戦闘型悪役令嬢の"正体と経歴"
戦闘型悪役令嬢、その誕生経緯とは……
俺の名前は、北川ナガレ。
『ハイエナへの名誉棄損罪で死刑!』
『ヅォリヅゲエエエエエエエ!?』
『飯時に下ネタぶちかました罪ァ絞首刑!』
『ヴォリガバアアアアアアア!?』
『肉親を敬わねえクズは刑に処す価値もねえがとりあえず殺す!』
『ヴァエヅァァァァァァァァ!?』
『ブーメランで刻んでカレーにぶち込まれろぉ!』
『ズァガッザバアアアアアア!?』
日曜夕方のフジテレビで茶の間を不愉快にさせてそうな不細工面の屍人どもを処分していく、ゾンビ刈りのゾンビ怪人"死越者"だ。
迫りくる屍人どもを切り刻むこと約三分。無事にノダチの充電が終わった俺は、水を得た魚が如く暴れ回る。
その嬉しさたるや一入で……
『ぉっほ~い! プラズマ・ノダチの充電が終わったゾ~☆』
『『『『『グァスカヴェエエエエエエ!?』』』』』
思わず家族旅行でリゾート地に来た埼玉の有能五歳児みたくハシャいじまったのも無理からぬことだろう。
『なんで……なんで藤原啓治が死ななきゃいけなかったんだよ……答えろ劣等ゾンビどもぉぉぉぉ!』
『『『『『シランガナアアアアアア!?』』』』』
その後、お嬢の活躍と俺の暴走が功を奏したか、辺り一帯にはびこっていた屍人どもは一通り全滅。廃農村は本来の静けさを取り戻したのだった。
『貢献度を算出すると……大体お嬢が987.6で俺が12.4ぐらいかな?』
「いやその計算結果は明らかにおかしいですわ! どういう計算式ですの!? どちらかというと北川様の方が大勢やっつけてましたわよね!?」
遠慮すんなよ。こう見えて俺はレベル低めの紳士なんだ。敬うに値する女を立てるのに手段は択ばねえ。
◇◇◇◇
「――といった経緯でもって、北川様に助けて頂き今に至るのですわ」
『マジかよ。俺も大概現実離れしたモンは見聞きしてきたが、そこまでファンタジーやってるケースは前例がねぇぞ』
それから暫く後……時刻としちゃそろそろ夜が明けるかって頃合いだろうか。仲間に連絡を入れた俺はヨランテと共に合流地点へ向かいつつ、お互いの経歴を明かし合っていた。
『――つってまあ、今は泥得サイトウ地区で自警団やらせて貰いながら陽炎一族を追ってンだワ』
「……ハードモードが過ぎませんこと? 幸せの絶頂から一気に転落だなんて……」
俺の経歴を聞いたヨランテは――表面上こそ平静を装ってはいたが――心底ドン引きしているようだった。まあそうだろうな。俺自身今の状況で発狂したり精神病んだりせず上手くやれてるのはまさしく奇跡的……高性能な身体を用意してくれたばかりか生き方の指導までしてくれたエックスや、世話を焼いてくれるドヤ街の皆さん、そして俺の心ン中に未だ残り続ける尊い思い出をくれたマナミといった、俺に関わるあらゆる人々の協力がなきゃ在り得なかっただろう。
さて、そうなると次の話題はヨランテの過去についてなワケだが……
『次はお嬢の番だぜ。まあ無理にとは言わねえが』
「まさか。是非とも聞いて頂きたいですわ。誰かに話でもしないとスッキリしませんもの」
なんて具合に切り出したヨランテが聞かせてくれた彼女の経歴は、俺のそれを二回りは上回って強烈だった。
というのも彼女は所謂"異世界"だか"並行世界"だかの出身で、元々は単なる声優志望のゲーマー女学生"春日部ユイカ"だったが、ショッピングモールで起こったガス爆発事故に巻き込まれ即死。気付くとゲーム『ファナティックアザーサイド』、通称『FOS』の世界に転生していた……それも、ゲームの登場人物、悪役令嬢ヨランテ・キュラソー・オズワルド・ルイン・ラヴェンナ・エリクサー・セルカリア・トランセンデンス・オーマ・レディオアクティブ・スパルガヌム・カインドネスとして。
『マジかよ。とんでもねぇな……しかも主人公じゃなく悪役ってのも地味にツレぇ。
モンハンで言ったら冥淵龍や嚙生虫になってました、みてーなモンじゃねえか』
「何故そこで怨虎や淵源の名前が出ないんですの……? サンブレイク限定としても王域三公辺りが妥当ではなくて?
……まあでも、確かに北川様の仰る通りですわね。けれど私にとって、この転生はある意味願ったり叶ったりなものでしたわ」
というのも『FOS』は彼女が『聖典と言っても過言ではない』と豪語するほど愛着のある作品で、中でも特にお気に入りのキャラクターこそ他ならぬ"悪役令嬢ヨランテ"だというのだ(曰く『主人公よりも愛着があった、どころか主人公が嫌いだった』らしく、何なら『FOS』のファン界隈もそういう考えが主流だったらしい)。
「声優を志したのも、彼女が切っ掛けでしたの。そのくらい大好きな、尊敬すらしている推しになり、その生涯を追体験できる……好事家にとって、それなりに理想的なシチュエーションなのではなくて?」
『ああ、そうだな。俺にはイマイチ理解しかねるが……そういう理想は間違いなくあるんだろうな』
頭ごなしに否定したくはなかったが、さりとて自分に嘘を吐くのも嫌だった。まあ罵声や言い争いは覚悟の上だったワケだが……
「でしょうね。それが普通ですわ。私も最初の内は大喜びしてましたけれど、すぐに空しく思えて来てしまいましたわ。『自分自身として理想を叶えられないなんて不幸なことだ』、『他の誰かの輝かしい軌跡をなぞって自分のものにしたところで何も残らない』と、そう思えてしまって……寧ろ私が彼女の生涯を図らずも奪ってしまったようなものだと、罪悪感に苛まれもしましたわ」
『そこまでかよ。よっぽどファンだったんだな……』
「ええ。けれど私は決意しましたわ。……なってしまったものは仕方ない、自分が彼女である以上、彼女として精一杯力の限り生きる他にない、とね」
『ほう』
また同時に、ユイカは決断した。『原作ゲームでは結局主人公に打ち負かされてしまう彼女を、彼女自身として生きることで救ってみせる。彼女を待つ破滅の運命に、力の限り抗い打ち勝ってみせる』ってな。
「『FOS』は空想科学やオカルト、ファンタジーが共存する混沌とした世界が舞台……主人公を含め登場人物の多くがヒーローとして市井を脅かす悪党や怪異との戦いに身を投じるコンセプトの作品ですの。それは悪役令嬢ヨランテとて例外ではありませんわ」
『なるほどそれで戦闘型の悪役令嬢ってワケか』
"戦闘型悪役令嬢"として戦いに身を投じるユイカ改めヨランテは、壮絶かつ多忙な日々を巧みに生き抜いていく。そしてその過程で彼女はこの"ゲーム世界"の真相に迫っていく。
「"悪役令嬢ヨランテ"として生きるうち、私確信しましたの。『この世界は歪められている』『世界を歪めている黒幕がいる』と」
信用に足る仲間の協力を得たヨランテは、破滅的な運命に抗いながら"世界の歪み"の根幹と"黒幕"に近づこうと尽力した。
結果明らかになった黒幕の招待とは……
『――"主人公"ぉ?』
「ええ、その通り。黒幕の正体は『FOS』の主人公、フーミカー・キヨミズ・ヴォーカムエー・ヨスティークォ・シェンギエンだったのですわ」
ヨランテ曰く『女学生だった頃からフーミカーは気に食わない奴だった』そうだ。聞けば『単に嫌いという以上に主人公らしさが全くない』とかで、予てより『FOS』ファン界隈では『ヨランテとフーミカーの立ち位置は本来逆だったのではないか』なんて実しやかに囁かれてもいたらしい。
『つまり"主人公(笑)"ってヤツか。なんか俺も他人のこと言えねぇなあ』
「大丈夫ですわ。北川様は立派に主人公されてますもの。何ならあの女は世の主人公と呼ばれるほぼ全ての方々の完全下位互換ですし」
(いやどんだけだよフーミカー。流石にそれはねーだろ)
などと内心ツッコむ俺は、この後程なくしてヤツに同情したことを後悔する羽目になる。
いやまあ、ほんとひでぇのよフーミカーってさ。
次回……ヨランテを陥れた黒幕とは!