、同作の顔役であり続けているのですわ。そもそもあれでいて彼、実は有能かつ多芸な人物ですのよ?」
『そうなのか?』
「ええ。彼は確かに強欲で邪悪ですわ。けれどその実現実をしっかり見据えていますし、強欲だからこそ利益に繋がりうる合理的な思考や判断を的確に行えていて、ガラは悪いものの仕事はしっかりこなし、一定の礼儀や常識も弁えてますの。成績優秀の秀才かつスポーツ万能で料理の腕もプロ宛ら……第二部では明確な人格面での成長も見受けられますし、周辺環境を調整しながら順調に成長し続けていればあの漫画の中の誰よりも大成し得る可能性を有しているといえるでしょうね」
『ほう……』
「ま、それでも邪悪は邪悪なのですけれどね……ただ先ほども申し上げた通り、彼はその全てが秀逸なまでに魅力的……ギャグ漫画、ひいては創作物に登場する不良学生・破落戸の類としても首位に輝く完成系と言って差し支えないと私は確信しておりますの。邪悪ですけれど」
『邪悪なのは変わらねえんだな……だがお嬢の言い分はよくわかるぜ。ドラマを少し見た程度で原作をまるで読んだことがねえ俺でも河井のクオリティの高さが手に取るようにわかるもんよ』
「光栄ですわ。これを機に原作を読まれてみては?」
『ああ、極めて前向きに検討させて貰うぜ。然しだったら、そんな河井の劣化版だっていうフーミカーってのは一体どんなヤツなんだ?』
「そうですわね……河井星矢は良くも悪くも"持っている"男ですわ。対してフーミカーは"無"。自分はこうだというアイデンティティや目的意識が不明瞭で、悪い意味で個性がなく無難……そのくせ欲望や自己愛だけは人一倍で、無駄にプライドばかり高くて"自分は特別な存在だから努力なんてしなくても大成功できる"と本気で思い込んでいる……」
『"等身大のリアルなダメ人間"か。古くはカルト宗教、最近じゃ陰謀論や情報商材にハマって自滅するタイプだな』
「まさにその通りの有様でしたわね。いつもいつも横着をしようとしては自滅して、でも暫く経つと何事も無かったかのように復活しているのですわ……まるでそれが主役の特権かのようにね」
そんな有様のフーミカーが何故世界を歪めているのか、奴が世界の歪曲に用いてるカラクリはなんなのか……深く調べようとしたヨランテは、然し些細なミスからフーミカーの罠にかかり気絶。わけもわからねぇ内に、春日部ユイカとして生まれた世界でも、『FOS』の世界でもない第三の並行世界……即ち今いるこの世界へ飛ばされちまったのだという。
実に、何とも突拍子のねえ話だ。俄かには信じられねえ……狂ったコスプレイヤーの妄言か、新作アニメのプロモーションを兼ねたドッキリ企画、さもなきゃ四月一日と断ずるのが普通だろう。
(だが生憎と、俺はもう"そういうの"を単なる妄想や空想と断言できなくなっちまってる……"非日常"や"非現実"を浴び過ぎちまったんだ)
ならもう、選択肢は一つだろう。彼女の話を信じ、可能な限り協力する……ただそれだけだ。
(多分それもまた、俺の天命……力ある者として果たすべき役目の一つだろうからな)
その後も俺たちは語らいながら夜明け前の暗がりを進み、仲間との合流地点へ向かうのだが……
――『rrrrrrrrrrrrrrrrrrrriiiiiippppllllllllllllllllllleeeeee!!』――
夜明け近づく山中へ唐突に響く、機械音とも鳴き声ともつかない怪音。
甲高く、聞く者の不快感を絶妙に煽り立てるようなその音を聞いた途端、俺たちは悟ったんだ。
「ねえ北川様? この雑音って……」
『少なくとも、味方じゃねえのは間違いねえわな』
快音の主が、俺らに敵対する何かだってな。
音のした方角から位置を気取り向き直ると……
「そんなまさか……」
『冗談だろオイ……』
『rrrrrrrrrrrrrrrrrrrriiiiiippppllllllllllllllllllleeeeee!!』
視線の先……夜が明け始めた薄暗がりには、何とも異様な化け物が佇んでいた。
次回……規格外かつ謎すぎる難敵登場!